WIRED, 2020年11月30日
手遅れになる前に
急いでバッテリーをリサイクルする

ダニエル・オーベルハウス
情報源:WIRED, November 30, 2020
The Race To Crack Battery Recycling-Before It's Too Late
Millions of EVs will soon hit the road,
but the world isn't ready for their old batteries.
A crop of startups wants to crack this billion-dollar problem.
By Daniel Oberhaus
https://www.wired.com/story/the-race-to-crack-battery-recycling-
before-its-too-late/?ct=t(RSS_EMAIL_CAMPAIGN)


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2020年12月5日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_20/201130_WIRED_
The_Race_To_Crack_Battery_Recycling_Before_Its_Too_Late.html


 数百万台の電気自動車(EV)が間もなく道路を走り回るであろうが、世界は古いバッテリー対策の準備ができていない。次々と出てくる新興企業は、この 10億ドルの問題を解決したいと考えている。


PHOTOGRAPH: GETTY IMAGES
 ネバダ州スパークにあるテスラのギガファクトリー(訳注1)では、毎日何百万ものリチウムイオンバッテリー(訳注2)が製造ラインから出てくる。パナソニックが現場で製造したこれらのセルは、新しいテスラ工場でバッテリーパックに数千個が束ねられる。しかし、すべてのバッテリーが 電気自動車(EV)での使用のために出荷されているわけではない。パナソニックは、品質検査に合格しなかったセルを、南へ車で約 30分のカーソンシティの施設にトラック何台分も発送している。ここは、2017年に設立された小さな会社であるレッドウッド・マテリアルズ(Redwood Materials)の本拠地であり、不良バッテリーを新しいセルのもととなる原材料に再生し、ギガファクトリーに対抗できる会社になることを目指している。

 レッドウッドは、実際にはまだ存在しない問題の解決を競っている新しいスタートアップ(新興会社)(訳注3)の波の一部である。電気自動車の最早使われないバッテリーの山をどのようにリサイクルするか。過去10年間で、電気自動車の需要の高まりに対応して世界のリチウムイオン生産能力は 10倍に増加している。現在、その最初の生産世代の車両は、ちょうど寿命の終わりに到達し始めた。これは、使用済みバッテリーのツナミ(津波)の始まりを示している。電気自動車が多くなればなるほど、それだけツナミは悪化する。国際エネルギー機関は、今後10年間で電気自動車の数が 800%増加すると予測しているが、各車には数千のセルが詰め込まれている。電気自動車革命の知られたくない秘密は、それが電子廃棄物の時限爆弾を作り出したことであり、リチウムイオンのリサイクルがその危険(信管)を取り除く唯一の方法である。

 レッドウッドの CEO (最高経営責任者)であり創設者でもある J.B.ストラウベルは、この問題を他の人よりもよく理解している。結局のところ、彼は会社を創設する上で重要な役割を果たした。ストラウベルは共同創設者であり、昨年までテスラ社の CTO (最高技術責任者)であったが、彼が参加した新たな会社(レッドウッド)は、その時すべての従業員を片手で数えることができるほど小さな会社であった。彼がそこにいた間、同社はスポーツカーを売り歩くまとまりのないスタートアップ(新興会社)から地球上で最も価値のある自動車製造会社に成長した。その過程で、テスラは世界最大のバッテリー製造会社のひとつにもなった。しかし、ストラウベルの見解では、これらのバッテリーは実際にはたいしたことではない。 ”重要なことは、この材料を再利用と回収のために考えることである”と彼は言う。”これらすべてのバッテリーの循環で、我々が最終的には再製造エコシステム(remanufacturing ecosystem)を構築することは非常に明白である”。

 リチウムイオン電池を無効にする主な方法は 2つある。乾式製錬(pyrometallurgy)と呼ばれる最も一般的な手法では、それらを燃焼させて不要な有機材料やプラスチックを除去する。この方法では、リサイクル業者のもとに残るのは元の材料のほんの一部だけである。通常は、集電箔(current collectors)からの銅と、カソード(訳注4 バッテリーの場合は陽極)からのニッケルまたはコバルトだけである。製錬(smelting)と呼ばれる一般的な乾式製錬法は、化石燃料を熱源とする炉を使用するが、これは環境に適さず、その過程で多くのアルミニウムとリチウムが失われる。しかし、それは単純であり、採鉱産業からの鉱石を処理する現在の製錬工場は、すでにバッテリーを処理することができる。アメリカでリサイクルされるリチウムイオン電池のごく一部(使用済みセル全体のわずか5%)のうち、ほとんどが製錬炉に入れられる。

 他のアプローチは湿式製錬(hydrometallurgy)と呼ばれる。浸出(leaching)と呼ばれるこの手法の一般的な形式では、リチウムイオンバッテリーを強酸に浸して金属を溶液に溶解する。この方法で、リチウムを含むより多くの材料を回収できる。しかし、浸出には独自の課題が伴う。リサイクル業者は、セルを前処理して不要なプラスチックケースを取り除き、バッテリーの電荷を放出する必要がある。これにより、コストと複雑さが増する。 1990年代初頭に最初の商用セルが市場に登場して以来、使用済みリチウムイオンバッテリが[リサイクルされずに]廃棄物として扱われてきた理由のひとつである。新しい材料、特にリチウムを採掘する方が、浸出で回収するよりも数倍安価であることがよくあった。

 レッドウッドは、乾式製錬と湿式製錬を組み合わせて、これらの貴重な材料を回収している。まず、反射性の銀の耐熱服を着た技術者がコンバーターでバッテリーを加熱して金属を分離する。 レッドウッドの燃焼技術(pyro technique)は、従来の製錬プロセスのように化石燃料を使用して材料を燃焼させるのではなく、電解質中の有機物などのバッテリーの残留エネルギーを使用して変換プロセスを推進する。残っているのは、個々の化合物を回収するために湿式製錬プロセスでろ過される金属合金である。

 ストラウベルは、同社の回収技術の詳細については説明することを断ったが、バッテリーのニッケル、コバルト、銅、アルミニウム、グラファイトの 95〜98%、及びリチウムの 80%以上を回収できると主張している。バッテリーがレッドウッドのリサイクル施設を通過するまでに、バッテリーは基本的な成分である炭酸リチウム、硫酸コバルト、硫酸ニッケルに分解されており、バッテリーの製造プロセスに再統合する準備ができている。 ”我々はこれらすべてのバッテリーの再製造エコシステムを構築しようとしている”とストラウベルは言う。 ”材料はほぼ無限に再利用できる。金属原子に固有の劣化はない”。

 リチウムイオンのリサイクルに伴う課題の多くは、それらを処理する施設がバッテリーを処理するために特別に設計されていなかったという事実から生じている。しかし、バッテリーリサイクルの先駆者である人々は、専用の施設を作ることで業界の経済性が向上することを期待している。カナダのバッテリーリサイクル業者である Li-Cycle の共同創設者であるティム・ジョンストンは、次のように述べている。”我々は、リチウムイオンバッテリー用に特別に設計されたオーダーメイドのプロセスに焦点を合わせている。 ”歴史的に、バッテリーは廃棄物と見なされていた。我々は、資源としてそれらを重視することで、考えを逆にすることを目指している”。

  Li-Cycleは、北米で最大のリチウムイオン・リサイクル業者であると自負しており、レッドウッドとは異なる回収方法を採用している。彼らのプロセスは燃焼ステップを完全にスキップし、浸出のみでバッテリーを精製する。まず、バッテリーを大桶(vat)に落とし、同時に放電と細断を行う。これにより、業界では「黒い塊(black mass)」と呼ばれる粒子の粗い化合物が生成される。これは、電極材料の混合物でできている。次に、黒い塊は段階的な化学浴(chemical bath)を通過して、個々の金属のロックを解除する。このプロセスでは、ほとんどすべてが使用可能な原材料に変換される。バッテリーのセパレーターからのプラスチックはフレークに、集電体は銅とアルミニウムの箔に、アノードからのグラファイトは炭素濃縮物に、ニッケル、コバルト、リチウムの様なカソード材料は、新しいバッテリー用に個別に回収される。

 ”我々は問題となるような量の廃棄物を生成することはない”とジョンストンは言う。 ”我々は問題となるような量の大気排出をせず、廃水も出さず、すべてが低温で行われる。フットプリントは非常に小さい”。

 間違いなく、Li-Cycleの最も重要な革新は、化学プロセスではなく、リサイクル施設自体の設計である。 Li-Cycleはハブアンドスポーク・アプローチ(訳注5)を使用しており、バッテリーはアメリカとカナダのさまざまな場所で前処理され、それぞれがセルを「黒い塊(black mass)」に変えるモジュール式の工場である。スポークはこの不活性材料を中央ハブに戻し、そこで使用可能なバッテリーグレードの化学物質に精製される。今日、Li-Cycle はオンタリオ州とロチェスターでスポークを運営しており、2022年にニューヨークに最初の商業ハブを開設する州の許可を受けた。

 各スポークの処理装置は、バッテリーの生産施設または地方自治体の収集サイトの近くに配置できる輸送用コンテナーにパッケージ化されており、バッテリーが使い果たされた後のバッテリーの移動距離を最小限に抑える。このシステムは、リチウムイオン・リサイクルの最も重要なハードルのひとつを回避する。これは、廃棄物を必要な場所に移動することである。これらのバッテリーは、連邦政府によってクラス9 の危険物として指定されている(訳注6)。つまり、輸送中の火災や爆発のリスクを軽減するために、厳格で高価な輸送制限が課せられている。

 製錬と漂白は、リチウムイオン廃棄物で急速に増大する課題に対処するための最も迅速な方法であるが、最良の方法ではない場合がある。最終製品はバッテリーグレードの材料であるが、セルに戻す準備ができるまでには、まだ多くの処理が必要である。たとえば、バッテリーのカソードは、パフォーマンスを向上させるためにナノエンジニアリングがなされている。そのため、一部のバッテリー専門家は、結晶性ナノ構造を破壊することなくカソード材料を回収する直接回収と呼ばれるプロセスに取り組んでいる。これにより、材料の再利用コストが大幅に削減される。

 2019年、エネルギー省はリチウムイオン・リサイクル技術の改善に焦点を当てたリセル(ReCell)センターを主導するためにアルゴンヌ国立研究所を活用した。その目標の重要な部分は、直接リサイクルである。リセル( ReCell)はまだ初期の段階であるが、同センターの科学者たちは、このアプローチの可能性を実証することを期待して、いくつかの直接リサイクル・プロセスに取り組んでいる。彼らはすでにラボでこれらの手法の多くを使用してバッテリーの材料を回収することに成功している実験台上でのデモ(ベンチトップデモ)は、大規模で経済的な方法への第一歩にすぎない。

 ”センターの目標は、業界にこれを採用するよう説得する何かを考え出すことである”と、アルゴンヌ国立研究所のリセル・センターの主任科学者であり輸送システム分析者であるリンダ・ガイネスは述べている。 ”規模を拡大したときに、これがどのようになるかについての全ての疑問に答える必要がある”。  直接リサイクルの課題は、セルが材料回収を念頭に置いて設計されていないことである。代わりに、それらは長期間、そして可能な限り安価にエネルギーを生成するように製造されている。一般的に言って、リサイクルは後から考えることすらない。そして、これはそれらを解体にすることを難しくしている。個々のセルは複雑なシステムであり、いくつかの化学的に異なるコンポーネントが混合され、場合によっては小さな空間の中でそれぞれが溶接されている。これらは、強い酸や非常に高い温度の助けを借りずに抽出することを難しくしている。

 ゲインズと彼女の同僚はとりあえず、すでに存在するバッテリーの構造を生かす方法を見つけることに焦点を当てている。しかし将来的には、費用対効果が高く、パフォーマンスに影響を与えなければ、バッテリーはリサイクルできるように製造される可能性がある。 ”リサイクルを考慮した設計領域”は非常に重要であるが、パフォーマンスをまったく犠牲にすることはできない。そうしないと、誰もそれをやりたがらない”とゲインズは言う。 ”それに対処すべき最良の方法は明白ではなく、正直なところ、その領域では本当に良い仕事が多くあるわけではなかった”。

 それでも、リサイクルの取り組みを改善するためにバッテリーシステムの製造方法に加えることができる変更は他にもたくさんあるとエースレロン(Aceleron)の最高技術責任者(CTO)であるカールトン・カミンズは言う。彼は電気自動車の廃車後の様子を調査し始めた後、2015年に会社を共同設立した。”バッテリー以外のほとんどを再利用できることに気づいた”と彼は言う。”修理、再利用、機能更新を考慮して設計されたものではない。当時の主な焦点は、安価かつ迅速に製造することであった”。その結果、電気自動車の中で、及び定置用蓄電池パックで使用されるセルは、バッテリー毎に複数の溶接部があり、数十個のバッテリーを接続するため、ひとつつのユニットとして制御することができる。カミンズによると、これは家電業界から借りてきた便利な技術であるが、自動車のバッテリーパックをアップグレードやリサイクルのために分解するのが非常に難しくなる。

 この問題に対するエースレロン(Aceleron)の解決策は、一見シンプルである。カミンズと彼のチームは、さまざまな異なるセルタイプを溶接接続なしでそれらを結合することができるバッテリー容器を設計した。同社のバッテリープラットフォームである Circa は、バッテリーをハードシェルケースに圧縮し、取り外し可能な回路を使用して接続する。これは、個々のセルに障害が発生した場合、またはパックの所有者がより良いバッテリーにアップグレードしたい場合、いくつかのナットとボルトを緩めることでセルを交換できることを意味する。”今日のバッテリーの設計方法では、すべてがお互いに溶接及び接着されており、使用後にはバッテリーは廃棄されると想定されている”とカミンズは言う。 ”我々は、リサイクルだけでなく再利用のために設計されたものでバッテリーを組み立てる方法を新たに開発しなければならなかった”。

 リチウムイオン・リサイクル業者が直面しなければならない技術的、政治的、及び経済的課題はまだたくさんあり、成功は保証されていない。たとえば、コバルトはほとんどの電気自動車バッテリーの中で最も高価な材料であるが、バッテリーメーカーは新しいコバルトを使用しない化学物質を追いかけている。この貴重な鉱物が製造業者に売り戻すための混合物に含まれていない場合でも、リサイクル業者が材料の回収に価値があると考えるかどうかは定かではない。それでも、新しい世代のバッテリーリサイクル業者は、リチウムイオン・サプライチェーンのループを閉じ、それを実行している間にお金を稼ぐ方法を見つけることができることに賭けている。彼らが正しければ、彼らは「黒い塊(black mass)」を緑の革命に変えるかもしれない。


訳注1:テスラー
訳注2:リチウムイオンバッテリー
訳注3:スタートアップ
訳注4:カソード
訳注5:ハブアンドスポーク方式
訳注6:リチウムイオンバッテリ危険物


化学物質問題市民研究会
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