EU 環境総局への DHI 報告書 2005年9月最終版
環境と人の健康に与える REACH の影響
エグゼクティブ・サマリーの紹介

情報源:Report to DG Environment by DHI Water & Environment
The impact of REACH on the environment and human health
Revised final report September 2005
http://europa.eu.int/comm/environment/chemicals/pdf/impact_on_environment_report.pdf

DHI Water & Environment: http://www.dhigroup.com/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年2月19日

訳注:欧州委員会環境総局がオランダの環境研究コンサルタント会社 DHI Water & Environmentに委託したREACHのもたらす利益に関する調査報告書(全文約100ページ)のエグゼクティブ・サマリーを翻訳紹介します。
エグゼクティブ・サマリー

 EUの新しい化学物質規制案 REACH (Registration, Evaluation, and Authorization of CHemicals 化学物質の登録、評価、認可)は2003年10月に欧州委員会によって発表された。REACHは、化学物質の製造者及び輸入者に彼らの化学物質を登録すること、登録内容は当局によって評価されること、非常に高い懸念のある物質は認可の対象になること、そして、リスクが他の方法では適切に管理することができない場合には制限が適用されること−を求める。

 REACHは、多くの法からなる現状の化学物質規制体系をひとつの統合された規制に置き換えるものである。新しい立法措置の導入は人の健康と環境に、そして社会とビジネスに影響を与えるであろう。REACH与える可能性ある影響に関しては非常に多くの調査が、欧州委員会、各国当局、及び様々な利害関係者によって実施された。これらのほとんどは産業界に及ぼす経済的コストに焦点を当てており、REACHの潜在的な利益について扱った調査は少ない。従って、欧州委員会は環境と人の健康に与える REACH の影響に関する本調査を起案し、委託した。

 環境及び環境を通じて曝露を受ける人に関するREACHの潜在的利益を見積もるための可能性は、十分に開発された手法が欠如していること及びデータが不足していることの両方のために困難を被る。この調査では、我々は、潜在的な利益を評価するために3つの異なる手法を用いてこれらの知識のギャップを回避すること、及び事前審査レベルの多くのデータを用いることを試みた。もちろん、このことは、この調査に基づき引き出すことができる結論の信頼性に影響を与える。

 環境及び環境を通じて曝露を受ける人に与えるREACHの潜在的な影響と利益を評価するのに相応しいと思われる3つの可能性あるアプローチが特定された。それらは、
  • 化学物質の影響を避けるための広範な住民の支払い意思(Willingness to pay / WTP
  • ダメージとコストの間の経験的関連性が確立されている場合には、過去の失敗に基づくダメージ・ファンクション・アプローチ(Damage function approach)
  • 現在の汚染の緩和のためのコストがREACHの可能性ある利益のための上限として見積もることができる場合には、回避又は節減コスト・アプローチ(Avoided or saved costs approach)
 支払い意思(WTP)アプローチは、利益を見積もる方法として経済的には”正しい”とみなされる。しかし、わずか2つの調査実績しか入手できない。ひとつはイギリスの調査で飲料水浄化のための集団の支払い意思を顕在化させたものであり、他のひとつは、化学物質汚染の健康影響、特にがんを回避するための支払い意思を調べたものである。

 最初の調査からの情報は、もし飲料水の品質に対する利益だけを考慮した場合、2017年にREACHは、17億3,000万ユーロ(約2,422億円)の潜在的利益をもたらすと見積られた。この調査はEU加盟25カ国全体の環境に関するREACHの利益に外挿するためには十分ではない。環境利益のための住民の支払い意思は直接的な健康利益より低いが、一方、化学物質汚染による深刻な健康影響を回避するための支払い意思はもっと高いということが想定される。入力データの量が非常に限られているので、得られた結果は不確かであると判定される。

 過去の失敗に基づくダメージ・ファンクション・アプローチは、4つのよく知られた物質 [1] をベースとして用い、REACHによって影響を受けるであろう他の全ての物質に外挿しつつ、検証された。全ての物質を環境的及び健康的な特性に基づいて生産量との組み合わせでランク付けする−例えば大量に生産される残留性有毒物質は非常に高位にランクされる−ことを意図して、ひとつのシステムを確立した。このランキング・システムは、欧州委員会の IUCLID データベース(International Uniform ChemicaL Information Database)及びオランダ EPA の QSAR [2] データベースから得たデータを入力とする EURAM(EU Risk Ranking Method)手法に基づいている。IUCLID データベースからの情報は、年間製造量又は輸入量が10トン以上の物質に制限されており、特性と量に関する情報は8,031物質について供給された。QSARによる計算は45,452の個別有機物質について有効であったが、そのうち4,368はIUCLID データベースに量の情報は記録されていた。入力データの全ては不確かであり、注意して使用しなくてはならない。

 しかし、事例物質として選択された4つの物質[1]は現在、制限されている物質であるにもかかわらず、ランク付けは多くの他の物質が同様かもっと懸念が高いように見えることを示した。ひとつの物質の排出削減の結果得られる利益も他の物質の影響を受けるので、そのような多くの数の物質は物質毎のアプローチに基づく評価を行うことはできない。その代わりに、REACHにより10%(控え目な値である)のコスト削減が行われると算定された。入力データの大きな不確実性と巨大な外挿のために、この手法は本調査で試みられた3つのアプローチの中で最も弱点を持つと判定される。

 回避又は節減コスト・アプローチは、多くの事例に対し化学物質汚染を緩和するための現状のコストを評価するために用いられた[3]。相対的に詳細で正確な情報を得ることが可能なので、事例のいくつかに対するコスト見積りは比較的しっかりしている。これは特に、飲料水の浄化、しゅんせつ堆積物の処理、下水処理汚泥の焼却(農場での処理の代わり)がその顕著な事例である。下水中の化学物質の有害影響による過剰な硝化作用のための余裕を得るための大きな下水処理プラントを建設するコスト及び魚肉の浄化のためのコストが弱点のある事例であると考えられる。この事例調査から、今日、化学物質の排出の影響を緩和するために既に実施されている措置のためのコストは莫大であり、この調査に含まれるこれらの事例だけで2005年には年間70億ユーロ(約9,800億円)達することが判明した。REACHの潜在的な利益はわずか10%であると仮定しても、その利益は、2017年には1億5,000万〜5億ユーロ(約210億〜700億円)に達し、その後の25年間に28億〜90億ユーロ(約3,920億〜1兆2,600億円) が加わると見積もられている。

 結果の概要は下記の表 A-C に示される。見積りのほとんどはREACHが一般環境汚染のレベルを10%削減するという仮定に基づいている。

表 A REACHの潜在的利益の概要(単位:100万ユーロ/億円
潜在的な節減コストアプローチによる(最もしっかりしたアプローチ)
事例 2017年 2017-2041年
下水処理プラントの建設 7.1-24/9.94-33.6 131-440/183.4-616
飲料水浄化 49-302/68.6-423 896-5,564/1,254- 7,790
浚渫沈殿物の処理 13.1-78/18.3-109
(78-470)*/(109-658)*
241-1,450/337-2,30
(1,444-8.660)*/(2,020-12,124)*
下水汚泥 83/116 1,520/2,2128
魚肉の浄化 0.9/1.26 16/22.4
事例合計利益 153-488/214-683 2,804-8,990/3,926-12,572
*) 汚染汚泥の60%削減ベース

表 B REACHの潜在的利益の概要(単位:100万ユーロ/億円
住民の支払い意思プローチによる(弱いアプローチ)
事例 2017年 2017-2041年
飲料水浄化のための支払い意思 1,730/2,422 34,000/4,760

表 C REACHの潜在的利益の概要(単位:100万ユーロ/億円
事例物質の外挿による(最も弱いアプローチ)
事例 2017年 2017-2041年
深刻な健康影響の回避 210-2,500/294-3,500 4,000-50,000/5,600-70,000
改善下水汚泥の再利用 16-133/22.4-186 300-2,600/420-3,640
事例合計利益 226-2,633/316-3,686 4,300-52,600/6,020-38,292

 最もしっかりしたアプローチが利益の見積りが最も低い結果を導き、最も弱いアプローチが利益の見積りを最も高くするということが概要表からみえる。しかし、3つの異なるアプローチは異なるコストと利益を見積もっている。最もしっかりしたアプローチは汚染された基盤(水、汚泥、堆積物、魚製品)を見積り、最も弱いアプローチは主に節減された健康コストを見積もっている。使用された異なる手法の最善の反映と見積もられた影響(すなわち暗示的値)に関連する不確実性のレベルを得るために、我々はそれらを明確に区別することとした。

 従って、結論として、環境及び環境を通じて曝露を受ける人に関するREACHの潜在的利益は、最もしっかりしたアプローチを使用すると少なくとも2017年には1億5,000万〜5億ユーロ(約210億円〜700億円)、その後の25年間の潜在的長期利益は28億〜90億ユーロ(3,920億〜1兆2,600億円)となる。これらの見積りは、データがしかりしている事例とREACHの潜在的利益に関する仮定との組み合わせに基づいている。

 少し弱いアプローチを用いると、節減される健康コストからの利益は2億〜25億ユーロ(280億円〜3,500億円)、その後の25年間の潜在的長期利益は40億〜500億ユーロ(5,600億〜7兆円)となる。再度、これらの値は、環境及び環境を通じて曝露を受ける人に関するREACHの潜在的利益の暗示的な値としてのみ見ることができる。その値は非常に弱いが入手できる最良のデータセットに基づいている。もっと正確な見積りは新たなデータの生成を必要とし、REACHの主要な役割が正にそのようなデータの生成である。

 我々、この報告書のレビューの目的で組織された2つの専門家グループから受けた情報とコメントについては特に感謝する。彼らの公衆健康と環境、リスク評価、QSAR 、及び環境評価の分野での特別な専門性はこの調査の成功にとって非常に重要であった


Notes:
[1] 1,2,4-trichlorobenzene, nonylphenol, tetrachloroethylene and PCBs

[2] Quantitative Structure-Activity Relationship (QSAR). QSAR are methods for estimating the toxicity and other properties of a chemical from its molecular structure.

[3] Sewage treatment, drinking water purification, disposal of dredged sediment, sewage sludge incineration/disposal and cleaning of fish meal



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