エンバイロンメタル・ディフェンス報告書
リチャード A. デニソン それは無害ではない カナダ、EU、アメリカの化学物質政策の比較分析 エグゼクティブ・サマリー 情報源:Not That Innocent A Comparative Analysis of Canadian, European Union and United States Policies on Industrial Chemicals RICHARD A. DENISON, PH.D. Senior Scientist, Health Program, Environmental Defense Washington, DC USA In cooperation with Pollution Probe http://www.environmentaldefense.org/documents/6150_NotThatInnocent_ExecSum.pdf 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2007年6月10日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/ed/ed_not_that_innocent_summary.html 今日、産業化学物質は世界中いたるところに存在する。それらは実質的に我々が使用する全ての化学品の製造のための原料または中間製品であり、我々が毎日消費する多くの消費者用及び商業用製品中に含まれる成分である。しかし、化学物質は広く使用されているにもかかわらず、かつては、特に職場以外ではほとんどの産業化学物質に暴露することはありそうにないという考えが広くいきわたっていた。しかし我々は現在、これらの化学物質のあるものは実質的には全ての人々の体内に、そして地球上の最も離れた地域の野生生物や生態系にも蓄積していることを知っている。しかし我々はそれらがどのようにしてそこに到り、またその存在が我々のそして地球の健康にとって何を意味するのかについて、やっと理解し始めたばかりである。 過去数十年間、そのような化学物質に関する我々の考え方は、安全性または有害性を立証できるデータは欠如しているが、それらは安全であることを前提とするというものであった。今日、これらの化学物質のうちのあるものは人の健康と環境へ悪影響を及ぼしていることを示す証拠が増大している。 人の体内や環境中に化学物質が広く存在すること、それらのあるものは害をもたらすことを示す証拠が増大していること、及びそのような悪影響を予測または防止することに我々の政策が無力であること−などの要素のために、世界中で化学物質政策の大改革を求める緊急性が高まった。既存の化学物質政策では化学物質の懸念を効果的に特定し、そのリスクを管理し、より安全な化学物質の開発と使用を促進することができなかったという認識が増大したために、状況が一変した。 過去数十年間、政府の政策は、すでに市場に出ている数万種の化学物質は無害であるとする強い前提に基づいていた。有害性を示す明確な証拠がなければ、製造者はそれらの化学物質は適切であるとして製造し使用する自由を大幅に与えられていた。これらの政策は、医薬品や農薬のような他の分類の化学物質で採用されている”無害であることが証明されるまでは有害である”ことを前提とするというアプローチと比べて著しく対照的である。、医薬品や農薬のような物質について製造者は、少なくとも意図した使用においては安全であることを立証するに足る十分な情報を政府に提供することを義務付けられている。 これとは対照的に産業化学物質では全く逆である。政府、したがって公衆がその有害性を立証しなくてはならない。ジョセフ・フェラーの古典的作品”キャッチ22(Catch-22)[訳注1]”の堂々巡りのように、政府は、実際にリスクが存在するかどうかを決定するのに必要な情報について、潜在的なリスク、あるいは少なくとも広範な暴露を証明するために必要な十分な情報を事前に持っていなければならない。これらの政策は、政府が重大なリスクを示す情報に基づいて化学物質を規制するために措置をとることについて政府により大きな責任を課すものである。政府は、化学物質の製造または使用を制限するためのどのような措置をもとる前に、その化学物質にはリスクがあるとする全ての合理的な疑いを実証しなくてはならない。そして、化学物質の製造者または使用者から情報を入手するために非常に限られた選択肢しかない非常に制限的な”発見する権利(right to discovery)”の下で実施するというのが通例である。 そのような政策の重大な結果として、政府、公衆、そしてしばしば、これらの化学物質を製造し使用する会社は、それらの化学物質の大部分についてその潜在的なリスクをほとんど知らないということである。さらに、会社はよりよい情報を生成することについてほとんど、又は、まったく動機(インセンティブ)がないということである。会社がそのような行為を自主的に行うということは、有害な証拠が発見され、政府による規制の引き金となる可能性が増すだけであると会社はみなすように見える。よい情報が欠如しているということは、我々はどの化学物質がリスクを及ぼすのか、あるいは及ぼさないのか分からない、したがって可能な代替がどれなのか分からないということを意味している。 しかし、数十年間にわたるこのような比較的受身なアプローチの後に、変化が感じられるようになった。ついに、評価されていないあるいは評価中の化学物質の負の遺産に目を向ける努力がなされるようになった。それらには下記のようなものがある。
化学物質政策の中核機能のための最良の実施(Best Practices) この報告書は、アメリカ、カナダ、及びEUの化学物質の評価と管理へのアプローチを比較することによって集められた”最良の実施”を特定する。これらの政策は、それらが提供することを意図した中核機能に関連した多くの共通要素を含む。この報告書は下記に示す6つの機能要素を中心にして構成されている。
■懸念ある化学物質の特定と優先度(第U節) 化学物質政策は、懸念ある化学物質を特定し、情報要求を決定し、評価する化学物質を優先付け、そしてどのようなリスク管理が必要かを決定するのための明確な基準によって裏打ちされるべきである。リスクベース基準とともにハザード基準及び暴露基準が調和して結合されるべである。 比較:
■化学物質及びその製造と使用の特定と追跡(第V節) 1.届出: もし特定の条件に従う場合にのみ届出者による製造が許可されている新規化学物質について、同じ化学物質を製造又は輸入しようとする他のどのような会社も完全な届出と見直し手続きを全て行うことが求められるべきである。 比較:
化学物質の製造、川下処理、用途、及び暴露に関する情報の頻繁な定期的報告要求と、そのような情報に著しい変更が生じた場合には直ちになすべき報告要求との組み合わせは、政府に対し市場にある化学物質を効果的に追跡できる最良の方法を提供するであろう。理想的には、年次報告が求められるべきであるが、実際の報告頻度がもっと少ないならば、年間合計量と使用パターンは毎年報告されるべきである。 比較:
1. 新規化学物質情報要求: 製造量が大きくなるにつれて、及び用途の範囲又は多様性が広がるにつれて、情報量も増大する階層的届出又は登録体系が新規化学物質について採用されるべきである。重要なデータ要求がなくても政府に潜在的な懸念を監視するための機会を与えるために、製造前段階における最初の届出要求に考慮が払われねばならない。しかし、そのようなアプローチは、大きな製造量に達する前ではなく着手時における届出を含んで、後続届出にも加えられる必要がある。 政府は、綿密な評価を実施するために必要なら追加情報を要求する広範な権限を持つべきである。政府は、化学物質の製造量がが上位の階層に到達したら、潜在的なハザード又は暴露が変化したかどうか及び追加的な情報又はリスク管理が必要かどうか決定するために、それを検証する又はそれを求める権限を与えられるべきである。 比較:
政府は、潜在的な又は実際のリスクを証明しなくてはならないという必要なしに、関心ある又は懸念あるどのような化学物質の潜在的なリスクの徹底的な理解を得るために政府が必要であるとみなすテストデータ又はその他の情報を産業側が生成又は提出するよう求める広範な権限を持つべきである。政府は、既存の化学物質から潜在的なリスクの証拠をすでに持っている場合には、そのような情報を求めることを要求されるきである。 化学物質の製造者と使用者は、製造又は使用している化学物質が著しいリスクを及ぼすことがあるということを示唆する情報を生成、受領、又は知った場合には、速やかにそれを報告するよう求められるべきである。 比較:
1.新規化学物質の検証と評価: 政府は全ての新規化学物質を検証することが求められるべきであり、そのために十分な情報と時間が与えられるべきである。たとえ重要なデータ要求がなくても、政府に潜在的な懸念を喚起する早期の機会を与えるために、製造前の段階において最初の届出と検証を求めることに考慮が払われるべきである。しかし、そのようなアプローチは、製造の着手後ではあるが著しい製造レベルに達する前の届出が引き続き行われる必要がある。 比較:
政府は、公衆のメンバーによる推薦を含んで、既存の化学物質のアセスメンのための優先順位が特定される公式なメカニズム、及び評価を実施することの決定が合理的な時間枠の中でなされる透明なプロセスを提供すべきである。化学物質を禁止する又は制限する国家又は地方の政府、又は国際的機関による決定は、法的強制力のある評価の引き金となるべきである。 政府はまた、実施するどのような評価に関しても、さらなる行動が必要とならないような決定を含むことができる確定的な決定に達すること、及び合理的な期間内にこれらの決定とそのベースを公にすることを求められるべきである。 比較:
1.新規化学物質のリスク管理: ハザード又は暴露特性に基づく基準は貢献の化学物質を特定するために確立されるべきであり、政府は基準に適合する化学物質に関するリスク管理措置を課す権限を与えられ要求されるべきである。 比較:
既存化学物質がリスク管理を必要とする十分な懸念があるかどうかの決定は、ひとえにそのハザード、暴露、又はリスク特性に基づくべきである。社会経済的要素はどのような措置が必須であるか決定する上で重要な役割を果たすかも知れないが、化学物質が規制を正当化するかどうかについての決定に影響を与えるべきではない。 既存化学物質のリスクを管理するために政府にかかる負担は、新規化学物質のためのリスク管理より大きくあるべきではなく、潜在的及び報告されているリスクに目を向ける規制を課すことができなくてはならない。 比較:
1.企業機密情報(CBI)及び情報公開とアクセス: 提出された情報の機密を保つために、提出者には下記が求められる。
作業者は、CBI保護対象であろうとなかろうと、彼らが取り扱う又はは彼らが作業中に暴露する可能性のあるどのような物質についても、化学的同定、特性、ハザードと職場暴露全ての入手可能な情報にアクセスできるべきである。 国内州政府、地方政府、自治体、部族又は外国政府など、他のどのような政府も、適切な合意の下にそして受領者が情報の機密を保つための適切な措置をとる場合には、行政目的又は法の執行のためにCBIへのアクセスを与えられるべきである。 政府は、行政上又は国内法の実施に必要な又は役に立つかもしれない、他の政府に提出されたCBIを含む化学物質情報にアクセスできることを確実にすべきである。これを実現するための方法は下記を含む。
比較:
2.化学物質サプライチェーンでの情報の流れ: 政府は積極的に化学物質サプライチェーンの中で双方向の改善された情報の流れを容易にし、必要があればそれを要求するために積極的に行動すべきである。REACHのこれらの用意について、EU以外の諸国での適用可能性と採用可能性が注意深く検証されるべきである 結論 この報告書の中で特定される”最良の実施(best practices)”は、化学物質の安全性の合理的な確保を提供するために罰則や阻害ではなく十分な情報の開発を動機付けるために知識駆動型の政策に向けての転換することに役立てることができる。そのような政策はまた、化学物質の製造と使用から財政的な利益を得る立場の人々に、そして間違いなくそのような情報を自分のものにするために最良の立場にあり、最初から製品のリスク検証までそれを利用する人々に、情報を提供しそれを活用することについてもっと多くの負荷をかけることになるであろう。 訳注1:キャッチ22 ジョーゼフ・ヘラーが1961年に発表した小説。原題は "CATCH-22"。堂々巡りの状況での戦争を、混乱した時間軸のなか幻想ともユーモアともつかない独特の筆致で描いた戦記風の物語。狂気の戦争、戦争の狂気を描いた、現代文学の代表的な作品のひとつである。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%81=22 |