東アジア地域の包括的安全保障の論議こそ必要
--中国の対北朝鮮政策変更の中で--

韓国・日本は北難民の当事国

 最近になって中国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との関係にズレが出始めています。こんな時に小泉政権はブッシュ政権の対北強硬政策に乗って、一時帰国させた拉致被害者家族を帰さないとの強硬方針に転換したため、北朝鮮は怒って交渉引き延ばしを図っています。
 核開発を密かに進めていた北朝鮮に対して、ブッシュ政権は報復措置として重油供給を停止します。この隙間を縫って日本は重油を餌に、拉致被害者家族全員の帰国を北朝鮮に持ちかけている、と伝えられていますが、こんな彌縫策で済ませられる時期はもう過ぎました。
 これまで北朝鮮のキム・ジョンイル政権を陰で支えてきた中国が、今になってその姿勢を微妙に転換しつつある時、日本はブッシュ政権の強硬路線に追随するだけでいいのでしょうか。米国と日本・韓国とでは、北朝鮮に対する距離がまるで違います。北朝鮮の人々が飢餓と抑圧に堪えられなくなり、難民となって国外に流出し始めたら、彼らの目指す先は中国であり、韓国であり、日本です。米国まではとても行きません。
 米国はカッコいいことを言って済ませられますが、韓国と日本はそんな悠長なことを言っていられません。朝鮮半島を巡る事態は切迫しています。日本・韓国・中国で、北朝鮮の政権崩壊を視野に入れた対応策の擦り合わせをしなければならない時期に入っています。この号ではそんな問題を議論していきます。

北朝鮮を「普通の国扱い」にした中国

 10月30日から北朝鮮難民を支援する非政府組織「北朝鮮難民救援会」のメンバー、加藤博さんと彼の通訳2人が行方不明になっていましたが、中国外務省は11月5日、公安当局が彼らの身柄を拘束していることを北京の日本大使館に通告してきました。6日、加藤さんは国外退去処分となり帰国します。
 この事件は当初日本で、中国共産党大会を控えて北朝鮮難民の大使館駆け込みを防ぐための一時的な措置ではないかと見られていましたが、そんな簡単なことではありませんでした。11月6日付の「読売」によると、10月30日、中朝両国の公安当局次官級会談が開かれ、中朝国境地域における治安機関の協力、国境を越えた犯罪摘発の実務協調が話し合われた、と伝えています。
 11月17日の「サンデー・プロジェクト」では、中朝国境における厳しい警備の映像が流されました。中国領内に脱北者の収容施設が作られ、匿われている者の摘発が進められ、捕まった者全てが北へ送り返されていると伝えていました。
 ここに至るまでに中朝両国間で何があったのか、振り返ります。
 今年春、キム・ジョンイル北朝鮮労働党総書記は中国を訪問し、改革解放政策のモデル、上海の甫東地区を視察します。それまで、中国の改革解放政策を嫌っていた彼でしたが、逼迫する経済を打開するため、その彼もとうとう中国の言うことに耳を傾けざるを得なくなりました。 
 それで北朝鮮は通貨・元の交換比率を国際水準に合わせ、それに従って国内物価も上げ、配給制度を廃止します。それと共に、中国と国境を接している新義州を、香港に真似て「経済特区」に指定します。これで、外国企業を北朝鮮に呼び込もうというのです。
 だが、彼がその地区の行政府トップに指名した人物は、中国第二の富豪とはいえ、いかがわしい商売で金儲けし、中国当局から疑われていた人物でした。それで、中国からの内々の申し入れでこの人物は罷免されます。
 これまで脱北者を中国は受け入れてきましたが、彼らが北京の在外公館に駆け込む事件が続発します。特に、日本大使館での事件は中国の対外、特に日本人の中で中国に対するイメージをいたく損ないます。
 また、北朝鮮が密かに核兵器開発に手を染め、中距離ミサイルを発射して、韓・日・米を脅すとなると、背後で支援してきた中国はこれらの国から痛くもない腹を探られます。それに、今は中国共産党大会が開かれ、トップ交代の時期です。中国にとって、過去の行きがかりにとらわれずに政策転換するには、もってこいのチャンスです。
 中国は人口13億人の大国、北朝鮮の人口は僅か3000万人で、中国からみれば一つの省に過ぎません。中国側に援助の意思さえあればできるはずで、それを止めたのは彼らの政治的な選択にほかなりません。
 そんなことが重なって、中国は北朝鮮政策を転換したと、私は見ています。

日本は難民流出に備え緊急対策を

ポスト小泉を狙っている東京都知事・石原慎太郎は、“ブッシュ受け”を狙って「拉致被害者家族の北朝鮮鮮に置いてきた子供達が殺されれば戦争だ」と世論を煽っていますが、今はそんな戯言を弄んでいられる
 韓国へは軍事境界線を越えて陸路で脱出してきますが、丁度悪いことに韓国は大統領選の最中です。日本へは船で多数の難民が押し寄せてきますが、その中には武装工作船も紛れ込んできます。だが、それを口実に彼らの上陸を一律に阻止すれば、難民条約違反で日本は外国から非難を浴びます。日本は難しい選択を迫られています。

一国のみの援助の限界に気付いた中国

 11月21日、NHKTVは朝のニュースで、江中国国家主席が北朝鮮に重油を供給するため、日本と韓国に協議を呼びかけた、と伝えました。これは中国にとって賢明な選択であり、日本も応じるべきです。
 日本では余り注意が払われていませんが、漢民族と朝鮮民族との間には数千年という長期にわたって積み重ねられた、深い感情的なわだかまりがあります。それで、中国は北朝鮮支援を一手に引き受けていると、この限界に突き当たり、却って彼らの反発を招くことに気付いたのです。
 こんな彼らの複雑な感情に気付いたからこそ、中国はこの呼びかけになった、と私はみています。この重油に関する3国間協議は、東アジア地域の安全保障協議へと発展させるチャンスですから、日本も積極的に受けて立つべきです。

今こそ冷戦の遺物解消のチャンス

 北朝鮮、東独共に分断国家は、第二次大戦の戦後処理を取り決めたヤルタ条約における米ソ妥協の産物でした。それゆえ、90年、冷戦状態が終わった時に東独が崩壊しましたが、アジアでは冷戦構造が残っていたため、朝鮮半島には分断状態が残されました。
 それが、アジアにおける冷戦状態が終わるにつれて、中国も北朝鮮を支える理由が無くなり、援助を打ち切ったため、今日を迎えました。
 それで、北朝鮮の終焉、朝鮮統一という事態を想定して、日本は東アジア地域の安全保障体制をどのように作っていくのか、こうした議論が必要になっています。にもかかわらず、拉致問題に関心が集中して、こうした問題に関する議論が先送りにされているのは残念です。  (渡邊)

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