隠岐のマダイ
by 一本釣り師
「釣りは運だ」と言い放つ人がいる。確かに要素として運が釣果を左右することは否めない。でも大部分で最初の言葉は間違いであると思う。釣りは経験則も含めたテクニックによってその結果に大きな差が出てくるものなのだ。ばんちさんや伝説の釣り師と知り合ってからそう思うようになった。二人と一緒に釣行した時の帰りの車中はまるでマジシャンの種明かしのようだ。なぜ二人に釣れたのか、なぜ私に釣れなかったのか。たいへん勉強になる。しかしそれを活かしきれていない自分がいる。
4月中旬の東北遠征以降、スランプに陥った。考えれば考えるほど作戦は裏目に出る。隣りで釣り上げられる大物を羨望の眼で見つづける日々はとうとう2ヶ月になった。ランク物なしの状態はのべ9日間、その間にはエサトリすら釣れないパーフェクトゲームの4連発もあった。これは単なるスランプなのか。いやそうではないだろう。自分にだけ釣れないのには原因があるはずだ。でもそれが何なのかが分からない。分からないから、とにかくチャレンジし続けるしかない。全く長いトンネルに入りこんでしまったものだ。
季節は移ろい、関西圏ではカレイ、アイナメのシーズンはほぼ終了している。このトンネルを抜けるためには、私が苦手とする夏系の魚を釣らなくてはならない。夏系の魚といえばマダイ、チヌ、スズキ、キス、カワハギ、マゴチなどだが、どれも釣れそうな気がしない。四国南西部へ行くことも考えたが、釣りに割ける日程は2日間しかない。片道7時間はかかろうかという道のりを考えると作戦としては無理がある。次に考えたのが隠岐。隠岐なら過去20回ぐらい足を向けているので勝手は分かっている。一夜のみの釣りでもスケジュールが組みやすい。幸い、マダイ、スズキ、カワハギなどが好調だという情報も入ってきた。こうなったら行くしかないだろう。一泊二日。隠岐滞在が20時間あまりの弾丸単独釣行ツアーだ。12日間連続出勤でふらつく体に鞭打って神戸を後にした。
夜通し車で走ったので、フェリーに乗船する2時間あまりは仮眠タイムだ。しかし、傍らに置いていたペットボトルが体に当たる感触で目が覚める。波が高くフェリーが揺れているのだ。天気は心配なしと安心していたのだが、この波は誤算である。風も相当に強い。波と風は島影が近づいてきても収まる気配がない。こうなるとポイントは限られてくる。。当初は外洋に面した一文字波止に上がるつもりだった。しかし、この強風で風表になる一文字波止へひとりで上がり、夜を明かすのはあまりにリスキーだ。無理をすれば行けないことはないだろうが・・・。
無理をしないということは、安全第一で行動するという勇気でもあり、釣れる可能性が大きいことを知りながら逃げるという弱気でもある。果たしてどちらが正解なのか・・・これはもう経験則で判断するしかない。しかし、最近の私は釣りを開始する前の二択でことごとくハズレを引いている。大いに悩む。強行か、避難か。そして・・・結局、急遽作戦を変更して風裏になる湾内の磯へと渡ることにした。
昼間はカワハギ、スズキ狙いだ。しかし、2時間を経過しても竿先に変化はない。焦りが募る。またもや判断ミスを犯してしまったのか。やっぱり当初のポイントへ行くべきだったのか。そんな思いがよぎった瞬間、竿先がコンコンと叩かれた。待望のアタリだ。ふーっと大きく息をして大アワセをくれる。きたっ。久しぶりに味わう大物の感触。しかし、まだ磯まわりの沈み根の状況を把握しきっていない。根掛かりが怖い。早く魚を浮かせなければ。無意識にリーリングのペースが速くなる。そして次の瞬間、70pはあろうかというスズキが水面を割り、銀色の魚体があらわになった。やばい。奴が惚れ惚れするようなエラ洗いをみせたのだ。「あっ」。あわてて糸を巻くが生体反応は戻らない。痛恨のバラシである。冷静さを欠いた自分のやりとりの甘さに腹が立つ。いきなりのチャンスをフイにした日は、ワンチャンスで終わってしまうことが多い。いやな展開だ。
しかし、以外にも挽回のチャンスは早々にやってきた。すぐに先程同様の鮮明なアタリが出たのだ。今度は慎重すぎるくらいに丁寧にやりとりをする。「ゆっくり、ゆっくり」と心でつぶやきながらも重量感を存分に楽しむ。てっきりスズキだと思ったが、手前に来ても魚体が浮かない。あれ、何だろう。磯際の藻の中から現れたのはチヌだった。それもなかなかの型だ。あわててメジャーをあてる。46aある。「黒いの」一丁上がりだ。久し振りに自分で釣りあげた大物にしばしみとれる。
日が暮れ、期待のマダイタイムがスタート。30a弱の大チャリコがぽろぽろとアタってくる。しかしなかなかサイズアップしない。気配はあるのだから、魚の回遊路さえ見切ればなんとかなりそうだ。そう考えて遠近左右あらゆる方向へ仕掛けを投入する。そして結果はすぐに出た。
近投の竿のドラグが微かに鳴った。風だろうか。日暮れ頃よりさらに風は強くなり、突風を伴うようになっている。それが時々ドラグにいたずらをするのだ。でも今のは風の止み間だったような気がするけど・・・。歩み寄ろうとした瞬間、今度はドラグがギーッと悲鳴をあげた。間違いない。アタリだ。急いでドラグを締めて大アワセをくれる。竿を引き絞るような強烈な引きだ。緊張感が走る。何度か糸を送り出して慎重にファイトする。しかし、慎重すぎたのか磯際で動かなくなってしまった。根掛かりか?イチかバチか渾身の力で竿を立てる。再び糸が巻けるようになった。一気にズリ上げる。月明りに照らし出された白い魚体が美しい。約1年ぶりに再会する隠岐のマダイだ。50p。肩に乗っかった重いものがやっと吹っ飛んだ感じだ。「赤いの」一丁上がり。これにて赤と黒の揃い踏みだ。思わず♪あー赤と黒みたいなー、あー恋をしていますー♪(「赤と黒」by岩崎良美)なんて鼻歌も飛び出してくる。ついに長いトンネルを抜けた。続けて43pのマダイを追加、夜明け前にも豪快にドラグが鳴ったが、これはハリに乗らず。2勝1敗ならまずまずだろう。
夜が明けて再びカワハギとスズキ狙い。カワハギは前日よりやや型が良く、ランク以上が2匹上がったが、スズキの方は気配もない。都合、二晩ほとんど寝ていないせいもあって時々磯の上でこけそうになる。結局20時間弾丸釣行の結果はランク物5匹。最近の流れからすれば好釣果といってもいい結果ににっこり。重たいクーラーは疲れた体にこたえるが、こんな辛さなら大歓迎である。やっと釣れたという安堵の気持ちを土産に帰路についた。
6月3日〜4日の釣果
マダイ 50.5cm、43.8cm、28cm2匹
チヌ 46.5cm
カワハギ 26.8p、26.0cm、ほか2匹