私は覚醒しきっていない半身を起こしながら、部屋の中を見渡す。
私以外、誰もいない寝室。
目に入ったのは、机の上に置かれたフォトスタンド。
静かに微笑む男性、そして傍らに寄り添う・・・・・・・若き日の、私。
そして、フォトスタンドの横にある小さな卓上時計と、そこに刻まれた日付。
「・・・・・また、この日が来たのね・・・・・・・」
誰に聞かれる事もない、小さな溜息をひとつ。
私の記憶が、過去へと遡っていく。
忘れもしない・・・・・・あの日に。
「・・・・・気をつけてね。」
「うん・・・・・じゃ、行ってくるよ。」
「あ・・・・待って。」
私は、今まさに玄関を出ようとする主人を呼び止めた。
キョトンとした顔で振り返る彼の首に、ゆっくりと手を伸ばす。
「・・・・ネクタイ、曲がってる・・・・・ハイ、これでいいわ。」
「あ・・・・ありがとう。じゃ・・・・・・」
主人は微笑みと共に、私の頬へキスをした。
踵を返し、ドアを開く彼。
「いってらっしゃい・・・・」
ゆっくりとドアが閉じ、彼の背中はその向こう側へ、消えた。
頬に残る微かなぬくもり。
そのぬくもりを逃さぬように、私は頬に手を当てた。
いつもと同じ朝の風景。
そして、いつもと同じように彼が帰宅するのを待っていた。
あの日も同じように・・・・帰ってくるはずだった。
麗らかな午後。
家事を一通り終えた私は、布団に横たわっていた。
傍らには、まだ生まれて間もない娘が寝ていた。
邪気のない、可愛らしい寝顔で。
春の陽射しの暖かさに、ついつい微睡む私。
静寂を、突然の電話が破った。
「・・・・・・ハイ、碇ですが・・・・・・」
『あ、奥様ですか?私、碇先生と同じ医局に勤める・・・・と申します。実は・・・・・・』
受話器の向こう側から発せられる声。
その言葉が耳に入った途端、私は膝から崩れ落ちそうになった。
けれど、私は必死に身体を支えた。
『・・・・・そういう訳で、至急こちらにいらして頂きたいのですが・・・・・・・宜しいでしょうか?』
「わかりました・・・・・・・すぐに参ります・・・・・」
受話器を戻す手が、震えていた。
焦る心と裏腹に、思い通り動かぬ身体。
「・・・・しっかりしなさい・・・・・レイ・・・・・・・」
震える声で自分を鼓舞し、仕度を整えて部屋を出る。
我が子を胸に抱き、マンションの廊下を駆け抜けていく私。
一刻も早く、あの人の元へ・・・・・・・・・・それ以外、何も考えられなかった。
「・・・・・レイさん!」
「・・・・ヒカリ・・・さん・・・・」
病院に駆け込んだ私を待っていたのは、古くからの知り合いであり、彼と同じ職場に勤めていた女性・・・・鈴原ヒカリさん。
彼女は私の肩を包むようにしながら、病室へと私を連れて行った。
二人とも無言のまま、静かな廊下を歩いていく。
たいした距離でもないのに、何故だか長く感じられた。
沈黙が、息苦しかった。
でも、何も言えなかった。
やがて、とある病室の前で彼女は足を止めた。
私の肩に両手を置き、正面から顔を見据えながら彼女が言った。
「・・・・・・気を確かにね・・・・・・あなたが取り乱してはダメよ?」
小さく頷く私を見て、静かにドアを開く。
カーテンが閉め切られ、薄暗い病室。
ベッドの上に横たわる、人影。
私の足が、一歩一歩ベッドへと近づく。
我が子を抱く腕に、僅かに力がこもる。
そして、見た。
穏やかな表情でベッドに横たわる、彼の姿を。
いつもと同じ寝顔を見せる、あの人を・・・・・・・・・・・・。
「・・・・あな・・・た・・・・・・・・・」
私の頬に、一筋の雫が流れ落ちていった。
「・・・・・その一言で、僕が目覚めた・・・・・と。」
「・・・・え?」
「ママぁ・・・・・・またアッチの世界に行ってたのね?」
「・・・・え?え?え?」
「・・・・・・もういい加減時効じゃない?十年以上前の話なんだからさ・・・・・・・・・」
私の前に居並ぶ二人。
主人は苦笑し、愛娘は呆れた顔で。
「パパが初めての手術のとき、患者さんの血を見た途端に倒れたんだよね?」
「あの後は大変だったよ・・・・・・みんなに散々からかわれたからね。今となっては笑い話だけど・・・・・・さ。」
「パパもパパだけどぉ、ママもママよね・・・・・・『パパが倒れた』って言われただけなのに、思いっきり勘違いしてたんでしょ?
焦って病院に飛び込んで、パパが目覚めた直後にママが倒れて・・・・・・・。
ヒカリおばさんが抱きとめてくれなきゃ、アタシがどうなってたかなんてわかったもんじゃないわ。」
「・・・・あなた・・・・・・・レナ・・・・・・・・・聞いて・・・・・いたの?」
「何言ってるんだか・・・・・・・もはや年中行事みたいなもんじゃない、ママ?
いっつもベッドでブツブツ言ってさ、目なんか遠くのほうを見てるし。
アタシすっかり覚えちゃったわよ・・・・日付も、台詞も。」
「・・・・・毎年、だからねぇ・・・・・」
頬が熱い。
二人は私を見ながらクスクスと笑っている。
「・・・・・さ、朝食が冷めちゃうよ?」
主人・・・・・シンジは眦の涙を拭うと、優しく抱き起こす。
それを横目で見ていたレナが、「やってらんないわ」という表情で天を仰ぐ。
「はぁ・・・・・・・ママ、女優にでもなれば良かったんじゃない?
そこまで感情移入して、涙流すなんてできないわよ、普通・・・・・・・・」
「な・・・・・何を言うのよ・・・・・・」
「レナ・・・・・ママをいじめちゃダメだろ?」
「はぁ〜〜〜い♪」
笑顔の二人につられ、私も微笑を返す。
私たちは寝室を出ると、その扉を静かに閉じた。
目の前を歩くシンジと、その腕に自分の腕を絡めるレナ。
二人の背中を見ながら、私は微笑を深める。
幸福な時間が、ここにあるのだから。
きっと次の年も、その次も・・・・・・・・・・私は繰り返すのだろう。
この幸せな時間が続く限り。
・・・・・・・ずっと・・・・・・・・何度でも。
fin.
後書きという名の戯言:
ども、こちらでははじめまして。
map_s@駄文書きと申します。
いつもいつも拙作に感想を送って下さる怪作様に感謝の意を込めて、投稿させて頂きました・・・・・が・・・・・・・・・・なんなんでしょう、これ?
書いた本人すらわからない。
脈絡も、盛り上がりも、オチもない・・・・・ないない尽くしとはまさにこの事(滝汗)
「魂のルフラン」聞いてたらなんとなく・・・・・・で、コレです。
はぁ・・・・とりあえず送りますけど、ゴミ箱にでも捨てといてください(^^;;;;
んでわ。
捨てるには惜しい逸品です。烏賊のホウムはLASだけじゃないということを気付かせてくれました。
レイのもとに突然やってきた、恐ろしい知らせ‥。
‥‥‥‥。
シンジは情けないしレイはボケボケだし‥。可笑しいですねぇ。
でも、ほんといい話しでした。二人の愛の幸せの記憶ですね(意味不明)
みなさんもmap_sさんに感想メールをお願いします。