株式市場への不信から世界不況へ
世界経済の深刻な現状は、この10年間続いてきた成長のアカが溜まった結果、経済のパイプが詰まってしまい、このシステムが機能不全に陥ったためです。何故こんなことになったのか、今後の世界経済の行方を占うため、この問題を議論していきます。
10年前、ソ連・東欧で社会主義体制は突如崩壊し、米国に登場したばかりのクリントン政権に幸運が転がり込んできます。年間100億$規模の軍事費の大幅削減が可能となります。この突然手にした「平和の配当」を何に使うかを巡って、与党・民主党内で議論百出し騒然となります。初め、この議論をリードしたのは、大統領夫人のヒラリー弁護士でした。彼女は民主党内の労組・黒人団体など急進派をバックに、この資金で国民健康保険制度の創設を提案します。だが、これで困るのは保険会社です。それで、民主党内の穏健派は、株式取引にかかる税金を大幅に減税し、金融市場の活性化による経済再建を主張します。
この与党内を二分した論争は、民主党穏健派と共和党とが手を結び、「平和の配当」を株式取引減税に当てることで決着しました。だが、もしヒラリー案が通っていれば、この国の経済は株価に消費が左右されるという、極めて底の浅い経済にはなっていなかったでしょう。
クリントンはこの時、もう一つ米国経済にとって重大な選択をします。北米地域を一つの経済圏とみなし、地域内の国家間の取引にかかる関税を撤廃する北米自由貿易協定の締結でした。これにより、製造業は周辺の低賃金国へ移転し、米国内で製造業の空洞化が進みます。株式取引にかかる税金の大幅減税の狙いは、世界中の資金をニューヨークに集中させ、NY金融市場を世界のマネーセンターとして復活させることにありました。その試みを正当化するために編み出されたイデオロギーが「グローバリズム」です。この言葉は冷戦終結後の世界経済の新たな到来を象徴する言葉として、世界中を駆け巡りました。
だが、米金融業への過度の資金の集中は粉飾決算、不正経理を生み出します。株価を上げるために経営者と会計事務所が共謀し、架空の取引をデッちあげ、経費を水増ししたり、ストックオプション(自社株購入権)を悪用するなどして、巨額の利益をあげたように見せかけた決算書を公表していました。今年1月、米大手エネルギー卸売企業エンロンが不正経理によって経営破綻したことがきっかけとなり、次々に高株価企業で不正経理が暴露されて、米株式市場への信頼が揺らぎ、今回の世界的な不況に発展しました。
ファーストフードからスローフードへ
ここで私達が省みなければならないのは、金融立国路線という米国の選択に元々無理があったということです。金融業とは社会の様々な分野にある遊休資金を集め、この経済的資源を有効に活用しようとして生まれた産業ですが、同時に個々の産業を越えて、あらゆる投資家に平等に金利を配分する場でもあり、この機能が損なわれ、市場の公平性が失われれば、金融業だけでなく、経済社会そのものが成り立ちません。
この産業があって初めて資本主義経済は、社会の中であらゆる領域をカバーすることが可能となりました。だが同時に、この限界を越えて、競争が自己目的に転化し「競争のための競争」に転化するや、社会的な剰余の最終的な配分の場が、その争奪の場=死肉を漁る「禿げ鷹の戦場」となってしまいました。マネーゲームに魅せられた銀行は元金の数倍の資金を高利で貸し付け、それを当て込んで次々に高利のヘッジファンドが売り出されましたが、今や死体累々の有様です。金融立国路線とのクリントン政権の選択は、製造業の競争で日本に敗北した結果でした。だが、安易に金融業に逃げ込まずに、労働者を大切にして製造業の再建に真面目に取り組んでいれば、この国の経済は健康な姿になっていたはずです。
こうしてグローバリズムは崩壊の日を迎えましたが、米国流金融市場が日本やEUへ広がった結果、米株式市場の信頼低下は直ちに日本・EU金融市場へと伝染しています。これが世界同時不況の出現です。
このマネーゲーム崩壊の後に現れたのは、元々そんな経済を支えてきた社会の地肌でした。日本の場合、高度経済成長を狙って、製造業とこれを支えるための都市開発に資金を国家主導で集中投資した結果、当然のことながら経済的価値を生まない農山漁村は軽視され、山・川・海の荒廃が進みます。他方で、ジャンクフード(農薬・ホルモンなどで汚染され、遺伝子組み替え作物から作られた、安価だが粗悪な食品)の流行で、特に都会の若者の間で高血圧・高脂血症・糖尿病患者が急増しています。
10月14日、NHKTVは朝8時半から正午まで、3時間半にわたって、荒廃した農山漁村を訪れ再生のために力を貸そうとする都市住民の姿や、地元で取れた食材を使った料理などを紹介していました。これは、今流行りのファーストフードに対して、スローフードの勧めです。
また、都市で失業した労働者が農山漁村に職を求めて、定住する人も増えています。しかし、素人の「俄か百姓」が“売り物”になる野菜を作るには、数年にわたる経験が要ります。ましてや、それで直ちに一家の生計を支えることなど不可能であり、彼らに公的な資金援助が必要です。
このような状況は、未だ始まりです。元々、山・川・海は水を通して一つにつながっており、狭い国土の上に住む私達は水の流れに沿った、いわば一蓮托生の存在です。山が荒廃すれば川は土砂で埋まり、都会は川から上水を取水できなくなります。そうなれば、都会に人は住めません。川が汚れれば、海に魚はいなくなります。長い不況を通して人々は、このことに気付き始めました。
ファーストフードからスローフードへの流れを加速させること、これは「病んだ日本」を「健康な日本」へと作り変える、長い運動の始まりです。 (渡辺) |