(00/12/19掲載)
インスト(英・略 Instruments, Instrumental)
CDショップの中で生演奏をしたり、トークを行うこと(それは「インストア」)ではなく、パソコンの中に新しいアプリケーションを入れること(それは「インストール」)でもなく、はたまた、車が動かなくなってしまうこと(それは「エンスト」)でもありません。
ご存知のように、「楽器」のことを英語では「Instruments」、正確には「Music Instruments」といいますね。エラリー・クイーンが「Yの悲劇」というミステリーを書いた頃は、きちんと「Music」をつけないと楽器の意味にはなりませんでしたが(それが謎解きのネタになっている)、最近では「Instruments」だけで十分に意味が伝わるようになってきたみたいです。
それが転じて、「インストゥルメンツ」というのは楽器を使った音楽、特にクラシックの場合は「器楽曲」というジャンルを指し示す言葉となっています。
ところが、これを略して「インスト」という場合は、ちょっと意味が変わってきます。実際は、ほとんどポップスの世界でしか使われない用語なのですが、「楽器だけで演奏された楽曲」という意味になるのです。私たち、オーケストラプレーヤーにとっては、楽器だけで演奏するというのは至極あたりまえのことですから、ことさら名前をつけて言い立てる必要はないのですが、これが、ヒット・チャートをにぎわすポップスの世界では、わざわざ名前を付けて区別しなければならない事情があるのです。
いったいどんな事情なのか、それを考えるために、最近の日本のヒット曲を思い浮かべてみてください。坂本九の「上をむいて歩こう」…っと、そんなの知ってるわけないか。山口百恵の「プレイバックパート2」…これも古すぎ。じゃあどうだ、Misia(ミーシャ)の「Everything」。最新(11月24日付け)のオリコンの1位ですから、これなら文句はないでしょう。ついでだから、同じ日のデイリートップテンを見てみましょうか。
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(最新のチャートはこちらまで)
曲のタイトルもアーティストの名前も全然聞いたことがないと嘆く必要はありません。今の日本のヒット曲の消費を支えているのは10代と20代前半、作るほうもその年代の嗜好に合わせていますから、おぢさんおばさんにはもはやついていけない世界になってしまっているのです。今井絵理子が、もと「スピード」のメンバーだなどということを知っている人のほうが、逆に異常なわけでして。
そんなことはともかく、これらの曲が、今現実に最も「売れている」ものなのです。お気づきでしょう?これらはすべて「歌もの」なのです。クラシックのジャンルで言えば、「声楽曲」とでもなるのでしょうか。歌が入らない楽器だけの「インスト」ものがチャートインすることは、最近では極めてまれなことになっているようです。すぐ思いつくものでは、坂本龍一の「Energy Flow」ぐらいなものでしょうか。
もちろん、この傾向は洋楽(英米のヒット曲のことです。念のため。今まで述べてきたものは「邦楽」といいますが、決して常盤津や心内のことではありません。)でも同じこと。「ザ・ヴェンチャーズ」や、もっと古くは「グレン・ミラー楽団」のようなインストグループによるナンバーががヒットチャートをにぎわすということは、もはや大変珍しいことになってしまっているのです。
だから、この世界では、わざわざ「インスト」とカテゴライズしなければならないほど、この形態の音楽は希少もの扱いされているのです。そう言えば、あの「G−クレフ」が「紅白」に出場したときも、「史上初めてのインストバンド」と言われたものでしたねえ…Sさん。
これだけ「歌もの」がもてはやされるのは、一つには歌詞があるからなのでしょう。よくラジオなどで、「この曲のどんなところが好きですか?」とかきかれている人がいますが、判を押したように「この歌詞がいいんですよね」と答えていて、間違っても「ブリッジから転調してヴァースに戻るところが最高!」などと言ったりはしないのです。歌詞という具体的なイメージがあるからこそ、容易に曲を理解できる(つもりになっている)のでしょう。
こうしてみると、クラシックというのがヒット曲になりえず、いつまでたってもマイナーな地位に甘んじている理由が分かるような気がします。「Nessun Dorma」がヒットしたのは、「歌もの」だったからに他なりません。