「教育基本法の見直しを行うべき」
中央教育審議会は11月14日、教育基本法について「見直しを行うべきである」との中間報告を発表した。「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画のあり方(中間報告)」という文書で、早速、文部省のホームページからダウンロードしてみると、A4版用紙35ページにおよぶかなりの分量である。報告書は<はじめに><序章><第1章
教育の課題と今後の教育の基本方向について><第2章 新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について><第3章 教育振興基本計画の在り方について>という構成になっている。
第1章は、教育の現状分析と課題の整理である。それを踏まえて、第2章冒頭で「現行法には、新しい時代を切り拓く心豊かでたくましい日本人を育成する観点から重要な教育の理念や原則が不十分であり、それらの理念や原則を明確にする観点から見直しを行うべきであるとの意見が大勢を占めた」と結論付け、見直しの方向を提示している。第3章は、基本法に基づいた具体的な施策についての基本計画の考え方について述べている。序章から第3章にかけて、同じような観点が繰り返し展開されている。
教育基本法という言葉は知っていても、実際に条文を見る機会はほとんどないのではないかと思う。前文とわずか11条からなるA4版1枚におさまりそうな法律である。戦前の教育に対する反省から生まれた基本理念を簡潔に述べた法律で、教育の憲法と言われる所以である。成立過程については「世界」11月号佐藤秀夫論文に詳しく書かれている。
今回の中間報告の方向は、ナショナリズム的な理念への回帰という問題点はさておき、憲法的なものに法律的なもの(個別の施策を規定)を付け加えることによって、教育基本法の性格そのものを変質させようとしているように思える。
キーワードは「競争」「国を愛する心」
全体を通して気にかかる項目を挙げてみる。第一に、「競争」を前面に押し出している点である。現状認識として、「グローバル化は…共通のルールの下で自由な競争が促進され、地球規模での大競争が一層進展していくことを意味する」と捉えて、競争に打ち勝つことを教育に担わせようとしている。そして、これまでの教育を「専ら結果の平等を重視する傾向があり、そのことが過度に画一的な教育につながった」と総括したうえで、「義務教育制度をできる限り弾力的なものにすべきとの観点から」(@)就学年齢(A)学校区分(幼・小・中・高など)(B)保護者の学校選択、教育選択−の弾力化、すなわち自由化を打ち出している。
これは、グローバリズム的自由競争、規制緩和を是とし、それを教育現場に持ち込もうとするものである。東京都ではすでに、小学校の学区を自由化して親に選択させ、学校同士を競争させるということが行われている。それを、各教委や個別の法律で対応するのではなく、根本法である教育基本法に位置付けようとしているわけである。義務教育だけでなく、大学教育も「国際競争力を高め、21世紀の『知』の大競争時代に積極的に挑戦し、これをリードし」と、同じ流れの中に位置付け、▽国立大学の法人化▽第三者評価の実施と評価にもとづく重点的な資源配分▽産官学連携の推進−などの方向を打ち出している。すでに「トップ30」への予算の重点的配分や大学法人化の話は具体化していっている。
教育現場では既に先取り
第二に、「国を愛する心」や「『公共』に関する国民共通の規範の再構築」が強調され、それに類する言葉がやたらあちこちに出てくる。これは明らかに、日本の保守が戦後一貫して追求してきた戦前的なものへの回帰である。1999年の国旗国歌法制定や憲法改正、有事法制の流れと軌を一にするものである。また、社会や学校現場の混乱を「心の危機」と総括して、「道徳」や「人間の力を超えたものに対する畏敬の念」と 第二に、「国を愛する心」や「『公共』に関する国民共通の規範の再構築」が強調され、それに類する言葉がやたらあちこちに出てくる。これは明らかに、日本の保守が戦後一貫して追求してきた戦前的なものへの回帰である。1999年の国旗国歌法制定や憲法改正、有事法制の流れと軌を一にするものである。また、社会や学校現場の混乱を「心の危機」と総括して、「道徳」や「人間の力を超えたものに対する畏敬の念」といった精神主義で抑圧しようとしている。中間報告には「子どもが教育を受ける際に、恣意に任せて規律を乱す等の言動は容認されるものではなく、教員その他の指導に従って、規律を守り、真摯に学習に取り組む責務があることを規定すべきとの意見があり」とあり、懲罰主義に行く可能性もある。
日本の保守が「道徳」と言うとき、非常に安易に天皇制や儒教的価値に回帰してしまう。新しい社会に対応した倫理観の創造、個人の自立や共生をキーワードとする新しい人と人の関係性の創造、「子どもの権利条約」にそった権利の拡大の中で子どもが生き生きできる学校生活の創造こそ大切である。
第三に、教育基本法第十条(教育行政)で謳われている「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである」という理念の転換である。中間報告では今後も大切にしていくと言いつつ、「教育基本法において、国・公・私立学校の別なく、教員の使命感や責務を明確に規定するとともに、研究と修養等により資質向上を図ることの重要性について規定することが適当と考える」と、明確に行政による教員支配強化の方向を打ち出している。
そもそも今回の教育基本法の見直しは、森喜朗首相(当時)の私的諮問機関「教育改革国民会議」の報告「教育を変える17の提案」(2000年12月)に端を発している。17の提案のうち2つが教育振興基本計画の策定と教育基本法の見直しである。その他にもかなり具体的な提言をしており、その理念が今回の中間報告に色濃く影響している。と同時に、教育現場では既に先取りされていっており、教育現場はここ数年で劇的に変化していっている。(つづく)
(K)
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