グリーンピース メディア・ブリーフィング 2006年7月6日
セベソ大災害30年 EU 政策にとっての教訓 情報源:Greenpeace Media Briefing, 6 July 2006 The Seveso disaster 30 years on Lessons learned for EU policy http://www.greenpeace.eu/downloads/chem/seveso30mediabriefing.pdf 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2006年8月12日 真夜中の大災害 30年前の1976年7月10日土曜日の真夜中、ミラノ郊外のセベソの大気は、ひとつの化学プラントから立ち込める有毒な煙に満ちていた。 そのプラントのある反応器が加熱し、最も有毒な化学物質のひとつとして知られるダイオキシンを大気に放出させた。プラント周辺地域は非常に激しく汚染されたが、工場周辺に住んでいた736人の人々が避難したのは事故が発生してから2週間後のことであった。数日から数週間後に3,300頭以上の動物が死ぬか、死にそうであったためにと殺された。78,000頭以上が予防的措置としてと殺された。 最初に現れた人への健康影響は、ダイオキシンへの暴露でよく起こる皮膚の発疹、塩素ざ瘡(クロルアクネ chloracne)であり[1]、193人の学童を含んで多くの人々に見られた。健康影響の全貌は未だに定量化されていないが、それは次世代を含むダイオキシン汚染の影響は長い時間をかけてのみ適切に評価できるからである。そうではあるが、いくつかの研究が、事故時に汚染された地域に住んでいた人々は、血液、肝臓、及び骨のがんの発症率が著しく高く、循環系、呼吸器系、及び消化器系の疾病、糖尿病、及び高血圧症での死亡率が高いことを示した[2]。 EU セベソ指令 この事故に対応したEUの政策は産業事故を防止し管理することを目的とする新たな立法であった。EUセベソ指令 82/501/EEC は、1996年に再制定されセベソU理事会指令 96/82/EC となり、さらに2003年に指令 Directive 2003/105/ECで修正された。セベソU指令は、定義された基準値を越える量の危険物質が存在する産業プラントに適用される。 同指令はプラント操業者及び当局に対する多くの要求事項を規定している。前者はリスク管理措置をとり、プラント事故対策計画を作成し、当局に提出するよう求められている。後者は、地域の人々に情報を伝達し、協議し、外部事故計画を確立し、近辺のリスクを考慮した土地利用計画の規則を規定し、日常的な検査を通じて実施を確実なものとするための枠組みを確立しなくてはならない。 セベソ指令のどこが問題か? 目的: 同指令は、状況を”あるがまま(as is)”のものとして対応し、健康、環境、及び安全という観点からの化学物質の使用と製造の妥当性について問題を提起していない。それは純粋なリスク管理の手順である。 範囲: セベソ指令はその範囲を拡張するために何度も修正され、しばしば、その後に起きた化学災害や発見された法の抜け穴への対応であり、それらは、貯蔵を含めること、規制の基準値の変更、物質の新規カテゴリー拡大などであった。それでも多くの欠落があり、その最大のものは危険物質の輸送の除外である。このことは巧妙に利用された。規制基準を超える危険化学物質は輸送タンクローリー車(貨車)に貯蔵された。パイプライン、トラック、バージ(はしけ)は一般的に懸念あるものとして報告されてるが、いくつかの鉄道駅は危険物質貯蔵所としての適用を除外されて運用されている。化学物質又は廃棄物の中間貯蔵施設もまた、2週間前にスロバキアのブラスチスラバの住宅街にある有害廃棄物の中間貯蔵所で起きた火災が示すとおり問題がある。 国内法への置換: セベソ指令は、EU加盟国の国内法に置換される時に異なる解釈がなされるかもしれない。ハザード評価、リスク・シナリオ、及び産業施設周辺の安全ゾーンの定義に違いが起こる。 情報: 同指令は操業者が改善された効率と事故対策計画の調整のための安全データを用意するよう求めている。それは操業者が、潜在的なドミノ効果を含む事故シナリオを考慮するよう求めている。しかし、会社には健康、安全、及び環境影響に関する補足的な情報を求めていない。 法的責任: 大事故に目を向けて設計されているが、同指令は法的責任には目を向けておらず、したがって、法的責任を確立するために訴訟は当該国の刑事又は民事の手続きを経て進めなくてはならない。2003年以来、環境的ダメージは(十分ではないが)環境責任指令(Environmental Liability Directive)によってカバーされている。 1982年から2003年までは、事故が起きると操業者は単に再発防止のための措置又は中長期的影響を緩和するための措置を報告することだけが求められていた。当局は単に再発防止のための措置を勧告することだけが求められた。 きちんとした法的責任制度がないことは化学安全政策の効率に対する主要な障害である。2002年の報告書で、グリーンピースは約50の産業事故を分析し、世界的に法的強制力のある責任の枠組みを唱道した[3]。2002年のヨハネスブルグ地球サミットではこの提案が支持されたが、それ以後は特段の進展は見られない。 トゥールズ 2001年、セベソ指令の限界と欠陥の事例研究 2001年9月21日、フランスのトゥールズ AZF 肥料工場の大爆発事故(死亡者30人、負傷者10,000人、影響を受けた者100,000人)の後、事故調査はセベソ指令の限界について興味ある洞察を行った。同調査が特定した事故の原因の中にセベソ指令では求められておらず、また相性の悪い化学物質(塩素系派生物と硝酸系廃棄物)を危険な距離内で貯蔵することを許したというような包括的な危険性評価の欠如があり、また爆発シナリオが少しも考慮されていなかったという事実がある。 危険な特性及び又は化学物質のライフサイクルに関する安全データの欠如を補うハザードベース及び知識ベースのシステムがあればセベソ指令をもっと効率的なものにしていたであろう。提案されているEUの化学物質規制案ならそれが可能であったであろう。またもしREACHが一般注意義務条項(Duty of Care provisions)を含んでいたなら、無視又は怠慢を主張することで操業者が責任を逃れることを防いでいたであろう。 事故の後、農薬製造にお使用される有毒な塩素系化学物質であり、1984年にインドのボパール大惨事で数千人が殺された化学物質であるホスゲンを製造していた爆発現場近くの工場は、トゥールズから移転させられた。現地の人々は、自分達が被った脅威について知りショックを受け、将来のホスゲン漏洩の潜在的な結果を恐れた。 セベソ指令はこの恐れをツゥールズで緩和することはできなかった。ホスゲンの代わりとなるもっと危険性の少ない化学物質又は技術を使うことができたにもかかわらず、セベソ指令はこの要求を求めなかった。もし、非常に懸念の高い化学物質は、REACHでそのようになるであろう代替評価と代替を必須のものとして求める認可手続きの対象となっていたならば、このような事態は回避することができたはずである。 AZF 災害の訴訟は現実性のチェックとして機能する。規則が産業側及び当局双方の圧力により無視されるということは常にあり得ることである。セベソ指令は監視システムとして機能しなかったのだから、危険性を可能な限り低くするということは事故の影響を軽減するための最良の方法である。 セベソ指令からREACHへ ”ゼロリスク”を達成することはできないのだから、セベソ指令は単に暴露を管理することよりもハザードを低減することを目指すもっとダイナミックなアプローチとして有益であろう。 ツゥールズの事故の後、欧州議会は、最も問題を含むセベソUの論点−リスク管理対リスク防止−に目を向けた決議[4]に同意した。第6項で同決議は、”・・・セベソ事故の時から始まる'リスク管理'への現在のアプローチは現在では広く行き渡っているが、これはすでに(複数の)事件によって有効ではないことが示されており、今は早急に’リスク除去(risk removal)’に基づくアプローチを採用することが必要であり、・・・したがって、トゥールズ災害からの教訓は、可及的速やかに欧州委員会による欧州理事会への提案のベースとされるべきである”−と言及している。 第11項で、欧州議会は”産業リスクに関連する欧州の法律の必要な進展によって提供される機会が、持続可能な開発の脈絡において、ある化学物質及びある陳腐化した製造プロセスの有用性又は目的に疑問を提起することを欧州連合に促すことを望む”−としている。 この要求は回答が得られないままにある。セベソU修正−Directive 2003/105/EC−はこの問題に対応しなかった。公衆健康と環境は、依然として有害物質とそれらに関わる産業事故の脅威にさらされている。 ”リスク除去”と、”ある化学物質及びある陳腐化した製造プロセスの有用性又は目的に疑問を提起すること”は、今年中に対応がなされるかもしれない。それらのことは両方とも代替原則に反映されており、それは、EUが提案する化学物質法の改革、REACH(化学物質の登録、評価、認可)の欧州議会における2005年11月の第一読会で支持された。 その後の手続きでEUの閣僚理事会は、提案されている認可の対象となる全ての有害な化学物質に対する代替原則の適用を支持しなかった。この法案は2006年の遅くに議会で第二読会にかけられた後に閣僚理事会に戻される。 より安全な代替品又はプロセスが入手可能である場合に、がんを引き起こしたり我々のホルモン系をかく乱することができる物質を製造し続けることには倫理的に正当性がない。REACHに関する第二読会でツゥールズの事故の後に議会が表明したことを要求し代替原則を支持することの責任は、今、欧州議会の手の中にある。 セベソやボパール、そしてツゥールズのような産業事故は、我々が有害な化学物質の製造と使用を制限することによってのみ、回避することができる。 注: 1. ウクライナ大統領ビクトール・ユーシェンコの顔は、2004年の後半にダイオキシンの害を被った後に塩素ざ瘡(chloracne)により跡が残った。 2. Stringer, R. and Johnston, P. (2001): Chlorine and the Environment. An overview of the chlorine industry. Kluwer Academic Publishers, Dordrech, ISBN 0-7923-6797-9, pp 317-319 3. http://www.greenpeace.org/raw/content/international/press/reports/corporate-crimes.pdf 4. B5-0611, 0612, 0614 and 0615/2001 更なる情報については下記に連絡ください。 Martin Hojsik, toxics campaigner, Greenpeace International Yannick Vicaire, toxics campaigner, Greenpeace France Katharine Mill, media officer, Greenpeace European Unit |