(99/10/19掲載)

[モーンダー版のCD]


 前回とりあげたバイヤー版は、ジュスマイヤーがモーツァルトの原曲にほどこしたオーケストレーションを修正して、よりモーツァルトらしい響きに直すことを目指したものです。しかし、SanctusBenedictusのように、後にジュスマイヤーが作曲した部分も、オーケストレーションを変えただけで、骨組みはそのまま残すという中途半端なことをやっているため、モーツァルトが本来作ったであろう形に復元するという立場からは、やや物足りなさが残るのも否定できません。
 今回のテーマ、「モーンダー版」の校訂者であるイギリスの音楽学者リチャード・モーンダーのアプローチは、もっと徹底したものでした。彼はジュスマイヤーのスコアを詳細に解析し、作曲技法的に「モーツァルトだったらこんなことはしない」と思われる箇所を徹底的に調べ上げたのです。その結果、彼がたどり着いたのは、次のような結論です。

SanctusBenedictusは、断片的にモーツァルトの楽想が見られなくはないが、全体として、モーツァルトが作ったとはとても考えられないので、割愛する。
他人が作ったものでごまかすよりは、ハ短調ミサ(K.417a)のように、未完のものは未完のままでもいいじゃないかといういさぎよい姿勢が、モーンダー版の一番の特徴です。

Agnus Deiについては、Introitusからのテーマの引用や、K.196bのミサ曲との類似点など、ジュスマイヤーの能力を超えた部分が見られるので、なんらかの形でモーツァルトが関与した可能性が高いと判断して、割愛はしない。ただし、若干の修正を行う。
ジュスマイヤー版の1516小節と3233小節の間奏がカットされてます。さらに、45小節目の減7の和音は前後のつながりがモーツァルトらしくないので、バス声部をGesにして、属7の和音にしてあります。(下の譜例)
ジュスマイヤー版 モーンダー版

Lacrimosa 9小節以降のジュスマイヤーが作った部分は割愛する。しかし、ここはなにか別のもので補填する必要があるので、Introitus の中のテーマを用いて新たに作る。さらに、Amenの部分は、1961年にヴォルフガング・プラートによって発見された、おそらくレクイエムのために作曲されたであろう16小節から成るフーガのスケッチ(下の譜例)をもとに、補筆して挿入する。

■ジュスマイヤーのオーケストレーションは、モーツァルトの同じ時期の作品を参考にして、書きなおす
目指すものは同じでも、結果的にはバイヤー版とは全く異なったオーケストレーションになってしまったのですから、面白いものですね。「復元」作業のむずかしさはこういうところなのですよ。

[モーンダー版のCD]