「拾七」(Sole survivor)







まだ平和な日常だった。
学校に行き、退屈な授業を受ける。ちなみにあまり勉強しなくても成績は上がって行った。
基本的に一度はやっていることなので復習のレベルである。
それでも、国語と日本史、保健体育以外でアスカには勝てない。さすがは去年まで現役の大学生だったわけである。

たまにドイツ語でしゃべりかけてくる。明らかに見下している様子だった。
ある時、むかついたのでうろ覚えのフランス語で「バカ!僕はドイツ語なんか話せないよ!」と言ってやった。
きょとんとした顔で「へぇ・・・・・」と言った後、
「一言余計じゃあ!!」と言い、すぐにコブラツイストの刑だった。
ぐったりすると「ちっ・・・なかなか油断ならないわね・・・」と言いながらボロ雑巾を捨てて立ち去って行った。
ちなみに綾波も秀才である・・・・・



ある昼休み、トウジが緊急放送で呼ばれて行った。しかも、職員室ならわかるが校長室だった。
浮かない顔をして帰ってきた。明らかに生気がない。

「もう・・・・・ここまで来たのか・・・・・」


そういう趣味はないが、僕は放課後のトウジを隠れて監視していた。
ヒカリにも見つからないようにしていた。ヒカリが初々しい告白?をしていたのだった。
お弁当を作らせてとの告白だったが、トウジは一応受けていたようだ。しかし乗り気ではないのは丸わかりだった。

彼は僕らと同じチルドレンになることを打診されたはずだ。
僕らの場合だとそれぞれ事情は違うけど、もう非日常に慣れてしまっているから、多少なりともショックは少ない。
結果はとにかくとして、任務の度に生死を懸けているわけで、完璧にとは言えないが覚悟をしている。
それに基本的にここにしか居場所がないように感じているのが現在の3人だ。つまり、逃げられないことに諦めを持っていたりする。

トウジは・・・家族があり・・・戻る場所が存在している。それに今まで極めて普通に過ごして来れたわけで、これを断ったとして変化はない。
ただ、彼は家族の事を考えていた。
その条件で搭乗を決めたわけだった。相当悩んだのではないだろうか?
それに、戦況も厳しくなってきているこの時期だ。慣れているはずの僕らだって追い込まれて余裕をなくしている。
そこに今から入るのは過酷だと思う。
願わくば、原作の通りにはなって欲しくないし、避けたいと思っている。

残念ながら、搭乗を承諾しているようでヒカリもトウジも、見ていて心が痛む。



家に帰るとアスカはまだ帰っていなかった。僕がご飯を作り彼女を待っていた。
彼女は浮かない顔で帰ってきた。多分、わかっているのだろう。
何もしゃべらないままその日の夕食は終了する予定だった。しかし、場を盛り上げようと僕は爆弾を投げてしまった。

「今日さ・・・放課後・・・トウジがさ・・・告白されてたんだ」
アスカの顔色が変わる。口調は平静を装っていた。
「誰から?」
「洞木さんから・・・」
「・・・で、どうだったの?」
「うん・・・一応、トウジも承諾していたみたいなんだけど・・・・・」
「そう、明日、洞木さん、トウジにお弁当作るんだって・・・・・」
「で、アンタ何でそんなの見てたのよ・・・?」
「い、いや、たまたま、通りがかって・・・聞こえて来たから・・・」

彼女にはできるだけ嘘を付きたくないと思っている。でも、しょうがなかった。
知っていて盗み聞きとは卑怯過ぎる。心の中では平謝り状態だ。
「そ、良かったわね・・・・・お弁当・・・・・かぁ・・・・・」
彼女は複雑な表情をして、会話は終わってしまった。


彼女もヒカリのトウジへの恋心を知っているし、パイロットがどれだけ危険なのかも知っている。
前回の僕に起きた事で彼女も痛いほど、悲痛な気持ちを味わったはずだ。
だから、この世界に友人を巻き込みたくない思いは僕よりも強いはずだ。
それに僕の気遣う対象はトウジだった。彼は男であり、自らが危険なだけだ。

男は一般通念から言えば戦いも辞さないと思われている。
でも、残される者の気持ちは・・・彼女の方が辛いことを知っている。
同じパイロットとして耐性のあるはずの彼女ですら残される事は辛かった・・・・・
彼女もどうしていいかわからなくて悩んでいるはずだった。

話を振ってしまって後味が悪かった。僕がバカだった。どうしようもなく後悔した。

彼女は夕食が終るとすぐ部屋に戻った。僕はまたミサトさんのビールをくすねて飲み始めた。
酔いが回るのが早かった。僕も部屋に戻ってすぐに寝た。考えを巡らせたがどうしていいかわからなかった。



翌日、アスカの機嫌も悪いようだった。学校でもトウジにきつく当たっていた。
多分、危険を承知でパイロットになる承諾をした事に対して、万一の場合の危険を考えれば仲間にはしたくないと思っている。
万一の場合のヒカリの気持ちは?それを考えない事に対しての怒りが一つ目だ。
それともう一つは彼女のプライドの問題で、ここまで一緒にやってきている僕は例外としても基本的に他人を見下している。
彼女はここまでの人生では現在の地位を勝ち取るまでものすごい努力をしてきている。
いきなり目の前のクラスメイトが同列になるということはプライドが傷つき、嫌悪感を抱くのは想像に難くない。



昼休み、彼は結局、洞木さんの弁当は受け取らずに綾波と話をしていた。
口数が少なく、余計な事を言わない彼女のことだから見ていて安心感がある。
激しく止めることはないだろうがそれによって余計な波風は立たないだろう。
アスカは弁当を渡し損ねた洞木さんを慰めていた。これも聡明な彼女らしいフォローだと言えるだろう。
僕はケンスケと屋上で昼食にする。
彼は僕が本来知らないはずの機密情報を話している。全く能天気な奴だと思う。
そして、僕らの苦労も知らないでエヴァに乗りたいとか言い出した。
聞いているうちにだんだん腹が立ってきた。臨界点突破だった。とりあえず殴り付けなかった僕は人格者だと思う。

無言で彼の襟首を掴み上げてこう言ってやった。
「そんな僕が知らない機密情報や噂をペラペラ喋っていると消されるぞ」
彼はその言葉に息を呑み黙り込んだ。


家に帰って夕食にする。やはりアスカに元気がない。昨日と同じ全く無言の夕食になりそうだった。
昨日と違うのは、アスカから話しかけて来た所だった。
「トウジはさぁ、ファーストの事どう思ってるのかな?」
アスカらしい、上手な質問だった。
「別に綾波がどうかって話は聞いたことないけどね・・・・・」
「綾波とトウジかぁ・・・想像も付かないけどな・・・アスカはどう思う?」
またやぶへびだった・・・・・反省している・・・・・

「あんたバカぁ!!アンタもヒカリが告白してるの聞いてたんでしょ!!」
「それなのにヒカリの気持ちを無視するってぇのぉ!!いい度胸してるわね。バカッ!!!」
「ご、ごめん・・・でもさ、洞木さんとトウジってお似合いかもね。」
また媚を売ってる・・・・・それでも効果はあったようだ。
「うん・・・・・そうだね・・・・・」
それ以上の言葉は続かず、最後は彼女の溜息だった。
話の帰結は当然の事ながらこうなってしまうはずだった。


ミサトさんが帰ってきた。アスカは徹底的に顔を合わせたくないらしく部屋に籠ってしまった。
明日から松代に出張だと言うミサトさん。僕にはチャンスだった。

「三号機のパイロット・・・・・なぜ、トウジなんですか・・・・・?」
「シンちゃん・・・知っていたのね・・・私の所にも選出の辞令が届いただけだったのよ。
私からはシンちゃんとの事も知っていたから話しにくかったんだけど・・・・・」
「でも、明日からは基本的な起動試験だから危ないことはないはずよ。昔のレイの時みたいなことはないように対策もされているし・・・・・」

「それにもう一体エヴァがあれば少しはシンちゃん達も楽になるかも知れないわよ」

ここまで言われるともう噛みつくわけにもいかない。
「お土産買ってくるからさ。チョッチさみしいかも知れないけど、我慢してよ。出張中は加持が面倒見てくれるから」
僕は明るくこう答えて切り上げた。
「そうですね。いい結果、出るといいですね!おやすみなさい」

少しだが展開が変わっている以上、必ずしも戦闘にはなるとも限らないし、トウジを救う事が出来るかも知れない。
希望的観測を抱いて寝ることにした。



翌朝は早く起きて、準備をして学校に出た。ケンスケとここで会いたくないからだ。

学校に行くとやはりトウジは来ていない。松代に行ってしまっているようだ。

アスカとも一言も話す事はなく、僕は終日他人との接触を避けていた。
トウジの事が心配で何もかもが手に付かなかったし、ケンスケにも嫌悪感を抱いていたからだった。
アスカは洞木さんを気遣っていたようで、彼女も多分、辛い思いをしていたに違いない。

学校を終えて帰宅すると加持さんがいた。
トウジの件はとにかくとして、加持さんにはいろいろ聞いておきたいことがあるわけでいい機会だった。
夕食は加持さんが用意してくれていた。夕食を終えると加持さんは1時間くらい出かけるらしくどこかへ出てしまった。

アスカの感情として察するに加持さんには好意を抱いてはいる。
それは恋愛感情ではないようだが、普段であれば愛想良く接して楽しい夜になるはずだった。
でも今日に限っては湿りがちな雰囲気だった。

加持さんが出かけるのを待っていたように、アスカが話し出した。僕の方を向かないで、ポツリとだった。
「トウジのこと・・・知ってるんでしょ?」
「うん」
ソースは言えないが彼女はそれを聞いては来なかった。
「心配だよ・・・僕らだって何とかここまでやって来れているけど・・・決して楽じゃなかったし・・・・・」
「そうよね・・・」
「でも、ミサトさんは今日からの実験は大したことはないって言ってたよ。」
話題を明るくしようとして言ってみた。

「あんたバカぁ!?これからが問題になるんでしょ・・・それに・・・・・あんなのまでパイロットだなんて・・・・・」
僕も口をつぐむしかなかった。

加持さんが帰って来てもアスカは機嫌が悪いままだった。
結局まだかなり早いが寝ることになってしまい、僕と加持さんは隣合うことになった。

「加持さん・・・」
「何だい?シンジ君・・・」
「色々、聞きたいことがあるんですが・・・・・」
まさかパイロットの選出基準について聞くわけにもいかない。

「加持さんはどうして、危険な事をしてまで色々な事を知りたがるんですか?」
「ん、こりゃ唐突だな」
「知りたいものがあるとする。好奇心ってやつだ。俺はそれをどうにも抑えることができないのさ。
もっとも、半分諦めているものだってあるができるところまでは知りたいと思っている。だからやっているのさ。
・・・・・その気持ちに、自分に嘘はつきたくないからな・・・」


「すまないが、もっと中学生らしい話題にしてくれ。どうにも湿っぽくなってかなわん・・・」

うまくかわされてしまったようだった。中学生のこの立場の人間においそれと語る話でもないに違いない。
特別親しいわけでもないのだから当然だろう。

「・・・アスカについてですが・・・」
「何だ?シンジ君の方が詳しいんじゃないのか?まあ、何だ?」

「僕の知っているアスカ・・・僕の知らないアスカ・・・アスカのことをもっと知りたいと思うんです。」
「その・・・アスカはずっと加持さんにあこがれてたわけだし・・・」
「何だ?やきもちか?」
「いえ、そうじゃないんです・・・・・」

「何となく、言いたいことはわかるが・・・」
「女っていうものは男にとっちゃよくわからないもんなんだ。俺だってアスカの事をそんなにわかっているわけじゃない。」

「君がアスカのことをよくわかっている気がするかも知れない。でも、それは単に君がわかっている気がするだけさ。」「
だから、もっとわかろうとする。不安だろうけど、それがおもしろいんじゃ・・・ないか。」
「ミサトさんともですか?」

「彼女っていうのは雲の上の存在でね。結局、男と女の間には海より深い河が存在するってことさ。」
「いや、同じ男同士だって完全にわかり合うことはできないのかも知れないな・・・」
「そんなもんですか・・・・・」

「ところで・・・言いにくいが・・・アスカとはどうだ?うまくいってるのか?」
「その・・・・・」
「ま、いい。君たちはまだ若いから時間もあるし、もし何かあってもやり直すチャンスはまだまだあるんじゃないか?全く・・・うらやましいよ・・・・・」

「・・・・・・・」
耳打ちして、彼女が最後の線でも何かを隠しているのか不安になっている事を告げると

「まあ、女性の恥ずかしがる気持ちは男にはわからないことが多すぎるからな・・・・・
しかし・・・君たちは早すぎるんじゃないのか?ま、口を挟むつもりはないが・・・」
僕の目を見て加持さんが言う。

「ま、ここまで来たからにゃあ、男にはそれなりの責任ってものがあるからな。」

「君も、いずれアスカについてもっと知る事になるだろうが・・・逃げてはいけない」

「じゃあ、おやすみ」





(ハロウィン。これもライブのがかっこいいなぁ。ハイライブ)























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