(99/9/7掲載)


DG 463 181-2
 日頃出入りしているインターネットの掲示板で、「アバドのモツレクちょっと変」という書き込みを見つけました。アバドとベルリン・フィルは、716日にザルツブルクでカラヤンの没後10周年記念(違うな。「追悼」だ。)演奏会というのをやっていて、これはBSで生中継されたのですが、あいにく留守録を忘れてしまって、聴きのがしてしまっていたのです。アバドのことですから、もしかしたら何か変わったことをやってくれるのではないかという期待があったので、取り返しのつかないことをしたと落ち込んでしまいました。ところが、この演奏会の模様が、まだ1月ちょっとしかたっていないのに、もうCDになってしまったのですね。書き込みの主は、新譜に敏感な方ですので(CD店の店員さんだった!)、いち早くこのCDをお聴きになったのでしょう。
 やはりアバドはなにかやってくれていたのですね。矢も楯もたまらず、その日のうちにCDをゲットして、わくわくしながら聴いてみました。まあ、でも、アバド/ベルリン・フィルという超メジャーな顔触れ、しかもこんなに早くリリースされるということは、当然大きなマーケット、言い換えれば平凡なリスナーがターゲットの商品ですから、それほどマニアックな挑戦はしているとは思えません。だから、最初はジュスマイヤー版に少し手を入れた程度のものかと思って、少し油断をしてジュスマイヤー版のスコアしか用意していませんでした。

 確かにKyrieまではジュスマイヤー版、でもちょっとTpTimpのパターンをいじっているところはあるかな。あれ、なんだかバイヤー版みたいだぞ。フェルマータの後も金管が入ってますね。次のDies Iraeの金管のパターンはまさにバイヤー版。だめだ、バイヤー版のスコアも出さなくっちゃ。読みは当たって、Tuba Mirumになったら、弦のパターンが1拍目にも四部音符が入るバイヤー版にしかない特有の形。
これはもうバイヤー版にまちがいない、いまどき珍しいこととスコアを見ながら聴いていたのですが、なんだか、たまに譜面にない音が出てきたりします。(14小節目など)
あわてて残りの版のスコアをかたっぱしからみていったら、ありました。レヴィン版です。つまり、ベースはバイヤー版で、ところどころレヴィン版から気に入ったフレーズを拝借しているのだということだったのですね。もちろんRex Tremendae、頭の小節の管楽器はありません(この辺まではこちらを参照)。
 だから、Lacrimosa はもちろん普通のジュスマイヤー版の長さ、というかジュスマイヤー版そのもの(ただし,21小節目をレヴィン版みたいにカットしています。)で、アーメンフーガも入っていません。まあ、穏当なところだなと納得しかけたのですが、それが間違いでした。Sanctusになったらいきなりでレヴィン版のオブリが聞こえてくるではありませんか(しかし、ティンパニパートはジュスマイヤー版)。続くOsannaも、レヴィン版の長いやつ。
 全曲聴きたい方は→
そうなのです。ずっとバイヤー版がメインで行くと思っていたら、なんと、このあたりはもろレヴィン版メインで攻めて来たのです。だからBenedictusも、このオブリです。
それにつづくOsannaもジュスマイヤー版とは全く別の曲。ここまでやるんだったら、いっそLacrimosa もきちんとレヴィン版でやって欲しかったな〜。

 そんなわけで、何種類ものスコアと格闘しながら、アバドが使った版を明らかにしてみたのですが、聴き終わってからよくよくライナー(英文)を読んでみたら、「ジュスマイヤー版を、バイヤー版とレヴィン版を用いて修正した」と書いてありました。これを知っていれば、他のスコアを出してくる必要はなかったのですけどね。ただ、このコメントは事実を正確にはあらわしてはいないのではないかと突っ込みたくなってしまいます。これは「修正」などというなまやさしいものではなく、パートによっては完全にバイヤー版なりレヴィン版に置き換えられているのですから。言ってみれば「ジュスマイヤー版とバイヤー版とレヴィン版の気に入ったところだけを脈絡なく寄せ集めた」ものなのではないでしょうか。この「脈絡なく」というのがキーワードで、曲の前半と後半では同じパートでも版が違っていたり、1小節だけ突然別の版が入ってきたり、この演奏のパート譜を作った人はさぞや大変な思いをしただろうな〜と、要らぬ心配までしてしまいます。(聴いて版を判定するのはもっと大変。こんな力仕事は金子建志におまかせ。)
 しかし、ここで見られるアバドの気まぐれというか、首尾一貫のなさはいったいどうしたことでしょう。こんなことだから団員に嫌われる?

 このCDは、もうすぐ国内盤もリリースされます。なにも知らないで聴いた人は、さぞびっくりすることでしょう。これがきっかけになって、ちゃんとしたレヴィン版も注目されるようになれば、なかなか喜ばしいことではありますが。ちなみに、フルのレヴィン版も、版元のHänsslerからモダン楽器、Telarcからオリジナル楽器のCDが出ています。
ヘルムート・リリンク指揮
ゲヒンガー・カントライ
Hänssler CD 98.146(rec.91/12)
マーチン・パールマン指揮
ボストン・バロック
Telarc CD-80410(rec.94/11)

山岸健一さんのご指摘の基づき、一部修正しました。(9/29)