米の対中国包囲網に取り込まれた日本
5月22日、小泉首相は米テキサス州コルフォードの牧場でブッシュ大統領に迎えられます。ここで、公式会談に先立ち1泊3食、10時間にわたる2人だけの非公式会談という異例のもてなしを受け、大変ご満悦の様子でした。
というのは、江沢民・前中国国家主席に先を越されていたからでした。昨年10月、江沢民がこの牧場でブッシュと会談しています。アフガニスタンでイスラム原理主義勢力アルカイダ掃討作戦を遂行するにあたって、アフガニスタンと国境を接している中国もイスラム原理主義勢力の分離独立運動に悩まされており、米中両国で対テロ共同戦線を作ろうとしたからでした。中国にも理由がありました。今年の党大会で指導部の交代を控え、中米関係の安定を保証する必要がありました。この席でブッシュは江沢民に「米国は台湾独立を支援しない」と約束した、と伝えられています。
ブッシュから異例の厚遇を受けた小泉は大変ご満悦の様子でしたが、背負わされた課題も大変重かったと言わなければなりません。それは、MD(ミサイル防衛)配備を受け入れたことです。日本のマスコミはいずれも、これについて口を閉ざしていますが、奇妙なことです。今、米中両国は宇宙空間の争奪を巡って、熾烈な抗争の最中です。武力で宇宙空間を制することのできる国が、世界を制することができるからです。小泉はMD配備受け入れの理由を「北朝鮮のミサイルの脅威から日本を守るため」と説明していますが、事はそう単純ではありません。
最近、日本のマスコミに北朝鮮の船に対する「臨検」という言葉が盛んに出てきますが、中国の協力なくして臨検は成り立ちません。臨検とは航行中の船に対して警備艇や軍艦が停船を命じ、積荷を検査することですが、これは対外的な強制力の行使です。もし、北朝鮮の船を日本の警備艇が臨検しようとして追跡中、中国領海内に逃げ込んだとします。中国の協力がなければ、この船を捕まえることができません。
米国のMDを受け入れた日本の要請に、中国が簡単に応じるでしょうか。2年前、東シナ海で日本の警備艇は北朝鮮の工作船と銃撃戦のすえ撃沈しましたが、これに対して近くで海底油田の探索中であった中国は、「庭先で騒ぎを起こしながら、何の挨拶もない」と、日本政府に不満を述べています。
この海域は、米中両国にとって大変ナイーブなところです。両国の原子力潜水艦の場所の取り合いの海域となっているからです。中国の原潜はここを通って東シナ海から太平洋に出て、日本海溝に潜り込み、ここから米本土に向けて弾道ミサイルを発射しようとしています。米国の原潜もできるだけ中国本土に接近し、軍事情報を収集しようとしています。
こうして、この海域は米中両国の激しいにらみ合いの場となっています。「遠くの親戚より近くの友」と言うではありませんか。日頃、顔を付き合わせているご近所との付き合いを疎かにすれば、何かあった時困ります。小泉首相はブッシュの異例の厚遇にはしゃいでいますが、米国が仕掛けた対中包囲網という罠に取り込まれた日本に中国がどう出て来るのか、私達は心しておかなければなりません。
米仏対立の背後に価値観の対立
6月1日から3日間、スイスとの国境に近いフランスのエビアンで、29回目のサミット(先進国首脳会議)が行われました。この会議に招かれたプーチン・ロシア首相は全てのG8協議の場に参加し、正式メンバーと変わりない扱いを受けました。
初日の経済問題討議の場には、エジプト、アルジェリア、ナイジェリア、南アフリカ、モロッコ、セネガル、メキシコ、ブラジル、サウジアラビア、マレーシア、インド、中国、スイス、国連、世界銀行、国際通貨基金、世界貿易機関の代表が参加、異例のサミットとなりました。このような経済重視のサミットに不満なブッシュ米大統領は2日、アラブ首脳とパレスチナ和平問題協議のため中途退席し、エジプトへ旅立ってしまいました。
フセイン政権打倒を目指して英国と共に単独攻撃に踏み切ったブッシュ大統領に対して、シラク仏大統領は多元化した世界におけるデフレ、貧困など経済的課題の緊急性、重要性を強調したかったのでしょうが、演出過剰で問題点が拡散したことは否めません。参加した途上国の顔ぶれを見ると旧フランス植民地が多く、「シラクは“取り巻き”を集めたのではないか」との感は免れません。米国はサミットに中国がこれからも継続的に参加していくことには批判的ですし、この形が定着するのは難しい状況です。
サミットは元々、産油国の原油価格引き上げに対抗して、石油消費国である先進国がその対応策を協議する場として設けられました。デフレに悩んでいるのは日本だけではありません。米国もEUも同じく、途上国からの低価格商品の流入による物価の長期的低下(デフレ)に悩まされています。この先進国共通の課題を横に置いて、米仏鞘当ての場となり、折角多数の途上国の代表を招きながら実のある討議ができなかったのが、エビアン・サミットです。マスコミはエビアン・サミットの評価の基準を米仏関係修復に置いていますが、これに比べれば矮小な見方です。
「米仏対立の根源はイラクにおける石油利権の争奪戦だ」との解説が流布されていますが、これは矮小な見方です。この対立の根底にあるのは両者の価値観の違いです。20年ほど前の独仏関係は犬猿の仲でした。20世紀に二度も殺し合いをした仲です。牛肉を食べワインを飲むフランス人に言わせれば、「ドイツ人は世間を知らない田舎者。そのうえ、豚肉とじゃがいもばかり食べているのだから」。ドイツ人は「フランス人は口が達者だが、おしゃべりばかり」と、両者は不信の塊でした。
それが、中東地域から多数の難民を受け入れ、20年間で経済的な地域統合に成功したのですから、目を見張るものがあります。その根底には「多元的世界を目指す」という価値観の共有があったからです。EUは今や旧東欧地域まで広がり、これらの低賃金国を目指して、自動車などの投資が殺到しています。ロシアからはガス・石油がパイプラインを通して送られているだけでなく、旧ソ連時代に得意だった重工業が復活し、石油掘削機や発電施設などが輸出されています。
こうして、EUは着々と多元的世界を築きつつあります。この彼らの自信がイラク戦争に対する彼らの対応に現れました。だが、この結果、EUも東欧・ロシアからの低価格商品の流入に悩んでいます。デフレで困っているのは日本だけではありません。EUも同じです。この先進国共通の問題がサミットで議論されなかったのは残念です。
米もデフレ対策に転換?市場に動揺
金価格の動きを見ると、3月に1オンス=340$だったのが、イラク戦争終結で330$に下がっています。しかし、これも昨年12月のレベルに戻ったに過ぎず、依然として高値を維持していることに変わりありません。これは、投資家が依然として資金を市場で運用することに消極的であり、金に逃避させているからです。この根本的な理由が世界的なデフレにあることは、今更言うまでもありません。
世界市場に殴りこみをかけているのは中国だけではありません。EUが東に広がったため、東欧・ロシアから安い商品がEUに流入しています。それで、各国共にデフレ対策に躍起となっていますが、足掻けば足掻くほど、足の引っ張り合いとならざるをえません。
ここにきて、米国までもがデフレ警戒型に金融政策を転換させたのではないか、との憶測が市場に広がっています。米国の金融政策を取り仕切るFRB(連邦準備制度理事会)はデフレ警戒宣言を発しましたが、これで長期国債の買い切り増額やインフレ目標の導入など、「市場介入型」へ金融政策を転換させたのではないか、との憶測が広がっています。
だが、米国が輸出拡大のためにドル安誘導に転換したとすれば、それは国内に深刻な影響を及ぼします。米国は毎年巨額の経常収支赤字を計上しており、これを海外からの資金流入で賄っているからです。ブッシュの単独主義が金融政策にまで及んだとなると、事は重大です。世界経済を泥沼の為替戦争に引きずり込むだけです。
日本は東欧を取り込んだEUに見習うべきです。アジア通貨危機以降、東アジア経済圏構想が頓挫していますが、中国が先手を打ってASEAN諸国に自由貿易協定締結交渉を呼びかけています。これは元々日本がすべきことでした。それが、日本がもたもたしている間に、中国に先手をとられてしまいました。東アジア経済圏で金主となるのは日本であるにもかかわらず、この国は中国の後をトコトコとついて行くという、みっともないことになっています。 (渡邉)
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