「私のインド紀行」…思いのままに
A
§ここは桃源郷?§
「ビジャ・ビディヤピース」はある意味、桃源郷のようなところでした。展示圃場としての性格が強いせいか、農場や農場周辺の景色はどうも絵のような美しさがあるのです。小麦や大根の葉の中に背の高い菜種の花がまばらに入り混じった1枚1枚の畑も、遠くの森や近くの農家を背にした農場の風景も、地元の農家の女性が伝統的な方法で塗った建物の赤い壁も、9つの通路とさまざまなハーブや、宗教的色彩の置物などを配したかわいい中庭も、すべてが調和してきれいに映ります。建物の壁には土と牛糞と藁が材料に用いられていますが、臭いはなく、部屋はとても清潔でした。室内も伝統的な装飾が施され、とてもかわいらしく仕上がっています。
農場は7ヘクタールの土地につくられており、その中で宿泊施設などの生活関連施設のほか、土壌検査などを行う研究施設、採種用の農場、採種した種を増やす農場、節水技術の比較研究を行う実験農場、堆肥の比較を行う施設、種の保管庫(シードバンク)、果樹園、穀物園、混作の実験圃場などがあります。2頭の牛はとても気品のある顔つきをしていましたが、今回インドで見た中で唯一、人見知りする牛さんたちでもありました。
農場には300種の米、20種の小麦、10種の大麦とオーツ麦、7種のマスタード、50種の雑穀が植えられています。このほかにも、野菜やハーブ類、ニームやポンガムなどの有用な樹木が植えられ、訪れる人の目と知識欲を満たしてくれます。
農場では数人の研究者のほか、地元の農家が農場で作業を手伝います。自家採種のエキスパートであるビジャさんはとても威勢のいいおばあさんで、農場を取り仕切っています(農場の責任者ではないのですが、事実上取り仕切っているように見えました)。このビジャさんはその功績を称えられてポルトガルのスローフード協会から賞を受賞した、とのことでした。偶然にも、「ビジャ」というお名前はヒンズー語で「種」を意味するそうです。
§思想の体現化§
この農場はナブダーニャの思想を体現し、それをビジュアル的に訴えたり、滞在者に実際に経験してもらうことで肌で感じ取ってもらったりすることをわざと意識しているそうです。この農場では、生物多様性の保持、伝統的生活様式の存続、持続可能なエネルギーや農業用水の供給、持続的で自立可能な農業方法の普及、というキーワードがその施設や活動内容、滞在者が守るべきルールに至るまで浸透しています。
たとえば、食事の後には必ず自分が使ったお皿を洗う「ウォッシング・セレモニー(洗いの儀式)」があります。まず、皿の汚れを新聞紙でふき取り、残飯とともに「生分解可能」と書かれた箱に入れます。次にひとつめの桶で大雑把に汚れを落とし、次に「石鹸の実(soap
nut)」と呼ばれる果実の入った桶の水で汚れをきれいに落とし、最後に水ですすげば終了です。化学物質は一切使われていません。
このように農場では、滞在者に持続可能な生活を実践するよう求めます。また滞在者も、農場の持続的な生活の一部になることで精神的な充足感を得、この農場により魅力を感じているのではないでしょうか。私はたった3日間の滞在でしたが、それだけで何かとても地球によいことをしたような、心が洗われたような気分になっていたような気がします。
私たちが訪れたとき、農場にはドイツ人の青年2名、アイルランドから来たアメリカ人とアイルランド人のカップル、それとアメリカから来たアイルランド人女性の計5名が農場に長期滞在していました。彼らはボランティアと称して、一日中、堆肥をつくったり、絵を書いたり、本を読んだりしながらゆったりと過ごしていていましたが、そこでの景観や生活習慣を通して彼らの求める価値観にどっぷりとつかることをとても満喫しているように見えました。
§サービス精神旺盛なお調子者§
農場で働く人々や農場の周囲で生活している人々も自らの収入に満足し、幸せそうでした。農場で働く人々はとても陽気で親切な人々でした。彼らはバンダナ・シバさんの運動の原点ともいえる森林伐採反対運動のあったヒマラヤの麓ガルワール地域の出身で、様々な雑穀と豆類を使った伝統的な食事をつくって滞在者の味覚を喜ばせています。
夕方、あたりが薄暗くなったころ、どこからか異様に高い女の人の歌声と伴奏が聞こえるので音に近づいてみると、大音量のカセットテープを聴きながら陽気な食事係の3人がT子さんと一緒に雑談しながら夕食の準備をしていました。もうT子さんはすっかり3人に打ち解けていて、中でもジットパルさんというハチャメチャに明るいお兄さんが、熱心にヒンズー語のレッスンをしているところでした。夜は農場長や研究者らが帰宅してしまうからか、3人は生き生きとしていて、食事も食堂ではなく、キッチンに御座をひいて床に座って食べよう、ということになりました。コンクリートの床は炊事場から流れる水でじわっと湿っていて、ゴザを敷いてもお尻が冷たくなってしまうのが玉にキズでしたが、3人と他の滞在者の人たちと会話や歌で盛り上がり、明るく、楽しく過ごせました。
ジットパルさんは、朝、目覚めのチャイを持ってきてくれたり、2日目の農家訪問の時には何故か一緒に車に便乗してついてきてくれたり、その日の夕方には、孔雀を見せてあげよう、と森の中を案内してくれたりと(残念ながら孔雀を見ることはできなかったのですが)、サービス精神が旺盛な方でした。あるいは、同じアジア人なので少しエコひいきしてくれていたのかもしれません。孔雀を見られなかったお詫びか、友情の印か、その日の夕食にはとってもおいしいスージーというデザートをつくってくれました。
§幸せそうな人々§
また農場の周囲に住む農家の人々も幸せそうでした。3戸の農家を訪ねましたが、行く先々で印象に残ったのは、人々の幸せそうな笑顔と新しくてカラフルな家です。今回訪れたのは3農家ともナブダーニャの会員で有機農業を営んでいます(農家の詳細については表をご参照ください)。
比較的大きな農場を有する2軒の農家は穀物をナブダーニャに出荷しており、その収入にはかなり満足しているようでした。将来展望を聞けば、1軒は農場を拡大したいと考えており、もう1軒も店舗の設営など事業の拡大や多角化に投資していました。
小規模で大半を自家消費している3軒目の農家は、牛糞を用いたバイオガスを利用していたり、ウォーター・ハーベスティング(水の収穫)と呼ばれる貯水方法を採用するなど、ナブダーニャで学んだ事柄を積極的に採用していました。そこにはインドゥーさんという魅力的な娘さんがいて、彼女は現在ナブダーニャの仕事を手伝っているそうです。
少しわき道にそれますが、インドの女性はやっぱり綺麗でした。太っていても、必ずしも顔のバランスはとれていなくても、民族衣装に身をまとい、お化粧を施して女らしいしぐさや心遣いをし、それでいて芯の強そうな顔つきは女の私でもどきっとするぐらい魅力的なのでした。
私たちがデリーに向けて出発するとき、3日しか滞在しなかったにもかかわらず、自家採種のエキスパート、ビジャさんや、ジットパルさんなど農場の人たちもみんな出てきてくれて、お別れの挨拶をしてくれました。とても暖かい人たちに感謝の気持ちでいっぱいになりました。〔終〕
(谷口葉子)
|