なりふり構わぬ「為替戦争」に突入した米国

「ドル安」はブッシュ陣営の再選戦略

 『エコノミスト』6月24日号に「『ドル高』放棄で米経済は沈没」と題した三国陽夫(三国事務所代表取締役)、高尾義一(朝日ライフアセットマネジメント取締役)両氏の対談が掲載されています。これを紹介しながら、米の「ドル高からドル安への為替政策の転換」について議論します。
 三国「米国では夏休みが終わると、米政権はブッシュ再選一色になる。ブッシュ政権にとっては、来年の経済活動、景気をどう支えるのかが最大の関心事になってくる。その中で為替の問題は重要なポイントになる。ドル高になれば、製造業者からの反発が強まるので再選に不利に働くから、ドル安にもっていきたいだろう。ブッシュ政権は『強いドルを支持する』とは言うものの、実際には何もしていない。ただ、発言するのみで、ドル安の流れに乗るようにとは思っていても、結局は市場に委ねている。国際金融の常識で言えば、小さい国が経常赤字になったら、自国通貨を切り下げて輸出を促進し貿易黒字にもっていくか、ほかの国からカネを借りてくるしかない。だが、基軸通貨国である米国の場合、この常識が当てはまらない。対米経常黒字国はドルが切り下がって自国通貨高になるのを嫌うから、やむなく米国に金を貸してドルを買い支える。日本はその典型だ。米国にとっては非常にハッピーだ」
 高尾「米国にとってドル安が全面的に好ましいかというと、そんなことはない。米国の経常赤字は、昨年の5000億$から今年は5800億$へと膨張する動きだ。この背景には、景気支持型の財政政策と継続的利下げを通じた住宅モーゲージ利用の拡大をテコにした個人消費支出の増加による国内需要維持策があることは明白だ。ここ最近のドル安傾向の中で、米国の金利は40〜50年ぶりの歴史的水準に下がっている。これは当然、米国でのデフレ懸念が大きい。だが、日本の介入を通じた公的な対米資本流入の効果も絶大だ。この5月だけでも4兆円、350億$が米国に入っていることになり、米国金利を急低下させることに大いに貢献している。米国の信用創造はFRBがやるべきことだが、日本政府がそれを手助けしているようなもので、これまでになかった現象が起こっている。ブッシュ政権の本音はドル安容認なのだろうが、そこには大きな落とし穴が待っている。再選戦略、票集めに重点を置くあまりにドル安を放置して、日本の為替介入、欧州のユーロ高=ドル安維持、米国内の住宅建設ブームの持続、という三つの条件が崩れれば、歯止めのかからないドル安になりかねない。そうなれば、米国から資金が逃げ出し、株安、債券安が米経済に相当の悪影響を及ぼすことになるだろう。再選どころではない」

 日本にとっては、為替相場が「円高ドル安」に振れると米国で日本製品の価格を上げざるを得ず、売れなくなるので、「円安ドル高」が好ましいのです。デフレに巻き込まれた米国も、なりふり構わず「為替戦争」に突入しました。ブッシュ再選がかかっているとなれば、尚更のことです。しかし、ドル安は日本にとって大変深刻な問題を生み出します。それは日本銀行の信用低下をもたらすからです。
 日本銀行は5400億ドルという巨額の対外支払準備資産を持っており、これが円の価値を対外的に保障していますが、その中で金は1%もありません。その殆どが米国債です。今、為替相場は1$=117円ですが、これが1%円高=ドル安に振れると、それだけで日銀の対外支払準備資産は54億$も減ります。円高ドル安を相場の成り行きに任せているうちはいいのですが、これを国家の政策として選択したとなると、話を穏やかに済ますわけにはいきません。
 ドルという通貨は、世界で決済手段として使われている「基軸通貨」です。その米国が「ドル安」政策を選択したとなれば、これは基軸通貨国としての責任放棄にほかなりません。エマニュエル・トッドは「帝国以後」(藤原書店)の中で、「米国は世界を必要としているが、世界は米国を必要としていないではないか」と指摘していますが、金融の世界で正にこのようなことが起ころうとしとています。 (渡邉)

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