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(10/1/11作成)

(10/1/31掲載)


ジャケット (英:jacket

 「ジャケット」といえば、普通は「上着」の意味を持つファッション用語ですが、我々音楽ファンにとっては別の意味で使われることの方が多いのではないでしょうか。それは「CDのジャケット」、あるいは「紙ジャケット」みたいな使い方です。
 もちろん、この言葉は、CDの一つ前の音楽再生フォーマットであるLPレコードの時代に作られたものであることは、ご存じの通りでしょう。その前の形のSPレコードでは、レコード本体はレーベル部分に穴の開いた紙袋のようなものに収納されていたのですが、LPになると、なんせSPよりもはるかに細かい溝に音を刻んでいるので、埃などが付着しないようにレコード全体をきっちり覆う必要が出てきます。そこで誕生したのが、ボール紙製の収納ケース、それはまさにレコードにとっては「上着」ですから、ファッション用語を転用して「ジャケット」と呼ばれるようになったのです。「ジャケット」は向かって右側に穴の開いた袋状をしていますが、LPレコードは、まず「中袋」とよばれる四角い紙袋、あるいはポリエチレンの袋に収められ、その開口部を上にして、「ジャケット」に収納されます。こうすれば外気と触れることのない密閉状態を作ることが出来ますから、埃の侵入は妨げられることになります(最近では、このような「正しい作法」を知らなくなっている人達も増えてきたのでしょう、CDサイズでこの「ジャケット」を作った、いわゆる「紙ジャケ」で、真上に開口部を設けているものなどが見受けられるようになりました)。
 ですから、本来の「ジャケット」は厚めのボール紙で出来た正方形の袋を指し示すことになるのです。もちろん、その表面は12インチ四方の空間を贅沢に用いて、写真やイラストをふんだんに使ったアートとしての格好の「表現」の場となりますから、そこを飾るものはまさに中身のLPの音楽的な主張とともに、美術的な主張すら込められたものとなっていたのです。ですから、「ジャケット」という言葉の中には、収納容器としての概念とともに、一つのアーティスティックな作品という概念までも含まれることになります。もちろん、それは商品としての訴求力を高めるために貢献していることは言うまでもありません。「ジャケ買い」などと言う俗語が端的に示すように、「ジャケット」自身がLPを買いたくなる動機にすら、なりうるのですから。

 時代の流れで、音楽再生メディアがLPからCDに代わるとともに、「ジャケット」という言葉は「ボール紙による正方形の袋」には限定されない、CDを収納するプラスティックス(一般にはポリスチレン)製の「ケース」と、そこに一緒に収められている曲目解説などを記載した小冊子である「ブックレット」を合わせた存在と言う意味を持った言葉として使われるようになりました。もちろん、透明の「ケース」から透けて見える「ブックレット」の表紙は、かつて「ジャケット」の表を飾ったアートによって彩られることになります(したがって、そこまでの理解を得ている以上は、本来「紙製であったもの」の模造品を、わざわざ「紙ジャケット」と言ったりしているおかしさも、海のような広い心で容認することが出来るようになるのです)。

 ちなみに、ごく一般的なLPの「ジャケット」を作るときには、無地のボール紙を折りたたんで袋を作った上に、それをくるみこむように印刷した薄い紙を表になる側から貼り付けます。裏側に折り返した紙の上には、別の紙が貼り付けられました。ちょうど、ハードカバーの書籍の表紙と同じような作り方ですね。

 この状態、裏側はまるで「裏貼り」を貼ったように見えます。そこで、「ジャケット」の裏側は、これもファッション用語からの転用で、英語で「裏地」とか「裏貼り」にあたる「liner(ライナー)」と呼ばれるようになります。そして、この部分に印刷されたちょっとした書き付け(notes)のことを、「ライナーノーツ」と呼んだのです。つまり、この言葉の本来の意味は、「LPレコードのジャケットの裏側に印刷された文章」ということになりますね。LPのジャケットというものは、梱包材料であると同時に、表は視覚的に、裏はテキストとして、それぞれ中身のレコードの情報を伝える、という役割を持っていたのです。
 もちろん、「ライナーノーツ」という言葉もやがて本来の意味から離れてその概念自体をあらわすようになり、そのような「文章」の主たる内容である、レコードに録音された作品や演奏家についてのデータや、もっと幅広い主観的な評論までを含めたものを指し示す言葉として認知されるようになります。その頃には、もはや「ジャケットの裏」に印刷されるか否かは問われず、例えばCDのブックレットの中に印刷されていたとしても、堂々と「ライナーノーツ」あるいは「ライナー」と呼ばれていたことでしょう(この「ライナー」は、ほんの数行前に現れた「ライナー」とは完全に別の意味を持つ言葉であることに、ご注目下さい。言葉なんて、そんなものです)。
 蛇足ですが、ネット上では「ライナーノーツ」の語源に関しては、他にもさまざまな説を見ることが出来ます。しかし、その多くは、今回の説ほど説得力を持つものではありません。というより、完全に間違っていると思われるものでも無知な人にとっては真実と思わせられてしまうという危険を含んでいるのがネットの世界なのです。くれぐれも、「俗説」に惑わされることのないように、日々心がけていきたいものです。
 なお、このような「裏張り」のあるジャケットの作り方は、主にアメリカ盤で見られるもので、ヨーロッパ盤では印刷された厚めの紙をそのまま貼り合わせてジャケットを作ります(→参照)。したがって、「ライナーノーツ」という言葉が生まれたのもアメリカであるとの推測が生まれます。

 LP時代に多くの印象的な「ジャケット」に出会えたのと同様、CDになっても有能なクリエーターによる作品は私たちにインパクトを与え続けています。そんな最近の、ほとんど「感動的」な例を一つご紹介しましょう。
 それは、2005年に創設された、イギリスのオーケストラの自主制作レーベル、「London Philharmonic Orchestra」の一連のジャケットのデザインです。このレーベルからは、今までに40点近くのアイテムがリリースされていますが、それぞれのジャケットは、全て一つの共通点を持つように作られているのです。それらをじっくりご覧になってみて下さい。画像の上にカーソルを置くと拡大されますので、詳細までご覧になれます。
ジャケットの画像は、NMLHMVのサイトからダウンロードしました。もし、これによって不都合が生じているとお考えの関係者がいらっしゃいましたら、ご一報下されば善処させて頂きます。
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 お分かりでしょうか?これらのジャケットには、このオーケストラのロゴの中にデザインされている「★」のマークが、必ずどこかに潜んでいるのですね。これは、まるで安野光雅さんあたりが描く、いわゆる「だまし絵」と同じ発想ではないでしょうか。その★は、簡単に見つかるものもあり、例えばLPO-0033LPO-0038のようにまさに「だまし絵」のように隠れているものもありますね。秀逸なのは、歴史的な録音を集めたLPO-0040。使われている写真は現実の記録写真ですから、とても★を入れることなど出来ないはずなのに、いともさりげなく登場させていますよ。ターネジ(LPO-0007, 0031)では、メガネのツルに小さな★があるのでしょう。
 使われているイラストが著作権の対象になっているLPO-0015にだけは、もしかしたら★は入っていないのかもしれません。しかし、このしたたかなスタッフだったら、なんとか工夫して入れるのでは、という信念を持って探してみると、あるいはこれが、というのが見つかりました。あまり自信はありませんが。


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