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ダイアナ元妃の葬儀が 音楽界にもたらした波紋

(97・10・9掲載)


スヴェトラーノフ

 9月6日午後3時45分、NHK交響楽団とチャイコフスキーの交響曲第5番の第1楽章を指揮し終わったエフゲニー・スヴェトラーノフは、やおら後ろを振り向くとロシアなまりの英語で客席に向かって話し出しました。
「アンダンテ・カンタービレをダイアナ妃の思い出に」
 つまり、例のホルンの美しいソロで始まる第2楽章を、故・ダイアナ元妃にささげるというのです。これには心底びっくりしました。ロシア楽壇の重鎮で、無骨で重厚な音楽を身上としているスヴェトラーノフに、こんなミーハーな趣味があったなんて。

ロイヤル・エディション もとご主人のチャールズ皇太子の方は、クラシック関係の団体や基金のパトロンとして幅広く活動していることはよく知られています。身近なところでは2〜3年前にソニーから発売されたCD100 組から成る「バーンスタイン・ロイヤル・エディション」。ジャケットの表は自分で描いたへたくそな水彩画、裏は顔写真というとんでもない代物でしたけどね。
 それに比べて、ダイアナ元妃というのは、もっぱら女性週刊誌のゴシップネタでイメージが固まっており、エルトン・ジョンやジョージ・マイケルといったロック畑のアーティストとの交流はきかれても、まさかロシアの長老指揮者に死を悼まれるほどクラシックのフィールドに根をおろしていたなんて、本当に意外でした。
 そして、その日の夕方(日本時間)に
ON AIRになった葬儀のライブを見るに至って、今まで私が勝手に描いていたイメージが一新されてしまったのです。式典は故人が好きだった曲を中心に構成されたということですが、オルガン独奏によるウィリアム・ハリスの前奏曲から始まって、数曲の聖歌、ヴェルディのレクイエム、そしてジョン・タヴナーのハレルヤで終わるまで、まるで式全体がひとつのオラトリオのように思えたほど音楽的に充実した内容でした。説教や弔辞でさえ、クィーンズイングリッシュで語られればまるでレチタティーボのように聞こえます。
 そして、葬儀の要として式典全体をリードしていたのが、ウェストミンスター寺院の音楽監督マーティン・ニアリーに率いられた聖歌隊です。感動的な歌声には心を打たれるものがありました。
マスコミでは弾き語りをしたエルトン・ジョンばかりが騒がれており、それはそれで結構なことなのですが、あの流れの中ではむしろ違和感すら有ったのではないかと感じたのは私だけでしょうか。折角のヤマハがチューニング不足とあってはなおさらです。

話は変わりますが、最初に歌われた聖歌がホルストの「惑星」からの「木星」のテーマ(譜例)だったのにもびっくりしました。

譜例

 実はこれは"I vow to thee my country"という聖歌だということをダイアナさんのおかげで初めて知ることが出来ました。同時に、「惑星」に対するイメージもちょっと変わってきたような気がします。ちなみに、この曲は彼女の結婚式の時にも演奏されていたそうです。
 それから一週間後、ロンドンの夏の終わりの恒例行事「プロムス・ラスト・ナイト・コンサート」では、プログラムには予定されてなかったホルストの「木星」が演奏されました。もちろん、ここに引用されている聖歌が大好きだったダイアナさんを偲ぶ意味をこめてのことです。ユニオンジャックを振り回して気違いじみた屈伸運動を繰り返すだけのつくづく馬鹿馬鹿しいコンサートですが、まがりなりにもクラシック界の一大イヴェントであり、それだけダイアナさんがクラシックファンにとっても「大事な人」だったという事実のあらわれなのですね。


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