廃棄農薬が途上国で新たな問題に

情報源:NIEHS Environmental Health Perspectives
Volume 109, December 2001
(NIEHS 月刊誌「環境健康展望」2001年12月号)

Old Pesticides Pose New Problems for Developing World

Valerie J. Brown

http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2001/109-12/forum.html

掲載日:2002年1月1日



 この数十年の間に、古くなり、失効し、禁止された農薬の保管が、発展途上国の人々の健康に対し重大な影響を与えてきている。やっとこの問題が注目され始めたことで、幾分先が見えてきたと考える人もいる。

 国連食糧農業機関(FAO)は、約50万トンの最早使用できない廃棄農薬が発展途上諸国にに散らばっていると推定している。アフリカに最も多く、そこでの問題は深刻であるが、廃棄農薬はラテンアメリカ、アジア、及び、かつてのソ連にも脅威を及ぼしている。

 保管されている農薬は、主に西ヨーロッパで製造されたものであるが、アメリカ、中国、インド、及びその他の諸国で製造されたものもある。それらの多くのものは、直接あるいは援助機関を通じて相手国に売り渡されたり寄贈されたものである。
 FAO 2001年報告書『廃棄農薬保管の問題調査(Baseline Study on the Problem of Obsolete Pesticide Stocks )』中の当該農薬リストによれば、アルドリン、クロルデン、DDT、ディルドリン、及びエンドリンのような残留性有機汚染物質(POPs)が含まれている。これらは、吐き気、発作、肝臓障害の原因となり、死にいたることもある。DDTは、アメリカ厚生省により、人間にがんを引き起こすことが合理的に予想される発がん性として分類されている。

 受け取り国の使用者にとって、使用法や予防措置についての指示書が、例えあったとしても、それらを読むことは不可能であり、容器を飲料水や食料を運ぶことに使用するかも知れない。政府はこれらの農薬が健康を脅かすことは承知しているが、資金不足と適切な廃棄処理の知識が無いために、放置せざるを得ない状況である。
 そのため、多くの廃棄農薬は埋められたり、開放容器の中で焼却されたり、あるいは屋外に野積みにされた容器から漏れだして土壌や水に滲出している。
 農薬成分によっては、より危険な成分に分解されるものもある。例えば、マラチオンはマラオクソンに分解するが、それは10倍も毒性が強いものである。

 タンザニアのケースが典型的である。タンザニアの農薬記録官ジョナサン・アカブハヤによれば、オランダからの贈与農薬のうち1998年現在の廃棄在庫は、905トンに達し、そのうち200トンはPOPsである。半分以上の容器にはラベルも付いていない。3/4のものは安全に輸送するために容器の詰め替えが必要であるが、それら廃棄物の詰め替えと輸送のための資金がない。

 いくつかの国際条約により廃棄農薬の処理を推進する努力がなされてきた。1989年のバーゼル協定は危険廃棄物の国境移動に関するものであった。1998年のロッテルダム協定は情報公開に関するもので、農薬の供与を受けたり購入した国は、その農薬の危険成分について完全に知る権利あるというものである。そして2001年5月のストックホルム協定では、ある種のPOPsを全世界で禁止するという国際社会の意図を宣言するものであった。

 アフリカ貯蔵プロジェクト(Africa Stockpiles Project)と呼ばれる廃棄農薬を処理する広範なプロジェクトが世界野生生物基金(WWF)と農薬行動ネットワーク イギリスにより着手され、10年以内に全アフリカの廃棄農薬を処理することを目指している。世界銀行と産業界の協会であるクロップライフ( CropLife)はこのプロジェクトを支援すると表明した。しかし CropLife インターナショナルは「協会メンバーは自分たち製品(農薬)の安全な処置と保管には関与するが、CropLife が責任を持つのはメンバーの製品に関してのみである」と述べている。
 CropLife インターナショナルの廃棄農薬保管プロジェクトのアンニク・ドラッカーは「我々は、我々の製品の処理だけを行えばよいのであり、他の製品については関与しない」と述べた。

 活動家達はこの方針を批判している。アンドリアス・バーンスドルフがグリーンピースのチームを率いてネパールの廃棄農薬を処理した時に、倉庫の床は、容器から漏れ出した複数の農薬の薄い層に被われていた。「そのような混合物を一社が処理することは実際的ではない。今回は3バーレルだけ容器にとり、残りはそのままにしてきた」とバーンスドルフは述べた。

 それでも、多くの関係者は世界中にこのことが知られるようになって元気付けられている。農薬行動ネットワーク北アメリカの計画部長モニカ・ムーアは、過去12カ月の間に、この事実はよく知られるようになり、容易ならぬ状況であるとの認識と、これについて何かをしたいとう申し出が増加していると述べている。

バラリーJ.ブラウン

(訳:安間 武)

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(Environment News Service (ENS) KATHMANDU, Nepal, October 18, 2001)


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