優しく首輪で所有して



「ゴメンネ。私、好きな人が出来ちゃった」
なんかこのセリフ、最近良く聞くような気がする。
「だから、悟浄とはもう遊べないの」
まぁ、好きなヤツが出来たならそりゃそうだわな。
「上手くいくといいな」
これは本心。
「アリガト」
ふんわりと女が微笑むのを見て、一番気になっていたことを聞く。
「で、相手、ダレ?」
女は少しだけびっくりした顔をしてから、照れくさそうに微笑んだ。
「捲簾って人」
またか……。



俺は悟浄と言う。性別男、歳は21、職業はホスト。女大好き。
昔から女好きで、女遊びだけでは飽き足らず、ホストになって女と仕事として接するようになってもそれは覆ること無く、プライベートでも仕事でも女とべったりしてるような日々だ。
ホストやってるのも女好きが高じてだから、特にナンバー1を目指すことも無く、それでも2〜3番手でそれなりに人気はある。
プライドが高い奴らとか、必死に女のご機嫌を取ってるやつらを見ると苦笑しちまうが、それは人それぞれなんだろう。
で、そんな俺にも最近気になることがある。
それは、『捲簾』という男のことだ。
直接お会いしたことは無い。が、名前はとても良く聞く。
それも遊び相手の女や客の女から。
いつものように遊ぼうと誘いをかけてた相手が、また俺を指名して来店してた女が、最近良く言うセリフ。
「捲簾のコト好きになっちゃったから、悟浄とはもう遊べないの、ゴメンネ」
言われた俺の胸中を察して欲しい。
まぁ、俺は確かに女好きだが、今のところ本気の恋愛はしたことがない。
だから、そこまでのダメージを受けることは無い。むしろ笑って幸せを祈ってやるくらいのことは余裕で出来る。
が。だが、しかし。
これが一件では無く、かといって数件なんてかわいいものでもないという。
このところ立て続けと言っても過言ではない。
このままでは遊び相手どころか指名客もいなくなってしまう。それはヤバイ。色んな意味でヤバイ。
これはもう、元を断つしかないんじゃなかろうか。
その『捲簾』とやらをとっつかまえて、脅すなり和解するなりして協定を結ぶしかない。
となったら、まずは弱味を握らないと!
っつーわけで、俺は早速仕事上がりの捲簾の後をつけることにした。



捲簾のいる店は、俺の働いている店の近くにある。が、客層は微妙に違う。俺のところは普通のOLなんかをメインターゲットにしているけれど、あっちの店は、もうちょっと金回りの良いおカタイ職業の人なんかがメインターゲットだ。といっても、近所に位置しているからそこまであからさまに違うわけではない。
今日は仕事を早く上がることにして店を出ると、俺はそのまま捲簾の店の従業員出口を通りすぎた先の自販機の脇に座った。自販機と街灯の明かりが届かない距離のビルの柵に腰掛けて、煙草を咥えて火をつける。
調べた限りじゃ、捲簾は店から出てこっちの方向へ帰るらしい。なんかはっきりしたことは分からなかった。人づてに噂話をたどる感じで調べたんだけど、全然はっきりしなくて。家とかだけじゃなくて、プライベートとか素性とかが、全然はっきりしない。誕生日、年齢、家族構成、経歴、全部が謎。そして、シフトも謎。週1でしか入ってないとか、謎すぎる。かけもちで仕事してるヤツならそういうこともあるのかもしれないが、それにしたってもうちょっとシフト入れたり一本に絞ったりするだろう。学生って歳じゃないだろうことだけは確かだし。ホストがいくら稼ぎが良いって言っても、週1じゃたかがしれてる。むしろ服とかそういった経費でマイナスになるんじゃなかろーか。
と、俺の前を一人の男が歩いてった。
黒髪の短髪を立ててセットしている黒いスーツ姿の男。店の入り口の写真と脳内で照らし合わせて、この男が捲簾であると推測する。
同伴は一切しないから行き帰りはいつでも一人だという噂通り、一人で人混みを歩いていく。夜をまとっているような男だと思った。
慌ててくわえ煙草のまま少し距離をあけて後をつける。
まずは何か弱みとか、秘密とか、そういったものを握りたい。接触はその後だ。
夜の繁華街は意外と人が多い。そんな中を少し距離をあけて尾行しているにもかかわらず、見失いそうにはならない。雰囲気が、なんか他の人と違うっていうか、そこにいるだけですんごく目立つ。捲簾はまず大通りに出て、でもタクシーを拾うでもなく、駅の方へ足を向けた。終電は終わっている時間なのにと思っている俺をよそに、一旦駅の構内に入り、けどそのまま構内を素通りして駅を出てまた歩く。脚が長いんだろう、ゆったりと歩いているように見えて、結構な速度で歩いている。段々と人通りが減ってきて、俺はもう少し捲簾との距離をあけた。どこまでいくつもりなんだろう。電車一駅分なんかはとっくに超えている。都内だから駅と駅の間隔は短いが、それにしたってタクシーも拾わないで徒歩って。もう夜の街といえる場所も離れてしまい、時間も相まって人も余りいない。このままじゃバレる。焦り始めた俺をよそに、捲簾がビルの向こうを左に曲がった。歩道ギリギリまで建っているビルの死角。慌てて足を早めてその角を曲がると、ちょうど捲簾は2本先の細い路地を今度は右に曲がるところだった。
やば、見失う。
バレないように距離をあけていたせいで、路地裏に入り込まれるとヤバイ。
慌てて走って捲簾が曲がった角に辿り着いたけど、捲簾の姿はどこにもなかった。
「チッ」
舌打ちしてそれでもと路地に足を踏み入れる。と、よく見ればその路地は一本道で、突き当りで左に折れているだけだった。それならもしかしたら追いつけるかもしれない。再び走り出してその角を曲がった瞬間、何かが視界の隅で閃いた。
「っ!?」
黒の革手袋が横から生えてきて、俺の口と肩の少し下とを腕ごと拘束した。
びっくりして、振りほどこうとしてもガッチリ捕らえられていて身動きが取れない。
「捕獲〜ってね」
耳元で楽しそうな甘いテノール。まさか、捲簾? に、捕獲されたの、俺!?
俺が完全にパニクって硬直していると、多分、捲簾、の、口を押さえていた方の手が少し下りて、俺の首に肘をキメる形で回った。
おとされる!?
冷や汗を流しながらもなんとか暴れようとするが、捲簾は気にする様子もなく、そして俺を落とすこともなく。
それは良かった。うん、それは良かったさ。
なのに次の瞬間、俺の耳元で何故かチャリ…と音がした。
え、何の音? え、聞き間違いじゃなければこの音って、……鎖の音だよね?
なんで鎖の音がすんの!?
予想外の異常事態に身体が逃げを打つ。と、身体を拘束している方の腕が少し緩んで上に上がった。
逃げるなら今だ!
カッコ悪いとかそんなこと言ってられない!
捲簾の腕を跳ね除けて、脱兎のごとく逃げ出そうと勢い良く足を踏み出して、身体が離れた瞬間。
何故か首が締まって、俺はそのままその場にコケた。
「ってぇ〜」
受け身も何もあったもんじゃなくコケたせいで、ケツだけじゃなくて何故か肩甲骨付近も打ち付けたっぽい。痛い。
涙目になって身体を起こしかけた俺の後ろから、捲簾が見下ろしてきた。
「大丈夫か〜? イキナリダッシュかますとあぶねぇぞ」
なんで危ないんだよ。っていうか、アンタ今俺になにしたよ。
睨みつけた俺とは対称的に捲簾はあくまで普通。表情は。
けど、その手には、余り見たくなかったというか知りたくなかった音の正体が握られていた。
なんか、結構太めの、鎖。
そして鎖は捲簾の手から伸びていて。
視線だけで追っていく。
「…………なんで俺首輪されてんの!?」
鎖の、捲簾が持っている方とは逆側は、俺の首にはめられた首輪に繋がっていた。
「え、ちょ、マジなんで!?」
半泣きになって外そうとするが、なんか固定されててバックルらしきものが手に触れない。
「鍵付きだから無〜駄」
楽しそうに捲簾が笑う。
「オマエが尾行なんて可愛いことするから、捕まえてみちゃった」
「みちゃった、じゃねぇーーー!!!」
何だこいつ、変だ! すっげ、変だ! 変すぎる!
初対面の男相手に、そりゃ尾行してた俺も悪いけど、それにしたって首輪って!
もうマジ勘弁してくれよ。逃げたい。ってか泣きたい。
「まぁまぁ、怒ってないから。ついでに痛いこともしないから」
さっきの首締まったのがかなり痛かったんですけど。ついでに言うなら怖いこともやめて欲しい。
「なんで突然俺のストーキングなんかしちゃったの?」
ニコニコしながらまだしゃがみこんだままの俺に合わせて、しゃがんで視線を合わせてくる。子供じゃねーっつの。
ようやく立ち上がって、ケツの汚れを叩く。
「アンタの弱み、握ってやろうと思ったんだよ」
悔しさ混じりで口を尖らせながらそう言った俺の身体を反転させて、捲簾は背中の汚れを払ってくれた。
「弱みねぇ。俺オマエになんかしたっけ?」
「アンタ捲簾だろ? 客と遊び相手」
「ああ」
どうやら心当たりがあったらしい。再び捲簾に向き直ると、捲簾も俺を見た。
「てか、オマエ悟浄だろ?」
「……俺のこと知ってんだ?」
ちょっとびっくり。コイツは俺のことなんて知らないと思っていたから。
「客に聞いたことくらいしか知らねーけどな」
なるほど。ニュースソースは俺のところから移った女ね。そりゃそうだよな。コイツが俺のことを気にするとは思えない。同じ店で働いてるわけでもなけりゃ、ナンバー1ってわけでもねーし、何よりコイツは真剣にホストやってなさそうな気がする。
「でもさ、俺とオマエは違うし、オマエにはオマエの良さがあるし? 別に今のままでも良くね? オマエがいいって女も結構いると思うぜ」
何だコイツ、何イキナリ言ってんだよ。
ってか、そんなことは分かってるんだよ。
だけど。
「それじゃ生活どうにもなんねーだろ」
捲簾を見てられなくて、地面に視線を落とす。
ホントはわかってるんだ。捲簾がどうこうってのはただの言い訳ってか、八つ当たりってか、そういうので。客が離れていったのも、遊び相手が減ったのも、単純に俺に魅力がないだけで。かといってマジになるのはヤダっつーか、カッコわりぃとか思っちゃってて。でも今の自分のほうが何倍もダッセェって。
「オマエほんっとかわいいなぁ」
意味不明な言葉と一緒に、何故か頭を撫でられた。おもいっきりぐしゃぐしゃと。コイツ首輪といいこの撫で方といい、俺のこと犬かなんかだと思ってんじゃねぇだろーな…。
「おし、今からウチ来いよ」
「は?」
「実は客から聞いた時からオマエに興味あってさ。で、実際話してみたら気に入ったワケだ。だからウチいくぞ」
「ヤダよ」
思わず即答しちゃった。だってコイツさ、やっぱりマジで変だろ…。
なのに捲簾はそんな俺の嫌そうな顔を見て、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「ふぅん。じゃあ、首輪はこのままな」
「は!?」
「ウチにこなけりゃ首輪はこのまま、オマエは俺の所有物」
「ちょ、はぁ!? ふざけんな!」
「俺はどっちでもイーけど、鍵は家だわなぁ」
コイツ……!!!
有り得ねぇ! ってか所有物ってなんだ!?
頭のなかで何かがブチ切れた。
「ああ、そうかよ。行ってやろーじゃねぇか! んで家の場所とか女どもに暴露してやる! 俺を家に呼んだことを後悔させてやる!」
「いいぜ。できるもんならやってみな」
捲簾は目を細めて、挑発するように笑った。



捲簾の家はてっきり徒歩圏内かと思っていたら、タクシーに乗せられた。タクシーの運転手は俺の首輪と鎖を見て少しぎょっとしたみたいだが、すぐに見なかった事にしたようで突っ込んではこなかった。時間が時間だし、運転手さんもプロだしな。ってゆーか恥ずかしい。もうヤダ。
タクシーが深夜の街中を走っていく。ワンメーター以上走っているのを見て、アレ? と思った。
何でコイツ最初からタクシーに乗らなかったんだろ?
10分くらい走って、おっきなマンションの前で車は止まった。え、ここ? 何かスゲェんだけど…。捲簾に手じゃなく首輪を引かれて歩いてく。マンションの入り口はオートロックではないようで、普通に自動ドアは開いた。でも、中には少し広いエントランスとコンビニがあって、受付ってか、コンシェルジュ? 警備員? らしき人が居た。そんなんが居ることにも驚きだが、こんな時間に常駐してるってのにもビックリした。多分24時間なんだろな…。てか、ホテルじゃないんだよな? フロントとかは無いもんな。
捲簾は受付に軽く手を上げると、そのまま奥の方へ歩いてく。ちょっと曲がった先にはエレベーターかあった。けと、そこも素通りして、その先にある曇りガラスの自動ドアを開けた。こっちは暗証番号付きらしい。ドアの先はまたエレベーターホールだった。 上を押すとすぐに扉が開く。広い箱に乗り込んで上へ上がっていく。このエレベーターは高層階専用なのかな、パネルの階数表示か途中からしかない。つっても、捲簾の身体に隠れてて良く見えないんだけど…。
ただ勢いで無防備に俺を家に連れて来たって最初は思ったけど、何か違う気がしてきた。だってコイツ、さりげなく階数だとか暗証番号とかバレないようにしてる。このマンションの感じだと、例えば女が押し掛けて来たとしても受付で追い返されるだろうし、なに食わぬ顔で受付を通過したとしてもこっちのエレベーターに乗ることは出来ない。更に階数も部屋番号も多分見せる気はないから俺にはわからない。
用心深すぎるんじゃないだろうか。何でそこまでしてんだろ。ストーカーにでもあったことあるのかね。てか、ここ家賃いくらなんだろ…。かなりしそうなんだけど。少なくとも週一ホストの稼ぎじゃ無理そうなんだけど。
静かに上昇が止まって扉が開いた。エントランスの向こうは吹き抜けになっていて、何階かはわからないけど、途中の階に植えられているんだろう木の緑が下から覗いている。その吹き抜けを中心にして放射状に廊下が伸びていて、その中の一本へ捲簾は歩き出した。廊下一本につき部屋一つなんだろうか、枝の廊下には扉は一つしか見当たらない。そして予想通り表札も部屋番号も存在しない。
変なマンション…。
捲簾はスーツの内ポケットから鍵を取り出すと部屋の扉を開いた。
「どうぞ」
促されて俺は中に足を踏み入れた。
今までの建物のスゴさから身構えていた俺はちょっと拍子抜けした。中はいたって普通っつーか…。
玄関こそまぁまぁ広いが、別に華美って訳もないし、キレイに片付いているけど、センスも悪くないけどあくまでフツーだ。ああ、でも一人暮らしだっていうトコからすると、広いかな。玄関で靴を脱いで廊下を通りリビングに通された。広めのリビング…じゃない、リビングダイニングは、正面が大きく足元までの窓で覆われているらしくカーテンがかかっていて、向かって右側はリビングとして使われているようでテレビとオーディオセット、ソファセット、それから小さい冷蔵庫があり、左側は奥にキッチンカウンター、その前にダイニングテーブルと椅子が6脚あった。椅子多いな…。一人暮らしじゃないんだろうか…? さっき通過した廊下にはいくつか扉があったけど、もちろん全部閉まっていたから中までは当然解らない。あ、でも、玄関には靴一足も無かったな。この時間に居ないってのは考えにくいから、やっぱり一人ぐらしなのかな?
「なぁ、捲簾」
「ん?」
「捲簾って一人暮らし?」
考えても結論が出ないことは聞くに限る。面倒くさいもん。
「うん、一人暮らし。なんで?」
捲簾は俺をソファセットの方へ連れて行きながらあっさり答えて、首輪から伸びてる鎖の自分の手に持ってた方をデカイテーブルに繋いだ。
「ダイニングの椅子多いなって……ナチュラルに首輪繋いでんじゃねぇよ!」
デカイテーブルの足の抜けない位置に繋がれたせいで、俺はもう完全に逃げられないじゃねぇか!
このテーブル持って動くとか無理っつーか、馬鹿だ、ありえない。
「まぁ座れば?」
「あ、うん」
普通に勧められて思わず従ってしまう。と、捲簾が耐え切れないように吹き出した。
「……ナンだよ?」
「い、いやぁ…。マジでかわいいなぁと思ってさ」
心底おかしそうに、というかむしろ苦しそうに肩を震わせて笑っている。なんでだ!?
「オマエ、今日仕事だったの?」
「……うん?」
捲簾は俺とは違うソファに腰掛けて、そこにあった小さな冷蔵庫を開いた。何入ってんだろ? と思って覗くと、そっちには酒のボトルが大量に入っていた。酒用冷蔵庫かよ…。
「んじゃ酒以外のがいいのかな? 何か飲む? 酒以外もあるけど?」
「んー、酒がいい」
今日仕事であんま飲んでないし、この状況だし、飲まなきゃやってられない。
「何飲むよ?」
「何があるの?」
「とりあえずビールは無い。あとは、大抵のモンは作れると思うけど」
「じゃあ、ジンフィズ」
嫌がらせしてやれと思って注文すると、意図が解ったようで、捲簾は微妙に嫌そうな顔をした。
「敢えてソレかよ。ホント俺って興味持たれちゃってるのね〜」
嫌そうな顔したわりに迷いの無い手付きで冷蔵庫から必要な物を取り出していく。ジンとレモンジュース、砂糖、ソーダ、氷、それから小棚からシェイカーとタンブラー2つにバースプーン。
コイツシェイカー振れるんだ…。ビックリしてる俺を気にもとめず、捲簾はジンとレモンジュースと砂糖をメジャーも使わずに直接シェイカーに放り込んだ。そんで、スッと構えると軽い音をたててシェイクする。メチャメチャ馴染んでる仕草で思わず見とれてしまう。捲簾の楽しそうな顔とか、滑らかに動くその手とか、タンブラーに注いでからステアする指先とかから目が離せない。
「ほらよ」
俺の前に透明な液体が入ったタンブラーが滑ってきた。
「…サンキュ」
「見とれちゃった?」
悪戯っぽい顔で捲簾が笑う。
「っ…んなことねーよ!」
慌てて否定して俺はタンブラーを引っつかんだ。が、声は上擦っているしさっきまで視線を誤魔化しもせずに見つめちゃってたしで、バレバレだった。
クスクス笑いながらも捲簾はソレ以上突っ込んでは来ず、自分のタンブラーを持ち上げた。
落ち着け〜と、取り敢えず俺もジンフィズを飲むことにした。この男の腕がどんなものなのか気になるし。一口呷ると、口内でまず味わってから温度が上がりすぎないうちに飲み込み今度は喉で味わう。
ナニコレ…、メッチャ旨い…。レモンの酸味に仄かな甘みは絶妙で、口の中で弾けるソーダは心地いいし、アルコールの強さも俺好み。こんな美味しいジンフィズ俺初めて飲んだぞ。
てか、ジンフィズはさ、作る人間の腕が出るんだよ。だから敢えて俺は試す気満々でコレ注文したわけで、捲簾だってソレわかってて、ケンカ買ってくれたワケで。
「……」
「ど?」
タンブラーに唇を触れさせたまま、少し上目遣いの捲簾の澄んだ瞳が俺を捕らえた。
その瞬間、何故か鼓動が跳ねた。
か〜って、顔に熱が集まってくるのが解る。
ちょっ、ナニ!? なんで!? 酔ったの!? まさか! こんなすぐに酔いなんて回るわけがない!
混乱して思いっきり目ぇ逸らしちゃった。どうしたんだ俺ぇぇぇ!? こんなあからさまなの俺じゃない! 普段のもう少し余裕を持った大人な俺はどうした!? てかなんなのコレ!?
硬直したままパニックに陥っていて抜け出せる気配もない。うー、逃げたい…。逃げたいのに!首輪がっ、首輪さえなければぜってぇ逃げてるのに!
泣きそうになって捲簾から顔を背けたまま途方に暮れていたら、タンブラーがテーブルに置かれた音がして、俺の肩に手が触れた。
カランと氷が澄んだ音を立てた。
「お前ホント可愛いな」
肩を引かれて、嬉しそうな、優しそうな、…愛しいものを見るかのような捲簾の顔が目に入り、拒絶も文句も言えずに。手に持ったままだったタンブラーを捲簾に抜き取られ、テーブルに置かれる。そしてそのままゆっくりソファに背中を押し付けられた。
「け、捲簾?」
自分の顔が引きつっているのが解る。なのに、目の前の男は優しく微笑んだまま、俺の顔の横に肘を付いて。
「可愛すぎて喰っちまいたい」
意味を理解するより早く、捲簾の唇がゆっくりと俺の唇に触れた。
…………!?
何が起こったのか解らなくて、抵抗することもできずに硬直する俺を余所に唇は離れ、捲簾の舌が俺の唇をペロリと舐めた。
「抵抗しねぇとマジで喰っちまうぞ?」
至近距離で囁く言葉と共に降ってきた吐息が唇にかかってゾクリと背筋を何かが走り抜けて、背中が跳ねた。
喰うってナニ…? ってか、俺、今捲簾に…キスされた? なんで? 押し倒されてキスされて、って…、喰うってもしかしてそういうこと!?
「ちょっ、捲簾!? やっ…」
肩を押し返すと捲簾は身体を少し離れてくれた。けど相変わらず覆い被さられたまま。間近に捲簾の精悍な顔があって。
やっぱコイツカッコイイなぁなんて思わずぼんやりしてたら、もう一度唇を重ねられた。
「捲簾…」
「ん?」
「アンタ、俺を抱きたいの?」
女に不自由なんてしてないだろうに、なんで敢えて俺を、しかも男の俺を。ひょっとして嫌がらせなんだろうか?…きっとそうだ。ソレ以外この状況を説明できる理由が浮かばない。
嫌がらせかぁ…。嫌がらせでヤられんのはちょっとヤだなぁ。ってか俺男好きじゃないはずなんだけどな、なんでこんなにこの状況に抵抗無いんだろ。男に押し倒されて、キスされて、それでも嫌悪感が涌いてこないってどういうこと?
「抱きたいって言ったら抱かれてくれんの?」
笑いながら逆に問われる。それすごく困る。だって今俺自分の気持ちが解んない。無理矢理されれば絶対抵抗すると思うのに、捲簾はそうはしない。こんなに優しい眼差しはずるい。
「男に抱かれたいワケねーじゃん」
視線を逸らしてもう一度肩を押し返した。
キスとか触られて程度ならイイけど、ソレ以上は…。男同士のやり方は知識程度ならあるけど、実際にヤったことはないし、掘られるのはやっぱヤだ。 なのに捲簾はやっぱり優しそうに微笑んだまま、俺の額にキスをした。どういうつもりなのか解らなくて視線を上げると待っていたかのように唇を重ねられる。
「けんれ…」
抗いたくて、唇が離れないまま言葉を紡げばその隙間から舌が侵入してきた。舌を絡めるどころじゃなく、口内を余すところなく舐められて息が上がる。
俺、抱かれんのヤだって言ったのに、こんなキス、なんで…。
呼吸を奪われ、くらくらしてくる。捲簾の肩を押し返していた手が、いつの間にかすがるようにスーツのジャケットを掴んでいる。
と、耳朶を捲簾に撫でられて身体がひくりと震えた。耳触んな。そこ弱いんだよ!なのにっていうかだからなのか、捲簾は撫でるだけじゃなくて耳たぶを揉みし抱く。
「っ…」
声を飲み込み切れない。目が潤んできた。ってか、ヤバ。気持ち、イイ…。
身体から力が抜けてソファに沈みこむ。それを見て捲簾の手が耳から首筋を辿って鎖骨を撫で、シャツのボタンを引っ張った。
そっと唇が離れる。上がりきった呼吸を平常に戻そうと息を吐いたのに、出てきたのは熱い吐息で。捲簾がニヤリと笑いながら自分の唇を舐めた。そのエロい仕草に喉が鳴る。
「悟浄」
甘い声で囁いて、捲簾は引っ張っていた俺のシャツの前のボタンを俺に見せつけるようにふつりと外した。一つずつ、ゆっくりとシャツが開かれていく。晒されていく素肌がやけに羞恥を煽る。上半身裸なんてどうってことないハズなのに、なんでこんな…。
「捲簾、ヤだ…」
どうしたらいいか解らなくて、半泣きになりながら、他にどうしようもなくて捲簾に縋る。
「悟浄、可愛い」
するりと裸の胸を掌で撫でられて仰け反る。ただ触れられているだけなのに身体がびくびく跳ねる。おかしい、俺の身体。女とのセックスでこんなになったことないのに。すげぇ身体熱い…。捲簾の唇が掌を追うように降りていく。舐められて、軽く吸われて、甘噛される。首筋、鎖骨、肩、それから…。
「っあ!」
目を見開いて跳ねた。捲簾が左の乳首を舐めてる。なんで、こんな…、舐められてるだけなのに、すっげ気持ちイイ。舐められてるだけでこれじゃ、もっとされたら。
ちゅっと、乳首を軽く吸われて息を詰めると、そこに軽く歯を立てられて一瞬意識が飛んだ。
「あっ、あっ、あああっ! ん…っぁ!」
上手く呼吸ができない。身体すっげ熱い。
ナニコレ。こんなの俺知らない。捲簾に触れられている場所がジンジンしてたまらない。身体が果てしなく敏感になっている気がする。力なんかとっくに入らない。もう首輪なんかあってもなくても自力でここから逃げることなんてできない。
捲簾はすっかり力の抜けている俺の足を掴んでソファの肘掛けに両方共揃えて乗せると、そのままパンツの上から足を撫で上げていく。膝裏、内腿、そして避けることなく俺のチンポの形をなぞる。
「っあ、んんっ」
思わず捲簾の手に腰を押し付けていたら、手を引かれてしまい、捲簾に強請るような目を向けてしまった。苦笑されたけど仕方ないじゃん。もっとって思っちゃったんだから、さ。
「捲簾…」
手を伸ばして捲簾の頬を撫でる。それに答えるように掌に頬をすりよせると、捲簾は俺のベルトに手をかけた。ベルトがはずされパンツのボタンもはずされてファスナーに手がかかる。
「トぶほどヨくしてやるよ」
捲簾の頬に触れていた指を食まれて熱い吐息が零れる。ファスナーを下ろす音がやけに耳について脱がされていることを俺に知らせる。腰骨を軽く撫で、パンツに手がかかったのが解ったから腰を浮かせれば、下着ごと下ろされて下肢を捲簾の前に晒すことになる。一気に足から抜かれたパンツが床に落ちる。すでに勃っているチンポを捲簾が今度は直になぞる。
「っは、あ、あん」
快感が腰から広がる。もっと、して欲しい。もっと、ちゃんと触って欲しい。
「捲簾…、もっとちゃんとシて…」
「んじゃ足開いて」
囁かれた命令に顔が熱くなる。ただでさえちゃんと服を着たままの捲簾の前に、俺だけカラダを晒してるってのに。
指先だけで悪戯しながら捲簾は笑っていて動かない。
焦れる。
「自分で足を開いて俺に全部見せて」
全部を、捲簾に、しかも自分から、自分で、見せるとか…。
羞恥に身体が震える。
けど、それだけじゃない。
おかしい。こんなの、知らない。
恥ずかしいのに、死ぬほど恥ずかしいのに、……見て欲しいなんて。
ぎゅっと目を瞑って、足を開こうとするけど身体が動かない。動けないまま呼吸を喘がせている俺に焦れることもなく、捲簾も動かない。もういっそ俺の気持ちなんか無視して無理矢理してくれればいいのに。相変わらず触れるだけだった指が悪戯するように先端の敏感な部分を撫でると、小さな入り口を抉るように指先を押し当てた。ビクッと身体が跳ねて、閉じていた目蓋を持ち上げる。捲簾が俺を見てる。
「悟浄」
優しい命令。
俺は一つ大きく息を吐くと、意を決してゆっくり足を開いた。捲簾の視線を痛いほど感じる。自分でも見たことのない場所を捲簾に見られてる。
捲簾がクスリと笑った。
「見られて感じてんの? ここ、ヒクヒクしてんぜ」
「ヤっ…」
耐えきれず、目をきつく閉じる。
「足閉じんなよ。てか、自分で支えてろ」
捲簾の頬に触れていた手を無意識に閉じようとする足に誘導される。でもこの格好って…。これって、自分でM字開脚しろってこと…?
羞恥に耐えて、自分の手で膝の裏を支えて足を開く。全部見えるように、捲簾によく見えるように。
「イイ子だな。ちゃんと出来たご褒美やんなきゃな」
捲簾が向けてくれた優しい微笑みだけで、心のどこかがじんわりとあたたかくなる。
思わずへにゃっと笑った俺を見て捲簾はちょっと驚いた顔をしたけど、それはすぐに苦笑に変わった。開かれた俺の足の間に身体を滑り込ませて、捲簾が屈んだ。ぬるりとした温かい口内にチンポが飲み込まれる。
「っあああ! っあ、あ! け、…れん! っあ!」
ビクッと身体が跳ねた。ナニコレ、ナニコレ、ヤバい、気持ちイイ、気持ちヨすぎる、フェラってこんなにすごかったっけ!? ひっきりなしに声が出る。止められない。
温かい口内で舌がうごめく。亀頭だけじゃなくて、くびれをなぞられ裏筋も押され、先端は喉の奥に押し付けられた。
「ヤ、ちょっ…、ダメっ…、ダメダメっ!」
凄い早さで絶頂が見えてくる。捲簾の頭を押し退けたいのに手は使えなくて。目の前がチカチカする。我慢なんて出来ない快感。唇でしごくのと同時にキツく吸い上げられた瞬間、思いっきり仰け反った。
「っあああああ!」
視界が真っ白になって、捲簾の喉に叩きつけるようにして、ドクドク精液を吐き出した。呼吸すら忘れて意識が混濁する。
数瞬の後、視界が戻ってくる。身体がヒクヒク痙攣してて、言うことをきいてくれない。
こんな激しくイくなんて思ってなくて意識が飛びかけてて、何も考えられない。捲簾が精液を飲み下す喉の動きにすら身体が震える。
「早。溜まってた?」
からかいまじりの声にふっと理性が戻る。言葉の意味を理解するまで少しかかって、それから一気に顔が熱くなった。
「違っ」
思わず否定の言葉が口をつくけど、何の効果も無いのは明らかだった。だって、自分でも思うし…。あんなアッサリイかされるなんて思ってなかった。溜まっていたわけじゃない。ただ、それだけ気持ちヨかっただけで、つまり捲簾が上手かったってだけで。
捲簾は楽しそうに笑いながら身体を起こして、それから俺にキスをした。けど、触れるだけのキスじゃ俺が物足りなくて自分から舌を差し出す。すぐに捲簾も舌を出してくれたから、捲簾の口内に舌を突っ込んだ。フェラの後だから自分の精液の味がしたけどそれさえも熱を煽るだけで。
キスをしながら捲簾の手が俺の膝に触れて、するりと撫でた。そんな些細なコトにさえも身体は快感を拾う。なのに、捲簾はその手で俺の手を膝裏からそっと外させた。支えを失った脚がソファに落ちる。
「なんで…?」
「ん? さっきの、ヨくなかったか?」
「ヨかったけど……」
捲簾の行動の理由が解らない。てっきり、あのまま最後までするもんだと思いこんでた。脚下ろされて、キスしてって、なんか終わりみたいだ。これ以上はしないみたいだ。……喰っちまうって言ったくせに。
捲簾はもう一度俺に触れるだけのキスをしてから、頭を撫でてくれた。
優しい掌が気持ちいいけど、それはさっきまでの気持ちよさとは違って。
どうしよう、足りない。
まだ飢えている。
さっきまでの熱が全然収まらない。
「捲簾…」
肩を押し返して、身体と身体の間に隙間を空ける。
そして脚をゆっくり折り曲げる。もう一度、膝裏を手で固定して、曲げたままの膝を自ら開いた。中途半端な熱に煽られて半勃ちのチンポも、ケツの穴も全部捲簾に自分から晒す。
「シて……」
それだけ言うのがやっとな俺に、捲簾が意地悪く笑った。
「抱かれたくねーって言ってたくせに」
「それはっ……」
言い訳は途中で強制終了させられる。
捲簾の指が、そっと俺のケツの穴を撫でたからだ。
ビクッとして身体がこわばる。
「なぁ、ココにチンポぶちこまれてぇの?」
「ちがっ…」
「違わねぇだろ。シてってのはそういうことだろ」
「ヤっ…」
捲簾の指がそこを撫でたりつついたりしている。
「ヤならやんねーよ。その代わり、シて欲しいことがあったら素直に言えよ?」
「え……?」
「ちゃんと言葉で言わねーなら、何もしてやんねぇよ」
この男は本気でそうするって、思った。俺が言葉にして強請らなければ絶対に何もしてくれない。
けど。
言えない…。言えるワケない。
性的欲求を言葉にするのに抵抗があるわけじゃないが、それでも、女みたいに抱いて欲しいなんて、言えるワケがない。
それでも、言わなければ何もしてもらえない。
捲簾の指がケツの穴をマッサージするみたいに軽く押して遊んでいる。
……言ってしまおうか。
女みたいに抱かれたいと、捲簾に女がされるみたいに犯されたいと…。
言いたい欲求と、言えない理性とがせめぎあって、口がわななく。
「悟浄?」
甘い声で名前を呼ばれて催促されて、一瞬呼吸が詰まる。捲簾のこの声は、強制力の強い命令だ。
「シて…」
「何を?」
「俺を、抱いて…」
「そんな言い方じゃダメだな」
やっとの思いで言ったのに、捲簾はあっさりと言い放った。
「もっと、イヤらしくおねだりしてみろよ。悟浄」
甘い命令を耳に直接吹きこまれ、耳朶を噛まれた瞬間、理性が弾けた。
「捲簾のチンポ、俺のケツの穴にぶちこんで、俺のことメチャクチャにして!」
もう何も考えられなくて、欲望のままに言葉を吐けば、捲簾は嗜虐性たっぷりな顔で、それでも満足げに笑った。
「いいぜ」
よく出来ましたと言わんばかりに、キスが降ってきた。
触れるだけのキスはすぐに離れて、捲簾は再び俺の足の間に蹲る。そして自ら晒しているソコへと顔を近づける。
フェラなら顔は見えるワケで、でもさすがにそれより下は自分の身体が邪魔で見えなくなるワケで、つまり、顔が見えなくなったってことは、それだけ視線が下がっていっているってことで……。それだけでも恥ずかしくて死にそうなのに、捲簾は両の掌で俺の尻たぶを掴んで、更に開かせた。
誰にも見せたことの無い部分をそこまでして見られている。
すっげ恥ずかしくて、涙が浮かんでくるのに、なのにそれだけじゃ無くて。
見られてるだけなのに、どんどんチンポが固くなっていくのが解る。せめて捲簾には気づかないでいて欲しいのに、隠すこともできない上に間近で見られているこの状態じゃそんなことは到底無理で。
「何、見られてるだけで感じてんの? チンポ完勃ちしてんじゃん」
「ひっ!」
竿の部分を横から唇で食まれて思わず声が出た。そこからゆっくりと唇が下へと向かう。竿、付け根、玉をまた食んで、更に下がる。
「え、ちょ、まさか」
そこまでされて、この先の行為が分からないわけが無く、俺は慌てた。
待って、マジで? 他にいくらでも方法はあるだろ!? なのに敢えて!?
ケツの穴に、濡れた柔らかいものが触れた。明らかに指じゃない感触。
捲簾に、ケツの穴舐められてるっ…。
抵抗したいわけじゃないけど、どうしたらいいかわかんない。だってケツの穴だぜ!? しかも俺、風呂入ったりとかしてない! なのにソコを舐めちゃうんだ…。そういうの平気なんだ……。
途方に暮れて、でも脚を支えてる手に力を込めて耐えた。と、次の瞬間。ぬるりと、狭い入り口を何かがこじ開けて入り込んできた。
何かっていうか、そんなの一つしかないじゃん!
捲簾が舌でソコをほぐそうとしている。少し差し込んでは唾液で濡らして襞の一つ一つを伸ばすように舐めていく。気持ちイイとか悪いとか、そんなの感じる余裕もない。恥ずかしすぎて、もう痛くてもいいから慣らすの止めて突っ込んで欲しいとすら思ってしまう。
「捲簾っ、舐めんのヤだぁ…!」
「ってもなぁ、ローション取りに行くの面倒だし」
何だその理由は!? ローション取りに行く手間より舐める方が捲簾的にハードル低いの!?
「も、痛くてもいいから、入れてっ…」
「馬鹿。その場合痛いのはお前だけじゃなくて俺もだ」
……、聞きようによっては俺のことはどうでもいいけど、自分が痛いからイヤだって取れるんだけど…。
まぁ、いいや! 細かいことは気にしない! 舐めてるのだって、捲簾が自分からやってるんであって、俺が強要したわけじゃねーんだし! きっと好きでやってるんだ、そう思おう!
そう思おうとしても、そう簡単に羞恥が消えるわけでもない。だったらせめて、慣らす時間が少なくなるようにこわばっている身体から力を抜くことを心がける。羞恥でどうしても身体がこわばってしまっていたから。
俺の身体のこわばりが溶けてきたのを見て、捲簾は舌を引き抜いて、今度は指を一本ナカに入れた。
入ってきてるって感じはすごくするけど、意外と痛さも異物感もない。一本だからだろうか。ちゃんと濡れているからだろうか。
何度かゆっくりと指を出し入れされた後、今度は指が内壁をあちこち擦っていく。特別痛くはないけど、っていうか、どちらかと言えば、ちょっと気持ちいいかもしんない。肌に触れられるというよりは、口内を探られる感覚に近い。
と、その指が腹側のある一点に触れた瞬間、俺の身体が飛び跳ねた。
「っああああああ!!」
っぶね…、何の前触れもなくイくかと思った。なんとかイくことだけは避けられたが、快感は体内に溜まっていく。身体が硬直してて、ナカに入っている指を締め付けているにも関わらず、捲簾はその一点をグリグリと刺激する。そのたびに身体が面白いように跳ねて、俺はイかないようにするので精一杯だった。ものすごい快感が波みたいに襲ってきて、全然引かない。すっげ、気持ちイイ。しかもイイ場所を外さず刺激を与え続けられる。ヤバい、このままじゃまたイっちまう。耐えたくて頭を振って声を上げるけどほとんど意味なんかなくて。
「けん、れ…!ヤっ、も、やめっ…!」
「イきまくって狂っちまえよ」
ひきつる身体からぬるりと指が抜かれて、それを嫌がるようにナカがヒクヒクするのが解る。触れられてもいないチンポももうガチガチで、解放されたくて先端の口がパクパクしてる。と、抜かれた指が再びソコに押し付けられた。入り込んでくる感触と、今度は押し広げられる感触もあって。増えた指が締め付けてるナカをやや強引に広げながら押し込まれて、確かにある圧迫感すら気持ちヨくて。なんでこれが気持ちイイんだ。捲簾の好きにされてるみたいなモンなのに。……だから、とか? 自分の身体を好きにされるのが気持ちイイの? 自分の意思なんか全然関係無く、捲簾の好きに弄られるのが、気持ちイイとか…。ヤバいだろ。こんなの、俺、どうなっちゃうんだろ…。
ナカに入れられた指を、グッと曲げられた。さっきの、感じまくったあの位置で。
「っ!!!!」
声も出せずにイった。熱い液体が腹に飛んで、その感触にすら感じてしまう。なのに捲簾は手を止めてくれない。絶頂のせいで無意識に締め付けるナカを無理矢理開くみたいにして、内部も刺激していく。イったあとのインターバルを与えられないで、熱が下がるのを許さないとでも言うように与え続けられる刺激に狂いそうな程の快感が止まらない。気持ちヨ過ぎて狂いそうだ。身体が跳ねるのが止まらない。
「っあ! は、あ! あっ! ああっ!」
ガクガク震えて声もひっきりなしに上がって、イきっぱなしみたいになってる。もう何も考えられない。捲簾に与えられる快感だけが全てで。
ずるりと一度指が抜かれて、再度押し付けられる。熱が下がる間もなくまた増えた指が、ケツの穴に押し込まれる。
「ん…ぁ、はっ…」
狭い入り口を広げられて、突っ込まれていく。なのにその圧迫感は、俺にとっては確かに快感で。捲簾が手を揺さぶるようにすると俺の身体まで揺さぶられる。
「痛くねぇ?」
「平気…。だから、もう、入れて…」
またナカ弄られたら俺どうなるかわかんねぇもん。
捲簾は俺の顔を見ながら、指で入り口を開いてみたり押してみたりしてからゆっくり指を引き抜いた。
少し身体を離され、ベルトを外す音がしてから、捲簾が俺に再び覆い被さる。自分で支えていた足を捲簾が支えてくれたから、空いた手は捲簾に回した。ケツの穴に熱いモノが押し当てられる。それが何かなんてすぐに解ったけど、嫌悪感なんてちっとも湧かなくて。それどころか、欲しくて堪らない。女じゃねぇのになんでって思うけど、それでも欲しいって、身体が飢えているんだから仕方ないじゃん。頭も身体もこの先を期待してて、止まれない。
「捲簾…」
捲簾に回した指に力が入る。俺を見てる捲簾が酷薄に笑う。
「男なのに男に犯されたいってか」
嘲るようなその言葉に耐えきれない羞恥を感じるのに、そういうのを嫌だとは思えない。捲簾に与えられるモノ全てが快感にしか変換されない。
捲簾のチンポが少しだけ強く押し当てられる。
「ここに女みたいに俺のチンポ入れられるんだぜ? なぁ、どんな気分よ?」
なんで今そんなこと…。今言うなよ。今そんなこと聞かれたら、だって、今は。完全に、脳が溶けてるから。
ケツの穴にチンポを擦り付けるように身体を揺らされて入り口がねだるようにヒクついた。さっきまでの快感を身体が覚えてて、それが欲しくて堪らない。
頼むから、もう…。
「欲しくておかしくなるから、もう入れて! 捲簾のチンポ欲しい! 捲簾のチンポ、俺のケツの穴に入れてグチャグチャにして! 女にするみたいに俺のこと犯して! ナカに精液注ぎ込んで!」
欲しくて欲しくて、もう我慢なんて出来ない。
喚くように言った俺に、捲簾は舌舐めずりして笑った。獲物を前にした獣の顔。ああ、俺このまま捲簾に食い殺されるかも。でも、それでもいい。もう何でもイイ。捲簾、アンタが欲しいんだ。
ぐっとケツの穴をこじ開けるようにチンポが押し込まれる。指より圧倒的に太いのが、入り口を広げていく。
「っあ!」
ビクンとのけぞった身体を押さえつけられてじわじわ侵入してくる熱に、脳が痺れる。さっき慣らされた範囲を超えて広げられる圧迫感に目がくらむ。
「あ、あ、あ、あ!」
ヤバイ、限界かも。もうそれ以上拡がんないって思うのに、まだカリが入りきった感じはなくて。でも捲簾に押さえつけられているから逃げることもできなくて。無理でもなんでも、捲簾を最後まで受け入れることしか俺にはできない。だってこれは俺が望んだことだから。身体が限界超えたってかまわない。それくらい、欲しいんだ。
「っ…!!」
限界まで拡げられた身体が苦痛を訴える。痛みに身体が強張りそうになるけど、そしたら捲簾が痛いだろうから必死で力を抜く。と、俺をじっと見つめていた捲簾と目があった。捲簾は多分男とヤるの、初めてじゃない。だから俺が今痛みを感じてるのも解っているだろう。でも、だからって、やめてなんか欲しくなくて。だから俺は口端を持ち上げて笑ってみせた。
「やめんなよ」
その言葉に動きを止めていた捲簾が、ふっと優しく笑った。その笑顔にびっくりしてぽかんとしてたら、次の瞬間、ぐっと一気にチンポをぶち込まれた。さっきまでの加減なんてどこかに置き忘れたかのように、手加減なしに一気に、強引に、俺の苦痛なんて無視して、しかも奥まで。
「ッ!!!」
激痛に声も出ない。身体が一気に硬直して、思いっきり捲簾を締め付けている。ケツが痛くてジンジンしてて呼吸が引きつる。すっげ痛いのに、元の形に戻ることは許さないかのように捲簾のチンポが入っていて、苦痛が引く気配もない。
「っは、キツ…」
どこか楽しそうな捲簾の言葉に反論すらできない。言葉も出ない口を半開きにしたまま、唾液が口端から零れていく。苦痛に顔を歪ませて虚ろな目をしている俺を見て、捲簾は心底楽しそうに唇を歪めた。
「ああ、そのツラ最高。大好き」
「ッ!!」
囁かれた瞬間身体を何かが一気に駆け抜けた。だって今捲簾……、大好きって言った。別に俺のことをってわけじゃないことくらい解ってる。単に俺の苦痛に歪んだ顔が大好きってだけだろうことは解ってる、のに、頭では解ってるのに、なんでだろ、……溶けちまいそう。
身体の反応が一気に変わる。捲簾と繋がっているところからゾクゾクと何かが這い上がってくる。これ……、快感…? なんで、すっごく満たされた感じ、する。苦痛は確かにあるのに、段々快感が上書きしていく。そうなってしまえば苦痛も快感の一部になって、一気に身体の熱が上がった。
「っは、あ…、ぅ…」
俺の様子が変わったのに気づいたのか、捲簾がゆるゆると動き出した。
「っあ、イッ…、んっ」
動かれるとさすがにまだ快感に飛びきっていない状態だと苦痛を感じてしまい思わず顔を顰めてしまう。けど、それでもいいかと思った。俺が苦痛を感じている顔を捲簾が好きなら、痛くてもイイ。アンタが気持ち良ければ俺もイイから。
熱の篭った捲簾の視線に嬲られるように俺の熱も上がっていく。捲簾の確かに欲情しているその双眸が嬉しくて笑うと、捲簾も笑い返してくれた。
「余裕じゃねぇか」
腰を引かれて、内壁がわななく。抜かないで欲しいと絡みつくそこに、再び捲簾のチンポが突き立てられた。さっきまで指で散々弄っていた部分を思い切り抉られて俺の身体が仰け反った。
「ああああああっ!」
何度も何度もソコを抉られて一気に意識が快感に塗りつぶされる。気持ち良くて、ヨすぎて気が狂いそうなのに、貪欲な身体はもっとって強請るように勝手に腰が動いて捲簾の動きに合わせてソコを押し付ける。そんな行動に羞恥を感じる余裕すら無くて、ただもっと欲しくて。もう苦痛なんてどこにもない。あるのは塗りつぶされそうな快感だけ。
捲簾が俺を見下ろして獰猛に笑った。
「トべよ」
するりと俺のチンポに捲簾の指が絡みついて、腰の動きに合わせて激しく扱く。一気に迫る絶頂感に俺は頭を振り乱した。
「やぁぁぁぁっ!!」
先走りが零れて捲簾の手を濡らして、グチュグチュとやらしい音をたてて耳からも犯される。前も後ろも犯されて、その快感から逃げることもできずに絶頂へと駆け上る。
「やあっ、イくっ、イくっ…、イっちゃ、……っあああああ!!!」
身体を跳ねさせて精液を撒き散らす。意識が少し飛んで、目の前が真っ白になった。が、終わらない快感に意識が引きずり戻された。
「っ!? あ、ヤ、やらっ…、らめ……っ!!」
身体が完全にいうことをきかない。舌すらまともに動かなくて言葉が舌っ足らずになる。
イったのに、イってるのに、捲簾は俺のチンポを扱いている手も、俺を犯している腰の動きも止めてくれない。どころか、ますます激しくナカを抉る。イイとこだけを狙って打ち付けていた腰は、いつの間にか思いっきり奥まで抉っていて、ケツに捲簾の陰毛が当たる感触がして全部入ってるって解った。それでも突っ込むときにイイ場所に引っ掛けることは忘れないで。気持ちいいのが、どんどん溢れていく。最初は一箇所だったイイ場所が、段々増えてく。思いっ切り拡げられている入り口も、捲簾の先端が抉る最奥も、気持よくなっていくのが止められない。完全にイきっぱなしになってる。なのに、まだ欲しい。
「あああっ、もっと、もっとぉ! けんれっ…! もっと、シてぇ!」
腰を振って快感に身体をのたうたせてあられもない声で強請る俺を、じっと捲簾が見下ろしている。見られてる。こんな俺の姿を、捲簾に見られてる。羞恥と、快感に溶けてしまう。手加減なんて欠片も与えられずに揺さぶられて、脳がショートする。
「もぉっ…、壊れ、ちま、う…」
俺の涙で霞む視界で、それでも確かに捲簾は笑った。
「壊してやるよ」
「っ!!? あああああっ!! あっ! んぁ、や、ああああああ!!!」
動きを激しくしただけじゃなく、苦痛を与えるかのような律動に涙を振りまいて仰け反る。苦痛スレスレの強烈すぎる快感に意識が一気に呑まれる。絶叫しながら、身体を跳ねさせて、俺の意識は完全に飛んだ。



ぼんやりと意識が浮上する。ゆっくり目蓋を持ち上げると、いつもと違う天井が目に入って、また女のトコに泊まったんだったかなと思いかけて、昨日の記憶が蘇る。そうだ、昨日捲簾の後つけて、そんで捕獲されて。
「っ!?」
ガバッと跳ね起きかけて全身を襲う激痛にベッドに逆戻りする。
ナニ!? なんでこんな身体痛いの!? ってか、腰とか、……ケツの穴とか…。
そこまで考えたところで一気に全部思い出した。そうだ、昨日俺捲簾に、抱かれたんだ…。しかも俺から強請って……。
顔が熱くなる。俺ナニしちゃってんの!? 自分からあんなこと…! ヤッベ、恥ずかしくて軽く死ねる…!
思わず布団を被って恥ずかしい自分を隠してみる。なにからって訳じゃなく羞恥からくる意味不明な行動だ。
と、扉が開いた音がして捲簾の声が響いた。
「起きたか、悟浄? …お前なにしてんの?」
「羞恥に死にそうになってる…」
布団にくるまったまま答えると、笑われてしまった。ベッドが少し揺れたから、多分捲簾が腰かけたんだろう。
「昨日はあんなに素直でかわいかったのになぁ」
「言うなぁぁぁ!」
捲簾と顔を合わせられない。布団をキツく握っていると、いきなり布団を剥ぎ取られた。
「ちょっ!」
「顔真っ赤。おはよう、悟浄」
うろたえている俺に捲簾がキスをする。
なんなんだ、この男は。オハヨウのキスとか、なんなんだ、この甘さは。
すっと捲簾の手が伸びてきたから、触れられる前にその手を掴む。
ホント、なんなの? これじゃまるで恋人同士みたいじゃないか。そんなんじゃないのに。昨日のはただの勢いなのに。
睨んでいる俺の顔を見て、捲簾が苦笑した。
「手、離して。首輪外してやるから」
そこでやっと俺はまだ首輪をつけられていたことに気付いた。そうか、昨日ヤってるとき首輪ついてたんだった。首輪付きセックスとか、どんなプレイだよ…。
手を離すと捲簾は俺の首に手を伸ばす。けど俺の肌には触れずに首輪を外してくれた。
「飯食ってくだろ? ってか、起きれるか?」
「多分…」
捲簾の手を借りてそろそろと起き上がる。ゆっくりならなんとか平気そうだ。立ち上がらせて貰って、服を着せて貰って、リビングダイニングに連れていかれる。いい臭いがして、急に空腹を感じる。適当に椅子に座るとすぐにフレッシュジュースが置かれた。
確かに喉渇いてるけどさ…。
大人しくジュースを飲みながら捲簾を見てみるけど、捲簾は全く気にしてはいないようで朝メシの支度? をしている。アツアツのパンにサラダ、スクランブルエッグ、ウインナー、ポテト、コーン、ミネストローネ、ジャム付きヨーグルト。お手本みたいな朝メシにびっくりする。
「食っていいぞ」
「あ、うん。イタダキマス」
フォークを掴んで食べ始める。キッチンに置いてある時計が目に入った。11時47分。もう昼なのか。
「少ししたら俺は出かけなきゃだけど、お前どうする? 動けそう?」
「動けねぇって言ったらどうすんの?」
「そのときは留守番だな。お留守番したい?」
「まさか。帰るよ。タクシーつかまえる」
「んじゃ呼んでおくわ」
お留守番ってなんなんだ。家に一人で放置とか、荒らし放題じゃねぇか。ホント、警戒心強いのかいい加減なのかわかんね。
朝メシ食って(昼たけど)食後のコーヒーも飲んで俺はのんびり。捲簾は洗い物中だ。なんでだろう。なんか、すごくくつろいでる、俺。
「なぁ、煙草吸ってもいい?」
「いいよ。そこの灰皿使っていいから」
「サンキュ」
テーブルの上の灰皿を引き寄せると、ポケットから煙草とジッポを出して一本くわえる。煙を大きく吸い込む。あー、旨いなー。
捲簾はジーンズにTシャツというラフな格好で、昨日のホストスーツとのギャップがすごい。こっちが素なんだろうか。昨日は夜をまとってるみたいだって思ったのに、今の姿はその辺にいるちょっとやんちゃな兄ちゃんにしか見えない。
「なぁ、アンタ歳いくつなの?」
「172歳」
「は?」
「ナニ、俺にそんなに興味あんの?」
「ねぇよ!」
ニヤニヤ笑いがムカつく! もう聞かねぇ! コイツ教える気ないもん!
洗い物を終えると捲簾は部屋に行ってジャケットを羽織りながら戻ってきた。
「んじゃ行くぞ」
無言で後ろについていく。ゆっくりならなんとか一人でも歩ける。来た道を逆に辿ってマンションを出たところでタクシーに乗り込むと、捲簾は片手を軽く上げて見送ってくれた。
……へんなヤツ。



指名が入ってそのテーブルに行くと、顔馴染みの女が3人で来てた。
「いらっしゃ〜い。久しぶりじゃね?」
最近見かけてなかった…っていうか、一人の子は確か捲簾に鞍替えしたと思ったんだけど、アレ?
取り敢えずソファーに座ると、別の子が俺に気になったことを報告してくれる。
「悟浄、ちょっと聞いてよ! この子ねぇ、捲簾に告ったんだって〜!」
心臓が跳ねて、びっくりし過ぎて目ぇ丸くしたまま硬直しちまった。けど暴露された子が慌てて話を止めようとしたおかげで、そんな俺に気づくヤツはいなかった。あぶね……。
「ちょっと! バラさないでよ!!」
「だっていいネタなんだも〜ん」
「そうそう、ホストにマジ惚れとか!」
「言うな〜〜〜!!!」
「まぁまぁ。そんでどうだったの?」
ここに今来ている時点で結果なんて解ってるようなもんだけど、一応聞いてあげる。これも仕事だ。なのになんでだろ、心臓がどきどきうるさい。
「どうだったと思う?」
「ん〜、カワイイしスタイル良いし性格もいいんだから、もちろん上手くいったんだろ?」
俺がそう返すと、その子は目をうるませて俺に抱きついてきた。
「悟浄! 大好き〜〜〜!!!」
「残念ながら、ダメだったんだって」
「そっか。捲簾ももったいないことするな。ま、他にいい男なんていくらでもいるって。元気だせよ」
そう言ってほっぺに軽くキスしてやると、ますます俺に擦り寄ってくる。やっぱ女の子はかわいいな〜。やわらかいな〜。抱きつかれると気持ちイイ。
にしても、そっか、捲簾断ったのか。まぁ、そうだろうな。顔もルックスも良くてあんなとこ住んでて、ホストなんかしてなくてもモテまくるだろうから、わざわざこういうトコに遊びにくる女とは付き合わねぇよな。良かった。
…………。
良かったってなんだ…?
「悟浄、どうしたの?」
「えっ!? 何!? どした!?」
「急に黙っちゃうから、どうしたのかなって…」
「あ、ごめん! ちょっと酒回ってきたのかな! あはははは!」
思いっ切り白々しいごまかし方しちまったよ…。ガキか、俺は。仕事仕事、頭切り替えないと! そう思うのに、その日のその後の記憶は曖昧で。上の空だったり、普段はしないようなミスばかりして店長に今日は帰れと言われてしまった。一人でとぼとぼ家路を辿る。
どうしちゃったんだろ、俺。あの日からなんかおかしい。ふと気づくと捲簾のこと考えてる。つっても知らないことのが多いから回想するというより知りたいことをただ思い描いている感じだけど。捲簾のことなんかホント何も知らない。抱き方くらいしか知らない。結構サディストなこととか、男も馴れてることとか。どうして俺なんかを抱いたんだろう。ただの気まぐれなのかな。ってか、そうだろう。それ以外ない。てかあの時思ったみたいに嫌がらせとか…。でも少なくとも嫌がらせではないだろう。だって結局最後までしちゃったわけだし、俺も嫌がってはいなかったし。多分捲簾にとっては男を抱くことは大したことじゃないんだろう。だからきっと単なる気まぐれなんだろう。たまたまシたいなと思ってたとこに俺が後つけたりしたから、ちょうど良かったんだろうと思う。タイミングが合ったからヤっただけ。好きとか嫌いとかそういうのは全く関係ない、都合のいい相手。そういうのあるじゃんって解るのに、どうしてだろう。なんか胸が痛い。こんな痛み感じたこと無い。だからその正体が解らなくて困った。なんでだろうな、今すごく切ないのに、すごく捲簾に会いたい。でも今日は出勤日じゃ無いはずだから、待ち伏せしても会えない。どうしよう、俺ホント捲簾のことなんにも知らないんだ。
「捲簾……」
言葉にしてみたら余計会いたくなって困った。一度ヤったくらいで付きまとわれるなんて最低だって思ってたのに、自分がこんな気持ちになるなんて思わなかった。……会う方法はあるんだ。だって俺は捲簾の家の場所を知っている。でも、本人の了承もなく家に押し掛けるとか…。それに行っても中に入ることは出来ないから、外で待ち伏せすることになる。それってすっげ迷惑だよな。
解ってるんだ。ちゃんと解ってるんだ。なのに納得出来ないなんて。
こんな気持ちになるのも全部捲簾のせいなんじゃないだろうか。捲簾が俺を抱いたりするから、捲簾が俺を家に連れて行ったりするから、捲簾が俺に首輪なんてつけるから……。だから俺はこんなに捲簾に捕らわれて。
ああ、そうか。俺、捲簾のこと好きなんだ。
そう気づいたらすごく納得した。初恋かよ。イイ歳してこんなの…。
胸の痛みも切ないのも会いたいのも、全部好きだから。
でも、これは多分一方通行だから。抱かれたからって、捲簾にはそんな気はないんだから。
自宅に向かおうとして止まっていた足を動かす。タクシーを捕まえて、乗り込んだ。
会いたいんだ。だけど、思いが叶わないのは解ってるから。だから、せめて、アンタにちゃんと断られたいんだ。それくらいいいだろ? アンタが拾ったんだから、捨てるとこまでちゃんと責任とってよ。でなきゃ俺は、アンタを諦められない。



捲簾のマンションの前に着いて、でも入らずに植え込みに座ってぼーっとしていたら、制服姿の男の人に肩を叩かれた。
「何かご用でしょうか?」
その言葉でマンションの受付の人だって解った。多分ずっといたから怪しまれたんだろう。時間も時間だしな。
「あの、ここの住人に用があるんだけど…」
追い払われるんだろうなと思いつつダメ元で言ってみると、受付の人は表情も変えずに重ねて問う。
「どなたにご用でしょう?」
「えっと、部屋番号とかは解んないんだけど、捲簾に」
「失礼ですがお客様のお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「悟浄ですケド…」
「それでしたら。悟浄様がいらっしゃったらご案内するように仰せつかっております。こちらへどうぞ」
びっくりして呆然としてしまう。受付の人が自動ドアを開けてこっちを振り返ったから慌てて後を着いてく。エントランスを抜けるときに時計を見ると、もう3時だった。俺どんだけあそこに座ってたんだか。中で少し待つように言われてエントランスの一画を陣取っているソファに座る。受付で係の人がどこかに電話をしている。多分、捲簾にだ。
なんかドキドキしてきた。絶対会えないと思ってたから、この展開は予想外だ。ってか、俺が来たらって、なんだろ。どうしよう、都合のいい考えしか浮かばない。でもそれは無いから、期待なんかしちゃいけない。期待すればしただけ後で自分が傷つく。そんなの嫌ってほど知ってる。無意識に自分の頬をなぞる。二本の傷。解ってるよ。俺が愛されることは無いんだ。
「部屋、来るだろ?」
突然近くで声がしてびっくりした。顔を上げると捲簾がすぐそばに立っていた。気配とか感じなかった…。ってか、第一声がそれってどうよ。
「行く」
他に何も言えなくて、黙って捲簾についていく。こんなとこで用件は、話せないこともないけど話しにくい。内容が内容なだけに、捲簾に迷惑がかかる気もするし。それに、捲簾の部屋に行きたいから。執行猶予を伸ばしているだけなのは解っているけど、少しでも傍に居たいんだ。少しでもアンタのこと知りたいんだ。
前を歩く捲簾は前回と同じで、暗証番号を入力する手元やエレベーターのパネルなんかを身体で隠している。やっぱ、迷惑だったのかな。てか、明らかに迷惑か。午前3時に突然呼びだされたわけだし。しかも俺なんかに。表情こそ笑顔だけど、この男の笑顔はアテにならない気がする。……部屋まで行きたかったけど、これ以上迷惑かけたくはない。
エレベーターを降りてエントランスに出て、部屋に向かおうとした捲簾の背中に声をかける。
「なぁ、捲簾」
「ん?」
足を止めて振り向いてくれた捲簾を見ると、捲簾は何故か苦笑した。
「部屋まで来たくない?」
そんなわけない。困って目を逸らす。
「こんなトコで立ち話もなんだろ? 部屋で話そう」
「……でも」
迷惑を掛けたくない気持ちも、部屋に行きたい気持ちは確かにあるけど、それより何よりだんだん欲が出てきそうで怖かった。部屋まで行ったら、俺がここに来ることを許されている気がしてしまいそうで。そしたらその先も望んでしまいそうで。気持ちが止まらなくなりそうで、怖い。それならここで、誰もいないから、ここで振られてそのまま帰るほうがまだマシな気がする。
「あのさ、俺…」
意を決して口を開いた瞬間、俯いていた視界に捲簾の手が入って。ふわりとその手が俺に回されてびっくりした瞬間、カチリと確かに音が響いた。
「……あのさ」
言いかけていた事とは全然違う言葉を言いたい。だって今の音は明らかに…、首輪を付けた音。
「アンタ何してんだよ!!」
「部屋まで大人しくついてきてくれなそうだから、捕まえてみちゃった」
「みちゃったじゃねぇぇぇぇ!!!」
「ここで大声出すな〜」
思わず絶叫した俺に楽しそうに捲簾は言って、首輪についてるチェーンを引っ張って歩き出す。チェーンに引っ張られて首が少し絞まって、仕方なく俺も捲簾の後に続く。ここで大声は確かにまずい。でも捲簾はなんだか上機嫌で前を歩いて行く。もうホント、この男ヤダ…。
部屋に通され、リビングのソファに座らされる。首輪は前回同様にデカイテーブルにつながれる。俺、犬じゃないのに! ってか、これだと告ってダメだったときにじゃあサヨウナラってできないじゃん! 振られた後にのんびり話したりとかできないぞ俺、多分!
だらだら冷や汗を流している俺をよそに、捲簾は酒用冷蔵庫を開けてなにやら取り出している。今日は勝手に作るらしい。何作ってくれるんだろ。
話をするのも忘れて見つめてしまう。スピリタス、レモンジュース、グレナデンシロップにカクテルグラス2つととシェイカー。捲簾はまずスピリタスをシェイカーに入れて振った。スピリタスとか、絶対酔うだろ。だってこれアルコール度数96度だ。酔わせたいのかこの男は。それからレモンジュースとグレナデンシロップ。ってか、このレシピって…。俺がじっと見ているのも気にせず、捲簾はカクテルグラスに真っ赤な液体を注いだ。俺の髪と瞳と一緒の色した液体。どういう意味なんだろ…。いや、意味なんかないのかな。どうなんだろ。ちらりと捲簾を見てみる。
「あ、忘れてた」
すっげ、わざとらしくそう言って、捲簾は冷蔵庫からなにやら取り出しカクテルグラスの中に放り込んだ。真っ赤なチェリー……。
「これ、ギロチン……?」
「そ。ちょうどいいだろ?」
何がだ。今の俺の気分を指しているのか!? 何これ、嫌がらせ!? ってか、これすでに首落ちてるよね!? 遠回しなお断りなの!?
もう何も言えなくて、ぐいっとグラスを呷った。ジュースみたいなのに喉が焼ける感じがして、アルコール度数の高さを俺に知らせてくれる。一気に飲み干した俺を見て笑うと、捲簾は自分の手元にあったグラスと俺のグラスとを交換してくれた。捲簾の方にはチェリーが入っていない。俺の方に入っていたチェリーは、一緒には飲まなかったからグラスに残ったまま捲簾の手元だ。
「んで、なんか用あったの?」
ここで本題ですか。この流れでイキナリ振るのか。ちょ、話にくいんだけど! 話さないと始まらないのはわかるけど!
「えっと、あのさ、俺……」
やっべ、なんかメチャクチャ緊張してきた。心臓ドクドクいってる。こんなに心臓脈打ってたら酔い回るの早そうだな。てか、もう酔ってるってことにしちまえ。まだ全然だけど、きっと俺酔ってるんだ。だから、多分何言っても、どんな反応返しても平気だ。あんなもん出した捲簾が全部悪い。
「俺、捲簾が好きだ」
声が上擦った。緊張しすぎて泣きそう。返事が怖くてたまらない。顔を上げられない。捲簾の顔を見る度胸が無い。
捲簾が小さく笑った。
「俺のどこが好きなの?」
「え?」
言われた意味が解らなくて、思わず顔を上げる。捲簾は複雑そうな顔で笑ったまま、言葉を続けた。
「どこを見て好きだって思ったの? 俺の何を知ってるっての?」
「それは……」
言われるまでもない。そんなこと俺だって解ってる。俺は、捲簾のこと、なんにも知らない。
「怒ってるわけでも責めてるわけでもねぇから、だからそんな顔すんな」
優しく頭を撫でられる。けど、こんな顔させてんのはアンタだ。
「多分それはさ、錯覚だよ。だから…」
「違う!!!」
思わず立ち上がって叫ぶ。
「違う! 錯覚なんかじゃない!! ってか、決めつけんな!」
捲簾がびっくりした顔して俺を見上げている。
「確かに俺はアンタのこと何も知らないけど、だけど、ホントに、本気で好きなんだっ!」
どう言ったら伝わるんだろう。どう言ったら、俺の気持ちがちゃんと捲簾に届くんだ。
「好きなんだ…。ダメだって解ってるけど、止められないんだ。だから、断ってもいいから、否定しないで……」
泣きそうな俺を見て、捲簾が苦笑した。
「俺は何にも知らないけど、でも何にも教えてくれなくてもいい。それでも俺はアンタのこと好きだよ」
耐え切れなくなって、捲簾から視線をはずす。目の端に首輪の鎖が映った。
「今俺の前にいるアンタだけ知ってればそれでいい。他のことなんてどうでもいい。…………マジで好きなんだ」
拳を握りしめる。そうしてないと、泣いてしまいそうで。上擦る呼吸を抑えるのに精一杯で。
「悟浄」
優しく捲簾に名前を呼ばれて、途方に暮れる。視線を彷徨わせて、さんざん迷ってから、覚悟を決めて顔を上げた。
いつの間にか立ちあがって俺の隣に来ていた捲簾は、少し顔を傾けて俺にキスをした。
どういうつもりなんだろうとか、そんなのは全然思い浮かばなくて、ただその甘さに酔いしれる。飢えを満たされるかのような感覚に、やっぱり俺捲簾のこと好きなんだって自覚した。
薄く目を開くと、間近で捲簾も目を開いて俺を見ていて、そのまま舌で俺の唇を撫でる。その催促に、僅かに唇を開くとそこから捲簾の舌と、さっきのチェリーが入り込んできた。
ギロチンで落とされた首。
「俺も好きだよ」
唇が触れる距離で囁かれた言葉がとっさに信じられなくて真っ白になる。
今、捲簾、何って言った…? え、俺を好きって言ったような……えええ!?
動揺しすぎて、思わずゴクリと口の中のチェリーを丸呑みした。喉痛っ……!
「あーあ。首飲んじゃった」
「って、えぇぇ!? 捲簾今なんて!?」
「だから、お前が好きだって言ったの」
聞き間違いじゃなかったんだ……。ナニそれ。マジで? 夢とかじゃねぇよな!? うっそ、信じられない…。
「好きじゃねぇヤツ、抱いたりとかしねぇよ」
「……でも捲簾、男抱き慣れてた」
「…………。プライベートでは!」
ごまかすように捲簾が腕の中に俺を閉じ込めた。
プライベートでは好きじゃなきゃ男抱かないってことは、仕事なら抱くってことなのか。一体どんな仕事してるんだ、捲簾。
思わず聞きたくなったけど、でもまぁ、今日はごまかされてやろう。
胸に温かいものが満ちてくる。ああ、こういうのを幸せっていうのかな。
初めて人を好きになって、その人が俺を好きだって言ってくれて。もうこれ以上なんて無いって思う。こんな気持、初めてだ。アンタが全部教えてくれたんだ。俺、アンタを好きになって良かった。ホントに大好きだよ。
「捲簾」
「ナニ?」
腕を緩めて俺の顔を見ようとした捲簾に、今度は俺から抱きついた。
こんな首輪なんかじゃなくて、俺は、アンタに縛られたいんだ。だから。

「なぁ、ぎゅってして」






−あとがき−

お馬鹿なギャグ話を書きたくて、大将に悟浄を首輪で拘束させてみました! 首輪設定を活かし切れてないのが残念な感じですが、何も考えずに書いてたのでこれが限界でした。そして何も考えずに書いていたら、大将がどんどんしでかしてくれて、ビックリしました……。首輪以外はノーマルHの予定だったのに! 言葉責めで羞恥プレイとかっ、これはSMまで行っていないと私は信じてる! てか、先日ネットのお悩み相談で相談者さんが彼女が酔っ払って噛み付いたっていうのをSだって言っていて、しかも半数くらいの人がそれを支持していて、アレ!? と、動揺いたしました。私のSMの定義はおかしいのかもしれません…。そして勝手に切なくなっていってくれる悟浄さんにもびっくりしましたがね。いつ悟浄が恋心に気づいてくれるのかとひやひやしながら書いてたりもしまして、ちょっと楽しかったです。


花吹雪 二次創作 最遊記