■連載 |
<第10回> バランス復元能力を欠いた寒々とした国・日本 |
(ニュースレター No.3号掲載) |
季節を急ぐかのような毎日で、桜もツツジも2週間近くも早くやって来ては去って行く。大陸の内陸部のような気温の変化である。温暖化が進んでいるのか、冬服と夏服を行き来しているようで、合い服を着る日がない。たぶん、合い服は仕舞ったままになるだろう。今年だけのことではなく、ここ何年かがそんなような気がする。自然の変調はどこかでまた辻褄を合わせてくれるだろうと、少々は心配になりつつもそれほどまでに不安にならない。案の定、冷え込みがきつい夜がやってきて、季節はバランスよく移ろいで行く。 それに対して、この数ヶ月の日本社会の変わりようはどうしたものだろうか。自衛隊という軍隊が「人道支援」などという言葉を駆使して、銃剣を持った軍人をイラクに派兵した。銃を身構えた軍人がイラクの沙漠に立っている様を連日テレビ画面で見せられているのに、日本社会はそれほどの動揺もしない。その上にイラクで人道支援などと言葉を使わずに、ひたすらイラクの民のために働いてきて人質となった若者達に、「自己責任」を果たせとバッシングが襲いかかっている。そのような社会風潮の中で、国会の委員会で、彼らを「反日分子」と罵る国会議員まで登場した。テレビの画面には、日本にはこの数人しか良識を持った人物がいないかのように、新保守主義者たちが連日登場し、良識ぶって発言を続ける。政府が言えないことをいそいそと代弁する公明党の書記長が、品位も品性もなく現れる。この国はどうなって行くのだろうと、不安になる。 そうこうしている内に、イラクでは、米兵のみならず英兵によるイラク人捕虜の虐待写真が公表され、米英政府ともに苦境に瀕している。大義のない戦争にかり出されている米軍兵士の心理状態が、手に取るようにわかる。人間の尊厳をないがしろにする大義なき戦場の全体像をこの虐待写真はあますことなく表している。 それに比べて、人質になった日本の若者は、拘束から解放時に、「それでも私はイラク人を嫌いになれない」「ここに残って自分の仕事を続けたい」と表明した。虐待した兵士に、この言葉を聞かせてやりたいと思う。彼らは公開の法廷で裁かれるそうであるが、その場で、「この任務をやりとげたい」と言えるのあろうか。日本の若者を「反日分子」と言明した国会議員は、国家の命令によってイラクに赴き、タバコをくわえて虐待を続ける兵士を「愛国者」と呼ぶのであろうか。そして、自らの発言が虐待そのものであることに気づかないままでいる。 さらに、大義なきイラク攻撃に「大義あり」と同調したが、アメリカ兵の行為に対してなんらのコメントも言えない日本政府である。寒々とした国へと流れていく。寒暖は時として、季節を間違えているかのようにやってくるが、必ずバランスを取り直して、季節は季節通りに振る舞ってくれる。寒々とした我が国はバランスをとれないままに、ますます寒い国へと流れ込んで行くのでは。 (石田紀郎) |
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