国際労働機関(ILO)特集記事 2006年1月6日
アスベスト:潜伏中の有害影響の一部が姿を現す
全世界でのアスベスト禁止に向けて


情報源:ILO Feature service articles, 6 January 2006
Asbestos: the iron grip of latency
Towards a worldwide asbestos ban?
http://www.ilo.org/public/english/bureau/inf/features/06/asbestos.htm

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年1月7日

 ILOは、アスベストの職業関連曝露で毎年100,000の人々が死ぬと推定している。今後5年間で、日本では少なくとも15,000人が死亡するであろうし、フランスでは今後20年から25年で100,000人が死亡する。アメリカでは、1970年以来、アスベスト曝露に関連した死亡、がん、その他健康問題で数十万件の損害賠償の訴訟が起きており、アメリカの数十の会社が破産している−と ILO InFocus Programme SafeWork 代表ジュッカ・タカラは述べている。


【ジュネーブ(ILO Online)】 ヨーロッパでは1950年代に建設されたビルの解体が毎日どこかで行われている。子ども達が学校からの帰り道、作業中の巨大なブルドーザーを見上げている。ブルドーザーは既に一階の解体に取り掛かっている。しかし誰も建物に使われていたアスベストに注意しない。

 わずかな時間に、大量のアスベスト繊維が空中に舞上がり浮遊する。アスベスト繊維は非常に細く容易に呼吸器系に吸い込まれる。化学的に難分解性なので、それらは体内に長く留まり、恐らく永久に肺の中に存在するであろう。有害な影響は数十年の潜伏期間の後に姿を現す。

 ”広く知られているように、アスベストはヒトに2種類の損傷を引き起こす。石綿症(asbestosis)すなわち肺胞又は胸膜の繊維状肥厚、及び、職業関連で最も悪性な腫瘍である中皮腫を含む肺及び喉頭のがんである”−とジュッカ・タカラは説明している。

 アスベストの使用と製造は欧州連合の旧加盟15か国では禁止されており、新加盟国でもすぐに禁止されるであろうが、潜伏中の有害影響の一部(鉄のグリップ)こそが、いまだに多くの先進工業国においてアスベスト汚染を政治的課題として高く位置づけている理由である。

 2005年10月、フランスの上院報告書は、政府がアスベスト汚染問題に適切に対応せず、その結果、アスベストに起因するがん死亡を加速させることになったとして非難した。

 ”1965年から1995年の間に、35,000人がアスベストのために死亡し、今後20年から25年の間にさらに60,000 人から 100,000 人が死亡すると推測される”−と同報告書は述べている。アスベストにより引き起こされる肺がんは潜伏期間が長期であるために、フランスの科学者らは、今後の急激な発生は必然的であり避けることができないと考えており、それは2030年まで続くと予測している。

 ”アスベストは、職業関連の死亡をもたらす最大の、少なくとも最も重要な、単一要因であり、世界中で主要な健康政策課題として重要度が増している”−とジュッカ・タカラはコメントしている。

 ILO による調査を考慮して、日本の環境省は最近、アスベストにより引き起こされる死亡者数の公式な予測を初めて発表した。環境省によれば、2010年までに日本で中皮腫又はその他の肺がんによる死亡者の数は15,600人に達するとしている。

 同省は、アスベストによって引き起こされた疾病の被害者の医療費をカバーし、アスベスト被害者の家族の救済費用に充てるために、策定中のアスベスト特別対策法にこの数字使用するであろう。

 他の諸国に関しては、アスベスト関連肺がんと中皮腫で毎年、アメリカで21,000人以上、ロシアで10,000人以上、中国では110,000人以上が死亡すると ILO は推測している。西ヨーロッパ、北アメリカ、日本、及びオーストラリアでは、今後毎年新たにアスベストに起因する肺がんに20,000人が、中皮腫に10,000人がなると予測されている。


全世界でのアスベスト禁止に向けて

 職場におけるアスベスト曝露関連リスクからの労働者の保護に関するEU指令(83/477/EEC, amended in March 2003)、及び1986年採択のアスベスト使用における安全に関するILO条約第162号により、1970年代以来、世界におけるアスベスト製造が半減した。

 ”それにも関わらず、アスベストはいまだに世界の職場で発がん性第1位の物質である”−とジュッカ・タカラは述べている。”問題は解決したというよりも、場所を変えた。リスクは現在、既存の確立した市場経済ではなくて、経済移行国及び開発途上国において高く、これらの諸国において20年から30年後にはアスベストがヒトの健康の時限爆弾であることが証明されることは確実である。”

 発展途上国では、アスベスト使用は20世紀の最後の30年間で増大しており、一方、アメリカやその他の先進工業国ではこの物質の使用を段階的に廃止した。

 ジュッカ・タカラは、アジアにおける船舶解撤(解体)産業を最も顕著な例として引用した。”バングラディシュやその他の国で解体されている船は平均6トンのアスベストを含有している。そのような船のほとんど全てはアスベストを含み、リサイクルされる。安全な製品をリサイクルすることには何も有害性はないが、防護措置なしで船のアスベストを解体し再梱包することは許容することができない”−と彼は述べている。

 ILO は、その国際的基準(条約、勧告、実施規約)に基づき、アスベストの課題に対する様々な解決を行っている。アスベストの使用における職業的がん、作業環境、安全、及び、化学物質の使用における安全に関する ILO 条約 第139号、第148号第162号及び第170号は ILO 加盟国のうち116 の批准を受けている。

 これらの条約は、国家及び企業レベルで包括的な防護措置を規定することにより、有害なアスベスト曝露から労働者を保護する確固とした法的及び技術的基礎を提供する。知識と経験の共有、情報の普及、直接的な技術援助と技術協力活動を含むその他の方法も、アスベスト関連疾病に対する予防的な取組を強化するために ILO によって採用されている。

 ”我々は、全世界でのアスベスト使用と製造の禁止からは程遠い。しかしアスベストの使用における安全に関する ILO 条約 第162号に 27か国が批准した”−とジュッカ・タカラは述べ、アスベストを禁止した 25か国のうちわけは、EU 15か国、アルゼンチン、オーストラリア、チリー、コスタリカ、ハンガリー、ノルウェー、ポーランド、サウジアラビア、スロベニア、及びスイスであると彼は付け加えた。

 リスクをどこか他所に移すことは、誰にも機会を提供する公平なグローバリゼイション(世界化)の目的に適わない。アスベスト禁止を世界中に広めることは大きなそして重要な課題である。そのために、国際共同体は諸国が必要な再構築措置に対処するのを助け、代替の雇用を創出し、全世界でアスベスト代替品の使用を促進するために知識と支援を提供しなければならない”−とジュッカ・タカラは結論付けた。



化学物質問題市民研究会
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