現代世界の畜産業が抱える危うさ・根元的矛盾

 吉野家の牛丼に使われている米国産牛肉の仕入れ単価はキロ当たり300円だそうだ。国産牛のホルスタイン種(乳牛)の去勢牛の枝肉価格は、今回の米国でのBSE発症以前でキロ600円程度。枝肉だから、骨を外して正肉にすると1000円近くになる。米国産牛肉の3倍以上というわけだ。なぜアメリカの牛肉がこんなに安いのか。
 まず思い当たるのが、圧倒的な総量の違いである。米国での牛肉の消費量は年間1250万トンに達するという。そのうち米国内での生産量は1230万トン。日本の消費量の約10倍。生産量では、実に45倍の生産量を誇っている。そして、 米国と日本では需要の大きい牛肉部位が異なるという点も、低価格につながる要素の一つである。脂身の比較的多いバラ肉、三角バラ、軟らかい内臓肉のハラミ、タン等は、その大部分が日本や韓国向けに輸出されている。つまり、各国の肉の食べ方、好みに応じて、部分肉としてカットして需要に応じた複雑な流通が、米国産牛肉の低価格を実現させた大きな要因の一つだろう。
 飼育環境、エサの違いも大きい。そもそも米国での肉用牛は、アンガス種、ヘレフォード種といった野生の牛の改良種が中心で、体型が大きく、雑食性が強い。広大な牧場に放牧状態で、仕上げに穀物飼料を与える程度が通常の飼育方法だ。成長ホルモン剤の投与も常態化しており、ヨーロッパ連合(EU)はBSE発生の数年前から、成長ホルモン剤の使用を根拠として、アメリカからの牛肉の禁輸を続けている。
 こうした飼育環境では、牛の個体管理などほとんど不可能といえる。今回の米国でのBSE発生牛はカナダから輸入されたというところまでは追跡されたが、同じ牧場で肥育されていた牛の行き先や現存地は追跡不能で、調査が打ち切られてしまった。そもそも、アメリカの畜産業界に「牛の個体管理」という発想がないのだから、結果は当然といえば当然だろう。
 アメリカでのBSEの発生と米国産牛肉の輸入ストップ。そして、その影響による国内の畜産市場での枝肉価格の高騰。アジアを中心とした鳥インフルエンザの流行。山口県に次いで九州での鳥インフルエンザ発生。鶏肉の市場価格の低落と、豚肉の市場価格の高騰。これらは、現代世界の畜産業がいかに危い実態に踏み込んでいるのかを端的に示している。その危さは、これら畜産業界で使用されている飼料、エサの生産、流通の実態に踏み込んでいけば、さらに深い。世界最大の人口を抱える中国が近年、鶏から豚へ、豚から牛へと、そのタンパク源の需要をシフトさせつつある傾向をも考え合わせてみれば、私たちはもう一度、自分たちの食生活の見直しを、本当に考え始めるべき時代に生きているのだと思える。
 世界の人口を飢えさせないほどの量の穀物生産の多くが畜産用の飼料として動物に与えられ、他方で、多くの人間が飢えで死んでいく。安価な食肉の生産は、その内部にそうした矛盾を根源的に含んでいるともいえるのだ。                      (津田道夫)

 

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