最低のモラルすら欠いた米国
この号が皆さんの手元に届く頃、米国によるイラク攻撃たけなわで、イラクの民間人に多数の犠牲者が出ているはずです。ブッシュの“ポチ”となったこの国の首相は「フセインが米国の言うことを聞かないからだ」と言っていますが、本当にそうでしょうか。
私は「この戦争に大義はない」と考えています。その理由は二つです。第一に、「この戦争は子供でも分かる『人としての道』に反する」からです。第二に、この戦争は日米安全保障条約違反であり、日本がこの戦争に協力する法律上の根拠はありません。少なくとも日本は、インド洋からイージス艦や補給艦を直ちに引き揚げるべきです。
まず、第一の理由は極めて単純です。今、イラクは武装解除の最中です。武器を取り上げておきながら、その国に戦争を仕掛けることが、果たして許されるでしょうか。
子供の喧嘩の場面を考えて下さい。子供同士が、棒を手にして喧嘩になったとします。棒を相手から取り上げた自分の子がその子を更に殴ったら、その時貴方はどうしますか。自分の子の方を叱るでしょう。これが、米国がイラクに対して今やっていることです。イラク国民のみならず世界に10億人いるイスラム教徒が、この米国の仕打ちを見てどのように感じているか、彼らの心中を察するに余りあります。
これで、ブッシュと彼に同調した勢力に対する怒りの炎が世界中で爆発するのは、避けられなくなりました。
17日朝のABCテレビ「スーパー・モーニング」は、元国連査察官カール・リッター氏の次のような発言を伝えました。
「私が国連のイラク査察に参加していた時、米政府は査察団にイラク政権の無線通信を盗聴するよう依頼し、盗聴記録が米政府に筒抜けになっていた。その結果、フセイン大統領の乗った車が銃撃される、という事件が発生した。それで私は国連査察官を辞めた」
これが国連査察の実態です。それでもなおフセイン大統領は我慢して査察に応じ、イスラエルにまで届く中距離ミサイル「アッサムード2」を破棄している最中です。ブッシュはそこに戦争を仕掛けたのです。
これは「国家の論理」などという“高尚なレベル”の類の話でなく、社会において誰でも守らなければならない最低レベルのモラルの話です。
日米同盟の合法性は国連憲章遵守 によって担保されている
米国のイラク攻撃に関する国会論戦を聞いていて私が不思議に思うことは、この戦争が日米安全保障条約違反であり、日本に協力義務がないにもかかわらず、共産党を含めてどの野党も、この小泉内閣の致命的弱点への追及を避けていることです。新聞・テレビ各社いずれも、この問題を避けています。
日本外交は、「国連尊重」と「日米同盟重視」という二枚看板でやってきました。だが、ブッシュが安保理決議を避け、単独で突っ走ってしまったために、小泉内閣はこの二枚看板を使うことができません。ここを突かない限り、野党の小泉内閣追及に迫力がないのは当然です。
実は、日米同盟の合法性は国連憲章の尊重によって担保されています。このことは当時の安保反対闘争の高揚を思い浮かべてみれば当然の話ですが、「“アンポ”も遠くなりにけり」ということでしょうか、残念です。
日米安全保障条約の前文には次のように書かれています。 「国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民、すべての政府とともに生きようとする願望を再確認し、両国が国際連合憲章に定める個別的または集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し」とあるのみならず、個別の条文でも再三にわたって言及しています。
こうして、日米安全保障条約の合法性は、日米両国が国連憲章を遵守することによって保障されています。米国が国連憲章を踏みにじった今、日米同盟の法的根拠は喪失しました。
それなら、国連憲章とは何でしょうか。第二次世界大戦の反省の上に立って、その過ちを二度と繰り返すまいとの決意の下に作られたのが国連憲章です。
第二次世界大戦は、大国による植民地・従属国獲得競争の産物でした。それで、植民地・従属国を地球上から一掃し、全てを独立した主権国家とし、それらの主権国家の集合体として、国際連合は構想されました。
国連憲章第二条[行動の原則]第一項には、「この機構は、全ての加盟国の主権平等の原則に基礎を置いている」と書かれています。言い換えれば、「国家間の主権の相互尊重」によって国連が成り立っているのであり、ある国がみだりに他国を攻撃することは許されません。少なくとも安全保障理事会の承認を得なければなりません。
それゆえ、国連安全保障理事会の承認もなしに米国がイラクを攻撃したことは、明らかに国連憲章に定められた「主権相互尊重」の原則を踏み外しています。ブッシュ政権のユニラテラリズム(単独行動主義)は、国連憲章違反を引き起こしました。
小泉内閣は「テロ特措法」に基づいてインド洋へイージス艦と燃料補給艦を派遣していますが、ブッシュのイラク攻撃が国連憲章違反である以上、日米安保はその瞬間から合法性を喪失しており、日本に協力義務は消滅します。従って、日本政府はインド洋からこの2隻の艦船を直ちに引き揚げるべきです。
ブッシュ政権のユニラテラリズムは、日本外交の二枚看板「国連尊重」「日米同盟重視」の仲を引き裂いてしまいました。もはや、両者は両立不可能です。
小泉首相は、ブッシュ大統領のイラク攻撃演説を受けて、即座に支持を表明しました。これで自民党内の抵抗勢力を押さえ込み、9月の任期切れを前にして、再選を確実にするためです。これで再選された彼は、党内基盤を固めるため、直ちに総選挙に踏み切るでしょう。
国家の安全の問題を権力抗争に還元して憚らない日本の首相。同じ「イラク戦争支持」のブレア英国首相は議会で時間をかけて懸命に野党を説得しようとしていますが、これこそ日本の恥です。
「世界の不安定化は米国に有利」 新保守派の本音
テレビに安全保障問題のコメンテーターとして頻繁に出で来る森本敏・拓殖大教授は、米国がイラク攻撃に踏み切って以降、元気がありません。「どうしてかな」と思っていたら、「ブッシュ政権にネオコン(新保守派)があれほど食い込んでいるとは思わなかった」と、テレビカメラの前で呟いていました。
長年、外務省と防衛庁で安全保障政策の立案・運用に関ってきた彼の言葉には、実感がこもっていました。それにしても、「(イラク攻撃支持を表明して)ブッシュ大統領に誉められた」と記者達の前ではしゃいで見せる小泉は、本当に哀れです。
新保守派のイデオロギーは白人至上主義ですから、米国がアラブ人を攻めたら、次に中国人・日本人へと矛先を向けてくるはずです。フランスのシラク大統領やドイツのシュレーダー首相が米国のイラク攻撃に徹底して反対したのも、その背後に彼らの人種差別主義という危険なイデオロギーを見ているからです。
9.11テロによって自国の安全保障に自信を失った米国で、ブッシュ大統領は国防・国務の主要ポストに彼らを登用しました。彼らが目指していることは、アルカイダを筆頭とするイスラム原理主義勢力のみならず、これを支援するイスラム、アラブ人全体を敵視し、まず彼らを軍事力で押さえ込み、新たな帝国主義の国際秩序を作ることです。
今回のイラク攻撃は、その第一歩に過ぎません。だが、これの実現は容易でない、と私は見ています。
第一に米国経済に潜む問題です。
20日、ニューヨーク市場で株価もドルも上昇しています。これは、戦争が早期に収束するとの観測が広がったためです。
昔、戦争は投資家にとって「買い」でしたが、今は「売り」です。その理由は、750億$という戦費の負担が彼らは心配だからです。
今、米国で経常収支赤字が急速に増えています。昨年は4000億$に達しませんでしたが、今年は5000億$台をキープするのが確実で、戦争を続けていくと、ドル暴落のリスクが高まります。
それは米国経済が衰退し、戦費の負担に耐えられないからです。それでブッシュも、投資家の顔色をうかがいながら、戦争をしなければならなくなっています。
第二に、米国はハイテク兵器のおかげで短期間に戦争に勝つことが出来ても、イラク国民の政治的統合は容易ではありません。本紙前々号で書きましたが、イラクを含めていずれの中東諸国も積み木のように大変壊れ易い構造です。ましてや、ユダヤ人選民思想に凝り固まった新保守派ですから、アラブ・イスラムのイラク人が、そんな連中が作った国家計画に協力するはずがありません。
大事なことは、彼らが世界の安定を望んでいないことです。「世界の不安定化は各国で米国依存が高まるので、有利だ」と考えているからです。
彼らは、これまでの安全保障概念を、圧倒的な軍事力を持った米国による世界支配を目指す理論へと、矮小化してしまいました。 (渡邉)
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