ハイテク機器で心の中までは読めない
3月26日現在、イラク戦争は当初の予定通り進んでいません。それで、軍の制服組と背広組との間で対立が公然化し、責任のなすり合いが起こりました。
当初、ブッシュ大統領の「2〜4週間でケリがつく」という触れ込みで始めたのが、この戦争でした。それが、首都バグダットから100`の地点で膠着状態に陥りました。
テレビでこの見込み違いの理由を聞かれたラムズフェルド国防長官は、「計画立案者は中央軍のフランクス司令官だ」と答え、彼に責任を転嫁します。確かに、作戦計画の立案は制服組の責任です。しかし、これを背広組のトップ・国防長官の承認なしに大統領は決断するはずがありません。
ブッシュ大統領にとって、この戦争には彼の再選がかかっています。それで、この問題に蓋をして戦争を急がざるを得ません。イラク軍の抵抗で最前線の兵士への補給が滞り、1日1食で我慢しているというのに、大統領は「進め、進め、兵隊進め」の号令です。これが「政治による軍の統制(シビリアン・コントロール)」の実態です。
現在、この問題は一応10万人の増派で決着しました。救援部隊の第一陣は、ハイテク兵器で装備された部隊との触れ込みで4月1日、クウェートに到着しました。
早速、記者に自爆対策を聞かれた指揮官は、「近づいてくる者が敵か味方か、ハイテク機器で識別できる」と答えます。ハイテク機器で近づいてくる者が自国兵士かどうかまでは識別できますが、イラク人の服装をして近づいてくる者が自爆志願者かどうか、彼らの心の中までは識別できません。これでは、自国兵士と識別できない者は全て銃撃せよ、と言っているに過ぎません。
ブッシュは今回の戦争の目的を、「全てのイラク国民をフセイン抑圧体制から解放する」と言っています。一方で彼は、イラク国民に米軍への投降を勧めながら、他方で彼は現地の兵士に「米軍兵士以外は全て射殺せよ」と命令しています。ハイテク兵器で固めた米軍にとって、イラク人も含めてアラブ・イスラムの人々は虫けらの類にすぎません。これが彼らの本性です。
58年前、東京は無血占領だった だが、バグダッドは今…
自分の再選を確実にするため1日も早くフセイン政権を打倒し、早急に戦争を終わらせたいブッシュは、軍内部の対立に蓋をしてバグダッド攻撃を命じました。50万人が住む都市を舞台にして、壮絶な市街戦が避けられません。
ブッシュ政権は単独攻撃に踏み切った理由を、「VXガスなど生物化学兵器、大量殺人兵器を廃棄させるためだ」と説明していました。それで米軍は、イラクでこれらの兵器の発見に躍起になっていますが、未だに見つかっていません。もし見つからなかったら、この始末をブッシュ政権にどうつけさせるのか、これを支持した小泉の責任はどうなるのか、彼らにけじめをつけさせなければなりません。
バグダッド市内は市民の血の海で染まるでしょう。無辜の民を無差別に殺害することは、明らかに国際法違反の戦争犯罪であり、ブッシュは国際司法裁判所の被告席に座らせなければなりません。
日本が敗北し東京を米軍が占領しましたが、この時、犠牲者は殆どありませんでした。それは、「天皇制の存続」を連合軍側が予め日本側に約束していたからでした。
米政府は日米開戦直後から国務省内に日本問題専門家を集めてチームを作り、占領政策を検討させました。私はその報告書を戦後読みましたが、その中には「天皇1人の命は陸軍30個師団に相当する」と評価し、降伏の条件として、天皇制の存続を予め日本に約束するよう勧告していました。もし、この勧告がなければ、占領に際して東京も沖縄本島と同様、血の海になっていたはずです。当時の米国政府は、「神風特攻隊」という自爆テロに遭いながらも、戦時下の日本人の心理を冷静・的確に把握していました。
しかし、ネオコンに牛耳られている今の米国は、「フセイン政権打倒」を予め宣言して、この戦争を始めています。「アラブ・イスラム諸国の非民主的な政治体制こそテロの根源だ」との予断・偏見の下にこの戦争を始めた彼らは、60年前の対日戦争の教訓を忘れ、「イラク人皆殺し」へと突っ走っています。
湾岸戦争でイラクから大量の難民が流出した経験から、ヨルダン国境近くに難民キャンプが作られましたが、入居者が殆ど無く、見込み違いだった、と伝えられています。米政府は「フセインが国民を監視しているからだ」と言っていますが、彼らこそイラク国民の心を読み違えています。
ブッシュは開戦に際して、「米軍は解放軍としてイラク国民に歓迎される」と公言していました。それがこの有様です。世界中にイスラム教徒は10億人います。この戦争で、米国は彼ら全てを敵に回しました。「テロ根絶」を掲げて始めた戦争は、皮肉にも地球上全てにテロを拡散させてしまうでしょう。
もがけばもがくほど泥沼に足を取られるデフレ
米国はこの50年間に、何故こうも変わったのでしょうか。それは、9.11テロという深刻な事件で米国の威信が痛く傷つけられたことが直接のきっかけとなったことは、否めません。
だが、世界経済は脱出口が見えない長期デフレに突入しました。長期のデフレで経済が傷んでいるのは、日本だけではありません。米国もEUも同じです。この20年間グローバリズムを謳歌してきた世界の3大経済圏が、全てデフレに喘いでいます。
92年、冷戦体制の崩壊は「資本主義体制の勝利」と受け取られ、これまで閉鎖されてきた東欧・ソ連圏へ西側の資本が流れ込み、資本主義体制の世界化(グローバリズム)の幕が上がります。いわゆる「平和の配当」として巨額の軍事費が民間投資に回るようになり、株式市場が活性化します。
低賃金国・中国に投資が殺到し、製造業の移転、先進国での産業の空洞化が進みます。こうして、世界の3大経済圏、米、EU、日本が長期デフレへと入っていきます。
世界経済の経過を振り返れば、長期デフレは資本の自然発生的な運動によって生まれたのであり、これを人為的に止めることはできません。
当時、与党の民主党内で「平和の配当」を巡って論争が起こりました。ヒラリー・クリントン(現上院議員)は、これを原資に国民健康保険制度を創設することを提案します。
これに対して、保険会社は潰れてしまうので反対し、民主党内で大論争になりましたが、結局ヒラリー案は否決され、株式市場活性化のための投資減税に当てられます。もし彼女の提案が通っていたら、米国のデフレはもっと傷が浅くて済んだはずです。
もがけばもがくほど、世界的なデフレという泥沼に足を取られるだけです。私達はこれを受け入れ、上手に付き合うほかありません。
この現実を受け入れられず、泥沼でもがいている政治グループが「ネオコン」であり、イラクの人々の命と引き換えに、軍需の拡大で一山当てようと、彼らが起したのがイラク攻撃です。
ブッシュのミス隠しのイラク攻撃
イラク戦争の前提に9.11テロがあることは言うまでもありませんが、このテロは起こるべくして起こった事件でした。だが、自分のミスを隠そうとしたブッシュの誤った対応が、「ネオコン」を政権内に引きずり込むことになりました。
ブッシュはオサマ・ビン・ラーディンを「戦争気狂い」のように言い立てていますが、私の見るところ正常な判断力の持ち主であり、もし私が彼のような立場に置かれたら、手段は違うでしょうが、何らかの対応を考えたと思います。
彼の反米直接行動の最初は、92年の湾岸戦争の折り、クウェートへの出撃拠点として、サウジアラビアにあるイスラムの聖地、メッカの近くに米軍基地が作られたことにありました。これをイスラムへの冒涜と見た彼は、米軍基地へ爆弾を積んだトラックを突入させます。
その後、彼は仲間と共にアフガニスタンに渡り、ここを拠点にスーダンの米大使館爆破など、様々な反米テロを実行します。クリントン政権は、一連の反米テロの背後に彼が率いるアルカイダがあると見て、裏交渉を行います。
クリントン政権の関心は、カスピ海沿岸に眠る豊富な天然ガスを、アフガニスタン、パキスタンを通るパイプラインを建設し、インド洋まで運ぶことにありました。それで、クリントン政権はアルカイダに、通過料を支払うからパイプラインの敷設を認めて欲しい、と提案します。
だが、米国の大統領選で政権が交代します。選挙戦を通してクリントン外交を「経済優先、安全保障軽視」と批判してきたのがブッシュです。裏交渉で彼の代理人は手の平を反したように、「ビン・ラーディンの身柄を引き渡せ、でなければ戦争だ」と脅した、と私は推測しています。
これに怒ったビン・ラーディンは、9.11テロを指令します。その後分かったことですが、CIAやFBIは事前に様々なテロ情報を入手しながら、何の対策も講じませんでした。
これがブッシュの第一のミスです。テロを招いた責任が自分にあることを自覚していた彼は、このミスを隠したため、次々に他者に責任を負わせます。この悪行の知恵袋として、彼が政権に招き入れたのが「ネオコン」でした。
この手始めが、アルカイダ壊滅のためのアフガン戦争です。ブッシュはこの戦争に軍事的に勝利したかもしれませんが、この国は未だに玩具箱をひっくり返した状態で、テロが大手を振って歩いています。貧しい農村でケシの栽培が復活し、阿片輸出が再開されています。
この恥の上塗りがイラク戦争です。フセイン政権の崩壊は隣国のシリア、ヨルダンへと波及し、中東全域を混乱の渦に巻き込みます。 (渡邉)
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