Social Europe 2022年4月13日
ヨーロッパがガス・ロビーから抜け出せない理由
ヨーロッパの問題は、ロシアの石油とガスへの依存だけではない。
それは化石燃料への依存である。
パスコー・サビド

情報源:Social Europe, April 13, 2022
Why Europe can't break free from the gas lobby
By Pascoe Sabido
https://socialeurope.eu/why-europe-cant-break-free-from-the-gas-lobby

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2022年5月月4日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_22/
220413_SE_Why_Europe_cant_break_free_from_the_gas_lobby.html

 ウクライナの侵略は、欧州連合のロシアの石油とガスへの依存を露呈させた。その輸入は、ウラジーミル・プーチンの戦争遂行に直接資金を提供しており、3月だけで 200億ユーロ(約2兆7,000億円)に上る

 EU の対応は、エネルギーの不安定さ、価格の上昇、国内の政情不安、そしてロシアの軍事力を弱体化させる必要性に対する懸念の組み合わせによって引き起こされ、他の供給源からのガスを倍増し、化石燃料産業によって提供される代替を促進することであった。これは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の報告書が我々は化石燃料の使用を大幅に削減する必要があり、気候災害を回避するのは今しかないと述べているにもかかわらずである。

 では、EU はどのようにしてロシアのガスだけでなく全ての化石ガスに依存するようになったのであろうか。これは、化石燃料業界が EU の意思決定を成功裏に乗っ取った(successfully captured EU decision-making.)結果である。このことはロシアがクリミアを占領した 2014年に明らかであり、ウクライナ危機へのヨーロッパの対応を形成する強力なガス・ロビーにより今日も続いている。

 この企業による乗っ取り(corporate capture)という”大惨事(gastastrophe)”の結果として、EU は紛争を煽り続け(ウクライナではなくてもイエメンや他の場所で)、気候の混乱を煽り続け、高騰する生活費危機に直面している何百万人もの人々を見捨て続けるであろう。

絞り込んだ考え

 2014年にロシアがクリミアを併合したことで、EU の考えはロシアのガスへの依存を減らすことに焦点があてられた。 しかし、EU は、風、波、太陽エネルギー、又はエネルギー効率、すなわち気候変動、燃料の貧困、ガス依存に取り組む手段を強化するのではなく、他の同様に疑わしい供給源からのガスに焦点を合わせた。政治的および財政的支援は、人権侵害がひどく、隣接するアルメニアと慢性的に対立しているアゼルバイジャンからのパイプラインと、液化天然ガス(LNG)ターミナル−それはフラッキングにより生成されたアメリカからのガスも受け入れることができる−に与えられた。

 これは、欧州委員会とガス・ロビーの間の相互依存関係の直接的な結果である。注目すべき例は、イタリアのスナム、フランスのGRTgaz、ベルギーのFluxys、スペインのEnagas、英国のNational Gridなど、ガスパイプラインと LNG ターミナルを建設し、運営しているまさにそれらの企業が、 EUの法律によって作られたグループである欧州ガス用送電システム事業者ネットワーク(ENTSO-G)の会員であることによって EU の政策決定に組み込まれている。

 ENTSO-G の役割は、将来のガス使用量を予測し、それに対応するインフラストラクチャ・プロジェクトを提案し、そのプロジェクトをメンバーが構築することである。これほど明白な利益相反はない。当然のことながら、グループは一貫して将来のガス需要を過大評価していた。その結果、2013年から2020年の間に、EU は 44の新しいガス・インフラ・プロジェクトに 45億ユーロ(約6,200億円)を費やし、その 90%が ENTSO-Gメンバーに支払われた

依存し続ける

 したがって、気候危機の緊急性にもかかわらず EU は二酸化炭素排出量は石炭と同じくらい悪い可能性がある化石ガスに依存し続けた。EU の国内生産の減少と LNG 輸入能力の増加のおかげで、ロシアはそのガスをパイプライン及び船で輸送することができ、それによってギャップを埋めた。 2021年までに、ロシアからの輸入は EU の総ガス消費量の 40%に達し、2013年と比較してほぼ半分増加した。

 これは気候目標の嘲笑であっただけではない。ガスから離れないことにより、EU はそれ自体をはるかに脆弱にした。世界のガス価格、特に LNG スポット価格の変化は、ウクライナ侵攻前の 2021年秋にエネルギー価格の高騰を引き起こした。

 EU は再びロシアのガスへの依存を減らそうとしている。3月に出された RePowerEU コミュニケーション(政策文書)によれば、、2022年末までに需要を3分の2 削減し、2027年までにすべての化石燃料の輸入(石炭と石油を含む)を停止することを目指している(訳注1)。 しかし、提案された解決策には、ガス・ロビーの指紋がいたるところに残っている。

 5月中旬までに完全に具体化される「RePowerEU」の下で、石油とガスはロシア以外の供給源から求められるであろう。 これらには、(再び)アゼルバイジャンやカタールなどの他の抑圧的な政権が含まれる。カタールでは、今年のサッカーワールドカップ開催国に決定されて以来(訳注:2010年)、数千人の移民労働者が亡くなった訳注2)。 別の供給候補国はサウジアラビアである。サウジアラビアは、英国首相のボリス・ジョンソンがリヤドを訪れて生産量の増加を促す直前に 81人を処刑した。

 多様化の推進には、業界と欧州委員会の両方からの新しいガス・インフラストラクチャの大規模な推進が伴っている。ドイツでは 6か所の新しい LNG ターミナルに直面しており、ポルトガルからスペイン、そしてフランスへの棚上げされていたパイプライン MidCat が復活しようとしている。しかし、新しい研究によると、屋上の太陽光とエネルギー効率に対するサポートの増加により、ロシアのガス輸入は今後3年間で3分の2削減され、既存のインフラストラクチャで残りを簡単にカバーできる可能性がある。

テクノフィックス(ガス・ロビー)

 RePowerEU はまた、水素やバイオメタンなどをガス・ロビーのテクノフィックス(Techno-fixes)のために大きな目標を設定している。これらは気候災害(climate disaster)であるが、産業にとって非常に利益がある。RePowerEU のコミュニケーション(政策文書)は、2030年までに国内および輸入の両方で再生可能エネルギーに由来する 150億トンの”グリーン”水素について述べている。これは、EU の現在の目標の 2倍以上である。

 しかし、EU がすでに再生可能エネルギーの目標達成を逸しているこの時に、その再生可能エネルギーはどこから来るのであろうか? 今日、ヨーロッパの水素の 97%は、再生可能エネルギーではなく化石ガスから作られており、シェル、エクイノール(訳注:ノルウェーのエネルギー企業)、及びその他のガス生産者らは、化石水素は恒久的であり続けると確信している。彼らは、議論されている量の水素を生産するのに十分な再生可能エネルギーがないことを公然と認めているが、彼ら自身の化石水素のためにトロイの木馬として、グリーン水素(再生可能エネルギーから作られる)の魅力と EU 全体の水素市場への幅広い推進力を利用している。それにもかかわらず、欧州委員会は、ガス・ロビーと協力してウクライナの侵略への対応を作成しながら前進している。

 一方、バイオメタンの 2030年の目標も 2倍になった。 欧州委員会と業界は、それは農業廃棄物または都市廃棄物から来ると主張しているが、高品質のバイオメタンの生産は作物からの生産がより簡単で安価であり、2000年代に高いバイオ燃料目標が食品価格を高騰させ広範な飢えをもたらしたのを見たように、おそらく食品と競合する。パンデミックと戦争が燃料だけでなく食料価格にも打撃を与えていることを考えると、この解決策は非常に近視眼的である。

大幅に弱体化されている

 RePowerEU コミュニケーション(政策文書)はエネルギー効率をカバーしているが、以前のドラフトと比較して、これは大幅に弱体化されている。起草過程に近い情報筋によると、欧州委員会も加盟国政府も、新しい情報源と比較して”具体性が十分ではない”ため、ガスへの依存を減らすためにエネルギー効率に依存していない。

 高価な新しいインフラストラクチャを構築しながら、安価なロシアのガスから高価で揮発性の LNG に移行することは、生活費の危機を悪化させるだけであるが、計画の社会的影響については議論されていない。家計の出費を下げながら、何千人もの人々を訓練して雇用することができたかもしれない大量断熱プログラムなど、エネルギー効率を介してそれに取り組む機会は過ぎ去った。それはまた、有用な気候変動対策の機会を逃した。

 一部の国の政府によって支持されている巨大エネルギー会社に対する 超過利潤税(windfall tax)(訳注3)の前向きな提案でさえ、エネルギー会社の再生可能エネルギーへの投資意欲を失わせる可能性を恐れて範囲が限定されている。ガス業界と意思決定者の間の長年にわたる近親相姦の関係のために、EUがどのようにますます増大するエネルギー不足と気候変動対策の前に、ガス業界の利益をどのように置いているかを明確にできなかった。

厚かましい例

 RePowerEU コミュニケーション(政策文書)は、それ自体がガス業界による EU の政策決定を企業が捉えている証拠であるが、その侵入以来、もっと厚かましい例がある。欧州委員会のウルズラ・フォンデア・ライエン委員長は、トタルエナジーズ(TotalEnergies)、BP、エーオン(E.On) などをメンバーとする CEO レベルのロビー・グループ 欧州産業円卓会議(European Round Table of Industrialists)との、ガス需要の削減に関する会議について公然とツイートした。その会議の結果、彼女は”[ロシアのガスへの]依存を減らすために業界の専門家らからなるグ組織を設立する”と公に発表した。

 全国レベルでは、イタリアの石油・ガス大手 Eni の CEO が、アルジェリア、アゼルバイジャン、アンゴラなどの国々からの新しいガス供給を確保するために、ルイジ・ディマイオ外相と一緒に世界ツアーに参加した。同様に、ドイツ緑の党の新しい気候と経済大臣はカタールに行き、LNG の契約に署名した。

 企業の捕獲(corporate capture)は、EU のエネルギー政策がガス産業とともに、そしてガス産業のために作成されており、何十年も続く化石燃料の固定化(fossil fuel lock-in)(訳注4)を脅かしていることを意味する。ロシアやその他のガスへの依存を終わらせたいのであれば、化石燃料産業と意思決定者との関係を終わらせ、化石燃料の利益を政治システムから切り離す必要がある。要するに、化石のない政治が必要なのである。

Pascoe Sabido
 パスコー・サビドは、Corporate Europe Observatory(CEO)の研究者およびキャンペーン担当者であり、欧州連合および国連レベルでの石油およびガス産業の力を明らかにすることに焦点を当てている。


訳注1:RePowerEU
  • REPowerEU: Joint European action for more affordable, secure and sustainable energy (European Commission, Press release, 8 March 2022)

     欧州委員会は本日、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえ、ガスから始めて、2030年よりかなり前にヨーロッパをロシアの化石燃料から独立させる計画の概要を提案した。
     ・・・REPowerEUは、ガス供給の多様化、再生可能ガスの展開のスピードアップ、および暖房と発電におけるガスの代替を目指す。これにより、年末までにロシアのガスに対するEUの需要を3分の2削減することができる。・・・

     ロシアからの化石燃料への依存を段階的に廃止することは、2030年よりかなり前に行うことができる。そうするために、委員会は、2つの柱に基づいて EU全体のエネルギーシステムの回復力を高める REPowerEU計画を策定することを提案する。ロシア以外の供給業者からの液化天然ガス(LNG)とパイプラインの輸入量の増加、および大量のバイオメタンと再生可能水素の生産と輸入。また、エネルギー効率を高め、再生可能エネルギーと電化を増やし、インフラストラクチャのボトルネックに対処することで、家庭、建物、産業、電力システムでの化石燃料の使用をより迅速に削減する。

  • EU、ロシアへのガス依存脱却計画を発表 一時的に排出量増加も(BBC 2022年3月9日)
    ・・・「REPowerEU」計画は、2030年までにヨーロッパをロシアの化石燃料から独立させることを目標としているが、最初の取り組みではガスにのみ焦点を当てている。

  • EU のロシア産天然ガスへの依存を減らすための 10 項目計画(IEA April 2022)
    ・・・今年実施された措置によって、ロシアからの天然ガス輸入を 3 分の 1 以上削減し、さらに暫定措置を追加することで、排出ガスを削減しつつ 50%以上削減することが可能
訳注2:カタールで多数の移民労働者が死亡
訳注3:超過利潤税(windfall tax)
  • 超過利潤税(石油・天然ガス資源情報)
    一般的には、企業収益が適正利潤を超えたときにその超過分を税収として吸収しようとして設けられるのが超過利潤税であるが、原油生産者については、二度にわたる石油危機に伴う原油価格高騰や、原油価格規制撤廃に伴う価格上昇などにより、原油生産者にとって予定外の超過利潤が発生したとして、それを税収として吸収するために設けられている。
訳注4:化石燃料の固定化(fossil fuel lock-in)


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