相模湾のシイラ
by 一本釣り師
かつて東京に住んでいた頃、夏になると夢中になっていた釣りがある。それがオフショアのルアー。ジグやミノーをぶん投げ、超高速リトリーブで食わせたり、ポッパーでトリッキーに誘ってみたり。夏真っ盛り、暑さとの闘いとなる過酷な釣りであるが、ナブラやトリヤマを探して太平洋を流していくと、潮風は爽やかで、海にいるんだと実感できる。対象魚もシイラのほか、メジ、キメジといったマグロの幼魚、カツオ、時にはカンパチや希少な高級魚マツダイまでと多種多彩だ。行くたびに驚きと発見のある、冒険心をくすぐってくれる釣りだ。
我々のマザーシップは、葉山・あぶずる港から出船するまさみ丸。「何が何でも釣らせてやるぞ」という船長の熱さと、その人柄にひかれて通いつづけていた。気が付くと仲間は4人に増え「銀座楽釣会」という勝手クラブまでできてしまった。4人はその後、全国に散り散りになっているが、今回は5年ぶりに全員が集合しての同窓会である。狙うはズバリ、メーターオーバーのシイラだ。
べたなぎ、快晴のベストコンディションのなか、ときめきのフィールドへとまさみ丸が滑り出す。三浦半島、江の島、すべて懐かしい風景だ。久しぶりに集まっただけに、この間に体験した釣りの話、出会った魚の話は尽きることがない。フロリダまでバスを釣りに行った話。日本海でシイラを爆釣した話、そして私のマコガレイの記録魚の話。ほんの少し昔に一緒に竿を振っていた仲間たちだが、確実に違う道を歩いている。でも、ここに集まるだけで時間の流れを越えてあの頃に戻って子供のようにはしゃげる。これが釣りのいいところだ。
30分ぐらい走ったところで、船長の「あいよー」という合図が出た。その声さえ懐かしい。さっそくミノーをフルキャスト。高速でリトリーブ、そしてツゥイッチ。船のどこかで「いるよー」と声があがる。その声の直後、いきなりのヒットだ。久しぶりに見るマリンブルーの美しい魚体は感動的だが型は小さい。ペンペンと呼ばれる40cm級だ。これが海中にうじゃうじゃいる。シーバスロッドにジグというタックルに変えてしゃくりで誘ってみるとサバ混じりでまさに入れ食い状態になった。船中は早くもにぎやかである。
ひとしきり釣ったところで、大型を求めてさらに沖へ向かう。走ること1時間半、大島の手前まできたがなかなか大型の群れにあたらない。その時突然船中がどよめいた。イルカの群れだ。まるで映画のワンシーンのように水面を滑っていく。しばらくすると今度は水しぶきとともに黒い塊が浮いてきた。なんだろうと目を凝らすと、なんとクジラである。シュパッと潮を吹きながら海面を漂っている。こんな出会いもこの釣りの楽しみのひとつなのだ。過去には大きなサメのジャンプやマンタまで見たことがある。魚群を探して移動を繰り返す釣りなので、竿を振っている時間より船が走っている時間の方がはるかに長いが、退屈することはない。しかしこの日は肝心のメーターシイラには会えなかった。
2日目。この日も朝からペンペンの入れ食いだ。周りの客は喜んで釣っているが、我々は少々飽きてきた。シイラといえば「あれ」、そう「あれ」を見てみたい。船長も我々の心中を察してか、いつもにも増して潮目を丹念に流してくれている。いかにも大型のついていそうなと漂流物ごとに船を止めキャストを繰り返すが、姿を現すのはペンペンばかりである。時間的ばかりが経っていく。
そろそろラストチャンスだ。しかしラストでもチャンスは残って いた。突然、船内のどこからか「大きいのが一匹いるよ」と声が あがった。どこにおるんやと見渡すが姿は見えない。こういう時 は魚の位置と移動方向を確認してから投げるべきなのだが、 もうじっとしていられない。とりあえずキャスト。その時、ひとき わ大きなシイラがルアーの着水した方向へ走った。よし。「食え 、食え」と叫びながら必死にツゥイッチを入れると、にじり寄るよ うに追ってきた。そして次の瞬間、ガバッと海面を割って飛びつ いた。「ヒット!」。手ごたえからして今までとはふた回りぐらい 大きそうだ。「あれ」が見られるかも。そう思った瞬間、その時 がやってきた。ここからがシイラ釣りの真骨頂だ。2度3度とカ ジキばりのジャンプ。そう、「あれ」とはこのジャンプのことなの だ。竿先を海中に突っ込みバラシを防ぐ。慎重にやり取りをする が、何度も糸を引き出す強烈な引きだ。約10分間のファイトで 姿を見せてくれたのは85a。メーターオーバーはならなかった が、シイラらしいパフォーマンスを見れたので満足である。
下船後、船長を真ん中にみんなで記念撮影。 こうして銀座楽釣会の同窓会は無事終了した。 仲間のひとりがつぶやいた。「まさみの夏も終わっちまったな」元の時間に引き戻された目は次の夏を見つめていた。