ああ、神様がいるんだったらこのお願い叶えてほしい。
ずっとずっと、この下り坂を続けて。
夏色に染め上げて
written by 霜 月 梓
「ねえシンジ、明日ヒマ?」
夏休みも10日が過ぎた今日。
夕食後、他愛もないおしゃべりをしていたら突然アスカがこう切り出してきた。
「え?まあ、ヒマだけど・・・」
「明日というか、明日からヒマ?」
「明日からって?」
「う〜ん、2,3日くらい」
高校に入って僕は帰宅部に所属している。といえばわかると思うけどどこの部活にも入っていない。アスカも同じだ。中学と違って掃除は美化委員の仕事なので当番も回ってこない。だからお互いに用事がなければ一緒に帰るのが必然になっている。
「な、なにもないけど・・・」
「なにもない?そ」
アスカの顔に笑みが浮かんだように見える。明日から2,3日・・・、あ!
「ねえアスカ、それって洞木さんやトウジが言ってた臨海旅行?」
「え、知ってたの?ヒカリの話だと鈴原は言ってないみたいだったから」
「いや!トウジがそれとなしに言ってきたんだよ。いつだったかアスカが洞木さんと新しいケーキ屋さんに行った時があったじゃない?そのときの帰りだったと思うよ」
教室で気がつくとアスカの姿を追っているだなんて、口が割けてもいえないよ。
「ふ〜ん、まあ知ってるなら話が早いわ。明日からだから」
「へえ、いってらっしゃい」
「あんたバカァ?あんたも来るのよ」
「冗談だよ、でも急だね」
「そ、その・・・ど忘れしてたのよ!!」
アスカが顔を真っ赤にして答える。
「で、どこまで行くの?」
「熱海だって。あんまり遠出はできないからね」
「メンバーは?」
「アタシとヒカリ、それにカエデね。男子はあんたたち3バカ」
「カエデって、漣さん?」
「そ。なんか相田と仲がいいじゃない?あたしらとも気が合うしさ」
そうなんだよ。全ての戦いが終わったあと僕らのクラスに来た転校生、それが漣カエデさん。漣さんは美術部に所属しているんだけどなぜか美的センスというか絵の構図というものがケンスケとウマが合うみたい。
漣さんと出会ってから、ケンスケは盗撮をやめたしね!これには僕もトウジも驚いた。
「いつ集合なの?」
「湯本の駅前に1000」
「アスカ、さすがに1000はどうかと思うよ?」
「そ、そうね。午前10時に湯元駅前集合よ。そこからバスで1時間ちょっとだって」
「お昼とかはどうするの?」
「それがさ、お昼は出してくれるんだけど朝ごはんと夕食は自炊なんだって!宿泊費は格安なのに・・・」
それって、僕らの毎日と変わんないような・・・
「まあそこらへんはいいや」
「いいやって、あんたいやじゃないの?せっかくの旅行なのにご飯自分で作らなきゃいけないのよ!?」
「でも、みんなで作るのって楽しそうじゃない。毎日はちょっとゴメンだけど、そういう旅行も楽しいと思うよ?それに、朝夕自炊なんだから宿泊費が安いんじゃないの?」
「そ、そうかな・・・」
「で、何泊なの?」
「え?ああ、2泊or3泊よ。気分によるかな?」
ずいぶんとまあ、アバウトな計画だな・・・
「予約が入ってないみたいなのよ。この時期は仕事だったりちょっと早い帰省だったりでさ」
帰省なんて言葉、よくおぼえたなあなんて思いつつ僕は立ち上がる。
「わかったよ。自炊ということは洗濯もできるんだろ?」
「うん」
「じゃあ、荷物はあんまりいらないね」
「そうね。あ、水着忘れないでよ」
ドキッとする。水着・・・、アスカの顔を見るとニヤついている。
「忘れても海にいれるからね、シ・ン・ジ?」
「アスカ、図ったなアスカ!」
どっかの公国のボウヤのようなセリフで僕は叫ぶ。
「何も聞こえないわね〜」
明らかにアスカは楽しんでいる。くそお・・・
「じゃ、いくらかの着替えと水着を準備しておいてね♪じゃ、おやすみぃ〜」
「くっそ〜。あ、アスカ!」
「え、なにシンジ?」
「タオルケット洗ってるから、新しいやつに代えておいて」
「わかったわ」
アスカがふすまの向こうに消えて、僕に後悔が残る。もはや確信に変わったこの想いを今日も告げられなかったことに。
(アスカ・・・)
海が見える、このバスの中から。
さっきまでトランプをしていた僕らだけど、あの青さに見とれて誰もが話をするのをやめた。
吸い込まれるような青さが昨日までにあったいくつもの揉め事や、いつかのいざこざすら消していってくれる。
「向こうの貨物船がかすんで見える・・・」
ケンスケのつぶやきも僕らは飲み込む。
僕ら以外に誰も邪魔することにできない、自由と優しさの世界に変わる車内。
誰も遅刻することなく集合し、予定時刻より少し遅れてきたバスで出発した。
次が終着停車場の熱海駅前。その手前でこんな景色に出会えるなんて。
その後急カーブでバスは海からはなれ、バスは停車場へ滑り込む。
「ありがとうございました」
僕は嘱託の運転士さんにお礼を言ってバスを降りた。焼け付くような日差しがまぶしい。
「どないすんのや?」
「とりあえず、観光コースでも回りましょうよ」
洞木さんの提案で半ば食べ歩きの名所めぐりが始まった。
といっても、大概のところは入場料などお金がかかったりするので外から外観が見れるようなところばかりだけどね。
トウジは見るより食べてばかりだし、漣さんとケンスケはさっきの海の景色について語り合っている。
洞木さんは食べてばかりのトウジの世話をして・・・
なんかばらばらだ。
「ねえ、なんかばらついてきたし時間を決めて宿に集まらない?」
アスカの提案で3組に分かれた。
僕らは荷物がうっとうしかったのでまず宿に荷物を置き、もう一度街に戻ってきた。
「どこ行こっか?」
「そうだな・・・。アスカ、金色夜叉って知ってる?」
「尾崎紅葉の?」
「ウン。その貫一とお宮の銅像が海岸にあるみたいなんだ。行ってみない?」
「そうね、別に熱海の観光めぐりが目的なわけじゃないからコースも組んでなかったし・・・。あんたにしちゃ、上出来ね」
そうして僕らは尾崎紅葉への旅を始めた。
「ねえ、なんでアスカは尾崎紅葉のことを知ってたの?ドイツで文献なんて少ないでしょ?」
「ああ、加持さんが読んでたのよ金色夜叉。あのころは加持さんにぞっこんだったから必死に追いつきたくてさ、日本語の教育にもいいかもと思って読んだんだけど、まさか未完だったとはね」
「ウン、執筆中に作者の尾崎紅葉が死んでしまったがために、貫一とお宮は幸せになる方法を一生なくしてしまったんだよ」
「シンジ」
「ん?」
「もしアンタが貫一のような状況に陥ったら、どうする?」
「・・・僕は別れの夜の月を覚え続けることはできないよ。ただ泣きはらしていることしかできないんだろうな・・・」
「アタシさ、もし相手が本当に大切な人だったらお宮のようにすがるのかもしれない」
これには驚いた。
何よりも気丈で、来日した頃よりはいくらかやわらかくなったとは思うけどまだまだ気の強いアスカだ。
そんなアスカが、ただ一人の人を一生忘れずすがり続けるだなんて。
「信じられない?」
「ごめん」
「でしょうね」
気づいたら僕らは銅像の前に来ていた。潮風にアスカの金髪が揺れる。
「すがりついたらさ、あんたは戻ってきてくれるのかな・・・」
「え?」
「な、なんでもないわよ!!」
アスカは真っ赤になってそっぽを向いてしまった。
なんとなく気まずい状況。
「ねえアスカ」
「な、なによ」
「僕はさ、別れる以前に一度本気になった人は離さないよ。たとえ、アスカが僕との愛より誰かの財を選んだとしても、決して離さない」
「シンジ・・・」
あれ?僕ひょっとしてとんでもないこと言ってる?
「い、いや!その・・・、アスカがお宮だったらの話だよ?」
「そ、そうよね!でもあんたに貫一なんて似合わないわよ」
そういって、僕の鼻を指ではじく。
「アタ・・・」
「貫一みたいに好きな人のために生き方をかえられるほど器用じゃないでしょ?」
「まあね」
気がついたら、僕らは手をつないでいた。いつからかはわからないけど、ずっとそのまま貫一とお宮を見上げていた。
どのくらい経ったのだろうか、アスカが切り出した。
「宿に戻る?」
「そうだね。あ、電話入れてみようか。今晩の夕飯の材料の分担決めたなかったし」
「そうね」
そう言ってアスカはケータイを取り出しどこかに掛ける。きっと洞木さんだ。
「あ、もしもしヒカリ?うん、こっちはそんなもん。・・・そうなんだ。あのさ、あたしたち宿に戻るんだけど、夕飯どうする?バーべキュー?なに買ってけばいいの?あー、ちょっとシンジに代わるわ。はい」
「もしもし洞木さん?」
『碇くん?夕飯はバーベキューにしようかと思ってるのよ。コンロも借りれるし』
「そうなんだ。で、何を買えばいいの?」
『鈴原がさっき地鶏の看板を見つけたのよ。さっきカエデに連絡したら向こうはなんか美術館にいるみたいだしさ、地鶏頼める?』
「地鶏ね。わかった、ありがとう」
『は〜い、それじゃあ』
電話を切ってアスカに渡す。
「なんだって?」
「地鶏を買ってほしいんだって」
「地鶏ね。戻りながら探してみましょうか」
ということで僕らは宿に戻るついでに地鶏を買うことになった。
海と山が揃っている熱海の地形ゆえちょっとした高台に養鶏場はあった。朝ご飯に使うかもしれないので卵も少し買って、僕らは再び宿に戻った。
このときも、何故かどちらともなく手を差し出してつないだ。
宿に戻って、僕らに割り当てられた冷蔵庫に卵と肉を入れる。
それとなくわかれて、僕は部屋に戻ると自分のバッグを枕にごろんと寝っ転がる。
網戸の潮風のにおいが心地いい。
時計を見ると、午後5時15分。
何をするでもない中途半端な時間だ。
と、ふすまをノックする音。
「はい?」
「シンジ、ヒマ〜?」
「ヒマだよ」
「入るわね」
まだお風呂には行ってないらしく、でもいつもヘッドセットではなくポニーテールにしたアスカが入ってくる。
「なによ、寝っ転がってるの?」
「ヒマだからね。あせた畳のにおいがいい香りだよ、遠いバスのクラクションもいい感じだ」
「なにノスタルジーに浸ってるのよ」
そういいながら僕の隣に座り込む。
「なんか自転車貸してくれるみたいなんだけど、下の海まで行ってみない?」
「どうせ借りれるのは一台だけなんだろ?」
「当然!」
僕が運転して、後ろにアスカが立ち乗り。容易に想像できるよ。
「いいよ、行こう」
僕が立ち上がる。窓を見ると、真っ赤に染まる海。
アスカも僕の隣に来て、何故か今度も手をつなぐ。
「ねえ、僕なんかでいいの?」
アスカのほうを見ないで僕は言う。
「なにが?」
「手をつないだり、海に行ったり」
「あ、あんたバカァ?こういう状況で聞くことじゃないでしょ!?」
そうは言うものの、アスカの顔は真っ赤だ。
その顔が夕日によるものでないことに気づくと、僕も赤くなる。
「ねえアスカ、自惚れてもいいの?」
「え?」
「アスカが僕のこと・・・、好きだって自惚れてもいいの?」
「・・・なら、アタシも自惚れるわよ?あんたがアタシに気があるって」
「構わないよ、それは自惚れじゃなくて本当だから」
アスカがびっくりして僕のほうを向く。
「僕は、・・・アスのことが誰よりも好きだよ」
「シンジ・・・」
「だから、僕のほうこそ自惚れていいの?」
「あ、あんたバカァ?自惚れてんじゃないわよ!!事実に自惚れてどうすんのよ!そ、その・・・」
アスカが握る手が強くなる。
「アタシだって、あ、あんたのこと・・・、シンジのことが好き・・・」
「アスカ・・・」
僕らは見つめあう。それだけで、お互い何をしたいのかがわかる。
僕らは並んでいた手をそのままに向かい合う。今僕らを見ているのは夕日だけ。
夕日の射す僕らの影が一つになる。
永遠ともとれない一秒がゆっくりと過ぎていく・・・
駐車場には古びた一台の自転車がぽつんと置いてあった。
年老いた三毛猫がふにゃ〜んとあくびをしている。
「行こっか」
「うん」
僕はサドルにまたがる。アスカは後ろの荷台に座る。ぐいっと地面を押して発進する。
がたがたと舗装の整っていない道を走りりながら、アスカの指示で僕は自転車を走らせる。
「そこを右に旋回して!あ、きゃあー!!」
ちょっと意地悪。角度をつけて曲がる。斜めになる自転車は後ろに座っているアスカに恐怖を与える。
「このバカシンジ!!」
「ははははは・・・」
前を見ると、長い長い下り坂。左手に見える海には大きな5時半の夕焼け。
「きれい・・・」
「そうだね・・・」
今の二人の時間を大事にしたくて、
この海へと繋がる長い下り坂を、
自転車の後ろの君を感じながら、
ブレーキをいっぱいに握り締めて、
坂道を下る僕らに時間が終わらないように、
ゆっくりと坂道を下るんだ
「あれ?シンジと惣流じゃないか」
「ホントだ。なんか幸せそうじゃん」
ケンスケとカエデが分担になっている野菜を持って宿に向かっているところで坂を下る二人を見つけた。
さっとケンスケがカメラを構える。
「ケンスケ?」
「人生最後の盗撮だよ、カエデ」
カエデはもう一度自転車のほうを見る。
黄色い悲鳴を上げながら楽しそうなアスカと、普段あまり見られないシンジのTV最終話で見せたような笑顔。
(私がケンスケの立場でもカメラを回しているんだろうな)
自分たちの中で最も成長の遅かった、それでいて真打とも言えるカップルの誕生に心の中でカエデは拍手を送った。
ああ、神様がいるんだったらこのお願い叶えてほしい。
ずっとずっと、この下り坂を続けて。
やっぱり僕はアスカが好きなんだ。
[fin]
どうも、霜月梓です。話の展開速くてすみません。
読んでいてピーンと来た方もいるはず。
そうです、先端フォークシンガーの曲がこのストーリーの元になっています。
大好きです、ゆ○。
一度も訪れたことのない熱海なので勝手に設定を作っています。>熱海住民の皆様、スミマセン
漣カエデちゃんはオリジナルキャラクターです。
渚カヲルという名前をベースに三日三晩悩んでつけた名前なのですが・・・
こんな駄文に最後まで付き合ってくださり誠にありがとうございます。
ではまた、別の作品で。霜月梓さんから短篇をいただきました。
おだやかで日常的な始まりで、そして赤い太陽のような綺麗な締めでしたね。
とっても素敵なLASだったのです。
読み終えたあとにはぜひ、作者の霜月さんへの感想メールをお願いします。