ファースト…アンタの願いを叶えてあげるわよっ!
シンジを壊されるわけにはいかない。
それにシンジは、アタシのもの。
全てをアタシにくれたんだからっ、生殺与奪の権利はアタシにあるのっ!
って、コレも強がりよね…
シンジが欲しい。
コレを好きっていうのか判んないけど、加持さんには感じなかったモノ。
だから…
シンジの心は誰にも渡さない。
思案〜後編
シンジの居所を掴むのには流石に時間が掛かった。
気付いてみれば、アタシの決意から既に3ヶ月も経過してる。
あの日から、もうすぐ2年も経つ…
ファーストも最近は夢に出てこなくなった。
出てくるのは、あの日々のシンジ。
そして、笑ってるアタシ…
隊長を通して聞くシンジの様子も段々と少なくなってきた。
それだけセキュリティが高くなってきてる。
既に、安否の確認くらいしか出来ない。
そして、ようやく今夜に、アタシはシンジへ言葉を送れる。
研究室の中から、秘密裏にシンジの端末へと侵入する。
シンジが使用する端末の回線をミサトは教えてくれた。
あの日の日記にアタシはこう書いたから…
--シンジがアタシを『大事な人』と言ってくれてた。
アタシにとっても、きっと『大事な人』
だからアタシはシンジを助けたい。
シンジが受け入れてくれなくても、感謝の言葉くらいは伝えたい。
思えばアタシはアイツに『ありがとう』なんて、言ったことなかった。
それに、できれば… --
覗かなくても良い部分を、見るのは… ミサトよね…
アタシがシンジを探してて、見つからないとなったら、でっち上げの報告書らしきものをこれみよがしにアタシに読ませる。
多分、Nervの諜報部から情報を引き出してきたのよね…。
恩着せがましいわよね… でも、ありがとう… ミサト。
ツールを起動させ、必要事項を入力して、ディスプレイに流れる情報に目を凝らす。
リツコ謹製ハッキングツールの性能はかなりの物。
アタシでも、10分近く掛かる手順を僅か数十秒でこなしてくれるから、便利よね。
コレのおかげでMAGI本体への侵入も楽にさせてもらえるし。
まぁ、リツコの手引きもあるからMAGIへ侵入できるんだけどね…
シンジの端末へと接続準備が整ったと、表示される。
さすがに、侵入経路の確保さえしてなかった回線には時間かかるわね、予定時間もかなりオーバーしてるし。
これで!って、思ったら胸の奥で早鐘が鳴り始めた。
緊張してる…アタシ…。
ドキドキするのを堪えながら覗きこんだシンジの端末の中は…
・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
何にも無い…じゃないっ!
コ、コイツ… バカぁ?
なっ、なんで何も無いのよっ!?
緊張したアタシはなんなのよ… 損したわ…
ちょっと勉強に使ってるのか、僅かに書きかけのレポートが残ってるだけ。
まったく、何の為の端末なんだか… って、シンジじゃそれくらいしか使わないわね。
シンジにアタシと同等のモノを求めるだけ無駄よね。
それに、軟禁…いえ、そんなに甘くないわね…監禁されているシンジが使う利用法なんて、許可されてないのがほとんどのはず。
その証拠に、2バカとヒカリにメールを送って、却下された形跡までそのまま。
外部との接触は全く無いと思っていい。
なら、ソコにメールが来れば… 見るかしら?
きっと見る… 見なきゃ別の方法をとればいいだけっ!
残された時間は僅か… あたしは思いつくまま言葉を文字に変える。
--久しぶりね 元気?
積もる話は一杯あるけど、それはまた今度ね。
アンタは、アタシの事を聞いてるらしいけど、心配しないでいいわ。
下手なことしないで、大人しくしときなさい。
また、すぐに連絡してあげるから!
それと…、次に会ったときには、覚悟しておきなさい!
アンタの方から言わせてみせるからね!絶対に!
P.S.
このメール、読んだらすぐに削除しなさい!
内容は心の中に留めておくこと!--
きっと見てくれる。
そう信じて回線を閉じた。
与えられた時間は僅かな隙間。
アタシがシンジに接触できるのは、週に一度。
それも、30分に満たない時間。
監視の目が無くて、MAGI2も週に一度、定期的に行われる簡易自己診断実行中の僅かな時間。
MAGI2の機能が僅かにでも減少してる時なら、回線を外部に繋いだ形跡も消せる。
アタシとシンジの接点だけは、奴らに感付かれる訳には行かない…。
翌週までの1週間はアタシの人生の中でも最も長い1週間だった。
アタシは自分の失敗に気付いたのは、あの日ベットに潜り込んでから…
時間も短かったから、焦って打った言葉は今になって思い返しても、…無茶苦茶じゃないっ!
あれじゃまるで、アタシはシンジのこと好きって言ってるように見えちゃうでしょっ!
見てないといいけど…
いえ、きっと見てる。
思ってはいるけど、あの様子だと端末に触れる機会も少ないはず…
もし、触れてなかったら… 見てくれるとしても、目に留まってない。
アタシは見て欲しいのかな…
見て欲しくないのかな…
ラブレターを書いて、読んでもらえたか?読んでもらえてないか?って、クラスの女の子達が騒いでたけど…
こんな感じの気持ちだったのかな。
言いようの無い気持ちに囚われながら、シンジの端末へと侵入する。
やっやばい、またドキドキしてきちゃったじゃない…
落ち着くけっ!アタシっ!
深呼吸を何度か繰り返して、見せかけだけの落ち着きを取り戻したアタシは、再びディスプレイに視線を戻した。
そこには、アタシが残したメールが削除されていると……
・・・・・・・・・
つまり、見られたっ!?
あ…どっ…どうしようっ!
時間もあんまりないしっ… とりあえず、端末の中を一通りみて…
とりあえず今週も、メールを残しておかないとっ!
…って、またやっちゃったじゃないっ!
今回にいたっては、何を書いたかさえも憶えてない…。
見られてた…
つまり、アタシはシンジが好きだって、ばれちゃってるって…
アタシがシンジを好き!?
かもしれないけど解んない… こういう時に相談できる人も居ない…
たとえアタシが好きだとしても、シンジの心はわからない…
シンジの心が聞きたい…
でも、今は我慢。 シンジの口から直接聞きたいから。
今は、シンジの様子を聞く方が先ね。
日記でも書かせることにして…
翌週、アタシはあらかじめ決めておいた文面をアイツの端末に残した。
これで、アタシの真意が理解できるはず。
シンジだってそこまで馬鹿じゃない。
元々、天才科学者って言われた二人の血を引いてるんだから。
そして約束どおり、シンジは日記をつけていたけど…
○月×日 晴れ
今日から日記をつけることにしよう。
何にもない生活で、日記をつけるようなこともなかったのだから、書いてもしょうがなかったんだ。
でも、書けばきっと自分の考えていることが分析できるのではないかと考えた。
その日思った他愛のないことでも、書き留めておくことにしよう。
○月□日 曇り
今日の夕食はハンバーグにしてみた。
前よりちょっとは美味しく作れるようになったと思う。
以前、褒められたことがある思い出の料理だ。
あの頃は、誰もやる人がいなかったから、仕方なく僕がやっていたけど、
今は少し楽しくなってきたのかもしれない。
○月$日 晴れ
今日も、以前作っていたものに改良を加えてみた。
他にすることがないから、新しくレパートリーも増やしたけれど、
食べてもらえる人がいないのは、やっぱり少し寂しい。
評価してもらえないからだろうか?
美味しくても『まぁまぁね』って、それしか言ってくれなかったけど。
それが、嬉しかったんだなって…今ならわかる。
○月%日 晴れ
やっぱり、僕は英語が苦手のようだ。
一つ一つの単語を英語に置き換えて、文法にあわせて…
って、文章にするのならまだそれほどでもないんだけど、
それを話そうとすると、単語が出てこなかったり、文法が間違ってたり、
会話できるようになるには、まだまだ解らないことが多い。
ゆくゆくはドイツ語も勉強しないとね…
・・・・・・シンジ・・・・・・
シンジに期待したアタシも馬鹿かも…
--アンタバカぁ? もうちょっと、どんな生活してるかわかるように書きなさいよっ!
『まぁまぁね』しか言わなかったってなによっ!
まぁまぁの味だからまぁまぁねって、言ってあげたのよっ!
会話は会話で憶えるのよ、いくら机で勉強したってそうそう話せるもんじゃないのっ!
それに、なんでドイツ語なのよ?--
それって…恥ずかしくないの!?
以前のアンタなら顔を真っ赤にしてドモっちゃって、いえないような台詞をっ!
会わない間に、少しは成長したようね…
アタシを動揺させようってつもりなのっ?
シンジのクセにっ! 生意気よっ!
悔しいけど、反論してる時間はないわね…
来週にお預けよっ!
なんて、思ってたんだけど… シンジはさらにアタシを赤面させてくれて、
○月&日 晴れ
ほぼ毎月のように訊いていることだけど、
教官に、アスカの様子を訊ねてみた。
もう、この質問にも慣れてるのか、静かに頷いてくれる。
知らせが無いのは、無事の証って信じたいけど。
僕はそんなに強くはない。
あの日が最後だったんだから…
○月△日 晴れ
先日、教官に質問したアスカの近況に関して返事が来た。
相変わらず「無事だけど、それ以上のことは君には伝えられないんだ」とのことだった。
無事でさえあれば良い。
僕にとって、彼女が一番大事な人だから。
いつか彼女に逢えたら、謝りたい、そして伝えたい言葉がある。
だから、彼女だけは無事であって欲しい。
うっ…ホントに、コイツはシンジなの?
お、臆面も無く、こんなことを書くなんて…
自分の顔が真っ赤になってるのが想像できる…
--恥ずかしいこと書くんじゃないわよ!
他の人に見られてたらどうすんのよ、まったく。
それにね、アタシも言いたいことがあるのよ!
だから、アンタも無事じゃなきゃダメだからね!
それと、ゴメンはもういいから…
聞き飽きたしね、言わないでいいわ。 わかった?--
わかってるわよ… 何を謝りたいかなんて…
でも、もうシンジの『ゴメン』は聞きたくない。
かわりに、今度はアタシがアンタを汚してあげる。
シンジに今までの事を『ありがとう』って、言いたい。
そして、シンジから聞きたい言葉がある。
だから、シンジと一緒にここから…
さすがに、見られてるかもしれないって解ったのか、アタシを赤面させるような言葉は日記から減っていた。
アタシが慣れただけなのかもしれないけどね。
代わりに、日常的なことや、昔のこと…
色々とシンジと短いながらもやりとりをすることが出来た。
きっとあの人は泣き方を忘れてるだけだったんだ。
ふとした時に見せる、あの無邪気な笑顔とか、
照れて顔を真っ赤にしてるのに、怒って真っ赤になったふりしてたり、
拗ねた時も、怒ったように見せかけているけど、尖ってる唇とか、
本当は、もっと…
なんて、からかってるって判るような言葉も出てきて、
それが、悔しいんだけど…嬉しくて。
アタシはこの日を楽しみにするようになって…
ここ2年忘れていた、笑顔を取り戻した気がした。
だけど… アタシの幸せって、やっぱり長続きしないのかもね…
既にアタシの計画は最終段階に入り、エントリープラグに組み込んだ仕掛けも、他の技術者達には気付かれることなく進んでいた。
そんな時、MAGIにリツコ印の報告書が、残されていた。
明らかに、アタシに読めって…
〜Evangelion弐号機のコアに関する報告書〜って、タイトルで…
要約するとこうだった。
弐号機のコアから以前のパターンが検出できなくなったと。
コアの変容が考えられるって…
早い話が… コアの中に…もう、ママはいない…。
ファーストが言った、アタシがもうChildrenじゃないって意味がようやくわかった。
弐号機のコアは比較的早い時期に、Nervによって回収されていたことは知っていた。
ママはやっぱり、量産機に囲まれた時…アタシを助ける為に…
きっとそうだと思う。
だけど、リツコの見解は別だった。
サードインパクト時の影響が考えられるって…
ご丁寧に参考資料として、初号機の過去のパターンと、コアの解析装置の設計図まで…。
そして最後の一文は、アタシを凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。
〜コアとの親和性が高い適格者の場合、コアとの接触は初号機・弐号機の第一次接触実験と同様の結果になる可能性が高いと想定されます。〜
第一次接触実験…ママとシンジのママが被験者だった実験。
表向きは、適格者なんて言葉を使ってるけど… そんな者は居ない…
つまりは起動実験だろうと、なんだろうとコアと接触したら誰でも取り込まれるって…
…取り込まれる?…シンジが? リツコはそう言ってる。
コアの解析装置の設計図をすぐにアタシは開発へと回した。
もちろん、最優先で。
翌月には、解析装置も試験用が出来上がってきた。
結果は…灰色。
パターンが全く検出されないわけじゃない。
だけど、検出されたパターンは別物。
リツコの資料と変わらない部分も検出されてる。
明らかに何かが違う…
リツコにも結果を覗き見してもらったけど、返答は無かった。
第一人者であるリツコにわからないモノがアタシにわかるわけはない。
頼みの綱のファーストも… ここ最近、夢に出てこない。
どうすれば…なんて、悩んでる暇なんか無いっ!
まずは目先の出来ること…実験計画の遅延。
実験予定を少しでも、先延ばしすること…
1分でも、1秒でも。
でも、そういう時って、思うようには事が運ばないもの。
延期は認められたものの、僅かに数ヶ月。
アタシには打つ手が無くって…どうにも出来ないまま、時間だけが流れて…
パターンに変化は認められても、取り込まれる可能性は低い。
リツコの最終的な見解はこうだった…
残る手立ては、過剰シンクロ値に到達した瞬間に強制解除。
それだけ…
最後の一週間。
アタシは自分のインターフェイスヘッドセットを、シンジ用に改良した。
シンジのがないわけじゃない。
ただ、シンジの身に着けていたものが、欲しかっただけ。
初号機に関する資料も、実験成功と同時に処分されるように手は打った。
--アンタを助けてあげるわ。
多分、逢ったときには伝えられないだろうから、先に謝っておくわ。
ゴメンね。--
実験前日のシンジへの最後の言葉。
アタシの素の心を出した最後の言葉。
多分、明日が最後の再会。
それでも、かまわない。
世界の為とかそんな偉そうなことなんか考えてない。
アタシの望んだこと。
そして、ファーストの望んだこと。
アンタの望み、今度はアタシが叶えてあげる…
再会の演出にもアタシは少し手心を加えた。
シンジが初めてNervに来た時と同じように。
周りの人間達は、アイツが喜んで乗ったと…そう思い込んでいる。
だから、その演出を真似すれば、同意が得られると。
だけど、アタシも聞いたことがある。
シンジは怪我をしたファーストを引き合いに出され、やむなく乗ったのだと。
だから、アタシの込めた意味は…シンジならわかってくれる。
騙されるんじゃないわよっ!
シンジがケージに到着するという連絡が入ると、照明が全て落とされる。
アタシもケージでシンジを待つ。
伝えないといけないことがあるから。
もしもを考えて、端末にはメッセージを残さなかった。
残せば残したで、シンジはきっと悩む。
悩んだり考え込んだりする暇を与えないように追い立てて行動させれば…きっと上手くいく。
ケージに待機する全ての者が息を殺して、主役の登場を待ち望んでいる。
やがて、開いた扉の向こうに、数人の兵士に囲まれた一人の少年の影があった。
あれが、間違いなくシンジ。
入り口から差し込む僅かな光の中を怪訝な表情を浮かべ、兵士に促されるまま歩いてくる。
背も伸びて、って伸びすぎよっ…アタシじゃ肩の辺りまでしか届かないじゃないっ!
大人しそうな顔立ちはそのまま。
少し、肩幅は広がったのかもしれない。
前より、少し…うぅうん、かなり男っぽく見える。
なのに、線は細いまま。
ちょっとは格好良くなったじゃない…
人の手に委ねるのは悔しいわね…。
最初の照明に火が灯り、スポットライトのように初号機を照らす。
シンジが初号機を見て、驚きの表情を一瞬見せる。
続けて灯る明りに、ケージの中が満たされるとゆっくりと初号機に向けられていた目がアタシに動いてくる。
一瞬、顔を綻ばせようとしたのかもしれない…
だけど、そんなのは誰も気付けないような僅かの間。
期待に裏切られた子犬の顔。
寂しげで、今にも泣きそうな、でもそれを堪えてる顔。
アタシの視線に、晒されたから。
「久しぶりね、碇君。」
自分でもわかる。
今なら、リツコにも負けないくらい冷たい視線を出してる。
心を押し殺して…
アタシの後ろから小デブが、シンジに声を掛けてる。
そのまま、シンジを舐めるように観察して、品定め。
最近知ったことだけど、小デブは政府与党の偉い議員だってこと。
そして、馬鹿男… コイツも小デブに続いて、話しかけてる。
馬鹿男も、内務省の高官だった。
まぁ、偉そうな態度の割には… 中身はたいしたこと無いけど。
馬鹿男が、世界の情勢がどーだこーだと言いながら、シンジに乗れって促してる。
アタシはそれを遠巻きに眺めてるだけ。
せめて、最後なら…
ほんとは、シンジの笑顔を見たかった。
ふと気付くと、アタシはシンジを見つめてた…
それに気付いたかのように、シンジがこっちを見ようと俯いてた顔をあげるのを見て、アタシは慌ててその視線を冷たいものに変える。
「今日のところは起動実験だけを行う予定だが、問題が無ければ、君は正式に戦略自衛隊の士官として登録されることになる。宜しいかな?」
馬鹿男の提案に、シンジは無表情で頷いて、そのまま目を伏せ何かを考え始めた。
話が決まったのなら、アタシはアタシの計画通りに動くだけ。
アタシが近寄ってシンジの顔を覗き込むと、その瞳の奥に寂しさと悲しさを湛えて、それでもその表情は変えずに泣いていた。
「では、以前と少し仕様が違いますので、説明をしますからこちらへどうぞ。」
アタシに覗き込まれてることに気付いたシンジが顔を上げると、少し吹っ切ったのか穏やかな顔に変化した。
思ったより、ううん、思った以上にシンジは成長してる。
昔なら、ここで座り込んで死を選んぶわね。
アタシの後ろについて、初号機のタラップをしっかりと歩いてる。
ここからがアタシの正念場…
気付かれないように、最低限のことだけを伝えないと、全ては水泡に帰すだけ。
アタシには見慣れたものでも、シンジには3年ぶりのエントリープラグ。
出来る限り、アタシの手で再現した初号機。
それをシンジは懐かしそうに眺めている。
これがNervなら、感慨に浸る時間をあげられるんだろうけど…
「どうぞ、お入りください」
アタシと視線を合わすことなく、シンジはプラグの中へ入り、そのまま迷わずインテリアに腰掛ける。
「見てわからないと思いますが、少しデータ表示位置が変更されてます。」
シンジの隣に顔を寄せて、出来る限り口元をカメラに移らないようなポジションをとると…
シンジの匂いが… アタシの思考を停止させようとする。
このまま抱きついたりしたら、コイツは喜んでくれるかな…
でも、駄目…今だけは…
『そのまま聞いて、起動したら、左手、レバーの裏にあるボタンを押して…』
シンジの耳元に説明をするフリをしながら、口元を動かさないように囁く。
「基本的配置は、変わりません、インダクションモードなどに…」
シンジの視線が、僅かにだが泳いでる。
『こっちを見ないで…、ボタンを押せば、外部からのコントロールは一切不能になるわ』
「このあたりの変更点は、依然とちがって…」
起動さえすれば、これでシンジは自由の身になれる。
『そしたら、第三東京市まで逃げて、行けばミサト達があとは何とかしてくれるから』
ミサト達にも、今日の実験は伝えてある。
きっと、今日の事も予測済みのはず。
「他に気になるところはありますか?」
シンジの頬が一瞬ピクリと動いた…
これで大丈夫、きっとシンジはわかってくれたはず…
「インターフェイスヘッドセットは、ありますか?」
「えぇ、ここに。」
「貸してもらえますか?」
左手のポケットから、アタシがつけていた赤いインターフェイスをあげる。
それを見て、僅かに驚きを見せてるけど、すぐに神妙な表情を取り戻してくれた。
アタシの形見なんだからっ! 家宝にして大事にしなさいよっ!
身に着けた直後から呆けた表情を見せたかと思いきや、急に勝ち誇った表情を浮かべたり…
でも、アタシはそんなことに構ってる余裕は無い…
アタシはカメラから見えないようにシンジに手を重ねる。
最後だもん…ホントは最後くらい抱きつきたいわよ…
でも、隠れるように手を重ねるのが精一杯。
『アタシは…いいから…逃げてね、お願いよ…シンジ…』
だめ…このままじゃ、演じきれなくなるわね…
「質問はありませんか? 無いようでしたら、予定どおり行いますので準備を、お願いします。」
「いやだ…、」
言いながら身を翻そうとした時、シンジが呟いた…
「は? 何か言われましたか?」
イヤだって、どういうことよっ!
このアタシが助けてあげようってのよっ!
感謝こそされ、拒否される筋合いは無いわよっ!
「うん、言ったよ…。
ハッチ閉鎖、エントリープラグ格納。」
シンジの声に即座に初号機が応える。
音声登録もパーソナルパターンの変更もまだしてないのに!?
なんなのよっいったい!
不安定な足場の上に居たアタシは格納時の衝撃に耐えられず、シンジの上に倒れこんでしまった。
「何してんのよアンタ!ダメよ! 起動しないかもしれないのよ!」
アタシはどうなってもいいのっ!
このまま起動しなかったら、アンタはどうなっちゃうと思ってるのよっ!
「大丈夫だよ」
シンジはあの頃には絶対見せなかったような、会心の笑顔。
アタシの不安なんか、コイツは欠片も感じちゃいないっ!
最悪、とりこまれちゃうのよ?
「外部からじゃないと、起動失敗するわよ! なに考えてるのよ!
これで、計画が全部、失敗しちゃったじゃない!このバカシンジ!!!」
アタシの言葉なんか聞いちゃいやしなくて、
そのうえ、『バカシンジ』に反応して喜んでる。
なんで、そんなので喜ぶのよっ!
頭おかしくなったんじゃないの!?
「答えなさいよっ!」
「僕が、アスカを置いていけるはず無いだろ?
・・・大好きなアスカをさ、」
へっ?
なっ… なんなの?
コイツはこんな時に… なんでなのよ?
アタシを好き?
『大事な人』って、確かに言ってくれてたのはわかってる…
だけど、こんな時に言う?
こんな男だった?
いや、絶対違うっ!
昔のコイツだったら、あんな台詞、顔真っ赤にしてドモリながら、必死に言うはずでしょ!
なのにっ! なんで、そんなにあっさり言えるのよっ!
格好良過ぎるわよ…
なんで、今なのよ…
今そんなこといわれたら…
Wohwooooooooooooooooooo・・・・・・
って!?この雄叫びは!?
起動してる!?
なんで!?
シンジにはわかってたって言うの?
「言ってたでしょ?『アンタから言わせてみせるからね!』って」
へ? それって?
なに…あ…アタシの…最初に残した…
「ア…アンタ…今は…「それに、こんなに美人になってるなんて、卑怯だよ、」
このシンジは…日記のシンジ…
アタシを赤面させて喜んでる、意地悪に成長したシンジ…
「…いうのか…、卑怯なくらい…可愛いよ…ずっと、抱きしめていたい…」
なんなのよアンタいきなり!?
なんでそんなこと言うのよ、
嬉しくなっちゃうじゃない…
アタシは諦めてたのに…
シンジだけはって、頑張ってきて…
ファーストにもお願いされてたのよ…アンタを助けてって。
アタシは必死だったのに…
コイツはアタシの思惑なんか全く無視して…
アタシの想像の上を行っちゃってる…
なのに、アタシは昔のまま…
こんなアタシでいいの?
「アタシのこと、可愛いって言ってくれるの?」
こんなに、ズルイ性格なのに…
「うん、もちろん」
迷わずに答えちゃって良いの?
「アタシのこと、大事っていってくれるの?」
アタシは、アンタのことなんて大事にしないわよ?
「うん、間違いなく一番大事だよ。」
すっと、アタシの事しか考えちゃいけないのよ?
「じゃぁ… アタシが傍にいても、いいの?」
ずっと、召使みたいにこき使うわよ?
「喜んで。僕の方からいさせてくださいって、お願いするよ」
いいんだ…
アタシ…
やばっ…再会してからこっち、ずっと堪えてきたのに…
こら…え…られない…じゃない…
バカシ…ンジの…くせにっ!
もう、我慢できなくなったアタシはシンジを抱きしめてた。
コイツはアタシのものっ!絶対に誰にもあげないっ!
「アタシは大ッ嫌い…だから、抱きしめさせてあげないっ!」
アタシの最後の強がり…でも、ちゃんと言えてないの…
それにこんなことを言ってても、シンジにはもう見透かされてる。
いつの間にかに、あたしはシンジの膝の上に抱き上げられていて、アタシの髪の毛を優しく、ゆっくりと撫でてくれてた。
アタシが我に返ると、ケージはめちゃくちゃ…原型を留めてなかった…
「あはは… わかんないけど、無意識にATフィールド展開しちゃったみたいでさ…」
コイツ…成長したんだか…間抜けのままなんだか…
っで、とりあえずって、第三に向かったんだけど、予想してた追撃は全く無くって、
それもそうよね、通常兵器が効かないってわかってる上に、コイツってば平気な顔して、とんでもない速度で移動してるんだもん。
落ち着いた頃を見計らって、アタシはなんでアタシを無視して起動させたか訊いてみた。
もちろん、アタシの所有物のクセに無視したことは許されないことだから、平手をプレゼントしてあげたけど。
「ヘッドセットを付けたら、初号機の状態が手に取るようにわかったんだ…。 母さんが、それと…父さんが僕の望みを叶えてくれるって…」
父さん?
って、あの司令?
まぢ? あの髭色眼鏡が…寝てるってぇの?
「うっ…アタシ…なんだか気持ち悪くなってきた…」
それからアタシは戦自に捕らえられてからの色々なことを教えてあげた。
シンジの待遇改善の理由とか、メールについてとか、
あとはアタシの普段の生活とか…
普段はリツコみたいにクールにしてたんだって言ったとたん、
「似合わないよ、アスカには。」
なんでよっ!
アタシほどクールが似合う女が居るわけないでしょっ!
「だって、アスカはそうやって怒ってる時も可愛いって感じだよ? 唇尖らせてさ。」
「いつ尖らせてるってのよっ!」
「今だよ?…気付いてないんだね。 でもさ、リツコさんが唇尖らせてても似合わないでしょ?」
むぅぅ…コイツかなり手ごわい…
シンジのクセにぃ…
メールと違って、面と向かってるだけに、余計に恥ずかしいじゃない…
そういえば…メール…最後のメールの意味…わかってたのかな?
「『ゴメンね』の意味は今でも良くわからないよ…」
あのゴメンナサイは…シンジの意思を無視すること、
そして、折角の再会なのに…冷たく接しなきゃいけなかったから…
じゃないと、アタシの思惑がばれてしまうかも知れなかったから…
そう言ったら、
「僕が何回アスカのことを『大事な人』って、言ったと思ってるの? たとえアスカにその気が無くても…僕にとっては人質だったんだよ…
それに…僕はいくらアスカの計画でも、アスカを置いて行くことは出来なかったよ。」
…コイツ、そんなに公言してたのね。
「だから、さっきのが最初で最後のチャンスだったんだ…」
アタシの苦悩は…無駄だったのわけね…
「アスカ! 第三が見えるよ!」
振り向くと、そこには懐かしい町並みが甦りつつあった。
中心部には、大きく窪んで…
そこには見慣れたピラミッド型の建物もそのまま…
帰ってきたのね。
「シンジ君!」
突然、視界の端にミサトやリツコ…みんなの姿が浮かび上がった。
副指令の顔まである。
「おかえり、シンちゃん…」
「おかえり、アスカ…」
ミサトの姿を見たシンジが堪えきれなくなったのか、鼻をすすり始めた。
アタシも、おもわず泣きそうになったけど…
シンジに先を越されちゃったからね。
「た…いま…」
見ると、既に目を潤ませて、LCLの中じゃなければ、ボロボロ零れてるくらい…
しょうがないか…ホントだったら目の前で死んでた人だもんね…
シンジの目に溜まった涙を優しく拭いとってあげた。
「アラアラ…、世話女房って感じよねぇ、見ない間にそこまでいっちゃったかぁ…」
「な!? なによ! ミサト!」
ミサトはやっぱりミサトね…この嫁き遅れだけはっ!
「なんでアンタはそう余計なのよっ! アタシの見なくてもいい日記まで覗いたりして! それにっあの日記にはプロテクトをかけておいたでしょっ!」
「あ〜 あれね。 この葛城ミサトを舐めてもらっては困るわよ? あの程度1分で突破してあげるわよん」
くっ…その能力を、別に使えばいいものをっ!
あんたもなんか言いなさいよって、シンジを振り向けば、もう涙を止められなくなってて、ただボロボロと泣いてるし…
「泣き虫シンジなんだから、まったく…」
ファースト…どうせ、見てるんでしょ?
アンタの願い叶えてあげたからね。
『…ありがとう、惣流さん』
アタシこそ、ありがとう。 アンタのおかげよ、レイ…
結局、機密に触れすぎたアタシは本部の技術士官になるしかなくって、
シンジも国連軍士官に強制的に着任させられてる。
まぁ、待遇は段違いだし、なにより休日があるのが一番!
休みの日なんか、シンジが色んなところに連れてってくれたりして、離してくれないのよね♪
ヒカリと遊ぶ約束とかもしてるんだけど… 当分、無理そうね。
シンジはあれ以来、日記を書く習慣ついたのか、今でも日記をちゃんとつけてる。
端末はさすがに、ミサトに見られるのを恐れてなんだろうけど、止めて、手書きの古めかしい鍵付きの日記帳を使ってる。
アタシもミサトの覗きを恐れて、鍵付きの日記帳にしてる。
ミサトも、なんでこういうことだけには異常なほどの能力を見せるのか不思議よね。
まぁ、シンジの鍵の隠し場所はアタシは知ってるから、いつでも見れるし。
わざわざ目に留まるところにおいてあるってことは、アタシに見てくれっていってるのと一緒。
おかえしに、今度アタシの日記を読ませてあげるからね♪
しふぉんさんから『思案』の後編をさっそくいただきました。
アスカもシンジ君を助けるのが必死なのがよいですね。
シンジ君もアスカの目から見ると、かっこいいですね。脱出の時とか。これも愛のなせるわざですか。
ラスト、アスカとシンジはもう、すっかりラヴラブになっているのがますますほほえましいですね(笑)
素敵なお話でありました。みなさまぜひしふぉんさんに感想メールをお願いします。