NO.7
くるみ
シュウト
第五話:もし死んだら……
くるみ 第五話 ――― 終 ――― 2014726 シュウト. いよいよ核心に迫ってきた? 続きも楽しみですね。
「シンジィ?全然加持さん来ないけど、どういうことかしらねぇ?」
「だ、だからきっとツリーハウスの材料を取りに行っているんだよ!ここら辺の森は、加持さんが買ってあるから、きっと大きな木でも切り倒しているんじゃないかなぁ〜」
ヤッホーの勝負のやりすぎで声が出にくくなってしまった僕たちは話した。
でも、まずいよ。
このまま本当に加持さんが帰ってこなかったら、僕はこの森から出られなくなるかもしれない。
いや、遭難したことにされて救助隊が見つけた時にはもう……っていうことになるかもしれない。
とにかく、希望を捨てずあきらめない。
加持さんが来てくれるのを信じてここで待とう。
そう。逃げちゃだめだ。
少し空が薄暗くなってきたころ、加持さんは帰ってきた。
森で切ってきたであろう大きな木を肩に担いで、僕たちに気付くなり笑って手を振る加持さんは救世主だ。
大きな木と言っても、短くカットしてある。それでも2メートルはありそうな長さだ。
僕は加持さんが来てくれたことに胸を撫で下ろし、加持さんのもとへ走った。
「加持さん、手伝いますよ」
「お、えらく男前になったな、シンジ君。アスカの前だからか?」
加持さんはいつもこうやってからかってくる。
うっすらと汗をかいて、少し息切れしている加持さんを本当にカッコいいと思った。
何にも縛られることなく生きていて、困難を自分で切り抜けられる男なんて最高にカッコいいじゃないか。
アスカが憧れていたのも分かる。
加持さんはミサトさんと婚約してしまったのが僕を安心させるんだ。
僕は、違いますよ、と言って加持さんの後ろに回り大木を持った。
僕と加持さんはかなりの身長差があるから、加持さんが木を肩で担ぐと僕は自然と頭の上で木を持たなきゃいけないからかなり疲れてしまう。
うう、重い……。
「フレッ、フレッ!シンジッ!フレッ、フレッ!加持さん!」
いつの間にかアスカが僕たちの横で応援をしていた。
僕は正直アスカに手伝ってもらいたかったけど、僕だって男だ。
心の中でそんな弱々しいことを考えていても、言葉には出さない。
でもやっぱり重いから、気を紛らわせるために加持さんに話した。
「それにしても、立派な木ですね」
「だろ?コイツと目があった瞬間にコイツだ!ってなったよ」
「よく分からないわねー。確かに立派そうだけどみんな同じじゃない?」
「まぁ、アスカみたいな女の子には分からないかもなぁ」
「加持さん。どういう意味?」
僕たちはツリーハウスの下に木を置いた。
できかけのツリーハウス。
だいたい、地上2メートルくらいのところに床だけ作られている。
壁を作るのがなかなか難しいみたいだ。
「ちょっと登ってみるか?」
「はい!」
加持さんの問いかけにアスカがすぐ反応した。
木に立てかけられた木のはしごをどんどん上って行くアスカ。
そして、アスカがはしごのてっぺんに到着したとき、加持さんが言った。
「アスカ、気を付けろよ。もしかしたら床が抜けるかもしれないぞ?」
「ふん。そんなこと言ったってあたしは怖がらないわよ」
アスカの怖がる、という言葉に僕は父さんの幽霊に怖がっていた彼女を思い出した。
アスカは怖くないって言ってたけど、やっぱり怖がっていたと思う。
「うわっ!これいい椅子ね、加持さん」
「そうだろう?くるみの木で作ったんだ」
「くるみの木、ねぇ。この森にあったの?」
「ああ。実もできていたが、まだ食べられる状態じゃないな」
そんな話をしながら加持さんははしごを上った、床だけのツリーハウスに到着した。
僕も続いてツリーハウスに上って、その椅子を見た。
綺麗で、頑丈そうで、もともとは立派な木だったような気にさせる椅子だ。
僕は加持さんに座っていいか訊いてから座った。
うん。すっごく落ち着く。
そして景色もいい。
加持さんは本当にいいところを見つけたなぁ。
暫くして僕たちは加持さんの家に向かった。
行きよりもさらに暗くなってしまった森の中を進んでいく。
また父さんがここで出てきたら心臓に悪いよ……。
「そういえばシンジ君。誰にも言っちゃダメって言ったじゃないか」
「はい、すいません。でも、緊急の用があったので……」
「ほう。なんだ?」
「それが……。幽霊がでたんです」
僕たちの前を歩いていた加持さんはそれを聞くと、歩を止め僕たちを振り返った。
そして幽霊、とオウム返しのように呟いて言ったんだ。
「どんな、幽霊だ?」
「父さんの幽霊です」
「父さんって……司令の?それはまたどうして?」
「それが、父さんもよく覚えていないみたいで……」
「でも、シンジのお母さんとなにか約束したんでしょ?で、その約束を果たすために幽霊になってシンジに取り憑いているわけでしょ」
「司令が憶えていないんじゃ、分かりようがないなぁ」
「でも、不思議なことがあるんです。父さんの幽霊を見える人と、見えない人がいること。あと、父さんはミサトさんの絵を破いたことです」
僕は言った。
加持さんでもお手上げかぁ。まぁ、しょうがないよね。加持さんは死んだことなんてあるわけないんだし…………………あれ?
加持さんって、一度……。
今生きている人の中には、サードインパクト以前に死んだ人もいる。
それは加持さんであり、戦自に虐殺されてしまったネルフ職員であり、また、戦自でもある。
僕がそんなことを考えている間に、2人はどんどん話を進めている。
「見える人見えない人がいるのは置いておいて、葛城―――おっと、ミサトの絵を破いたっていうのはどういうことだ?」
「ミサトがね、司令が死んじゃっているのをいいことに、日向さんがふざけて描いた司令の絵を司令の前で披露したの。あ、でもミサトは司令が見えていなかったからそんな絵を司令の目の前で見せれたのね」
「じゃあ、その司令の幽霊は、物を触れることができるのか?」
「でも、司令はあたしの足を―――足を、通り抜けたから、きっとずっとは触れられないと思うわ」
様子のおかしいアスカを見て、加持さんが言った。
「ああ。そういえば、アスカは幽霊とか苦手だったな。それに司令の幽霊となればもっと怖かっただろ?」
「べ、別に幽霊なんか怖くないわ!ただ司令が怖いだけよ!」
「やっぱりアスカ、幽霊苦手なんじゃないか」
「なによ、うっさいわねー!人の弱みにつけ込んで、楽しい?」
僕は身の危険を感じたからそれ以上余計なことを言わないことにした。
森はどんどん暗くなっていく。
木や葉っぱは真っ黒で、立ち上がった木の影を避けながら進んでいるような気がした。
加持さんについて行けば、大丈夫だよね……?
隣のアスカを見ると、ちょうど目が合った。
だけどすぐにプイって反対の方に首を曲げちゃった。
なんなんだよ、もう。アスカの取り扱い説明書があればなぁ。
そうすれば、効率よく機嫌を取れるし、もしかしたらおとなしいアスカになるかもしれない。
毎日料理も作ってもらって、皿洗いだって、洗濯だってやってくれるかもしれない。
……ありもしないことに希望を寄せるのはやめよう。
ん?さっきアスカ、『人の弱みにつけ込んで』って言ってたよね。
やっぱり怖いんじゃないか!
僕は少し高揚感を得た。
アスカにも弱点はあるんだ。
まぁ、賢明な僕はそんなこと間違ってでも口に出さないよ。
アスカと長い間暮らしているんだから。
それにしても……。
「加持さん。加持さんは、その、サードインパクト前に、その―――亡くなってしまったんですか?」
なんとなく訊きにくくて僕は変な文を言ってしまった。
僕の問いに、加持さんは特に反応を見せることなく言った。
「ああ。死ぬのは嫌なことだぞ。俺の場合、銃で心臓を撃たれたから、どんどん鼓動が弱くなっていくのが分かった。そのうち、息をするのも辛くなってきた。いろんなことを思い出したよ。走馬灯のように、っていう表現があるけど、本当にそうなんだ。でもその中で、俺はなかなかいい人生を送ってきたんじゃないかなって思ったんだ。そう考えると死はそんなに嫌なものじゃないって思えた。矛盾しているけど、俺はそんな心持ちだったんだ。俺は臆病だから、このまま生きていたらきっと嫌なことに縛られるんだろうな、なら死んでもいいかな、って思っちゃうんだ。そして、死ぬ瞬間はそんなものだったが死後の世界は悪いものじゃない。俺はずっと会いたかった人に会えたし、彼らとそれなりに話すこともできたからね」
しばらく、僕たちは何も口に出さず、静かに歩いた。
アスカが僕の腕を肘で突いて、目配せと口の動きで「バカ。加持さんになんてこと訊くのよ」と僕に言った。
僕は加持さんに本当に申し訳なく思ったから、そんなに気にしていない様子な加持さんに救われた。
「ああ、なるほどな、シンジ君。しかし、すまないが幽霊の仕組みについては言ってはいけないと言われたんだ」
ダメかぁ……。
やっぱり加持さんは凄いよ。
僕の考えていることが分かってしまうんだもの。
そういえば、誰にそう言われたんだろ?
閻魔大王?まさかね。
「でも、これなら言えるかな。そもそも、死んだ人間は二度と生き返ることはないから、俺みたいなケースは初めてでどこまでを言って良くて言ってはいけないのか分からないのだが―――」
「でも、幽霊のことは言ってはダメなのね」
「そうだ。幽霊の真実を人間が知ると、悪用したりする人間が現れていろいろ面倒なことが起こるからな。とにかく、これは多分言ってもいいと思うんだが…………死んだ後には『天国』か『地獄』か、それしかないというのは人間の勘違いだ。死んだ後にはその2つに加えて……『無』というものがある」
「「無?」」
僕たちは口を揃えて言った。
「そう。なにもないんだ。自分以外、なにもないんだ。『無』というと、真っ暗なイメージを生きている人間は想像するが、色すらないんだ。よくわからないかもしれないが、そうらしい。俺もそこには行っていないからね。そして、天国か地獄へ行った者は蘇りができる。天国へ行った者は好きな時に。地獄へ行った者は、課せられた試練をやり遂げれた後、好きな時に。だが、無へ送られた者はそれができない。無というのは、完全に自分一人だけの世界なんだ。聞いた話では、自分の手も足も見ることができないし、自分で自分を触れることもできないらしい。自分はそこに存在しているはずなのに、自分の存在を証明できないらしい」
僕は加持さんの話がよく分からないけれど鳥肌が立った。
汗もかかないほど、僕は「無」という存在に恐怖を抱いた。
喉が乾きすぎて痛い。唾もできてこない。
なんだか、手に何らかの感触があるような気がする。
僕がその手を見ると、アスカの手に捕まっている僕の手を発見した。
僕はアスカの方を見た。いたって普通の様子だ。
どうしてあんな話を聞いていて、普通の状態でいられるのだろうか。
「アスカ、怖くないの?」
「あんたバカぁ?そんなの無に行くようなことをしなければいいだけじゃん!」
確かに。
でも、そうなると僕には不安が生じる。
「どんなことをしたら、無に行くことになるんですか?」
加持さんは僕の質問に、しばらく考え込んでいた。
森の出口が見えてきたころ、加持さんは言った。
「多分、それは言ってはいけないことだから、言うことはできない」
僕の足は、止まってしまった。
同時に、隣のアスカの足も止まっていた。
僕たちは、死の直前までを経験している。
だから、普通の人の何倍も怖い人生を歩んできていると思う。
もしあの時死んでいたら、僕は、無に送られていたのかもしれない。
僕には無に送られるような悪いことをした覚えはないけれど、もし僕の無に行くことが決定しているんだったら、僕は生きているうちに楽しいことをしておきたい。
「でもまぁ、君たちは無に行くことは今のところしていないよ。……これ以上は訊かないでくれ。もしかしたら俺が言ってはいけないことを言って、無行きになっちまうかも知らないからな」
「ごめんなさい」
僕は安心するとともに、加持さんに危ない橋を渡らせていたことに謝った。
僕に続き、アスカも謝った。
「別に、謝る必要はないよ。これから注意してくれればいいんだ。それにしても、司令が……」
加持さんは、途中から声をとても小さくしたから、僕たちは聴きとることができなかった。
僕たち三人が森の外に出るころには、太陽が沈みかけていた。
「綺麗な夕日」
アスカが誰に言うとでもなく独り言のように呟いた。
太陽は、真っ黒な山に頭だけを出して森から出てきた僕たちを見つけた。
太陽から少し離れた空はアスカの髪の毛の色と同じ色をしていて、なんだか不思議な気持ちになった。
なんで空はあんな色になる必要があるのだろう?
アスカは握っていた僕の手を離して、僕の顔を覗き込んで、悪戯したみたいに舌をだして言った。
「あんたがディラックの海に取り込まれた時を思い出しちゃった」
「どうして?」
「空の色が、そっくりなのよ。あの時のあたしは、ちょっと追い込まれていたのね。空の色なんかどうでも良かった。いろいろ怖かったの」
僕はなんて言ったらいいか分からず、アスカの顔を見た。
逆光になってよく見えないけど、青い目が暗がりの中で目立っていた。
「さて、何が怖かったのでしょうか?」
「ええっ!そんなこと言われても分からないよ」
「うーん。使徒が怖かった……?」
「まぁ、かすっているわねっ!もう、ビシッと当てなさいよ!そうだ、当てたらご褒美あげるっ!」
「……分からないよ。僕はアスカじゃないんだから」
「……あんたが消えるのが、怖かったのよ」
それまで明るくて悪戯っぽかったアスカの声が、急に静かで、真剣な声になって僕はドキッとした。
急にアスカに抱き付かれた時のように、ドキッとした。
アスカはそれから逆光でも分かるくらい顔を赤くして、上目づかいで僕を見た。
僕と目が合うと、アスカは夕日の方へ振り返ってしまった。
「あ、あんたがいなくなったら、ご飯作ったり、掃除したり、回覧板を回したり、買い物行ったり、いろんなことを誰がやるっていうのよっ!あ、あ、あ、あんた以外、お断りなのっ!」
僕はアスカの言っている意味が分からず、アスカと夕日を一緒に見ていた。
「おーい。どうしたんだ?早く来いよー」
加持さんの声に、アスカは駆け出した。
「シンジッ!どっちが早いか競争よ!」
「えー?!」
僕が戸惑っている間に、アスカはかなり走っていた。
僕も、慌てて走り始める。
太陽は殆んど沈んでいて、アスカの髪の色をした空の部分は走っている僕には見つけられなかった。
死後の世界は分かりません。とにかく、死にたくないです。
エヴァのパイロットはみんな死を目の当たりにしているんですよね。
それだけ、彼らの死の恐怖は大きいと思います。
次回は、ミサトさんも加えて四人で話し合います。
では。