隠岐のマダイ

平成16年10月16日〜17日

 

 本当に今年は台風の当たり年だ。数少ない太平洋方面への夏魚狙いのチャンスもことごとく潰され、結局コロダイ、タマミ狙いは釣行の機会さえ与えられなかった。遠征計画もまたしかり。今年最大の目標であるアイナメの50pオーバーをゲットするため、まとめて休みが取れるチャンスごとに計画を立てるものの、なかなか実行に移せない。今回も本当は、三陸方面へと狙いをすましていたが、先週関東を直撃した台風のウネリが収まらないということで、最後は渡船店からダメ出しをされて断念することとなった。1ヶ月ぶりの釣りだし、記録物にこだわりたいところではあるが、ここは方向転換せざるをえない。次の台風も近づいているので、狙い目は日本海。ならば時期的なものも考慮すれば隠岐のマダイしかないだろう。記録物とはいかなくとも、釣り方さえ間違わなければ、そこそこの結果は出るはずだ。突然の方針変更に準備もままならないまま、もはや定例と化した弾丸釣行を決行することとなった。

 朝4時、ふたまた丸のチャーター便で七類を出港。海上は案外ウネリがあり、時折船が大きく揺れる。1時間半ほどで隠岐の海域に到着。磯釣りの客が次々に、思い思いのポイントへと降り立っていく。私の狙いは、3年前に大物を根ズレでバラしている西ノ島と中ノ島の水道筋にある地磯。しかし、そのポイントはやたらスズメバチが多いところ。アレルギー持ちで過去にハチに刺された経験のある私は、二度目に刺された時に起こる可能性がある劇症アレルギー症状(アナフィラキシーショック)が怖く、よってスズメバチが大嫌いなのだ。その磯でうたた寝をしている時に、耳元に飛んできた奴を無意識に手で振り払ってしまい、追い掛け回されるという経験もしている。今回はハチ用の殺虫剤まで持参はしているが、猛暑の影響もあり、今年はやたらとスズメバチが多いと聞いて不安が募る。
 そんなことを考えながら海を見ていると、ある港の景色が飛び込んできた。崎の集落だ。ここでは5年ほど前にカレイを数釣った想い出がある。あの時は大雨の中がんばったんだよな・・・他のポイントでは何も釣れなかったけどここだけはよく釣れた・・・などと考えていると、崎港の沖にある一文字が猛烈に気になりだした。スズメバチから逃れたい本能と相まって、気持ちが急速に揺らぐ。気がつけば、船長に崎一文字へと行き先を変更するよう告げていた。
 全長100メートルぐらいの波止、攻めるべきポイントは無数にあり、しかも、ひとりぼっちでやりたい放題である。持参した7本の竿をすべてセットし、内外、遠近、左右と思いつくままに投げ込み、魚の寄り場を探してみる。しかし、どこに投げ込んでも、トラギスとマッチ箱サイズのチャリコの猛襲。捨石まわりはイソベラの巣。誰かに助言を求めようと思ったが、携帯は圏外のままで、どうトライしても通話はおろかメールのやりとりもできない。当然、渡船との連絡も不可能で、夕方の弁当配達便まではここでがんばるしかない。
 ここから長い思案が始まる。100メートル近く投げれば水深は20メートルはあり、夜になれば状況は一変するかもしれない。小さいながら、チャリコが濃いことから考えると可能性は無くも無い気がする。しかし、隠岐には水深が深くても全く釣れない場所が多く存在することも事実。動くべきか動かざるべきか。まあ夕方までは時間がたっぷりある。ゆっくり釣りながら考えよう。
 日がすっかり高くなり、あれだけ活発にハリ掛かりしていた小物たちも、さすがにどこかへ消えていった。徹夜で車を飛ばしたこともあり、ここは休息も必要と昼寝モードを決め込む。しかし、この頃から波止正面からの風が突風と化し、時折、竿を吹き飛ばさんばかりの勢いで駆け抜けるようになった。これで決心がつく。この強烈な向かい風では飛距離が稼げず、探れる範囲が極端に狭まる。第一、真昼間というのに体感温度をグッと下げるほどの強風に、ひと晩耐えることは不可能だろう。早々に道具を片付け弁当便を待つことにする。
 日がすっかり傾き、西の空がほんのりオレンジ色を帯び始めた頃、待ちかねた弁当便が到着。さっそく船長に場所替わりの交渉をする。しかし、東寄りの突風を避けて、多くの釣り人が水道筋のポイントに集結している模様。当然、最初に狙いをつけていた磯も満杯状態とのこと。しまった。軽率な思いつきのおかげで、朝なら余裕で入れることのできた絶好ポイントをみすみす逃すことになってしまった。この風では外洋向きのポイントはすべてアウト。となると、水道筋のどこかということになるが、本命の磯に行くことができないとなると、思いつくポイントは日ノ津の地続きの波止ぐらいしかない。日ノ津は10年ほど前に、マダイが数釣りできるポイントとして雑誌等でよく取り上げられたポイント。私自身は10年以上も前にカレイ狙いで竿を出したことはあるが、それ以降足を踏み入れたことはない。最近はあまり話題にならないが、それでも時折、マダイが上がるようである。幸い、波止はガラすき状態だ。まあ、最初の判断でしくじっている訳だし、型はともかく、マダイの顔が見られれば上等と自分を納得させて上陸することにした。
 船から道具を下ろしていると、どこからともなく2匹の犬がやってきた。何を隠そう、私は鎖につながれていない犬も、スズメバチの次くらいに嫌いだ。淡路で夜中に単身徒歩でポイントに向かっている時に、10匹近い野犬に囲まれ死にそうに怖い思いをしながら突破した経験があるからだ。それ以降、野犬出現確率の高いポイントには近づかないようにしている。一瞬身構えたが、よく見てみると犬は首輪をしている。どうやら地元で飼われている犬らしい。人なつっこく私に近づき、顔を近づけてくる。まあ、危害を加えてくるような犬ではないことは分かったが、これに周りをウロウロされたら気が散ってセッティングができない。日は大きく傾き、薄暮がそこまで迫っている。急いで準備にかからないといけないが、邪魔だからと犬たちを追い払おうとして逆襲されたら・・・様子をみていると、どうもこの犬たち、腹が減っていそうである。なら、食べ物で懐柔するか。夜食用にとっておいたアンパンを取り出し、与えてみることにした。するとどうだろう、彼らはムシャムシャとアンパンを食べ終わると納得したように去っていってくれた。何か気持ちが通じ合ったようで妙な感激だ。しかし、もうチャンスタイムは始まろうとしている。感慨にふける間も惜しんで5本の竿をセットしていく。潮は左に向かってやや強めに流れている。この流れに戸惑い、最初の2投くらいまでは竿同士のオマツリにてこずったが、3投目ぐらいでようやく投げ分けのコツが分かってきた。遠中、左右と広く投げ分けてみるが、本命は遠投のような気がする。よって波止先端から直角方向への遠投を第一候補、そして波止の基部、右手に広がる磯からの落ち込みを第二候補に考え重点的に攻めることにする。
 さっそく先端側の竿に小さなアタリ。25cmくらいのチャリコだが、真っ暗になる前にコイツがくるということは、逆に期待が持てる。日本シリーズの中継を聞きながら打ち返していると、再び先端側の竿にアタリ。今度は30cmを越えてきた。ランク物を確保して、とりあえずはひと安心。続いては右手の竿のドラグが滑り、39p。徐々にサイズアップしてきている。いい傾向だ。潮は一瞬緩んだのちにわずかに右へと流れを変えた。それとともに、時折くっきりと潮目が出たり、また消えたりと潮流が複雑に変化していることがうかがえるようになってきた。潮目が出るとアタリが出る、その繰り返しだ。再び右手の竿にドラグを鳴らすアタリがあり、42cmとさらにサイズアップ。どうやら磯からの落ち込み付近に良型が固まっているのだろうか。丹念に攻め続けてみる。
 日本シリーズは審判の誤審を巡って長い中断の真っ最中。これと合わせるようにアタリもピタリと止まった。しかも、右手の竿に巨大なゴミが掛かったようで、ヒィヒィ言いながら寄せてくるハメになってしまった。ようやく手前まで寄せて、ライトで照らすと、巨大な藻の塊のように見える。さっさとズリ上げて打ち返しをしたいところだが重くて上がらない。もう一度よくライトで照らしてみると、なんと1mほどもある流木が掛かっている。こりゃ上がらんはずや。今度は腰を入れて力任せに引っ張り上げにかかる。そして・・・
 流木が半分まで海上に持ち上がった時、先端方向の竿に強烈なアタリが出た。ジーッとドラグがけたたましい音を上げる。びっくりして、一度はアタった竿に駆け寄ろうとしたが、巨大なゴミをぶらさげたままの竿を放置はできないと思い直して、右手の竿の方を先にかたずけることにする。流木を引っ張り上げている間にも2度3度とドラグが唸りを上げる。まあ、沖の方にはほとんど根掛かりがなさそうであるし、よく食い込ませるということでしばらくほったらかしても大丈夫だろう。ようやくの思いで波止にズリ上げた流木を足元に転がし、アタっている竿に駆け寄る。ドラグをやや緩めに締めての大合わせ。竿先がグググッと舞い込む。キタッ。これは紛れも無い大ダイの感触。慎重にリールを巻きながら、大きな負荷がかかった時のみ滑るよう、ドラグを微調整していく。このあたり、自分でも驚くほど冷静である。しかし、いい意味の緊張感が体を支配し、息遣いが荒いのが自分でも分かる。久しぶりのアドレナリン全開状態だ。糸を巻いている時間をじれったく感じている自分を、冷静に状況を観察している自分が支配している。これが逆転すると焦りにつながり、とんでもないミスをしたりするのだが、今、この段階のやりとりに関しては完全にペースをつかんだ感じである。アタったのは三脚に三本立てかけたうちの真ん中の竿。ランディング時に隣りの糸に絡んでさばこうとしている間にタモ入れ失敗というのもよくある話である。しかし、やりとりをしながらの竿位置の入れ替えも、ほとんど無意識にスムーズにかつ完璧にこなすことができた。これで魚を寄せた際のタモ入れがスムーズに行えそうだ。力糸の回収に入ると魚は大きく波止の角を回りこむように横走りしはじめた。しかし、最後の逆襲もなんなくいなすことができ、残すはタモ入れのみとなった。ひとりでのタモ入れは最大の難関といえる。それぞれ片手で竿とタモをコントロールしなくてはならず、もたつくほどに手がしびれてきてどうしようもなくなり、もたついてしまうことが多いのであるが、今回は不思議なくらいに冷静だ。すばやく竿尻を波止に落とし、竿先から1メートルぐらいのところを左手で掴んで魚の動きをコントロールする。右手だけで、うまい具合にタモを伸ばすのもなかなか大変なのだがこれもスムーズにいった。左右の腕の動きが同期したのだからうまくいかないはずはない。一発でタモ入れが決まり、大きな魚体が網の中でうごめいている。慎重に引っ張り上げ、波止に横たえる。63.7cmの立派なマダイだ。ヨッシャーと思わず声が出る。
 あまりにうれしくて今時の若者のようにマダイとのツーショットをパチリ。バカなことをやっているなと考えつつ、ここまでバカになれるほどの感激があるから人は釣りをするんだと納得。釣れない日々、釣りにすら行けない日々、そして釣りのことさえ考えられないほど多忙な日々、日常のいろんなことに押しつぶされそうなほど悩む日々。すべてのことが、この一瞬を味わうための前菜のようにさえ思える至福の時である。
 
 フラッシュをたきすぎたせいなのか、それともたまたま潮が変わったのか。それからは竿先がピクリともしなくなった。そうなれば十分な釣果も得たことであるし、仮眠の時間である。テントにマット、寝袋。これでぐっすりと眠れる。自然に抱かれながら、波の音と風の動きを感じながら眠りにつく。これまた贅沢な時間である。

 3時には起床して釣りを再開する予定であったが、ついつい寝心地がよく、目が覚めたのは4時半だった。あわてて打ち返しを再開する。ポツポツとアタリはあるものの30cm以下が多く、第二ラウンドのランク物は35cm1匹のみ。白々と明ける東の空が長いバトルの終了を告げる。フェリーで本土にたどり着いた後は、神戸までの250キロのドライブが待っている。さあ、もうひとがんばりしますか・・・。



2日間の釣果 マダイ63.7p〜32p5匹、30cm以下多数、カワハギ23cm〜20p3匹、サンバソウ25cm

              

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