NO.7
くるみ
シュウト
第十三話:花火
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 くるみ 第十三話 ――― 終 ――― 2014823 シュウト.
「そんなの、シンジと君を恋人にするために決まってるじゃないか」
父さんの幽霊の出現理由について先生は当然だろ、というようにそう言った。
「な、な、なワケないでしょ?!」
「あっ、そうか。お前たちすでに恋人だったか。すまんすまん」
「「だから違うって!」」
僕とアスカの声がきれいに重なった。
きれいに重なるほど、同じことを考えていたってことだね。
「さっき言っただろ?『子供の幸せが古今東西全ての親の願いだと思う』って。幸せな状態とはたくさんあるが、シンジと君だけが先輩の幽霊を見えているという条件を加味すれば自ずと答えは出てくるだろ?」
「でも!」
アスカが反論しようとすると、先生が鋭く言った。
「なんだ?嫌なのか?シンジと恋人になることが」
アスカは口をつぐんでしまった。
口をつぐむってことはどういうことだろう?
嫌じゃない、のかな?
でも、僕の前だから遠慮しているのかも。
でもアスカはそんな遠慮するような人じゃないし。
靴箱のラブレターだって堂々と焼却炉へ捨ててるし。
「きっと先輩は、息子がしっかりと恋人と上手くやっていけるっていう姿が見たいんだよ。親ってさ、息子や娘のそういうところ見ると安心すると思う。先輩を安心して成仏させたいだろ?」
先生が言った。
間違いない。この人、面白がってる。唇の端があがってるもの。
さっきは思い直したけど、やっぱりこの人はサイテーだ。
「今度先輩が現れたらキスでもすればいいんじゃないか?『父さん!今から僕たちキスするからちゃんと見ててよ!』って言ってさ!ハッハッハ!で、キスした後にシンジが『これで安心して成仏できるでしょ』って言うんだよ。これこそ親孝行じゃないか?」
それが親孝行なら、今までどれだけの親不孝者がいたことだろうと僕は気持ちを紛らわせるために考えた。
また、僕はドキドキしていた。
隣のアスカがどんな様子でいるのか確かめるのもできないくらいに。
顔は熱いし、心臓はバクバク鳴ってるし。
だって、年頃の男女の前で大の大人がキスしろって言っているんだよ?
すごく気まずい。
第一、僕もアスカもお互いを恋愛の意味で好きじゃないんだから、そんなキス、だなんて……。
いや、そういえば僕とアスカは昨日キスしようとしてたじゃないか……!
あのときのアスカは何かにとり憑かれたようだった。
そう思うと、僕は余計にドキドキした。
そんな僕の様子を見た先生は、ニヤリと笑って言った。
「そうだ。お二人さん、そんな先輩が出てきていきなりキスするなんてできないだろ?ならさ………今ここで練習しておけよ」
「シンジ……。行くわよ」
先生の言葉に気を取られていた僕は、アスカの言葉への反応が遅れた。
「おっ、逃げるのか?」
と先生がからかう。
完全に先生のペースだ。
「早く立って……」
アスカは俯いて、先生を無視している。
僕はアスカに手を引かれて椅子から立った。
アスカの手は、これまで握ったどのときよりも熱かった。
僕が立つと、アスカは扉に僕を引っ張って向かった。
「シンジ、お前から言わなきゃダメだぞ?頑張れよ」
と先生の部屋の扉を閉める直前に僕は先生に言われた。
先生は、もう隠そうとせずあからさまにニヤニヤ笑っていた。
僕とアスカは先生の部屋を出た後、アスカが浴衣に着替えてからお祭りに出かけた。
アスカが浴衣に着替えているとき、僕は先生に最後に言われた言葉を思い返していた。
僕が何を言わなきゃダメ何だろう?
結局分からずじまいだった。
少しモヤモヤしていたけど、浴衣を着てテンションの高いアスカと歩いているうちにそんなこと忘れてしまった。
なんだかんだ言って、もうお昼を回っているからお腹がペコペコだ。
僕たちはまず一番近くにあった焼きそばの屋台で焼きそばを買って食べた。
その後はほとんど昨日と同じ感じかな。
あっ、アスカはもう僕を「おにいちゃん」っていうのはやめたよ?
昨日だけっていう約束(約束した覚えはないけど)だったからね。
アスカに振り回されて、僕は疲れたり、恥ずかしい思いをしたり、楽しくなったり、ドキドキしたりした。
そんな中、ずっと考えていたことがあるんだ。
もしかしたら、僕はアスカを恋愛的な意味で好きなのではないかってこと。
先生に言われ続けて頭がおかしくなっちゃったのかもしれない。
でも思い返してみれば先生だけじゃないよね、僕とアスカが付き合っているっていうふうに言ってくる人は。
この前も、学校の担任のおじいちゃん先生からも「君と惣流さんはカップルだそうだねぇ。もし同じ高校に行きたいなら碇君はもっと勉強しなくちゃいけませんよ?」なんて言われたもの。
そのときの僕は、先生までそのデマを信じているのか、と呆れていて今の僕みたいなことを考えられなかった。
僕たちは、付き合っている恋人同士に見えるのだろうか?
別に、他人が付き合っている恋人同士に見えたから本当に僕たちがそうなんだっていうワケじゃないのはよく分かっている。なんて言ったってちょっと前までの僕がそう考えていたからね。
でも、客観的な意見としては……重要だと思う。今の僕は。
僕がアスカを恋愛の意味で好きなんじゃないかって悩む理由として、黙っていたけど、先生の話を聞いて僕が落ち込んでいるところをアスカが励ましてくれたときから、アスカとあらゆる接触をするたびに息苦しくなった。体が熱くなって、うまく呂律が回らないこともあった。
あらゆる接触っていうのは、手が触れたりだとか、ナンパにあったアスカが僕と腕を組んだとか、そのとき腕に柔らかい感触がしたとか、ふとした瞬間に視線がぶつかったとか、そういう意味だ。
そんなあらゆる接触は昨日や、今までだって何回かあった。
加持さんのツリーハウスに向かうときなんかは特に印象に残っている。
そのときも僕はドキドキしたり、顔が熱くなった。けれど、そのドキドキとは全然格が違う。
しかも、こんな時に限ってアスカは―――
「シンジ?具合悪いの?」
なんて言って優しくしてくれるんだ!
ベンチに座っててなんて言って、この暑さじゃ熱中症かもねとか言いながら屋台からすぐスポーツ飲料を買ってきてくれるんだ!
いつもなら「このくらいでへばったの?情けないわね〜」くらい言いそうなのに。
その代わりに言われた通りにベンチに座っていなかった僕を「あんたバカぁ?なんで座ってないのよ!」って優しく怒っている。
こんなのあれだよ、あの、最近トウジがハマってる「惚れてまうやろー!」だよ。
ほら、今だって俯いた僕の顔を覗き込んでくる。
覗き込むために頭を傾けたから、垂れてくる髪の毛を耳の後ろに回すしぐさも僕のドキドキを掻き立てる。
「も、もう大丈夫だよ。ありがとうアスカ」
僕はアスカと目を合わせないようにして言った。
するとアスカは腰に手を当てて言った。
「無理はするんじゃないわよ?帰りたいと思ったらいつでも言いなさい?あたしのことはどうでもいいから」
「うん、分かったよ」
僕はそう言うしかなかった。
10分くらいそうしていると、アスカが僕の状態がもう大丈夫だと判断し、僕たちが屋台を眺めながら歩いていると、車道になにやら人の列を作り始めた、お祭りの実行委員という文字の入ったハッピを来たおじさんにその列に加えさせられた。
僕たちだけじゃない。周りの人は片っ端から列に加えられていく。中にはおじさんから逃げる小学生らしき男の子の集団もいた。
この祭りの名物の踊りだった。
噂通り、僕たちは暗くなり始めていた空が真っ黒になるまでの約一時間踊らされた。
初めは日本の文化に興味津々で元気いっぱい踊っていたアスカも、今ではこの気温による暑さと、人間の熱気に愚痴を言っている。
しかもずっと同じ道の行ったり来たりをずっと同じ振りつけの踊りをするのだから、飽きてしまう。
けど、屋台のある歩道にはほとんどの人がこの車道の大名行列のような踊りの列に吸収されてしまったため、赤ちゃん連れの母親だとか、車いすに乗ったお爺さんくらいしかいない。
だから、踊りから逃げ出すとあっという間に見つかってさっきのおじさんのようとは違う、ガタイの良い、大学生くらいのお祭りの実行委員に追いかけられるんだ。
捕まると、再び強制的に行列に加えさせられる。
中には追いかけられるのを楽しむ強者もいたんだけど、僕とアスカはそんなことできなかった。
アスカが動きやすい恰好をしていたら、アスカだけなら助かったかもしれない。
だけど、アスカは浴衣を着ているし、僕は追いかけてくる人たちから逃げきれる自信がない。
踊りが終わるころには、僕は本当に熱中症になるかもしれなかった。
車道にたくさんの人が座ったり寝転がったりしている。
救急車の音が聞こえてきたりもする。
決めた。もうこの祭りには二度と来ない。
しかも、踊りが終わると次はお祭りを締めくくる花火だ。
花火は大通りからちょっと離れた河川敷から打ち上げるから、ビルなどが立ち並ぶ大通りでは邪魔なものがたくさんあって見えにくいから人々は疲れた体にムチを打って移動しなくてはならないんだ。
この祭りは、本当に人を殺す気だ。
僕とアスカは少し休んでからゆっくりと移動した。
そのとき、「はぐれると困るから、手貸して」とアスカに言われ、僕たちは手を繋いだ。
そうなると僕は動きがぎこちなくなってしまった。
今まで、こんなことは思わなかったけど、女の子と手を繋ぐって勇気がいるんだね。
花火の見やすいポイントにはすでに人がたくさんいて、僕たちは人ごみは踊りで充分満喫してもうごめんだったから、少し離れていても空いているところを見つけて、そこで花火を見た。
僕たちはずっと手を握ったままだ。
アスカから離そうと言われれば離すしかないけど、彼女が言い出さないから僕はなんとなくそわそわした。
花火が大きな音を立てて綺麗に咲いても同じだったんだ。
ピュ―――――――――ドーン
「綺麗ね」
と呟くようにアスカが言った。
なんとなく、アスカの顔が赤い気がする。
ピュ―――――――――
「そうだね」
と僕。
ドーン
ピュ―――――――――
「ねぇ、シンジ?」
ド――ン
「なに?」
ピュピュピュピュピュ―――――――――
「あたしとドドドドド――ン」
「え?ゴメン。聞こえなかった」
「だから、ね」
ピュ――ピュ―――――――
「あたしと―――」
ド――ン
「付き合う?」
「え?」
ド――ン
「本当に付き合うワケじゃないのよ?!司令が成仏するために義理で付き合おうかって言ってんの!司令が幽霊になって出てきたのは先生が言ってた通りかも、知れないじゃない?」
ピュ―――――――――ドーン
僕はアスカが僕を好きでそう言ってくれたのではないのだと分かってがっかりした。
ピュ―――――――――
「そうかなぁ?」
「推測の話よ!かもしれないっていう話よ!?」
ド――ン
つまり、アスカは僕が好きじゃないけど父さんの幽霊の成仏を手伝うために僕と付き合おうって言っているんだよね。
「でも、アスカは僕のこと、嫌いなんでしょ?」
ピュピュピュ―――――――――
「……ドーンなドーンいド―――――ンきなんだから」
「え?ゴメン、また聞こえなかったからもう一回言ってくれない?」
なんだこの邪魔な花火は!
「〜〜〜〜〜!イヤよ!もう言わない!」
「そんなぁ……」
「で、どうするの?……あたしと、付き合う?」
ちゃんと言ってもらってからじゃないと困るよ。
もしアスカが僕を嫌いだったら、僕と付き合うなんてアスカにひどいことをすることになるじゃないか。
それにこんなにドキドキして、期待しちゃったんだから……言ってもらわないと……。
そして、期待している自分に気づき、僕は自分が分かった。
僕はアスカが好きだ。
なら、このアスカの質問への答えはこれしかないよね。
「僕と、付き合ってください!」
アスカ顔を赤くして「あ、あんたバカぁ?あくまで義理よ?!ギ・リ!」と言った。
僕たちの頭上で特大の花火が開いた。
次の日、僕たち四人―――じゃなかった、五人はくるみ荘を出た。
どうやらトウジと委員長は祭り中に恋人になったみたいだ。
僕たちはそれを拍手で祝った。
え?僕たち?
アスカが言ってたでしょ。「あくまで義理」なんだって。
だから、トウジにも委員長にもケンスケにも言う必要はないっていう結論に昨日至ったんだ。
それを昨夜決めたんだ。
昨夜、と思って僕は思いだしてしまった。昨夜の出来事を……!
ここで話すのは控えようと思う。
だって、アスカとたとえ『義理』だとしても付き合うことになっただけでもなんとなく顔を合わせにくいのに、昨日の布団に入った後のことなんか話せるワケないじゃないか!
僕たちは、別れ際に先生には義理だという部分を除いて話した。
「そうか。おめでとう。なんだか、俺も嬉しいな。きっと先輩も安心して成仏できるよ」
「はい。ありがとうございます!あと、父さんの話をしてくれてありがとうございました!」
僕とアスカは一緒に頭を下げた。
「いや、俺が話したくて話したんだ。お礼されることじゃない」
「でも、先生が話してくれたから僕たちは付き合うことになったんです」
僕が言うと、アスカは怪訝な表情になった。
そうだろうね。僕たちは父さんの幽霊の成仏の為に義理で付き合っていることになっているんだから。
でも、先生が話してくれたから、僕はアスカが好きだと自覚できた。
あの先生が、恥ずかしがりながら自分が母さんを好きだったと言ったんだって思うと、僕は自信が持てた。
また、先生が話してくれなかったら僕はアスカに励まされることはなかっただろう。
そうだったら、僕は自分の気持ちが分からないままだったかもしれない。
だから、先生に感謝しなくちゃいけないんだ。
「まあ、頑張れよ」
先生の言葉に、僕たちは同時に「はい」と返事した。
そして僕は、父さんに呼ばれて大きな不安と微かな期待を持って進んでいた道をもう一度進んだ。
僕はもう、あのときの僕とは違うんだ。
シンジがやっと自分の気持ちに気づきましたね。
花火の邪魔さえなかったらこの二人はこの回で本当のカップルになっていたでしょう。
さて、次回は最近出番が全くなくなってしまった(?)あの人が再来します。
読んであげてくださいね。
(今頃気が付いたのですが、ケンスケの存在を完全に忘れている部分が多々ありました。
こんなことになるんだったらケンスケは登場させない方が良かったかも……w)