by イイペーコーさん
すべての戦いも終わってから、もう3年の月日が流れていた。
今では僕も高校2年生。
昔の僕からは想像もできないかもしれないけれど、最近の僕は、勉強にスポーツに、そして恋愛にと、思春期の少年らしいライフスタイルを前向きに楽しめるようになっていた。
昔は勉強がこんなに面白いものなんて知らなかった。
色んな事を学んで、将来は自分自身に誇りを持てるような仕事をしたいと思っているんだ。
スポーツも楽しい。
野球にサッカーにテニスに陸上競技。
最近は、空手も習い始めたんだ。
恋愛は・・・えーと、もう隠す必要はないよね。
勉強やスポーツは、幅広く手を広げて体験したり知識を深めようとしているけれど、こと恋愛については、今も昔も・・・そして、たぶんこれからも、僕の心の中では1人の女の子しか存在していない。
惣流・アスカ・ラングレー・・・。
僕の初恋の相手であり、この上なく大事な存在である女の子だ。
え? 片想いなのかって ?
えっとね・・・一応、1年前に勇気を振り絞って告白して・・・今では恋人同士(だと思う)になっているんだ。
付け加えると、ミサトさんと加持さんが結婚した半年前を境に、僕らは二人っきりで生活している。
断っておくけど、世間で言われているような“同棲”じゃないよ。
学生らしい極めて健全な生活を営んでいるから、昔と同じ“同居”と表現すべきなのだろうと思う。
思えば、キスだって一度もした事がない。
・・・あの苦い思い出であるファーストキスを除けばね。
そんなんで“恋人同士”って言えるのかって?
うーん、確かに世間で言われるような恋人とは違うのかもしれない。
思えば告白をする前とした後で、僕ら二人の関係って表面上はあまり変わってないようにも思えるしね。
僕自身は、もう少し・・・その、恋人らしい事もしてみたいとは思うけど、やっぱりお互いの気持ちが一番大事だよね。
アスカの気持ちを大切にしたいからね・・・慌てる必要はないと思うんだ。
それはそうと、相変わらず、今でもアスカは異性からの絶大な人気を誇っているから、ちょっと・・・いや、かなり心配かな。
来日当初の頃からは数が減ったらしいけれど、今でもアスカの下駄箱は毎朝ラブレターでいっぱいになっているし、面と向かって告白された事だってあるそうだ。
もちろん、アスカは全部断ってくれているらしいんだけれど、やっぱり不安な気持ちは拭えない。
いつの日か、アスカの心を惹きつけてしまうような男性が、彼女の前に現れるのではないか・・・ってね。
自分自身でも、今の僕ではアスカに釣り合わない事ぐらいは分かっているんだ。
だから、みんなまだまだチャンスがあると思っているんだろうね。
焦っているかって?
うーん・・・正直に言うと、かなり焦っていた時期もあったんだ。
けれど、僕は僕だし。
急に1日や2日で、凡人の僕がアスカにふさわしい男になれる筈はないしね。
だから、マイペースに進んでいく事にしたんだ。
けっして立ち止まる事はしない。
毎日々々、少しずつでもいいから成長したい。
その歩みは遅いかもしれないけれどね。
その結果として、少しずつアスカにふさわしい男に近づければいいなぁ・・・と思っているんだ。
はたして、僕がアスカにふさわしい男になれるまで、アスカが待っていてくれるかどうか・・・それはもちろん、別問題なんだけどね。
そして・・・それは、どんなに打ち消そうとしても消える事のない不安だったんだ。
いつの日か、アスカの隣に立っても決して見劣りする事のない・・・格好良くて、逞しくて、それでいて包容力に満ちた男性が彼女の心をさらって行くんじゃないかってね。
こんな平凡な男の事なんかは飽きてしまって、アスカは他の男性を求めて、僕の前から消えてしまうんじゃないか・・・と不安は少しずつ膨らんでいたんだ。
そして・・・その不安は、ひょっとしたら的中してしまったのかもしれない。
最近、アスカの様子がおかしいんだ。
以前は、必ず一緒に登下校していたんだけれど、何かと理由をつけて別行動をとるようになっていたんだ。
晩御飯も食べて帰ってくる事が多くなったし、なによりその帰宅時間が遅いんだ。
夜の9時、10時なんてザラになっているし、帰ってきた後は眠いらしくて、すぐに自分の部屋に篭ってしまう。
学校でもろくに話もしていない。
昼休みになると、決まってどこに姿を消してしまうんだ。
『どこに行くの?』って一度だけ尋ねた事がある。
そうしたら、間髪置かずに返事が返ってきた。
『アンタには関係ないわよ!』
やっぱり避けられているのかな?・・・アスカに。
一度、下校する時にアスカの後を尾行しようかとも思ったけど、そんな女々しい事だけはしたくないし・・・万が一でも、アスカが他の男性とデートしている所を目撃してしまったら、僕はもう立ち直れないかもしれない。
うーん・・・そう考えると、ちょっとは成長したような気がしていたのだけど、僕はちっとも昔と変わっていないのかもしれない。
もうすぐ・・・そう、3日後は僕とアスカの記念日なんだけどな・・・。
もはや、アスカは覚えていないみたいだけど・・・。
僕とアスカが、あのオーヴァー・ザ・レインボーの甲板で出会った日。
そして、僕がアスカに告白をして恋人同士になった日。
ひょっとしたら、今年、その日は、もうひとつの記念日になるのかもしれない。
失恋という名の苦い記念日にね・・・。
その“記念日”の前日の夜・・・。
今日もアスカの帰りは遅い。
いや・・・いつもより遥かに遅いと言った方がいいだろう。
夜もふけて時計の長針も次の日を目指して、最後の一周が終わろうとしていた頃だった。
「ただいま・・・」
寝静まっているかもしれない僕に対して気を遣っているのか、それとも少しでも後ろめたい気持ちがあるせいなのか、帰宅を告げるそのアスカの声は、聞き逃しそうになるぐらいの小声だった。
「おかえり・・・アスカ」
精一杯の笑顔を作ってアスカを出迎える僕。
やっぱり、ちょっと女々しいのかもしれない。
「なんだ、起きてたの」
ちょっとけだるそうなその声。
よく見るとほんのりと頬が赤い。
けれど、それは僕が身近にいるからではない。
それに何だか・・・臭いが・・・する。
「アスカ・・・お酒、飲んできたの?」
そんな事がある筈はない。
僕の勘違いだろうと願いつつ、おそるおそる尋ねてみた。
すると・・・ぼそぼそっとアスカは口を滑らせた。
うっかりすれば、聞き逃してしまいそうな小声だったんだけど、今の僕が聞き逃す筈はなかった。
「・・・やだ、臭うの? 終わった後、ホテルでシャワーを浴びてきたのにな・・・」
え・・・?
今、なんて言ったの?
こんな時間に・・・何かを終えて、ホテルでシャワーを浴びるって事は・・・。
突然、後頭部をハンマーで殴られたような・・・衝撃を感じた・・・。
「アスカ、い、今、何て言ったの?」
すると、慌ててアスカは大声を張り上げた。
「な、なんでもないわよ! アンタには関係ないってば!」
その一言は・・・僕にとって、とどめの一撃だった・・・。
“アンタには関係ない!!”
そうか・・・やっぱり、僕には関係なかったんだ。
アスカにとって、僕という存在は、もう関係なかったんだ・・・。
僕だっていつまでも子供じゃない。
用事もなしに若い女性が、こんな時間にホテルへ一人で行くような事が無いぐらいは知っている。
おそらくは、いや・・・間違いなく、一緒にホテルへと行った相手は同性ではなく男性だろう。
デートをして、お酒も飲んだ後ならば、そこが愛し合っている男女の最後の目的地であろう事も想像できる。
そして、そこで男女が何をするのか・・・残念だけど、知っている。
そうなんだね・・・そういう事なんだね・・・アスカ。
だから、“僕”はもう関係ないんだね・・・。
「ああもう、そこをどいてよ! アタシ、疲れてるの! もう寝るわ!」
不機嫌そうにアスカは、僕の脇を通って、自分の部屋へと入って行った。
そして、そんな彼女に僕は何も掛ける言葉が見つからなかった。
ふと、時計を見ると、いつの間にか12時を回っていた。
やっぱり・・・不安は的中してしまったみたいだね・・・。
僕とアスカが出会った日。
僕がアスカに告白した日。
この大事な記念日は、僕の失恋記念日になってしまった・・・。
気が付くと、もう夜が明けて朝日が昇っていた。
結局、あれから僕は一睡もしないで今後の事を考えていた。
今回のアスカの行為は明らかな裏切りであり、僕は立ち直れない程に落ちこみ、そして彼女に対して激しく嫌悪するのかと思っていた。
正直、あのアスカの言葉を聞いた直後は、かなり落胆してしまったし、眠っているアスカを叩き起こして、罵声でも浴びせたい衝動にも駆られた。
しかし、一晩かけてアスカの気持ちを推し量り、自分の取るべき行動を考え続けた今となっては、不思議と冷静な自分を取り戻す事が出来ていた。
アスカが他の男性に惹かれてしまった事・・・これは仕方がない事なんだ。
なぜなら、元から僕がアスカに釣り合うような男ではなかったのだから。
もちろん、釣り合う男になれるよう努力はしていたつもりだったけど、それが間に合わなかっただけなんだ。
アスカよりも素晴らしい女性を探す事は不可能ではないにせよ、かなり困難を極めるだろう。
・・・もちろん、探す気は無かったけどね。
それに対して、僕よりも素晴らしい男なんて、造作もなく見つかってしまう。
それこそ星の数ほど世の中に存在している筈だ。
つまりアスカには、僕なんかよりも頼もしく逞しく魅力に溢れた男性といくらでも出会うチャンスがあった訳で・・・それは遅かれ早かれ訪れてしまう事だったんだ。
僕とアスカが出会った事にしても、エヴァとネルフという特殊な事情が存在していたからであって、本来ならば一瞬たりとも顔を合わす事など無ければ、言葉を交わす事すら無かった筈なんだ。
僕の告白を受けてくれた事だって、他の同年代の男性を知るきっかけが、アスカには無かったからなんだと思う。
つまり、その時アスカには、選択肢が僕しか存在していなかったのだろう。
ゆっくりと考える時間を掛けて、そして心にゆとりを持って、幅広く交友関係を築いてゆけば、他の選択肢だって幾つもあった筈だろう。
そこまで考えて、僕はひとつの結論を導いた。
アスカの事は諦める。
そう・・・その男性がアスカの事を愛していて、彼女の事を全身で暖かく支えてくれるというのならば、僕は大人しく身を引くべきだろう。
そこでまずは、アスカと距離を置いてみようと思う。
まだ僕はミサトさんの保護下にいる身だから、そんなに自由にはならないと思うけれど、できる限り遠く離れてみよう。
そして、その離れた場所からアスカが幸せになれるように、ずっと祈り続ける事にしよう。
僕の方は・・・とても今は新しい恋を探そうという気持ちにはなれないけれど、いつの日か、こんな僕でも好きになってくれる女の子と巡り合えるかもしれない。
それがいつになるかは分からないけれど、今の前向きになりつつあるスタンスを変える事なく、自分を鍛えていこう。
その結論を導いた後、引越し先や転校についてミサトさんに相談する為に、出かける事にした。
幸いにも今日は土曜日。
学校も休みだからアスカを起こす必要はない。
朝ご飯だけは作っておこう。
ひょっとしたら、僕がアスカの為に作る最後の手料理になるのかもしれないから。
朝ご飯を準備し終え、アスカ宛に書き置きを残して、僕はマンションを後にした。
徹夜明けの朝日がこんなに眩しい事を僕は始めて知った・・・。
そして、ほろり・・・と、僕の頬を一筋の涙が流れ落ちた。
これはきっと、朝日が眩しかったからだろう。
そうに違いないと自分に言い聞かせながら、僕はゆっくりと歩き出した。
そして、一度だけ立ち止まって振り返った僕は、決別の言葉を口にしていた。
「さようなら、アスカ」
その声はちょっぴり涙声だったかもしれない・・・。
イイペーコーさんから10万ヒット記念を戴きましたです。
うむ!いきなりハードな展開ですね‥‥。
アスカの真相は!?そしてシンジアスカの二人に未来は!?
‥‥まもなく公開されるどきどきの中編、感動の後編をお楽しみに〜
もうもらっているますんでほんとにすぐです〜。