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(02/6/12作成・6/26改訂)

(02/6/22掲載)


 今の日本の音楽シーンでは、好んで聴かれる曲というものは、世代によって見事に差別化されています。60を越えた人がヒップ・ホップを聴くことなど考えられませんし、10代で浪花節などを嗜もうものなら、間違いなく変人扱いされてしまうでしょう。そんな中で、「君が代」という曲は、どんな世代の人でも間違いなく聴いたことがあるし、場合によっては「歌った」こともあるという、極めて稀な存在になっています。特に、「2002FIFAワールドカップ」という全国民を巻き込んだ一大イベントでのヘビーローテーションのおかげで、この曲の認知度は格段にアップすることになったのです。
 この曲の音楽的な稚拙さを論じるのは簡単なことです。しかし、多くのヒット曲の例を引き合いに出すまでもなく、その曲がヒットするか否かは、音楽性ではなく露出の多寡にかかっています。まして、この曲の場合、100年以上という時間的なスパン、学校教育をフルに活用したプロモーションと、売り出しの手間といったらハンパではありません。かくして、日本で唯一、聴き手(歌い手)を選ばないヒット曲が誕生したのです。

 ところで、この曲がおおっぴらに歌われるようになってくると、「君が代には2番の歌詞があるのではないか」という声が、どこからともなく沸き起こってくるようになりました。「田舎の結婚式で、確かに2番まで歌っていた」というような具体的な証言まで現われてきては、ただの噂では済まされません。きちんと調べて見ることにしましょう。
 
 ものの本によると、「君が代」が最初に作られたのは1870(明治3)年のことでした。歌詞は古今集に読み人知らずとして載っているものとも、古歌薩摩琵琶歌「蓬莱山」の中にあったものとも言われています。作曲したのはイギリスの軍楽隊長ジョン・ウィリアム・フェントンですが、メロディーは今のものとは違っていました。こんな感じです。(フェントンは、イギリス陸軍を退役後、日本の海軍軍楽教師となります。)
 フェントンは日本語が分からなかったため、この曲では歌詞とメロディーが見事にミスマッチになっています。そこで、海軍省はこの歌詞に合うメロディーを宮中音楽の様式で作るよう、宮内省に依頼しました。その結果、1880(明治13)年、一等伶人(楽人)林廣守(ひろもり)の撰によって、伶人奥好義(よしいさ)の作ったメロディーが提供され、それをフェントンの後任の海軍軍楽教師フランツ・エッケルト(ドイツの音楽家)が吹奏楽に編曲して、現在の「君が代」が完成したのです。これはもちろん現在歌われているものと全く同じで、歌詞も1番しか有りません。
 ところで、その翌1881(明治14)年、文部省音楽取調掛が発行したわが国初の音楽教科書「小學唱歌集初編」(大日本図書株式会社刊)には、それとは全く異なった「君が代」が載っています。それは、こういう歌詞で、2番まで有ります。
1番:
君が代は ちよにやちよに さざれいしの 巌となりて こけのむすまで うごきなく 常盤(ときは)かきはに かぎりもあらじ

2番:
君が代は 千尋(ちひろ)の底の さざれいしの 鵜のゐる磯と あらはるゝまで かぎりなき みよの栄を ほぎたてまつる
 1番は、前年に作られた「君が代」に、当時この教科書編修に参加した東京師範学校教員の稲垣千頴が後半の歌詞を創作して補ったとされ、2番の始めの和歌は源頼政の作と言われています(後半は、やはり稲垣の創作)。

この曲の楽譜とMIDIです。


 結果的には、こちらのほうは学校でもあまり唱われなかったらしく、文部省は明治26年8月の告示で、今使われているほうを学校の儀式に用いるよう制定しました。

 というわけで、「本家・君が代」には2番の歌詞は存在していないことが明らかになりました。おそらく、先ほどの証言にあった「田舎の結婚式」では、文部省バージョンの2番の歌詞の前半が歌われたのでしょう。しかし、この「別の」君が代、途中でドッペルドミナントを使うなど、なかなか垢抜けたもので、「本家」よりもずっとキャッチーだと思えるのは、私だけでしょうか。人によっては、同じコード進行を持つ「鉄腕アトム」を思い出すかも知れませんね。もちろん、多くの小学唱歌の例にもれず、これは文部省のオリジナル曲ではなく、原曲はイギリスの作曲家ウェブという人が作った「讃美歌」だそうですが。

6/19追記)
Perc浅野さんから、次のような情報をいただきました。
現在、(オリンピックやW杯やNHKの放送終了クレジットで)オフィシャルに演奏されている管弦楽版の「君が代」は、近衛秀麿編曲のものです。
実はひょんなことから、この編曲のパート譜のコピーが手元にあります。曲は4管編成で書かれており、コントラファゴット、バス・クラリネットもありです。とはいうものの、やってることは複数のパートでのダブりばかりで、2管のオケでも同じように響くよう配慮されています。
ちなみに打楽器は大太鼓、小太鼓のみで、こちらは吹奏楽版にも違和感なくコンバートできるような配慮なのでしょうか。

■参考サイト
東書文庫内の「教科書エッセイ/もうひとつの『君が代』」から、多くの記述を参考にさせていただきました。ここでは、「小學唱歌集初編」掲載の歌詞と楽譜の画像を見ることが出来ます。さらに、Real Audioで実際の歌唱を聴くことも出来ます。
■参考資料
君が代のすべて:キング・レコード/KICG-3074


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