アスカに、好きって伝えて下さい
作者:タームさん

 

<ミサトのマンション>

 ここはコンフォート17マンションの一室。あでやかな女性が2人、テレビを見ながら
 ダイニングテーブルに座っている。

 ズルズルズル。
 ズルズルズル。

 聞こえてくるのは、むなしいラーメンをすする音。そう、ゲンドウの命令でシンジが3 日間、松代へ泊まりに行ってしまったのだ。

 ズルズルズル。
 ズルズルズル。

 シンジがいなくなってから、葛城家の食事は全てがインスタント。ミサトはさほど気に していない様だが、アスカは早くもうんざりしていた。

 明日までの我慢よっ!
 明日になったらっ!

 たまり兼ねたアスカは、先程シンジに電話をした。勿論素直に帰って来て欲しいなどと 言ったわけではなく、『アタシを餓死させる気かっ!』と怒鳴り付けたのだ。

 ズルズルズル。
 ズルズルズル。

 だいたい、シンジもシンジよっ!
 命令だから、松代に行くのは仕方無いとしてもよっ!
 3日分の御飯くらい用意してから、行きなさいってのっ!
 シンジのバカっ! バカっ! バカっ!

 ズルズルズル。
 ズルズルズル。

 アスカが怒るのも無理はない。食事もこの有り様だが、洗濯物は山積。床にはビールの 缶が転がりっぱなし。わずか3日の間シンジがいないだけで、荒れ放題なのだ。

 まったくっ!
 こーんな、汚いとこ住めたもんじゃないわよっ!

 散々心の中でシンジに当たり散らすアスカだったが、自分で掃除をしようという気は無 いのだろうか。

 布団もめちゃくちゃじゃないのよっ!
 どうやって寝ろってのよっ!

 どうやらシンジは、アスカのベッドメイキングまでさせられているらしい。シンジがい なくなってから、アスカのベッドはぐちゃぐちゃだった。

「ミサトっ!」

「なーに?」

「ちょっとはリビングくらい、掃除しなさいよっ!」

「まだ大丈夫よ。これくらい。」

「全然、大丈夫じゃないわよっ! 足の踏み場も無いじゃないっ!」

「あらそう? じゃアスカ、宜しくねん。」

「アンタのビールの缶でしょうがっ!」

「どうしたのぉ? カッカしちゃってっ?」

「こんな所に住んでたら、イライラもするわよっ! 見てみなさいよっ!」

 アスカがビシッと指差す方向に目を向けるミサト。そこには、ビールの空き缶がゴロゴ ロと転がっている。

「ん? どってことないじゃない。」

「ミサトが、三十路前にもなって、結婚できない理由がよっくわかるわっ。」

「な、なんですってっ!」

 少々部屋が汚くなっても一向に気にする様子を見せないミサトだが、歳のことには敏感 の様だ。

「だって、そうじゃないっ! こんなガサツな女っ! 誰が貰ってくれるもんですかっ!」

「じゃーー、アスカはどうなのよっ!」

「アタシは、ミサトみたいにガサツじゃないわよっ!」

 ずっとイライラしているアスカは、なんだかんだとミサトに噛み付きまくる。ミサトも、 一番痛い所を突かれ、アスカと同レベルで言い合ってしまう。

 プルルルルル。

 その時、電話が葛城家に鳴り響いた。

「アスカ、出なさいよ。」

「どうせ、加持さんでしょ。イヤよっ。」

「まったくぅ。」

 アスカと言い合ったばかりのミサトは、ブチブチ言いながら受話器を取り電話に出る。

「はい。葛城ですが。
 あっ、シンちゃん?
 えっ?
 なんて?
 えーーーーーっ!
 アスカにっ? えっ!? えっ!?
 い、いいけど。でも・・・あっ。待ってっ!」

 どうやら電話の相手はシンジだった様である。アスカは、シンジと会話するミサトの応 対を聞きながら、その不自然な会話に怪訝な顔を浮かべていた。

「・・・・・・。」

 先程までの威勢とは裏腹に、考え込む様な顔でダイニングテーブルに、ゆっくりと腕組 みをして戻ってくるミサト。

「まさかっ! シンジが明日帰ってこれなくなったんじゃっ!?」

 その表情を見たアスカは、今1番恐れる事態になったのではないかと、恐々ミサトに聞 いてみる。

「いいえ。そうじゃないわ・・・。」

「じゃ、なんなのよっ。シンジ、何て言ってたのよっ?」

「うーーん・・・。」

 ミサトは両腕を胸の前に組んで考え込んでしまい、なにも返事を返してこない。そんな 様子にアスカの不安は一層高まる。

「はっきりしなさいよっ!」

「どうしちゃったのかしら?」

「だから、なんなのよっ? シンジがどうしたのっ!?」

「本当に、アスカに言っちゃっていいのかしら?」

「もうっ! 言わないとわかんないでしょうがっ! さっさと言いなさいよっ! 」

 煮え切らないミサトの態度に、とうとう我慢の限界に達してしまうアスカ。ついつい大 きな声で迫ってしまう。

「シンちゃんも、アスカに伝えてって言ってたし・・・。いいのよね・・・。」

「だからぁ、それならさっさと言いなさいってっ!」

「そのね・・。真剣に聞くのよ? 大事な話だから。」

「わかってるから、さっさと言いなさいよっ! この行かず後家っ!」

「ムッ!」

 ようやく喋ろうとしたミサトだったが、アスカの感情に任せた最後の一言に、ピクリと 敏感に反応した。

「誰が行かず後家よっ! やっぱり言うのやめー。」

「あーーっ! 誰もそんなこと言ってないでしょうがっ!」

 舌の根も乾かぬうちから、よくもまぁぬけぬけと自分の言葉を否定できるものである。

「どうせ、わたしは行かず後家よっ! フンっ!」

「もうっ! わかったから、早く言ってよっ! 気になるじゃないっ!」

「勝手に気にしとけばぁ?」

 余程“行かず後家”が気に入らなかったのか、子供の様に拗ねてしまったミサトは、一向に口を開こうとしない。

「もっ! 言わないんならいいわよっ! 加持さんが、こないだ言ってたこと教えてあげないんだからっ!」

「えっ? なによっ。加持って。」

「しーらないっ。」

「わかったわよ。言うから、アスカも教えるのよっ!」

「わかったわ。で、何て言ってたの?」

「それがね・・・。ふーむ。」

 ここまで来ても、まだ考え込んでしまうミサト。そんな態度を見ていると、ますます気 になって仕方がない。

「シンちゃんがね。」

「ふむふむ。」

「あのね。『アスカに、好きって伝えて』って・・・。言ってたの・・・。」

「ブッ!!!!!!!!」

 まさかの展開に、一気に顔を沸騰させ噴き出してしまうアスカ。まさかあのシンジの口から、そんな言葉が出ているとは予想すらしていなかったのだ。

「ミサトっ! いい加減なこと言うとっ!」

「それが本当なのよねぇ。わたしも耳を疑っちゃったもの。」

「本当に本当なのっ?」

「ええ。あの子・・・松代でなにかあったのかしら。で、そんなことより、加持が何て言ってたのよっ!」

「あー、あれ? 嘘。嘘。じゃっ!」

 ミサトのことなどおかまいなしに、アスカはブツブツ独り言を言いながら、自分の部屋へといそいそと消えて行ってしまった。

「嘘? あーっ! 騙したわねっ!」

 残されたミサトは、アスカに手玉に取られたことがようやくわかり、地団太を踏んで悔しがるのだった。

 一方アスカは、自分の部屋で思考を整理していた。

 アイツがアタシのことを?
 アイツから、言ってきたのよねっ?
 なによっ! そういうことは、直接言いなさいよねっ!
 まったく、気が弱いんだからぁぁっ!

 ベッドに寝転び天井を見上げながら、あれこれシンジのことを考える。降って沸いた様 なシンジの告白に、戸惑いを隠せない。

 アイツ、どんな顔して帰って来るんだろう?
 それより、アタシはどんな顔して会えばいいのよ・・・。
 そもそも、アタシは何て返事すりゃいいのよ・・・。

 シンジのことを改めてよくよく考えてみる。少なくともシンジの方から先に告白してき たのだから、悪い話では無い。

 もっ! 唐突過ぎんのよっ!
 ちょっとはこっちにも考える時間をよこしなさいよねっ!

 これは一生の問題になるかもしれないことである。アスカは近頃では珍しく真剣に聡明 な頭脳を働かせる。

 まずは最初が肝心よねぇ。
 『そんなに言うなら付き合ってあげるわっ!』
 うーん、あんまり高圧的なのもねぇ。
 『わかったわ。アタシも好きだったの。』
 ふーむ・・・いまいちね。どうしよう・・・。

 自然とニヤケてくる顔を頬を叩いて引き締めるが、実感が沸いて来るに従って、自然と 顔の締まりがなくなってくる。

 そうだわっ!
 アイツから言ってきたんだから、何か条件をつけておくのもいいわね。 どうしようかしら・・・。

 告白した方と比べて、明らかに返事をする方が優位である。シンジの気持ちがわかって
 ほっとしたアスカは、だんだんと贅沢になってきた。

 まずは・・・アタシにやさしくすることっ!
 それから、アタシ以外の女とむやみやたらと口をきかないことっ!
 あとはぁ・・・毎朝アタシを起こす時は、キスで起こすことっ!
 キャッ! これは行き過ぎね・・・。

 シンジのことばかり考えていると、いつの間にか時間が遅くなっていた。アスカはあく びをしながら、その日は布団の中に潜り込んでいくのだった。

「ふあぁぁぁ。」

 日はまた昇り、運命の日。

 アスカは朝から忙しかった。朝一番で美容室へ走り、それが終わると洋服を新調しにデ パートへ走った。そして、今は自分の部屋で鏡に向かって睨めっこしている。

「完璧だわっ! パーフェクトよっ!」

 髪もバシっと決まっている。

 洋服は、ピカピカの新品。なぜか、下着も新品。

 歯磨きも、今日だけで5回もした。

 更に、薄いピンクのルージュも引いた。

 外出から帰った時、シャワーを浴び念入りに体も洗った。

 文句なしのパーフェクトアスカちゃんである。後はシンジが帰るのを待つばかり。時計 を見ると、既に夕方の5時を回っていた。

 そろそろアイツが帰ってくる時間ねっ!
 アタシもリビングで、待ってようかしら?

 部屋を出て行ったアスカは、普段なら寝そべってテレビを見ているのだが、せっかくの 新しい服に皺が寄ってはいけないと、おすまし顔でダイニングの椅子に座り紅茶を飲む。

「うっわっ! アスカぁっ! すごい気合いの入れ様じゃないっ!」

「いつも通りよっ!」

 照れ隠しにそうは言うものの、ミサトに誉められて更に自信が付いて来る。何処にも落 ち度は無い。

 ガチャ。

「ただいまー」

 丁度時計の針が6時を指した時、玄関でシンジの声が聞こえた。

 キタッ!

 待ってましたとばかりに、リビングの入り口まですっ飛んで行くアスカ。

「ふぅ・・・疲れたぁぁ。あっ! アスカ、ただいま。」

「おかえり。ミサトから話は聞いたわ。」

「あっ、聞いてくれたっ? で、どうかな?」

「まぁ。アタシはいいけどね。」

「良かったぁ。嫌だって言われたら、どうしようかと思ったよ。」

 そう言いながら、汗を拭きつつリビングへ入って来るシンジ。そこにはニヤケた顔のミ サトの姿があった。

「嫌なわけないわよ。アタシも、シンジのこと好きよ。」

「えっ!?」

 そのアスカのセリフを聞いて、突然顔を真っ赤にするシンジ。

「やさしいしさ。本当は、前から好きだったんだからねっ!」

「ア、アスカっ!? 今、何て・・・。」

「何てって・・・だから、アタシの気持ちよ。」

「えーーーーーーーーーっ? そ、そうだったんだぁぁぁああああっ!」

「えっ? ちょ、ちょっとっ! アンタから言い出したんでしょうがっ!」

「はぁ?」

「昨日電話で、アタシに言っといてって。」

「ぼくはアスカに、『明日、蟹スキって伝えて下さい』って、ミサトさんに伝言を頼んだだけだけど?」

 アスカの頭の中で、シンジのセリフが日本語の文字になって組み立てられていく。
 
 
 “あすかにすきって・・・”・・・・・・・・電話から聞こえた声。
 
 
 これが?
 
 
 “明日、蟹スキって・・・”・・・・・・・・シンジの言ったセリフ。 “アスカに、好きって・・・。”・・・・・・アスカの理解したセリフ。
 
 
 「な、な、な、なんですってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 全ての成り行きを理解し、口をだらしなく開けてぽかーんとするアスカと、マズイ!と言う顔で、アスカから目を背けて冷や汗を掻くミサト。

「ほら。こんなに蟹買ってきたんだ。」

 ことの次第が飲み込めていないシンジは、暑い中汗を掻きながら重い目をして買ってきた蟹の土産を、笑顔でアスカとミサトに見せる。幸せな男だ。

「でも、びっくりしたなぁ。アスカがぼくのこと好きだったなんて・・・。そうだったのかぁ。」

 ひとまず蟹をキッチンに置いて、驚いた顔でアスカをしみじみ覗き込むシンジ。しばらく放心状態だったアスカも、ようやく自分の言ったことの重要性を認識し焦りまくる。

「あ、あ、あ、だ、だから・・・あわわわわ。」

「そうか、そうだったのかぁ。」

 なぜか自分から告白してしまったアスカは、顔を真っ赤にするだけでどうすることもできなかった。

 しまったーーーーーーーーーーーっ!
 そうよっ!
 これも全ては、ミサトのせいよっ!
 ミサトがいい加減な伝え方したからよっ!

 ギロリとアスカがミサトを睨み付けると、エビチュ片手に自分の部屋へ逃げ込もうとし ているところだった。

「ミサトーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「さよならーーーーっ!!!」

「待てーーーーっ! 逃げるなーーーーっ!」

「悪気は無かったのよーーっ! 許してーーっ!」

 待てと言われて待つ人間はいない。ミサトは、そのまま部屋へ駆け込むと鍵を締めてしまい、いくら戸を叩いても貝の様に固く閉ざして出て来ようとしなかった。

「さっ、蟹スキ作るよっ!」

 そんな2人のことなどおかまいなしに、のほほんとしたシンジは蟹スキを作り始める。
 アスカもミサトのことは諦めて、おずおずとシンジのそばへ寄って行った。

「あの・・・アンタはどうなの?」

「ぼく? ぼくも実は、アスカのこと好きだったんだ。でも、できたらもうちょっと家事とかしてくれたら、もっといいんだけどね。」

「うっ・・・。わかったわよ・・・。」

「後さ、もう少しやさしくなってくれたらさ、アスカって最高なんだけどなぁ。」

「うっ・・・。わかったわよ・・・。」

「ほんとっ? だから、アスカって好きなんだ。」

 条件を叩き付けるどころか、自分が条件を飲むことになってしまったアスカは、それ以降、シンジと一緒に家事することになったのだった。

 が・・・。

「アスカぁ、野菜切ってくれないかな?」

「はーい。あっ、たまねぎぃ。あーん、たまねぎは嫌ぁぁん。目が痛くなっちゃうのぉ。」

「そっかぁ。しょうがないなぁアスカはぁ。じゃ、たまねぎはぼくが切るよぉ。」

「えへへへぇ、だからシンジ好きぃ。」

「ぼくも、アスカのこと好きだよぉ。」

「うれしーーーっ! シンジだーいすきぃぃ。」

 結局、条件を飲んだことにより、新婚夫婦モードに突入することになったアスカは、幸せ一杯、楽しさ一杯の生活を送り続けたのだった。

 fin.


 タームさんからラブラブ度400%のお話を戴きました。感謝です!

 みさとさん、(都合の)いい耳してますね。

 シーフードって、ほんっとうにいいものですねぇ〜

 アスカ、へっぽこでかわいらしいですね。

 みなさんもぜひタームさんに感想を送ってください。

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