(99/2/2掲載)


イルジー・コウト指揮 98年12月23日


 もともとたいして興味はなかったのですが、年中行事のお付き合いもいいかなとBSでN響の第9の生放送を見ていたところ、休憩時間にいきなり若林正人が現れて興奮気味に「今年はデル・マール校訂のベーレンライター版を使って演奏します」と言ったので、あわてて真剣に聴いてみようモードになってしまいました。ベーレンライター版の「第9」が発売されたのは1996年。ジョナサン・デル・マーの校訂によるこの原典版はたちまちのうちに日本中のオーケストラが取り上げるところとなり、一昨年(97年)暮れには地元仙台フィルによってもとりあげられました。そして、ついに、今年は大御所N響さえもこの版の軍門に屈したというわけですね。楽譜やさんで聞いたところによると、昨年末に「田園」がドイツで発売になったところ、さるオーケストラは船便で到着するのを待ちきれず、航空便で発注してまで使いたがったそうです。(余談ですが、レコード会社がDel Marを「デル・マール」と表記したおかげで、この発音が定着し始めていますが、これは今のうちからきちんと「デル・マー」としておいて欲しいものです。)なにはともあれ、一種の「権威」でもあるこのオーケストラがデル・マー版を使うというのは、まさに画期的な出来事にはちがいないのです。
 さて、それでは聴いてみることにしましょう。
 まず、第1楽章の第2主題(81小節の2拍目裏:下の譜例)、フルート、オーボエは今までのbではなく、きちんと三度上のdを奏しています。こういうことをN響がやると、まるで間違えたみたいにきこえるからおかしいですね。

この譜例の音

現行版の音
 さて、問題の箇所がたっぷりの第4楽章。まず、ファゴットのオブリガート(115小節から:下の譜例)はきちんと二声になっています。バスと重なった2番ファゴットがつなぎになって、1番ファゴットがとびだしてきこえず、とても気持ちのよい響きです。

 しかし、なんということでしょう。楽しみにしていたこの版の目玉、ホルンの不規則なシンコペーションは、あとかたもなくまともな繰り返しのパターンに変えられてしまっていました。さらに、意図的に論理性を排した四重唱の歌詞も、慣例通りすべてFreudeで始まるありきたりのものでした。ソリストたちが譜面を見ていたので、ややこしい歌詞を間違えないための備えだと思って期待していた私が悪かった。そんだったら暗譜で歌え!(ここの譜例はこちら
 してみると、N響にとっては、やはりベーレンライター版を譜面通り演奏するというのは、まだまだ怖くて踏み切れないものなのでしょう。ジンマンみたいに余計なことをやりまくるのは困ったものですが、「ベーレンライター版を使う」と言ったからには、書いてあることだけはきちんとやってもらいたいものです。
 デル・マーがここで行った批判校訂という仕事は、今まで間違った慣例やら演奏習慣で手垢がついて、オリジナルからは程遠い無残な姿になってしまっていたベートーヴェン像を、きちんと元の姿にもどすためのものだったはずです。だから、今回のN響のように、慣例から離れられないからといって、勝手に手を加えて演奏してしまうような人には、この楽譜を使う資格はありません。