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(09/2/14作成)

(09/3/17掲載)


パロディ (英:parody 独:Parodie
 それこそ「ジュラシック・パーク」をもじった「ジュラシック・ページ」ではありませんが、現在普通に使われている「パロディ」という言葉には、なにか軽くていい加減といったイメージがつきまといます。確かに、なにかを「模倣」とか「剽窃」することによって、それが持っていたある種の「権威」のようなものをあざ笑う、というような企みが、この「パロディ」という行為の中に秘められているという側面を否定することは出来ません。しかし、音楽の中でこの言葉が使われるときには、もっと建設的な意味を持っていることもあるのです。
 例えば、16世紀のポリフォニーの時代には、「パロディ・ミサ」というものが多くの作曲家によって作られています。これは、自分の作品だけではなく、他の作曲家の作品のテーマやあるいは作曲技法までも借用して、新たなミサ曲を構築する、という高度な作曲のスタイルでした。生涯に100曲以上のミサ曲を作ったパレストリーナ Giovanni Pierluigi da Palestrinaの場合では、その半数近くがこの「パロディ・ミサ」の形態をとっていると言われています。

 もう少し時代が下ると、自分の作品を他の編成に作り替えることも「パロディ」と呼ばれるようになります。そのようなことを頻繁に行ったのが、あの大バッハ Johann Sebastian Bachです。毎週毎週新しいカンタータを作って演奏しなければならない生活を送っていた人ですから、昔作ったものに多少手を入れて再利用(つまりリサイクル。彼は「地球に優しい」作曲家でもあったのです)するのは、日常茶飯事でした。ヴァイオリンや管楽器のための協奏曲を、チェンバロのための協奏曲に書き直したものは広く知られていますし、オルガンのための「トリオ・ソナタ」も、元々はアンサンブルで演奏されていたものです。
 それらのものは、多くはもとの形のものは楽譜が失われていたりするのですが、それを逆手にとって、現代の人がバッハになりきって「復元」する、というような試みもなされています。そんな、言ってみれば現代の「パロディ」の最近の例をまずご紹介します。
BACH
Flute Concertos
Marcello Gatti(Fl)
Enrico Gatti/
Ensemble Aurora
GLOSSA/GCD 951204


 これは、バッハの3つの「フルート協奏曲」が収録されたCDですが、そのうちの「ロ短調」という協奏曲は、フランチェスコ・ジメイ Francesco Zimeiというイタリアの音楽学者が2007年に行った「フルート協奏曲」の「復元」の成果なのです。ジメイは、まずはフルートのオブリガートがフィーチャーされているカンタータ209番のシンフォニア、つまり序曲を、そのまま第1楽章とし、そこにカンタータ173番の2曲目のアルトのゆっくりしたアリア"Gott will, o ihr Menschenkinder"と、カンタータ207番の3曲目のテノールの快活なアリア"Zieht euren Fuß nur nicht zurücke"を、それぞれフルート・ソロに吹かせて第2、第3楽章としたのです。つまり、カンタータのために協奏曲を「リサイクル」していたバッハとは逆の作業を行ったことになりますね。確かにこれは見事なアイディア、この手を使って、これからもどんどん「新しい」協奏曲が「再構築」されればいいですね。

 さらに時代が下った20世紀の作品でも、「パロディ」の対象にはなり得ます。ロシアの作曲家セルゲイ・ラフマニノフ Sergei Rachmaninoffの交響曲を、なんとピアノ協奏曲に作り替えるという大胆な構想を抱いたのは、ペーテル・ファン・ヴィンケル Pieter van Winkelというオランダのレコーディング・プロデューサーでした。彼は、ラフマニノフの長大な「交響曲第2番」を素材にして、「ピアノ協奏曲第5番」を新たに作り上げるという作業を、アレクサンダー・ワレンベルク Alexander Warenbergという作曲家に依頼します。ワレンベルクは、オーケストラの中の主旋律の部分をピアノ独奏としてアレンジ、カデンツァなども挿入するとともに、全体の4つの楽章を、「協奏曲」にふさわしい3つの楽章に再構築します。その詳細は、次のとおりです。
 この図は、もとの交響曲の時間軸を示したものですが(四角の中の数字は、スコアの練習番号)、赤い太線であらわされた部分が、ピアノ協奏曲として使われている部分です。青い矢印の部分は、新しく創作された「カデンツァ」です。第1楽章と、第3楽章(元は第4楽章)は、交響曲を適宜カットしただけですが、第2楽章は、元の第3楽章の間に、元の第2楽章の中間部の一部をはめ込んだという形になっています。
 こうして出来上がった「ピアノ協奏曲第5番」は、2007年にチェコのスタジオで録音され、「世界初録音」のCDとしてリリースされました。
RACHMANINOFF
Piano Concerto "No.5"
Wolfram Schmitt-Leonardy(Pf)
Theodore Kuchar/
Janacek Philharmonic Orchestra
BRILLIANT/8900


 それだけではなく、なんと、元の交響曲やピアノ協奏曲の出版元であったブージー&ホークス社からスコアが出版されることとなったのです。確かに同社のカタログにもレンタル譜がしっかり掲載されていますね。それによると、ごく最近、200811月にはパリで「世界初演」のコンサートまでも行われていたというのです。さらにこちらでは、初演を行ったデニス・マツーエフとヴラディーミル・スピヴァコフによる、ロシアでのコンサート(2009年2月)の映像を見ることが出来ます。しかし、この事例あたりになってくると、バッハの場合とは異なり、「パロディ」という言葉に普通に使われている怪しげなイメージがつきまとってくるのは、なぜなのでしょう。というか、このコンテンツ自体が、すでにサイトに公表してあった「おやぢの部屋」のリサイクル、つまり立派なパロディとなっているのですがね。

■参考文献
皆川達雄:西洋音楽史 中世・ルネサンス(1986年 音楽の友社刊)

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