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(12/3/31作成)


チンバッソ(伊:cimbasso)
 今度の定期演奏会(2012年5月:第54回定期演奏会)では、ニューフィルにとっては初めてのヴェルディの序曲を、アンコールも含めて2曲演奏します。例えば「ナブッコ」(1842年)のスコアを見てみると、金管楽器の一番下のパートに「Cimbasso(チンバッソ)」という指定がありますね。「シチリアの晩祷」(1855年)では略号で「Cmbs.」となっています。さらに、有名な椿姫(1853年)やもう少し後の作品「アイーダ」(1871年)でも、同じ楽器の名前があります。これはいったいなんなのでしょう。

 このパートには、ドイツ系の作曲家のスコアでは「チューバ」と書かれていることがほとんどです。しかし、ヴェルディやプッチーニなど、イタリア・オペラの作曲家は、最低音を担当する金管楽器として、「チューバ」の代わりに「チンバッソ」という楽器(下の写真)を好んで用いていました。ご覧のように、なんともけったいな形をしていますが、実体はバルブ式のバストロンボーン(コントラバストロンボーン)を、演奏しやすいように折り曲げたものです。この形なら、狭いオーケストラ・ピットの中でも邪魔にはなりませんね。通常はトロンボーン奏者ではなく、チューバ奏者が演奏します。
 この楽器は、現在でもイタリアのオペラハウスでは日常的に使われていますが、コンサートで用いられることはまずありませんから、おそらく実物を目にする機会はほとんどないはずです。実は、この珍しい楽器を今回の演奏会のために某所から借りてくるという話が進んでいます。実現するかどうかは今の時点では微妙ですが、もし使えることになれば、画期的なことですね。

 ところで、少しややこしい話なのですが、「チンバッソ」というのは厳密に言えば、この楽器の名称ではないのです。ヴェルディの場合、1874年に作られた「レクイエム」や、1884年の「ドン・カルロ(イタリア語版)」では、このパートに「Officleide(オフィクレイド)」という表記があります。さらに「オテロ」(1887年)、「ファルスタッフ」(1893年)といった後期の作品では「Trombone basso(バストロンボーン)」となっていますよ。
 実は、ヴェルディが初期の作品で「チンバッソ」と指定したのは、下の写真の「バスホルン」という楽器だったのですね。それが、中期頃には「バスホルン」に代わって「オフィクレイド」を使うようになります。さらに、晩年の作品で、やっとこの「バストロンボーン」を使うようになったのです。ヴェルディが楽器としての「チンバッソ」を使わなくなっても、その同じパートに使われた楽器が、「チンバッソ」と呼ばれるようになったということですね。この名前は、いわば「一般名詞」としての使い方が本当は正しいのでしょう。ですから、楽譜にもともと「チンバッソ」という指定のある「ナブッコ」や「シチリア島」で、「バスホルン」ではなく「バストロンボーン」を使うのは、本当はまちがいです。
バスホルン オフィクレイド

 ちなみに、プッチーニの場合は最初から「Trombone basso」と書いてあります。「ラ・ボエーム」はともかく、「蝶々夫人」ではこの楽器が初めて現れるのが、下のスコアのように139ページ、第1幕全体では10小節ほどしか出番がありません。そういう意味で、この作品は「チンバッソ殺し」と呼ばれているのだそうです。

 参考:佐伯茂樹著「楽器から見るオーケストラの世界」(2010年/河出書房新社刊)


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