ケムセック(ChemSec) 2025年2月27日
騙されてはいけない:
簡素化とは規制緩和を意味する

 現在、ヨーロッパでは規制の簡素化が盛んに議論されているが、
実際には規制緩和を意味する。イーロン・マスクのチェーンソーが
ブリュッセルにやって来て、政策立案者たちはグリーンディールの
貴重な持続可能性に関する情報をすべて木材粉砕機に投入している。

情報源:ChemSec 27 Feb 2025
Don't be fooled:
Simplification means deregulation

There's a lot of talk about simplifying regulations in Europe right now,
but what it actually means is deregulation. Elon Musk's chainsaw has come
to Brussels, with policymakers throwing all of the Green Deal's valuable
sustainability information right into the woodchipper.
https://chemsec.org/dont-be-fooled-simplification-means-deregulation/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2025年4月30日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/NGOs/250227_ChemSec_
Dont_be_fooled_Simplification_means_deregulation.html



 政治は二重表現(ダブルスピーク)で満ちている。我々はあの国を占領しているのではなく、”平和と民主主義への移行を支援している”のだ。収益性の高い資産を民間部門に売却しているのではなく、”個人の選択と自由を拡大している”のだ。

(訳注:ダブルスピーク(Doublespeak、二重表現、二重語法)とは、受け手の印象を変えるために言葉を言いかえる修辞技法。一つの言葉で矛盾した二つの意味を同時に言い表す表現方法である。ウィキペディア

 欧州委員会が最近行っている二重表現は、規則や規制を”簡素化する”キャンペーンである。何かを簡素化することに反対する人はいない。複雑な規制を誰にとっても分かりやすくすること以上に、有益で役立つことがあるだろうか?

 1月、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は”前例のない簡素化の取り組み”を約束した。彼女は特に、EUグリーンディールの主要部分を標的にした。このディールでは、企業に持続可能性に関する取り組みの透明性を求める規則が”大幅に簡素化”される予定である(ブリュッセルの専門用語では、CSRD、CS3D、CBAM、そしてEUタクソノミーのことを彼女は言った。)

(訳注:欧州委員会、脱炭素と経済成長の両立を図る「欧州グリーンディール」を発表EU News 228/2019

(訳注:CSRD:2023年1月に発効された CSRD は、EU 域内の大企業や上場企業に対するサステナビリティ情報の義務的な開示を規定した指令である。2024年度の会計年度から報告の対象となり、2025年以降日本企業も EU 域内に子会社があって開示対象の条件に一致した場合、開示の対応が求められる。おしえて!アミタさん

(訳注:CS3D:企業サステナビリティデュー・ディリジェンス指令(CSDDD)は、「CS3D」とも呼ばれ、EU 域内及び域外の企業に対し、自社の事業やサプライチェーンの全段階にわたって生じる人権や環境への悪影響を特定するためのデュー・ディリジェンス・プロセスの設置を義務付けるEUの規制となりる。本指令は欧州議会で正式に採択され、最も早い企業で2027年7月26日から適用が開始される。(2024年7月25日発効)。欧州CSDDDの概要 | Grant Thornton

(訳注:CBAM:EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の解説(基礎編)欧州委員会は2021年7月、「欧州グリーン・ディール」の実現に向けた気候変動対策の政策パッケージ「Fit for 55」の一環として、炭素国境調整メカニズム(CBAM)規則案を発表した。CBAM規則は2023年5月17日に施行され、2026年からの本格適用を前に2023年10月1日から対象事業者に報告義務を課す移行期間が開始された。CBAMとは、EU排出量取引制度(EU ETS)に基づいてEU域内で生産される対象製品に課される炭素価格に対応した価格を域外から輸入される対象製品に課す制度である。JETRO

(訳注:EU タクソノミーとは、経済活動や投融資が環境的に持続可能であるかどうかを明確にする分類のことです。タクソノミーとは「分類」を意味し、持続可能の定義を明らかにすることで、真に環境に配慮した経済活動への投資を促す狙いがあります。エスプールブルードットグリーン

 その結果、これらの法律が弱体化される可能性はあるのであろうか? もちろんそのようなことない! 目的は”規制緩和ではなく、簡素化である”と、欧州委員会のテレサ・リベラ副委員長はフィナンシャル・タイムズ紙に明言した

真実は明らかになった

 今週発表された”EU規則の簡素化と競争力強化”を目的とした、いわゆるオムニバス法案パッケージが真実を明らかにした。これは純粋に規制緩和に関するものである。

(訳注:オムニバス法案は、欧州連合(EU)の企業のサステナビリティ報告やデューデリジェンスに関する規則を簡素化するため、2025年2月26日に欧州委員会が発表したもの。具体的には、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)や、企業サステナビリティデューデリジェンス指令(CSDDD)、EUタクソノミー規則、炭素国境調整メカニズム(CBAM)などの対象企業を減らしたり、報告や支払いの義務を縮小したりすることを提案している。ESGグローバルフォーキャスト 2025.04.22

(訳注:デューディリジェンス(Due diligence)とは、企業などに要求される当然に実施すべき注意義務および努力のことである。ウィキペディア

 当局は認めたがらないが、イーロン・マスクのチェーンソーはブリュッセルにもやってきた。少なくともマスクは、自分の行動について正直でオープンである。

 オムニバス法案は、簡素化の議論は、持続可能性に関する既存の規則、特に進捗状況の測定、企業へのインセンティブ付与、そして不遵守への処罰に不可欠な情報の提供を約束する規則を弱体化、あるいは完全に放棄するための煙幕に過ぎないことを明らかにしている。

 したがって、これらの提案は、EU 企業の大部分が地球を汚染し続けることを許容することになる。事実は以下の通りである。
  • 企業の 80%は、自社の活動が持続可能性にどのような影響を与えているかを報告する義務がなくなる。
  • 残りの 20%は、今後 2年間は報告義務がない。
  • 企業の 85%は、EU タクソノミー(どの経済活動をグリーンとみなせるかを決定するもの)に基づく報告義務がなくなる。
  • 産業汚染に関し、”重大な害を与えない(do no significant harm)原則”は実質的に削除され、持続可能なはずの投資が汚染を助長する可能性がある。
  • 欧州委員会は、残っている持続可能性規則の施行を中止し、EU 加盟国の政府に委ねることになる。
(訳注:Do No Significant Harm:「重大な害を与えない」とは、関連する場合、規則(EU)2020/852の第17条の意味において、環境目標に重大な害を与える経済活動を支援または実施しないことを意味する」。European Commission

二つの矛盾

 ”簡素化は約束された、そして実現された!”とフォン・デ・ライエンは述べた。皮肉なことに、こうした簡素化を実現するために、欧州委員会は 2つの指令と 1つの規則を必要とし、1つの委任法令に関する協議を開始し、2つの職員作業文書を公表し、報告基準の改訂を約束した。これは 150ページを超える複雑な内容である。

 さらに、これらの提案は、同日公表されたクリーン・インダストリアル・ディール(CDI)と矛盾している。CDIは、民間投資の動員には”長期的な規制の安定性が必要”と述べている。ところが、欧州委員会は規制を変更することで、投資環境を不安定化させている。

(訳注:EU:クリーン産業ディール(CID;Clean Industrial Deal)を提案 〜自動車・鉄鋼・金属の競争力強化と脱炭素化推進に向け EU 炭素国境調整メカニズム(CBAM)が簡素化へ〜 B.A.U.M. 2025年3月7日

ブラックボックスを見つめる

 ”現在、EU における有害化学物質の使用に関する透明性はわずか10%である。CSRD や CS3D といったグリーンディール関連法があれば、誰が有害物質を製造し、どの程度使用しているかについて、はるかに明確な情報が得られる。それがなければ、我々はブラックボックスを見つめているようなものである”と、ChemSec のサステナブル・ファイナンス責任者であるソニア・ハイダーは述べている。

 ”CSRD 報告義務は今年施行される予定であり、企業は既にサステナビリティ報告とデューデリジェンス(訳注: due diligence とは、企業の経営状況や財務状況などを調査すること)に多大な労力を費やしている。これを廃止することは莫大な無駄遣いとなり、サステナビリティを競争優位性と捉えている企業に事実上ペナルティを課すことになる。さらに、投資家自身も財務リスクを評価するためにこのデータを必要としている”。

サステナビリティ報告のコストは過度に誇張されている

 2月には、運用資産総額 6兆6000億ユーロ(約1,080兆円)に上る 162の資産保有者と資産運用会社を含む 200以上の金融セクター関係者が、EU 委員会に対し、EU のサステナブルファイナンス枠組みの”完全性と野心を維持する”よう求める共同声明に署名した。

 サステナビリティ報告のコストは過度に誇張されている一方で、それを廃止することは経済的に全く意味がないとアナリストは指摘している。中国が独自の厳格なサステナビリティ報告基準を導入しようとしているまさにその時期に、EU が CSRD を廃止または延期することは、極めて皮肉なことである。

 これらの提案が可決されれば、EU はクリーンで持続可能な経済成長のためのプロジェクトの知識基盤を破壊することになるであろう。イーロン・マスクの言葉を借りれば、それを木材粉砕機に投入することになるのである。これは EU における有害化学物質の管理にとって大きな後退となるであろう。測定できるものしか管理できないのだから。そして、生態系の保護とすべての EU 市民の健康にとって悲劇となるであろう。


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