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(00/3/11作成)
(00/4/15掲載)


 このところ、毎年の恒例となった、角田市での第九の演奏会ですが、今年の指揮者は二年ぶりのお目見えとなる佐藤寿一さん。とてもエネルギッシュな指揮ぶりと、おおらかなキャラクターは、私たちを魅了してやみません。
 どのぐらいのおおらかさかと言うと、最近流行のベーレンライター版などには目もくれず、ひたすら従来のブライトコップフ版にこだわるという程度のおおらかさかなのです(そんなんじゃわかんないよ〜)。
 ところで、角田では第九の他に名曲を演奏するのが習わしとなっていますが、今回は今度の定期演奏会の曲目である、チャイコフスキーのスラブ行進曲を使い廻すことになりました。で、この曲を練習していた時に、そんなわけで楽譜の版については無頓着だとばかり思っていた寿一さんが、とんでもない話を披露して下さったのです。
 指揮者用のスコアを入手する時に、つい安さの魅力に負けてドーヴァー版を購入したというのですが、中を開いてびっくり、普段演奏するのとは全然違った楽譜だったのです。小節数も少なくなっていたそうです。
 楽譜屋さんやCD屋さんでよく見かけるカラフルな表紙のドーヴァー版のスコア。大判の見やすさとリーズナブルな価格で愛好者は多いですよね。もうすでに権利が消滅している楽譜を復刻してあるので、あれだけの価格が実現したわけですが、そのために現在では入手不能な珍しいものが見つかることもあります(ハース版のブルックナーとか、フォーレのレクイエムの初版)。これもそんな珍品で、旧ソ連で出版されたものの復刻。その時の寿一さんの解釈では、曲のなかに引用されている帝政ロシアの国歌がカットされているとか。
 だから、「値段につられてこんな欠陥スコアを買ってはいけません。」というのが彼の話。しかし、そこからネタのにおいを嗅ぎつけるのが私の性。その日のうちに件のドーヴァー版を手配していました。
 全音版のスコアと比較して捜し出した相違点は、次の2ヵ所です。
MIDIを用意しましたので、聴いてみて下さい。

123小節から
 チューバと弦楽器に「国歌」が現れますが、ドーヴァー版では
2小節目から3小節分まるまるカットされています。したがって、「国歌」のメロディーは全く分からなくなってしまいました。

通常版 ドーヴァー版
200小節から
 
5小節目からファゴット、トロンボーン、チューバ、低弦に「国歌」が現れます。ドーヴァー版はこれを前半と同じヴァンプに変えました。最後の音も違いますが、じつはドーヴァー版ではこの後に続く三連符主導の4小節間をカットしているのです。

通常版 ドーヴァー版

 さらに、お買い得なドーヴァー版には「1812年序曲」も収録されているのですが、388小節から始まる「国歌」が、全く別のメロディーに差し替えられています。
 さて、やはりMIDIだけではものたりませんね。そこでお願いです。この旧ソ連の改訂版で実際に演奏している録音をご存じの方、もしCDなどをお持ちでしたら、演奏者と品番を教えて下さい。

追記(00/3/19)
この件について、中本さんとおっしゃるチャイコフスキーに関して造詣の深い方から、さっそく次のような貴重な情報をいただきました。

 スラブ行進曲の帝政ロシア国歌のカットについてですが、私も以前から関心が有り調べて参りました。
クラシックファンでありチャイコフスキーおたくである私としてはこの話に関してだまっておれません。僭越ながら私の知る範囲でお話させていただきます。
  旧ソ連で刊行されたチャイコフスキー全集に多くの改ざんがあったことはすでによく知られております。チャイコフスキーの人間性にまつわる悪いイメージを与えかねない日記の記述がカットされたり、ソビエト連邦が革命立国であったがゆえに、帝政ロシアに関する部分もカットされたということです。
 そしてその改ざんは音楽にまで及びました。 帝政ロシア国歌をもろに引用した「1812年」「スラブ行進曲」「ピョートル大帝生誕200年記念カンタータ」では帝政ロシア国歌がカットされました。「ピョートル大帝〜」は演奏される機会がないためか楽譜をばっさり削ったままですが、人気の2曲についてはそうもいかなかったのか、「1812年」ではグリンカの「イワン=スサーニン」の終曲(現在のロシア国歌だったような?) を帝政ロシア国歌の替りに組み入れ、「スラブ行進曲」では貴サイトに記述のように編曲されました。(もう1曲「デンマーク国歌による祝典行進曲」にもロシア国歌らしきメロディーが頻繁に出てくるのですがそちらは改竄の手をまぬかれたみたいです)。編曲したのはシェバーリンと言う作曲家であるらしく、時々「シェバーリン版」などとも呼ばれています。
 あの金子健志氏が10年程前に何かに書いていたのを立ち読みして知ったのですが、旧ソ連ではソ連の演奏家がこれらの曲をソ連国内で演奏する場合、全集版を用いなければならないと決められていたそうです。(ただし、いずれもカットされたオリジナルの楽譜は、付録として巻末に収められていたので、改竄の事実が隠されていたわけではなかったと思います。Dover版では付録部分までは掲載されていなかったかも知れません。)
 当然レコーディングもその例外ではなかったようですが、やはり抵抗があったのか、ソ連の名だたる指揮者もこれらの曲の録音を殆ど残さなかったようです。私はソ連のメロディアの「LPレコード」で「1812年」「スラブ行進曲」を2曲ずつ所有しておりますが、「スラブ行進曲」は一人はラザレフ、もう一人はK.イワノフという指揮者であったように思います。
 で、それら2種類の録音ともが、旧全集版通りに演奏しているのではなく、「1812年」と同じように「イワン=スサーニン」の終曲を組み入れた編曲で演奏しています。従って、貴サイトのMIDIで聞けるような形ではありません。この編曲を行ったのもどうやらシェバーリンらしいのですが私は詳細は知りません。
中本

さらに、生島さんとおっしゃる方からは、「1812年」のシェバーリン版はCDで入手できる。との情報をいただきました。その情報に基づいて入手したのが、このCDです。
 このCDは最近発売になったもので、某CD店ですぐ入手することが出来ました。また、最新の「レコード芸術」(4月号)でも、あの宇野功芳大先生が紹介されています。
 何の予備知識もなしにこのCDを聴いた方は、さぞびっくりすることでしょう。曲のエンディング近く、大砲の音とともに高らかにロシア国歌が聞こえてくるはずのところに、小学唱歌みたいな陳腐なメロディーが出てくるのですから。
ニコライ・ゴロワノフ指揮/
全連合ラジオ・中央テレビ・大交響楽団
(現・モスクワ放送交響楽団)
BOHEME MUSIC CDBMR GOLO1
1948年録音)
楽譜の改訂は1945年に行われたといいますから、ゴロワノフ自身もあるいはかかわっていたのかもしれません。Dover版では見られないスネアドラムなども加わっており、彼の特異なスタイルとあいまって、とても印象にのこる演奏です。


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