翌日の学校にて。
授業もそこそこに、携帯電話を駆使して食事のレシピ漁りに余念がないアスカがいる。
出来るだけ見栄えが良く、簡単な手順で、なおかつ自分の技量で失敗しなさそうなもの。
冷静に考えればかなり間口が狭そうなものだが、よさそうな料理のレシピを見つけてはかたっぱしからダウンロード。
それから改めて材料や手順と睨めっこし、比較的難易度が低そうなものからランク付け、データフォルダに放り込む。
一見簡単そうだと思って詳しくレシピを読み込んでいくうちに、顔をしかめるアスカがいる。
「…炒めた肉を寝かせる? なにそれ? なんか布団でもかけるってこと?」
彼女にとって、料理における日本語のニュアンスが意味不明なものも多くて難儀している様子。
それでもどうにか候補は定まったよう。
よし、放課後には材料の買い出しにいって…。
そして昼休み。トウジとシンジの会話を小耳にはさむ。
「お、珍し。センセは今日は弁当ちゃうんか?」
「うん、ちょっと調理器具とか揃ってなくてね…」
はたとそこでアスカも気付いた。
そういえば、うちにも調理器具一切ないじゃない!
Lady And Sky
〜second air
Act8:突撃! 隣で晩御飯 後編
放課後、アスカは近所の大型デパートへと繰り出した。
地下の食料品売場へは目もくれず、まず向かったのはキッチン用具専門店。
「えーと、とりあえず、包丁とまな板、鍋にフライパンと…」
ヒカリに書いてもらったメモ片手に物色するアスカ。
実はアスカ自身、葛城邸のキッチンにどれだけ調理器具があったのかさえ把握していない。
正直、最低限必要な調理器具数などさっぱりだ。
無知が悪徳だとは思わないけれど、年頃の女子としてはどうなのかしらんと軽く自問自答。
また、改めて売場を眺めれば、実に用途も分からない器具も多くて困惑してしまう。
「何これ? この形でピーラー? こっちはアップルカッターよね? リンゴ専用???」
戦慄するアスカだったが、いやいやこんなの使う機会なんてないわと割り切って、目当てのものの物色を再開。
「にしても、こんなに種類あるのね…」
正直フライパンや包丁の良しあしなんてわからない。
定員に訊くにしても、おかしな質問をしてしまって赤っ恥をかくのはまっぴらご免なアスカが頼ったのは値札。
高いならそれなりにいい代物でしょ!
いささか短絡的なブルジョア思考に傾いたのは、自分名義の銀行口座に、結構な額の生活費が振り込まていたからだったりする。
「よしっ!」
意を決してアスカが購入したのは、売場でそれなりにグレードの高いものばかり。
包丁に至っては、生まれ故郷のゾーリンゲン製高級品である。
弘法は筆を選ばずというが、アスカは自身の腕がシンジに及ばないことくらい自覚していた。
ゆえに高い道具でその腕の差を埋めようと考えているのは、ある意味いじらしい。
調理用具一式の会計を済ませ、カートに詰め込み、次にアスカはようやく食料品売り場へと向かった。
ここで買うものも予め携帯電話で調べてある。
ひき肉、玉ねぎ、エリンギ。卵にパン粉に小麦粉、牛乳。それとデミグラスソースに、おっと塩コショウも忘れずに。
こちらも特に値段に頓着せず、どれも多めに購入したアスカは、会計をすませ買い物袋を抱えて青くなった。
この段になって、ようやく学校から直接来ないで一旦マンションへ戻ってから来れば良かったと激しく後悔。
教科書とか入ったカバンもそれなりに荷物だが、食材はもとより、調理器具一式となると、もはやこれは個人で運べる限界を超えているのではないか。
いつもならシンジを呼び出して運ばせるところだけど、今はそれもままならない。
アスカは逡巡することしばし、雑貨売り場へ取って返すと巨大なナップザックを購入。
その中に一切合財を突っ込んで背負うと、気合い一閃、立ち上がる。
「えいしゃおらぁっ!」
制服姿の見目麗しい金髪少女のパフォーマンスに、周囲からは良く分からない歓声が上がった。
そのままアスカはノシノシとデパートを出て、十メートルも進まないうちにタクシーを呼びとめたのはまあご愛嬌。
大量の荷物を抱え、新しい住まいに到着するなり、パタリとアスカは床に倒れ込んだ。
「…つっかれたー!」
エアコンのスイッチを入れながらアスカは天井を見上げた。
過日からの蓄積された疲労がずっしりと身体に重い。
まるで全身が床に沈み込んでしまうよう。
いっそこのまま眠ってしまいたい。
でも、制服脱がなきゃシワになっちゃうし。汗まみれだからシャワー浴びなきゃ。ううん、その前に買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞わないと…。
ふん! と気合いを入れてアスカは立ち上がる。
「それじゃダメなのよ、それじゃ!」
自分自身にゲキを飛ばし、お気に入りの置時計に視線を走らせれば時刻は夕方5時少し前。
制服を脱いでラフな部屋着に着替えながら、頭の中で時間を計算する。
今から急いで料理をして、シンジの部屋へ突撃。
前の家ではいつも夕食の時間は7時過ぎくらいだから、アイツのマンションへの移動時間も勘案して、料理にかけられる時間は約2時間。
新品の調理器具を更地のキッチンへと並べ、これまた新しいエプロンを着用。自慢の金髪を後ろで束ねて、これで戦闘モードは完成。
「さあ作るわよッ!」
作る料理は煮込みハンバーグ。
煮込めば生焼けの心配もないし、アスカ自身もハンバーグが好きだからこれをセレクトした、というわけではない。
むしろ普段から良く作ってくれるシンジに対する意趣返しと言おうか。
ほら、あたしだってこんなに美味しいハンバーグが作れるのよ?
玉ねぎを剥きながら、そんな風にシンジに対して胸を張る自分をイメージして、にゃははと笑うアスカである。
もちろん彼女のイメージの中のシンジは「凄い美味しいよ!」と大絶賛の笑顔を浮かべているわけだが。
「えっと、まずは玉ねぎをみじん切りにして、と」
料理の手順はすべて頭に入っている。
真新しい包丁に真っ新のまな板で、さっそく玉ねぎを刻み始めるアスカ。
なべいっぱいに入るくらいの煮込みハンバーグを作る予定のため、玉ねぎも何個も刻む。
ぼろぼろと涙が出てくるのは、以前のカレー作りで経験済み。
涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、一気呵成にアスカは玉ねぎを刻み終えた。
絶対にシンジには見せたくない顔だが、今は一人暮らしなんだからノープロブレム!
顔を簡単にタオルで拭っただけでアスカは料理を継続。本当はがっつり洗顔したかったけど、今はなにより時間が惜しい。
つづいてパン粉と牛乳を合わせ、塩コショウ、ナツメグも投入し、ひき肉で練りに練ってパテを作る。
しかして、この次の手順で問題が発生した。
「パテを両手でキャッチボールして、空気ぬき…?」
ふんだんに空気を含んだパテのままで焼くと、膨張した空気でパテが割れてしまう。その理屈はわかる。
アスカを悩ませるのは次のフレーズである。
“キャッチボールして”
キャッチボールくらいさすがにアスカも知っている。
だが、料理で、あまつさえハンバーグ作りでキャッチボール?
これが、感覚的にいまひとつ理解できない。
そういえばシンジのヤツ、ハンバーグを作ってくれるとき何かやっていたような…?
ああ、あのときちゃんと見ていれば良かった。
後悔は先に立たず、まさか当の本人に訊くわけにもいかない。
シンジには内緒でサプライズで押しかけてこそ意味があるのだから。
「…よし」
両手にサラダオイルを塗り、パテを片手に持つアスカ。
グダグダ悩んでいても仕方ない。
案ずるより産むが易し。女は度胸、なんでも試してみるもんよ!
「そりゃあっ!」
右手から放たれたパテは、猛烈なスピードで左手に衝突。勢いそのままにパテは左手の上で爆散した。
「………」
飛び散ったパテがフローリングの床に降り注ぐ中、茫然と立ち尽くすアスカがいる。
…力加減を間違ったかしら?
「ま、まあ、次よ、次!」
新たなパテを手に取り、アスカはちょっと勢いを弱め気味で右手から放つ。
受け止めた左手は、勢いを更に加速させ右手へとリターン。
べちゃ!
「……あ」
またもや手の中で飛び散るパテ。
その姿は、ロボットアニメの主人公が乗り換えた直後の新型機体のパワーを上手くコントロールできない様子に似た滑稽さがあった。
しかし、少なくともアスカは大真面目なのである。
「…また勢いが強すぎたかしら?」
新たなパテを取り出すと、空気抜きに再挑戦。
ゆっくりとキャッチボールをして勢いを殺すことに成功。ところが今度は手に持ち過ぎた熱で、パテがだれてしまう。
「むう〜」
それでもなおアスカはめげなかった。
本来のアスカは努力の人である。目的と行動意欲が合致した場合、大抵のことを成し遂げてしまう天性の素養と器用さもある。
でなければ、若干14歳で大学を卒業し、エヴァンゲリオンの適格者などに選出されなかっただろう。
「このあたしが! ハンバーグの一個や二個、鼻歌混じりで作れなくてどーすんのっ!」
まあ今回の場合、あまりに真剣になりすぎて、根幹にある少年への想いを一時的に忘れてムキになってしまっているあたり、不器用といえるかも知れないが…。
そして努力は報われ、アスカはとうとう満足のいく見事なハンバーグパテを作ることに成功。
当初の材料の半分が消失しギリギリ二個ぶんしか作れなかった上に、キッチンの惨状はあえて見ない方向で。
さあて焼くわよーとフライパンをコンロにかざし、サラダオイルはたっぷりと。
じゅうぶん油をなじませたフライパンへパテを投入すると、たちまち香ばしい匂いが立ち込める。
「う〜ん、美味しそ〜」
塩コショウを振りつけると、アスカのお腹がぐるるとなった。
ちょっと食べてみようかしら?
もちろんアスカも夕食はまだである。
しかしながら、今は時間が惜しかった。
食欲を無理やりねじ伏せて、アスカは隣のコンロに鍋をおく。そして封を切ったデミグラスソースをドボドボと。
ふつふつとソースが煮えてきたところで、焼き上げたハンバーグを投入。
弱火に火勢を調整したあと、コンロの前を離れるアスカがいる。
煮込みっていうくらいだから、少しくらい大丈夫よね?
この間に、シャワーを浴びて身支度を整えるつもりである。時間との勝負も佳境だ。
コトコトいう鍋を後目にアスカは浴室へ。
脱衣所で、昨日脱いだ服が足元に散らばっている光景に軽くげんなりする。
これも早く洗濯しなきゃなあ。コインランドリーに行くの面倒臭いけど…
憂鬱さを振り切るように熱いシャワーを浴びて狭い浴室を飛び出し、タオルで金髪をがしがし拭う。
そのまま全裸でリビングルームを横断し、衣装ケースへと手を伸ばしかけたアスカだったが、途中で昨日の買い物袋の方を開けた。
取り出したのは、先日ヒカリと一緒に買ってきた下着類だ。
せっかくだから新品の履いてこうっと。
…別に深い意味ないし。新品の方が肌触りもいいし。
揃いの上下を身に着け、アスカは姿見の鏡の前でポーズを取った。
薄い桜色のセットは、なるほどアスカの白い肌にぴったりと合っている。
そのままの格好で、またぞろアスカは逡巡することしばし、衣装ケースの奥底を漁り始めた。
「…あった!」
とっておきの無地の白いキャミソールワンピース。うるさくない程度についたフリルがフェミニンな印象を高め、露出の多さからの大胆さを軽減している。
部屋着としても結構いけるこの服のセレクトは、これから訪ねていく場所を考えれば十分に納得のいくものといえるだろう。
ワンピースを身に着け、髪を乾かす。
もともとそれほど化粧も必要ではないアスカは、軽くフェイスパウダーをはたき、ピンクのリップをつけて唇をあむ、と噛んでおしまい。
キッチンにはデミグラスソースの匂いがあふれ、実に香ばしい。
鍋を見れば、二個のハンバーグは実に良く煮込まれていた。
「ん、とっても上手に煮えましたー!」
そうよ、あたしもやれば出来るのよ? と一人ご満悦のアスカ。
抜かりなく買ってきたタッパーを取り出し、崩さないように出来立てのハンバーグをすくいあげて移動。
よし、これで準備は整った。
さあ、いざ行かん、シンジのマンションへ!
夕暮れのアーケード街をアスカは急ぐ。
金髪碧眼の、黙っていれば美少女のアスカであるからにして、行き交う人の視線が集中してくるのは、彼女自身肌で感じていた。
普段であれば、自己顕示と自画自賛の客観的視点でもって自身を眺め悦に浸るアスカであったが、今はそれどころではない。
「えーと、住所はこの先であってる…わよね?」
弁当風呂敷がなかったので代用のスカーフでタッパーは包まれている。
それを後生大事に左手でかかえ、右手は携帯電話の画面とにらめっこ。
シンジのマンションの住所は知っていたのでナビゲーションアプリに入力してここまで来たわけだが、この先にはどうにも似たりよったりのマンションが林立しているのだ。
ナビゲーション検索もどういうわけか、微妙に細かい地点まで表示してくれない。
時刻はも7時を廻ろうとしている。せっかくシャワーを浴びたばかりだというのに、額に焦りの汗を浮かべるアスカ。
いっそシンジを呼び出して―――なんて考えかけて慌てて振り払う。
それでもどうにか見当をつけたマンションは、アスカのマンションに負けず劣らずセキュリティがしっかりしていた。
玄関前のインターホンで部屋番号を押して訪問する部屋の住人を呼び出して開けてもらわないと、エントランスへ入ることさえままならない仕様。
ここでシンジの部屋を呼び出して開けてもらうのが常道であり簡単だが、それでは興ざめもいいとこである。
やはりここは、いきなり部屋のドア越しに訪問を伝えたい。
でもどうしよう? とアスカが悩み始めた刹那、マンション前に宅配ピザのバイクが停止したのはまさしく幸運だった。
さりげなくピザの配達人のあとに続き、まんまとエントランスへの侵入に成功。
いぶかしげな視線を向けてくる配達人を、満面の笑顔で軽く会釈して封殺する。この程度のサービスも必要経費だ。
ごく自然な足取りで、アスカはエレベーターではなく階段の方へと足を向けた。
配達人と一緒のエレベーターが嫌というわけではなく、ここに及んでうっかり部屋の外に出てきたシンジと鉢合わせなんぞしようものなら目も当てられない。
このアスカの周到さと用心深さ、加えて運の良さも合わせて、十分に称賛に価するものだろう。
―――今の彼女が、客観的にも事実的にも不法侵入者以外のなにものでもない点を除けばの話だが。
マンションの内側は、住居部分に四方を囲まれた中庭のような感じの吹上構造だった。
カンカンとサンダルの足音も高く、鉄製の階段をアスカは駆け上がる。
その歩みは翼が生えたように軽い。シンジの部屋が五階だということも一切苦にならないかのよう。
登り終えた階段の踊り場にて。
この先の扉を開ければ、シンジの借りている一室はすぐそこだ。
しかしアスカの足は止まっていた。
彼女の青い瞳は、吸い寄せられたように一点に注がれている。
鉄の手すりに乗った一匹の猫。
細いしなやかな体つきに、体毛は純白。
更に印象深いのは、にゃあとこちらを向いた両目が赤いこと。
『僕と契約してチルドレンになってよ!』なんて空耳が聞こえそうな気がしたアスカであったが、実際に思い浮かべたのは、同じ目の色をした同僚のこと。
ファーストチルドレンこと綾波レイは、現在、加持リョウジと共にドイツへと出向中。
新式の生体シンクロシステムのモデルケースの任を負ってのことだが、夏休みいっぱいで終了の予定のはずが、機材の不調やらなにやらで実験は延期を重ね、未だ帰国する目途すら立たないとのこと。
…ファーストの不在は、いろいろ面倒くさくなくて良かったかも。
にわかに生じた後ろめたさを、ううんそんなの気のせいよと振り切り、アスカは扉を開けようとしたそのときだ。
「ニャア!」
「きゃっ!?」
いきなり飛びかかってくる白い猫。
咄嗟にかわすこともままならず、その場でたたらを踏むアスカの肩を駆け上り、猫は対面の鉄柵に着地。
「…なにすんのよ!?」
反射的に怒りをむき出しにしてしまうアスカであったが、一気にその顔は青ざめる。
手元から、後生大事に抱えていたはずのタッパーの入った包みがなくなっていたのだ。
直後、何かが転がる音がアスカの耳に響く。
見ればタッパーが現在進行形で階段を転落中。
殺意を込めた眼差しを白猫に向けたのも一瞬で、アスカはダッシュで階段を駆け下りた。
「ちょっ…待ちなさいよ、この!」
悲鳴に似た声を響かせ、結局タッパーに追いついたのは一階。
頑丈に結んだスカーフが幸いしたのか、タッパーが分解しなかったことに胸を撫で下ろす。
拾い上げ、ソースも染み出してきてないことに、ホッと安堵の息を吐いた。
「…あの猫! 逃げんなゴルァ!」
怒りも天元突破とばかりにアスカは再び階段を駆け上がる。
しかし、五階の踊り場に、猫の姿はなかった。
「あれ…?」
周囲を見回すが、生き物の気配すら感じない。まるで最初から何もいかなかったというように。
結果、アスカの怒りもぶつける相手を見いだせず、空回りするのみ。
はたしてこれは何かしらの予兆であったのだろうか?
それは、他ならぬアスカ自身も知るよしもないことだった。
「はいはい…って、アスカぁ!?」
ドアを開けた瞬間のシンジのリアクションに、アスカは大いに溜飲を下げる。
「どうしたのいきなり…?」
明らかに警戒色を浮かべる黒い瞳の前に、ずいとタッパーを差し出して、アスカは言う。
「夕食はまだよね? ちょっと作りすぎちゃったからさ。お裾分けに来て上げたのよ!」
…やばい。すっごく気持ち良いわこれ。何気に人生で一度は言ってみたい台詞ベスト10くらいにランクインするんじゃないの?
加えて、シンジの表情の変化も見ものだった。
驚きと戸惑いがごっちゃになった顔つきは、予想外の出来事にどう反応したらよいか困っている様子。
結構長い付き合いになるが、なかなかレアな表情で愉快痛快だ。
「そういうわけだから上がらせてもらうわよ」
シンジに包みごとタッパーを押し付け、ずけずけと室内に上り込む。
間取りはごく普通の1LDK。
段ボールが幾つも散見出来たが、アスカのマンションとは比べものにならないくらいきれいに整頓されている。
リビングへの行きがけに通過したキッチンでは、お湯がふつふつと沸きたつ匂いがした。どうやら夕飯開始には間に合ったよう。
ナイスあたし! と心の中でガッツポーズを取り、アスカは見た目的には平然とリビングのテーブルの前に腰を下ろす。
その様子を茫然と眺めていたシンジであったが、おそるおそる尋ねてくる。
「…えーと、アスカも一緒に食べる?」
「そうね。ご相伴させてもらうわ」
当然のようにアスカは答え、溜息ひとつで新たなパスタの一束を取り出したシンジの態度は飼いならされているというか慣れているというか。
大皿とフォークをもう一つ流しに運ぶシンジを見つつ、アスカは非常に気分が良い。
今日はパスタかー。ならあたしのハンバーグと合わせて、ハンバーグスパゲティってことね♪
パスタを茹でつつ、シンジはもう一つの小なべで、アスカの持ってきたタッパーの中身を温め始めた。
香ばしいデミグラスソースの匂いがキッチンから流れてきて、リビングにいるアスカは改めて空腹を意識する。
「おまたせ〜」
間もなくお盆に大皿を二つ載せたシンジがやってきた。
ほら、思った通り、とっても美味しそうなハンバーグスパゲ……ティ…?
「…………あれ?」
「? どうかした?」
「え、これって…? で、でも、あたしの持ってきたのは…」
「ああ、とっても美味しそうだね、このミートソース」
勢いよく金色の頭が前方に傾いた。前髪がお皿に突撃する寸前に停止させたアスカの根性は見上げたもの。
されど、目に見えない精神的ダメージの方は凄まじい。さすがのアスカも動揺を隠すだけで精一杯。
あ、あああああああたしの煮込みハンバーグがッ! なんで! どうして! ミートソースになってるわけ!?
…思い返せば心当たりはある。
ついさっき猫の襲撃を受けて、取り落としたタッパーは、五階から一階までの片道ジェットコースター。
そのプロセスで、タッパーの中のハンバーグは元からの結合力を消失して、崩壊。ミートソースへ変換されてしまったのだと推測。
おそらく、アスカが初めて作ったハンバーグだからして、何かしら作りが甘かったことも勘案される。
だからといって、それにしてもこれは…。
「うん、美味しい! でも、ちょっと焦がしちゃったかな? それと、もう少しひき肉は細かくしても良かったんじゃ…」
「………」
「い、いやいやいや美味しいよ、ほんとに!?」
アスカの沈黙を、シンジはものの見事に誤解していた。
沈黙そのままの無表情で、アスカは自分のぶんのスパゲティーを一口。
思いのほか芳醇な旨みが口の中いっぱいに広がる。
「ほんと凄く美味しいソースだよ、これ。今度レシピを教えて…?」
「わーってるわよ、このあたしが作ったんだから、美味しいに決まってるじゃない! 」
シンジを一瞥で黙らせて、アスカは二口目を思い切り頬張った。
確かに見た目はちょっと悪いけど、お腹がぺこぺこだったことを差し引いてもじゅうぶんに美味しい。
当初の目的のハンバーグじゃなくなったけど、初めて作ったにしては結果オーライってやつね。そういうことにしておこ。
一方、アスカの心情を知ってか知らずか、その食べっぷりにシンジもホッと胸を撫で下ろしている気配。
「…ところでアスカ。どうして今日の僕の夕食がパスタだってわかったの?」
「そ、そんなのカンよカン。女のカンってやつ」
食べ終えた皿を重ねながら尋ねてくるシンジに、アスカはしれっと嘘をついてお茶を飲む。
不揃いの湯飲みに、中身は銀行とかで無料で配られたティーバックの試供品だ。
味はいかにも安っぽい。かといってこの状況で贅沢をいっても始まらないだろう。
洗い物をするシンジを横目に、アスカはリビングを見渡した。
テレビもなければオーディオ機器もない。部屋の隅にダンボールが重ねられているだけの殺風景なリビングである。
もちろん観葉植物といったインテリアもなく、言ってしまえば生活臭に乏しい。まあ住み始めて二日三日で所帯じみるのも変な話だけど…。
洗い物を終えたシンジがリビングへと戻ってきて腰を下ろした。
そのまま差向いで、お互いのお茶を啜る形になる。
静かだった。
外の道路を行き過ぎる車の音さえ聞こえてくるその静けさの中、我知らず、絆創膏だらけになった左手を握りしめているアスカがいる。
作りすぎたおかずのお裾分けという名目で、サプライズ的にシンジのマンションを訪ねる。
当初の目的は十分に達成できたといって良い。
だけど。
「えーと、そ、その、アスカ? このあと、何かするのかな…?」
こちらの顔色を伺う感じのシンジを前に、アスカは内心でボーゼンとしていた。
一緒に夕食を食べたあと?
完璧にノープラン。はっきり言って、そんなこと考えてやいなかった。
ただ、一緒に夕飯食べて。
それがあたしにとって自然とゆーか。
青い瞳はせわしなく左右に揺れる。
どうしよう?
前のマンションであれば、寝っ転がって雑誌やテレビを見たりするのが通例だったけど。
ってゆーか、そんな図々しい真似をしちゃ、さすがのシンジだって引いちゃうわよ!
明晰なアスカの頭脳はそう判断しているのだが、代案はまるで浮かんでこなかった。
むしろ全く別の発想に思い至り、アスカの剥き出しの両肩に鳥肌が立つ。
日が暮れて、男子の部屋を女の子が訪ねているというこの状況。
更に今の自分の無防備といっても差支えないこの格好。
この二つをひっくるめた現在が、果たしてシンジの目にはどう映っているのだろうか?
男はオオカミなのよ 気をつけなさい♪
アスカの脳裏に、ヒカリの家で聞いた昔の曲のやけに明るいフレーズが流れ出す。
だ、大丈夫よ。シンジのやつにそんな度胸あるわけないじゃない……!
落ち着こうとしてお茶を一口。その瞬間、先ほどとは全く逆ベクトルに思考が加速した。
現状を客観的に見た場合。
ひょっとして、もしかして。
あたしの方がシンジにアプローチをかけてるカタチじゃないの、これって!?
その見解が成立することに気付いたアスカは瞬間沸騰。つむじの先まで真っ赤に染まってしまう。
テーブルに戻す湯呑を持つ白い手は震えていた。
のぼせそうな表情そのままで、アスカはどうにかテーブルから立ちあがることに成功。
「あ、はははは…。もう遅いし、帰るね」
「ちょっと待って、アスカ」
突然のシンジの声に、心臓が跳ね上がる。
「な、なによ…!」
咄嗟にアスカは身構えたが、次にシンジの浮かべた神妙な表情と台詞は、完全に防御不能だった。
「実は、大切な話があるんだけど………」
はあ? 何言ってんの?
そう笑い飛ばそうとしたが、アスカの声帯と表情は持ち主を裏切って硬直した。
代わりに頭の中で鳴り響くファンファーレ。紙ふぶきをまとったハトが縦横無尽に飛び回るファンタジー。
ちょ、ちょっと待って。まさかこの流れって…?
昇り切ったと思った血が、沸騰を通り越して脳天から蒸発しそう。
「アスカ、実は…」
ちょ、ちょっと待ちなさいよ血迷ってんじゃないわよ!
心の中の絶叫は、絶賛硬直中の喉から迸ることはなく。
急速に視界はせばまり、やけにシンジの顔が近くに見える。
そしてアスカは。
「いやーーーーーっ!」
そう叫んだのかどうかは、実はよく覚えていない。
ただシンジを張り倒して部屋を飛び出したことだけは覚えている。
我に返ったのはマンションの敷地から転がり出たところ。
恥ずかしさそのままに、アスカは速攻で携帯を操作。シンジからの電話もメールも着信拒否に設定する。
ほとんど小走りのアスカの喰いしばった歯からこぼれた呟きは、怒りか自己弁護なのか、それとも。
「…何よなんなのよ、あいつ」
あんな如何にもって状況でさ。
こっちにだって色々準備や覚悟ってもんが―――違う違うそうじゃない! そんなんじゃないわよ、そんなんじゃないってば!
あー、あたしも何やってんのよもう!
気付いたとき、アスカは自分のマンションへと辿りついていた。
相も変わらず頭の中はぐちゃぐちゃだ。
恥ずかしいのか怒っているのか、自分でもよく分からない。
そのくせに、身体の芯から響いてくる、むず痒いような甘い痛みをもたらすこの感覚は何?
考えるな。
考えちゃだめ。
電気もつけずに、敷きっぱなしの布団へと突っ伏す。
シャワーも浴びず、アスカはそのまま一晩悶々と過ごした。
「どうしたのアスカその顔? 一昨日より酷くない?」
翌朝の教室で、顔を合わせるなりヒカリは驚きの声を上げてくれた。
「…うん、ちょっとね」
応じながら、アスカはむくみの取りきれない頬を撫でる。
布団に潜り込んだのは、22時前だったはずだ。
そのままマンジリとしないまま過し、ようやく明け方に少しだけ微睡んだらしい。
目覚めると、なぜか枕には涙のあとがくっきりと記され、頬はごわついていた。
洗面所の備え付けの鏡台で見た自身の姿は、寝不足で腫れぼったい瞼も相まって、ひどい有様だった。
登校時間ギリギリまで冷たいタオルで顔のむくみを取ることに専念し、登校中も出がけのコンビニで買い求めた携帯アイスノンを当てっ放し。
なら休めばよさそうなものだが、こうして教室までやってきている心理は、アスカ自身よく分かっていない。
「なんでそんな顔になっているのか、当ててみましょうか?」
ヒカリは顔を近づけてくると一段と声を潜めて、
「碇くんのことでしょ?」
カッとアスカの頭の奥底が加熱する。
…何も動揺することないわよ。
ヒカリは、あたしがシンジのところへ行くことを知っているんだもの。そんなのカンタンに推測できるし。
どうにか心を静めることに成功したアスカであったが、次のヒカリの台詞に理性のタガが吹き飛びそうになった。
「昨日の夜、碇くんから電話があってね。アスカと連絡が取れないから、洞木さんの方から連絡とってくれないかって」
「………!!」
あうあうと口を動かして、どうにか言葉を飲み込む。
確かにシンジとの連絡手段は恥ずかしさのあまり一方的に遮断中。
だからって、ヒカリに取り次ぎを頼むなんて何考えてんのよ、あのバカ!
あれは、あたしとアンタだけの問題でしょ!
そこまで勢い良く考えてしまい、慌ててアスカは思考を散らす。
「碇くんには悪いけど、昨日は特にアスカに連絡しなかったわ。けど……やっぱり何かあったのよね? 」
「………」
沈黙は雄弁な肯定となった。
だからといって一方的に促したりしないのが洞木ヒカリの美点であろう。彼女なりに、かなりデリケートな問題だと思っている証左かも知れない。
対して、ブスッと顔をしかめるアスカがいる。
こちらが話し始めるまで待ってくれる親友の優しさは身に染みたが、かといって迂闊に口に出来る話題ではなかった。
言えるわけないじゃない。
シンジの部屋を訪ねたあと、そのまま妙な雰囲気になったなんて。
しかもシンジのヤツ、あんな真面目な表情で、大切な話がある、なんて迫って来たなんて…!!
…思い出しただけでむくんだ頬が熱くなってくる。
そのくせアスカの顔は仏頂面なのだから、彼女の内面を覗ける人間がいたら、あまりのアンバランスさに苦笑したことだろう。
「あ、おはよう、アスカ」
折よく、はたまた折悪く、シンジが教室へ入ってきた。
心得たヒカリは挨拶を返しながらそっと離れていってくれたのに、アスカは露骨にそっぽを向いてしまう。
面食らい、それでもなにか言いかけたシンジであったが、ちょうど鳴り響く予鈴。
間もなく開始されたHRから授業へと滞りなく繋がり、シンジは話しかけてくるタイミングは完全に逸した形となる。
おかげでアスカは十分に思考を巡らすことができた。
議題は、昨日の件についての理論武装と心理的防壁の再構築。
もとい、乙女の妄想劇場狂想曲といったほうが正しいかも知れない。
まあ、あれよね。
ちょっとあたしも無防備が過ぎたっていうか。
一時の気の迷いってことで、お互い忘れましょ?
シンジに言ってやる台詞の第一候補であるが、冷静に考えてみると、まんま事後の台詞である。
あたしたちの間にはまだ何も起きてないっつーの!
心の中で髪をかき乱し、アスカは次なる台詞を模索。
その…ね?
いきなりだから驚いたわけよ。
だからさ、もっとちゃんとしたシチュエーションで…。
って、これも違うわよっ!
期待なんかしてない。これっぽちもしてなかった!
ほんとよ、ほんと! いやマジでっ!
だからうっとりするなあたし! ときめくな胸!
「う゛〜……」
結局、心の立て直しも上手くいかず、アスカは自分の机で頭を抱える昼休み。
スッと目前に誰かが来た気配に、アスカは顔を上げる。
そこには予想通りの人物が立っていた。
「…あのさ。昨日の話なんだけど」
はにかむシンジを前に、無言でアスカは席を立つ。
「アスカ?」
怪訝そうな表情のシンジを置いて教室の外へ出た途端、アスカは渾身の猛ダッシュ。
走り抜けた廊下には、悪態の数々が転がっていく。
何考えてんのよあのバカは!
よりによって教室で!
しかも真昼間に!
走りつつ、アスカの内面も表情も、憤慨と恥ずかしさで破裂しそうである。
だが、後ろからの気配に、不意にその表情は凍りつく。
足を動かしながら振り返り、アスカは信じられないものを見た顔つきになった。
「アスカ、待ってよ〜!」
なんとシンジが追ってくるではないか。
何考えてんのよあのウルトラハイパーバカはっ!?
中庭を疾風のように駆け抜け、階段を三段飛ばしで駆け上る。
全身全霊を込めた疾走に、よしこれで振り切ったでしょと振り返れば、どっこいシンジはすぐ後ろを追走中。
「しつこいわね、もうっ!」
息をせき切らせながら走りに走り、最後にアスカがたどりついたのは屋上だ。
これ以上逃げ場がないと理解はしていたが、もう体力も限界。完全に息が上がっている。
それは追いかけてきたシンジも同様で、屋上の入り口を潜るなり、上体を追って両膝に手をつき、激しい呼吸を繰り返しているのが見えた。
未だ残暑厳しい真昼の屋上に出ている物好きな人影はない。
陽炎すら立ち上りそうな焼けたコンクリートの上を後ずさるアスカ。
そしてゆらゆらと距離を詰めてくるシンジ。
その姿はネルフの極秘資料映像で見た暴走状態の初号機に酷似していて、アスカは慄く。
背中が落下防止用のフェンスへとぶつかった。
もう、すぐ目前に、シンジが迫ろうとしている。
「な、なによ、来ないでよ!」
振り廻した腕を掴まれた。
シンジの手が、熱い。
その感触が腕を伝わってきて心臓にまで達して、いい加減爆発寸前のアスカの心拍数をさらに加速させる。
「本当に大切な話なんだよ…」
ぜーぜー言いながらのシンジの台詞。弱り切ったシンジの表情に、アスカの胸が酸素以外の何かを求めて更に高鳴った。
止めてよ、そんなの。
携帯もメールも着信拒否にしたのは謝るからさ。
こっちから誤解させちゃうようなことをしたのも謝るし。
確かにいまここに誰もいないけど、お願いだから、せめてもうちょっとロマンチックな場所で―――!!
アスカの声なき訴えは、きっとシンジには届いていない。
ならせめて耳を塞ぎたいけれど、腕を掴まれている現状では、それもままならない。
五月蠅いくらいの心臓の音も、セミの鳴き声も、遠ざかっていく。
なのに目はシンジからそらせない。耳は、彼の声を一言でも聞き漏らさないようにそばだてている矛盾。
そして、とうとう、シンジはその台詞を口にした。
「アスカ、お金貸して」
「………………はい?」
アスカのリアクションをどう解釈したのだろう。
シンジは慌てたように言葉をつなげる。
「ごめん、違った。正確に言えばお金を貸してっていうわけじゃなくてね、その……、実は僕の生活費も、何かの手違いでアスカの口座にまとめて振り込まれたみたいで…?」
「…………」
脱力し、その場にずるずると座り込むアスカ。
「ちょっと、アスカ? 大丈夫? 気分でも悪いの?」
心配し騒ぎ立てるシンジに、アスカは何かを言いかけて、結局何も言えなかった。
暮れなずむ町並みを、意気消沈したアスカは、シンジを連れて自分のマンションへと案内していた。
先日のハンバーグ作りの後片付けもろくにされていないキッチンへ通されたシンジの第一声。
「……爆撃跡?」
しっつれいねー! とお尻にミドルキックを喰らわせておいて、それでも後片付けをさせるアスカの度胸はどう評価したものか。彼女自身、なにやらやさぐれているフシはあるにせよ。
手早くキッチンを拭き清め、調理器具を洗い片づけていくシンジであったが、にわかにその不満そうな顔は輝いた。
「すっごいいい包丁だね、これ…!」
それこそ昨日アスカが買い求めたゾーリンゲン製の包丁である。
シンジが褒めてくれるってことは、やっぱり良いものだったのね。高いお金を払った甲斐があったわ。
ひそかに自分の審美眼を自画自賛するアスカであったが、間もなくその表情は消沈していく。
「あの…さ、シンジ?」
「うん?」
「生活費だけどさ、そいつが現物支給ってコトで、ダメかしら?」
「……そいつって、これ?」
「そうそれ。今ならサービスでお鍋もつけちゃう」
「はははっ、冗談だよね?」
「……………」
「…………………本気なのっ!?」
その後の第三新東京市では、足繁くアスカのマンションと自分のマンションを往復するシンジの姿が見られることになる。
マンション生活初日でアスカの消費した生活費は、なんと振り込まれていた金額の実に2/3。
残った金額は一人で暮らすぶんには十分だが、二人で割るとかなりキツイお値段。
いわば、シンジはアスカに自分の生活費を使い込まれたに等しい。
今回の色々の発端という自覚があるアスカであるからにして、さすがに生活費のおかわりの要求も出来なかった。
となれば、解決策は一つきり。
残った生活費をシンジがまとめて管理して、互いのエンゲル係数を調整し、日用品の共有などでやりくりするしかない。
バーゲン品やセット品をまとめ買いにして、お互いで分ける。水道高熱費の節約のため、炊事洗濯の一切はアスカのマンションで行い、一緒に食事を摂る生活。
しまいにはほぼ毎日揃いの弁当を開ける二人に対し、「なんや、結局センセェが飯作ってやってるんやないけ」などと、鈴原トウジが遠慮なく冷やかす。
対して怒鳴り返すのではなく縮こまるアスカというのも珍しい光景だったが、より珍しく印象的だったのはシンジが遠い目をしながら頬を引き攣らせる姿だ。
「さすがに包丁は食べられないからね…」
それでも何かアスカは幸せそう…などと洞木ヒカリは内心で思ったりしたが、当事者ならぬ無責任な感想との評価は免れないだろう。
元のコンフォートマンションの修繕が済んだあと、極めて自然な流れで二人は同居生活に戻った。
ひょんなことから始まった別居生活(?)も、二人にとっては結局のところ以前とほとんど変わらぬ生活様式だったというわけである。
そんな二人に対する「ああやっぱりね」という周囲の生暖かい評価と、アスカ自身の自爆気味なトラウマが、束の間の別居生活で得られた唯一の産物と言えるかも知れない。
それともう一つだけ、周囲の人間から呈された疑問があった。
最後に、その疑問を、碇シンジ、惣流アスカ・ラングレーそれぞれの親友同士の会話で紹介しよう。
「にしてもや。男の住処にせっせとオナゴが世話焼きに行くんわ通い妻ちゅーのはわかるんやけど、その逆はなんていうんや?」
「さあ…?」
ファイナルエピソード前編に続く?
三只さんからのLady And Sky 2 ,Act 8後編です。
切れ味の良すぎる包丁とか、手切らないかなーケガしないかな……と心配でした。
猫にかきまわされたりと、あれこれあっても結局おいしい御飯でしたね……と思いきや、こんなオチが(笑)
なんだかんだいって通い婚みたいになってしまいましたね。これはいい(笑)
素敵で楽しいお話を書いてくださった三只さんにぜひ感想メールを!