僕が64歳になったら

作ったひと:英国岩狂

ええと、処女作では前説を私の幼稚な英語でやらせていただいたのですが、今回からは普通に日本語でやります。理由:文法やら間違ってたりしたらこっ恥ずかしいから。

今回のネタは、ビートルズです。

彼らのキャリアの中でも最高傑作と名高い、"Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band"より、その中でも私のお気に入りの曲、"When I'm Sixty-Four"を題材にして、書かせていただきます。

しかし時代は現代(エヴァ世界での)です。その時がビートルズ全盛期だったという事にしておきます。時代考証どうこうはメチャクチャです。こう言うものだと補完しておいてください。

こんな大きなこと言っといて破綻なく書くことが出来るのか?一抹の不安は残りますが、どうぞお付き合いください。
心から楽しんでくだされば幸いです。



はい、今日は42回目の結婚記念日です。もちろん、この日は私たち夫婦にとって、毎年毎年特別な日なのですが、今年はまた格別の意味があるのです。これから、どうして、64歳で迎えた今日がそれほどまでに大切な日なのかを、説明して差し上げましょう……。時は、50年前の7月へと遡るのです。


50年前、僕らは甲板の上で出逢った。お互い第一印象は最悪だったんだけど、同居――これは最初のうちは我らがミサトさんの計らいだったんだけど――や、使徒との戦いなどを経て、僕らはお互い惹かれあい、恋人となり、ついには結婚の約束まで取り付けたんだ。

その当時はビートルズが流行っていた。街に出れば、彼らの音を耳にしなかった日はないくらいだ。最初にビートルズを僕に薦めてきたのはアスカだ。やはり英語圏の人間だからなのだろう、彼らの純粋な詩の良さを身体で感じ取ったんだって。もちろん僕もはまった。最初は、好きな女の子が聴いてる音楽だから、っていうのもあったんだけど、次第に僕も彼らの持つ素晴らしい音楽性の虜となっていったんだ。チェロをやってたから、音楽の事は少しは分かってるつもりなんだけどね。

おっと、いきなり話が変わっただなんて思わないでね。これ――つまりビートルズ――こそが、なぜ今日が大事なのかを、説明する手がかりになるんだから。

2015年7月。僕たち二人は、彼らの新しいアルバムを一緒に聴いていた。買って二週間くらいで、もはや擦り切れるくらいに――テープじゃないけど――聴きまくったんだけど、いやはや飽きないもんなぁ。つくづく名作だ、うん。

その途中で、僕の大好きな、とてものほほんとした曲がかかる。"When I'm Sixty-Four"という曲。いいよなぁ、僕の性格にぴったりじゃないか、これ。のんびりしてて、とっても可愛い曲なんだ。

幸せな気持ちで、隣のアスカを見やる。すると、彼女はどこか不安げな顔をしている。

「どうしたの?この曲好きじゃないの?」僕は少し低い声で話しかける。彼女は何か話したいことがあるときは、大抵こう言う行動をとるんだ。

首を振る彼女。そりゃそうだろうね、顔は暗めなんだけど手でちゃんとリズム取ってるもの。嫌いな曲じゃそんなことできないもんね。

「ううん、ちょっとね……。ただ、あたしが50年後、64歳になった時に、あんたはちゃんとあたしの隣にいてくれてるのかどうか不安になっちゃって……。今はあたしが若いからあんたを繋ぎとめられているだけで、年をとって白髪になったりしたら、見向きもされなくなったりするんじゃないか、って……。ごめんね。どうしても不安になるの」

ポールの伸びやかな声にかき消されそうな、アスカの震える声が聞こえる。ステレオのスイッチを消し、バンドには一旦お邪魔していただく事にして、僕は、アスカをそっと抱きしめてやる。こうしてやれば彼女は落ち着いてくれるんだ。彼女もおずおずと手を僕の背に預けてくれる。彼女の鼓動の音が聞こえる。さっきまで音楽が流れていた部屋がいきなり静けさに満たされたから、そのような小さい音もきちんと聞き取れたんだ。

そう、彼女はとても寂しがり屋で、柔らかい心の持ち主なのだ。表舞台に立っているときの強がっている彼女は、心に硬い殻を纏わせているのだ。だが、これが本当の彼女の姿。不安の種が心に忍び込んでくると、いつもこうなってしまう。当初は何を考えているのかほとほと理解できなかったけど、今は理解できるようになった気がする。でも、この姿を知っているのは恐らく僕だけ。やはり他人の前では強がってしまうようなんだ。そう考えると、何だか優越感が湧いてくる。僕は全世界の男性に勝ったんだ。なんせ、この子の本当を知っているのは僕だけなわけで、つまり、僕が彼女にとっての特別だという証明になるから。その暗い気持ちと同時に、彼女を守りたいという、明るい前向きな気持ちがより強く噴出してくる。結局、闇は光に浸食され、姿を消してしまった。

そして、彼女は50年後の僕たちのことまでも考えているのだと知り、その思考の深さの違いに愕然とする。だって、僕なんて明日、明後日をアスカと一緒に笑って過ごせればいいや、なんて思ってるくらいだもの。

でも、僕が64歳になった時、果たして彼女はそばにいてくれるのだろうか?僕を必要としてくれるのだろうか?

そう思うと、普段のほほんとしている僕の意識も急速に冴える。そして、慎重に言葉を選び、彼女にある提案を持ちかける。

「……そうだね。わかったよ、じゃあこうしよう?64歳の時の結婚記念日に、お互いに確認しあうんだ。隣にいて、笑いあっているってことをね。約束しよう。僕は君が白髪になったって何ら問題はないんだ。君が君ならばそれでいいんだ」

告白はもちろんとうに済ませているし、普段も散々言わされてはいるんだけど、ここまで真剣なのはやはり照れる。

「……ええ、そうしましょ。50年後、絶対よ。約束を果たしてくれなかったら、針、108万本よ?」

目元を拭い、小指を差し出してくる少女。僕は、優しく小指を彼女のそれに絡めながら、本来のことわざからとてつもなく増えているじゃないですか。針の本数。などと心中で冷静にツッコむ。あ、でも、もちろん口に出しては言わなかったよ。もはや立ち直って勇気りんりんの彼女にビンタなんか喰らいたくはないからね。

絡めた指を上下に動かす。あ、やっぱりかわいいなぁ、笑顔。僕はどんなアスカも好きだけど、そうやってにっこり微笑んでるアスカが一番好きなんだよ、うん。顔も真っ赤だし。ははは、アスカのイメージカラーだよね、赤って。僕もなんだか耳もとが熱いけど。やっぱり、僕ってアスカ色に染まっちゃってるのかな……?だからもう、泣かないで……僕は君とずっと一緒にいるから、ね?




そして、月日は過ぎました。私たちは大学を卒業すると同時に結婚し、その一年後に元気な男女の双子を授かりました。

彼らは無事すくすく育ち、恋をし、そのどちらにも子どもが生まれました。つまり、私たちの孫になります。

彼らもまた成長し、結婚し、赤ちゃんができました。つまり、ひ孫までもができてしまったのです。

その孫にも予定日が近づいてきているので、今は第三新東京医科大学附属病院に入院中なのです。

50年前に練っていた家族計画よりも、大所帯になりそうですね、私たち碇家は。


話を戻しましょう。私の目の前には食卓の椅子に座っているアスカがいます。ケーキやチキンなども並べられています。

「あなた……もうそろそろいいでしょう?50年前の約束を果たしましょう。今日はその日なのですから」

優しげな、それでいてどこか不安を湛えた口調で私に語りかけてくるアスカ。当時の傍若無人さは影を潜めており、長い年月は彼女の口調から棘気を抜き去りました。もはや彼女は、誰にでも本当の面をさらけ出し、接する事が出来るようになっています。誰もに本当の彼女を知ってもらえる嬉しさと同時に、皆に知られてしまった喪失感を味わった事も、今は昔です。

話を戻しましょう。しかし、今の彼女はどこか緊張の面持ちを浮かべています。それはそうでしょう、私だってそうなんですから。

結果はわかっています。私たちはとても幸せな暮らしをしてきました。私の隣にはアスカが、アスカの隣には私がいるのです。心配していた事態が起こっていないと言うのは、火を見るよりも明らかなのですから。しかし、やはり約束は果たせずにはいられないのです。

私は、若干震える手つきで、スーツの胸元のポケットから一葉の便箋を取り出し、広げました。

50年前の紙だからか、黄ばんでしまっています。しかし、この黄ばんだ紙こそが、50年前からの約束を遂げる為の重要な役割を担っているのです。

あの頃とは違った、低い落ち着いた声でその紙に書かれている詞を朗読し始めます。

そう。私はこの日のために、あのやり取りの直後、この詞をしたためていたのです。遥か遠い未来だったはずの、今日と言う日を見据えて。





今から何十年ものち、僕が年をとって髪が抜けてしまっても

君はまだ真っ赤な顔をして「義理よ!」とか言ってとてつもなく大きいバレンタインチョコを送ってくれたり

誕生日プレゼントに僕がひそかに欲しがっていた楽譜を「拾ったのよ」とか言ってリボン付きで渡してくれたりするのかな?

もし僕が遅くまで外出していたら、閉め出し食らわせるのかな?

僕が64歳になったら、君は僕を必要としてくれるのかな?

僕を馬鹿シンジって呼んでくれるのかな?

でも、そのときは君もおばあちゃんになっているんだよ。

でも、もし君が僕を必要としてくれるのなら、僕は君と一緒にいられるんだよ

ヒューズの取替え僕に任せて、明かりが消えたら修理してあげる

君は日差しの中で読書をしていてもいいんだし、

日曜の朝にはドライブに連れて行ってあげるよ

庭の手入れもするし、雑草だって取ってあげる

だって、これ以上を誰が望めるのかい?

僕が64歳になっても、君は僕を必要としてくれるのかな?

僕のことを好きでいてくれるのかな?

毎年、夏に別荘を借りよう

君の故郷のドイツ、ミュンヘンの郊外にね

生活はつましく、節制しよう

かわいい孫たちを膝に乗せてね

僕はずっと君のもの

君は僕の奥さんでいてくれるかい?

僕を愛し続けてくれるかい?

僕が64歳になっても!






……ふぅ、久しぶりに喋り続けると、少し疲れてしまいますね。それに、どうにも気恥ずかしい。しかし、私は50年来の約束を今果たしたのです。えも言われぬ達成感が私の心を包みました。あとは、彼女とその事実を確認しあうのみです。

「これが、50年前の僕の気持ち。そして、今でもこの気持ちは変わらない。……ねぇ、アスカ。僕は、君の事が、今でも大好きだよ。君は……どうなのかな?」

わかりきっている答えを、私は当時の口調をそのままに尋ねました。

すると、アスカは頬を染め、彼女もまた当時の口調を踏襲して返答してくるのです。

「はんっ!とーぜんじゃない!よかったじゃないのねぇ、針を大量に飲まなくって済んでさっ!」

「……じゃあ、その心配を多少でもしてた、ってコト?」

「……うん、実は……ね。」

「馬鹿だなぁ。僕は何ら心配なんてしていなかったよ」

「うっさいわねっ!あたしは心配性なのよっ!それはあんたが一番よく知ってることでしょうがっ!」

「わかってる。大丈夫だよ、アスカ。僕はここにいる。君の隣で、永遠に。イヤだって言ってもついていくんだからね」

「……拒絶なんてするわけないでしょ、馬鹿シンジ……あんたはあたしのものだ、ってあんたは言ったけど、あたしだってあんたのものなんだからね……。」

温かい気持ちで彼女の顔を見やりました。すると、彼女も私の顔を見つめ返してくるのです。お互いの心の中が、お互いのことで満ち足りていきます。これ以上に幸せな事って、私には思いつきません。



……今は。





Epilogue


和やかな空気の中、二人でお祝いのケーキと紅茶を頂いている所に、孫の入院している病院から電話がかかってきました。案の定、産気づいたそうで。

50年前モードに突入したアスカは、電話がかかってくるや否や音速で玄関前に車を回してきて、捕まったら確実に免停モノの走りでもって、孫の待つ病院へとすっ飛んでいきました。もちろん私を助手席に縛り付けて。

到着するや否や、私たちは分娩室の前へと案内されましたが、男子禁制ということだったので、アスカのみがばたばたとその中へと入っていきました。もちろん私は廊下にて待機です。

その廊下のベンチには、白髭サングラスのお爺さんが、バレバレの変装をして座っていました。まだまだ元気なんです、私の父。もうすぐ白寿を迎えるというのに、未だにこんな茶目っ気たっぷりな事もしたりして。

その隣には、全てが終わった後にエヴァからひょっこり出てきた母さんの姿。私のほうをにっこり笑って見てきます。

母さんはパソコンを膝の上においています。その画面を覗き込めば、これまた母さんと同様にエヴァから無事サルベージされた、惣流キョウコさんと、彼女の夫、ヴィルヘルムさんの姿が。

その母さんを挟んで座っているのはどこか教授然とした老人。父さんの事を何かしら恨めしげな目で見つめています。未だに未練を捨てきっていないのですか、あなたは。

さらにその向かいには病院だというのに構わずに飲酒する老女……いえ、女性がおり、だらしなくも看護士さんをナンパしていた老人に折檻を加えている所でした。

猫と戯れる金髪のお婆さんも。ですからここは病院ですってば。

看護士さんの写真を撮りながら、「高く売れるぞ……」などとブツブツ呟いているカメラじじい。正直怖いです。それとここは病院ですからね。お忘れなく。

何故かラーメンをすする蒼い髪と紅い眼の老婦人に、同じく紅い眼を持つ銀髪の老紳士。どこからデリバリーされてきたんですか、そのにんにくラーメンチャーシュー抜きは。それと大声で第九を歌わないでください、季節違いですし。何よりマナー違反ですから、二人とも。そしてカヲル爺、私のほうに熱視線を送ってこないで下さい。そんな性癖は私にはありませんし、なによりもアスカがいるのですから、私には。

たこ焼きを食べる関西弁の老人に、彼を窘めるおさげのお婆ちゃんまでも。そう、鈴原さんちのヒカリさん、あなたは正しい。

自分や息子が出産を経験するたびに、この状況を味わっているはずなのに、未だに慣れません。出産という一大イベントにも、このお茶目な愛すべき人たちの行動にも。

そんなことを思っているうちに、分娩室のドアが開きました。

「どうだったんですか!?」

「元気な女の子です!ひいおばあちゃんに似たんでしょう、可愛い子ですよ」

分娩室からひ孫を抱いたアスカが出てきます。満面の笑みを浮かべて。

「そうですか!女の子ですか〜、よかった、アスカに似たのなら絶対地球一可愛い子になりますよね!」

こう言った瞬間、私の耳が何者かに強く引っ張られる感じがしました。この感じは……間違いありません!

「いててて……離してよぉ、耳がダンボになっちゃうよぉ」

私もまだ50年前モードなのです。思考は64歳のままなのですが、口調は些か治りそうにない。それならば、いっそ開き直ってしまえ
と思って、こうしているのです。

「ふん!あんた自分のひ孫に色目使っちゃって、情けないったらありゃしないわね!」

「なんだよぉ、生まれてまだ十分とたっていないんだぞぉ!?そんな赤ん坊に色目使ったって仕方ないじゃないか!」

「うっさいわね!そんなんわかってるわよ!ま、それは置いとくとしても、この子が地球一ってのは訂正しなさい!」

こう来ますか。ですが、今の私には、対処法がわかります。なんせ、その道一筋50年ですから。

「僕が言ったのは、可愛い、だよ。綺麗、なのは、誰だと思う?」

こう返してやりました。すると、彼女は答えに詰まるのです。いくらそう自覚していたって、やはり自分の口から言うのは恥ずかしいのでしょう。ですので、私は渡し舟を出してやりました。

「えーとね、その人は、綺麗な蒼い眼をしているんだ。そして、とても優しい心を持っている。」

揺らいでるかな?もう一押しでしょうか。

「そしてね。そのひとは、僕の奥さんなんだ!」

拍手の音が聞こえてくる。老夫婦のランデブーを見せ付けられ、皆がにこやかに祝福を送ってくれているのです。

ふとひ孫の方に目をやりました。この異様な空気を払拭しようとしているのか、耳をつんざかんばかりの泣き声を上げています。

そこに、彼女を出産した孫の旦那さんが近づいてきました。

「ありがとうございます。妻は僕のかけがえのない宝物です、そしてその子どもを授かりました。私は今とても幸せです。これ以上幸せな人間は、どこを探したって見当たりません」

同時に頷く私たち。その様子を見て、彼はこう訂正しました。

「……いえ、僕の思い違いでしょうか。僕の目の前に、たくさんの温かい人々に囲まれ、子宝にも恵まれ、その上お互いを心から思いあっている二人がいる。こんな人たちには叶うわけがありませんね。」

……あぁ。これほどまでにも幸せ。家族がいる。友達がいる。愛する人もいる。アスカと私、二人だけでは得ることのない幸せも、こんなところにあるのですね。


The End.





反省などをつらつらするあとがき

処女作よりも方向性がわけわかんないことになっちゃいました。
エピローグ激長いし。
出産のことなども絡めていったら、次第にどちらが主題なのかわからなくなってしまい……。
出たとこ勝負で書いていくとこういうことになるのでしょうか。
とりあえず前回が暗めのストーリー展開だったせいで、その反動(?)を今回に出してしまったワケです。
老夫婦LASです、ええ。実質描こうとする人は少ないんじゃないでしょうか。
結局、台詞自体は設定という名の作者のご都合主義により、14歳当時のものとなっておりますが。
音楽ネタはあくまでも下敷きにしかならないんですよね、私の場合。

話は変わりますが、私は初めは暗くても平和に終わるものが好きなのです。
ですので、エヴァ本編の物語は正直あんまり好みではないのです。
もちろん大好きなアニメなのですが、やはり私は笑っているみんなの顔が見たい。
新劇場版にはその面も期待していきたいと思っております。
次はいよいよアスカ様の登場ですので、今から公開を首を長くして待っている次第でございます。


ではまたいつかお会いできる日を楽しみにして。ネタが浮かんで来次第書かせていただきますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
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