シアワセノカタチ
第四話「ヒトの心」
WHAT IS KOKORO?
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コンコンコンっ!
ドアをたたく音。
突然のその大きな音に、アスカはLCLの中の記憶をたどる事を中止する。
ノックの主は葛城ミサト、シンジの首根っこを掴み吊り上げられるようにしてアスカの部屋に二人が入ってきた。
ミサトの憤慨した顔とシンジの右頬の腫れを見れば、なにか事態が斜め45度に傾いて伝わった事が推察される。
「ほ〜らアスカ!連れてきたわよん♪
煮るなり焼くなりお好きにどうぞ♪
まったくカワイイ顔して、アスカを手篭めにするたぁイイ度胸ね!」
突然の訪問に慌てふためくアスカ。
さすがにシンジに逢う心の準備が出来ていない。
おまけによりによって一番冷静でない人が、問題のシンジを連れてきてしまったのだ。
あちゃぁ〜!と天を仰げるものなら仰ぎたかったであろう。
「あのさぁ・・・ミサト・・・なにか間違った事・・・伝わってない?」
「なによ!アスカ!気を使うことは無いわよ!
はっきり言ってやりなさい!シンジ君の所為で妊娠しちゃったって!」
あちゃぁ〜!と今度は本当に天を仰ぐアスカ。
どうしても自分から伝えたかった事をミサトから言われてしまった。
「ミサト・・・悪いんだけどシンジと二人っきりにしてくれる?」
「なに言ってんのよ、ここはワタシが・・」
「いいから!ミサト!アタシとシンジの二人にして!!!」
事態の収拾を図るアスカ。
有無を言わせない強い眼光でミサトを部屋から追い出す。
葛城ミサトが渋々ながら退出する・・・しかし二人っきりになったとたんその部屋には静寂が訪れた。
そしてなかなか立ち退きそうに無い。
「あの・・・アスカ・・・妊娠したって・・・聞いたんだけど?」
沈黙を破ったのはシンジの方だった。
当然の事ながら初めての経験に戸惑いは隠せない。
「・・・そう・・・なのよ・・・アハハハハ・・・できちゃって・・・ね・・・」
アスカの方も普段の聡明で自信溢れる彼女からは信じられないような、曖昧で力の無い受け答え。
そして再び沈黙。
チッチッチッチッチ
チッチッチッチッチ
チッチッチッチッチ
チッチッチッチッチ
チッチッチッチッチ
チッチッチッチッチ
チッチッチッチッチ
備え付けの時計の秒針だけの時が流れる。
止まっていた二人の時間を進めたのは又もシンジだった。
「アスカ・・・こんな情けない僕だけど
・・・卑怯で・・・臆病で・・・逃げてばかりで・・・
でも・・・アスカ!責任と・・・」
「待ったぁ!!!」
突然の大声はアスカ。
シンジの言葉にようやくかけられていた呪縛が溶けたのか、彼女らしい勢い満杯で喋る。
「責任取る!なんて言わないでよね!
アタシは妊娠したからって結婚迫るような弱い女じゃないわ!
アンタに抱かれたのだってアタシが選択した事なんだから
アンタに責任なんて取らせないわ!」
一気にまくし立てたアスカ。
しかし先ほど泣いた事で露わになったシンジへの想い・・・
いや自身の心に隠していた溢れるシンジへの想いは10分の1も伝えられていない・・・
いや逆に悪い心象を与えているであろう。
アスカの悪しき性癖・・・
当然シンジにはそれがアスカの拒絶の言葉に聞こえた。
しかし今の彼はそれで引き下がるほど弱くは無かった。
いざとなれば影ながらアスカの事を守る・・・との想いがあるが、できれば影でなく表で守りたいのも確かだ。
しかし14歳の少年の彼に、妊娠した14歳の少女の心を掴む適切な言葉は持ち合わせていなかった。
やっとの事で出てきた言葉がコレだった。
「でも・・・僕の子供だし・・・」
「シャラーップ!
アタシの子供よ!
アンタに抱かれた・・・
ゴメン・・・言い方悪いわね・・・アタシから・・・殆ど無理やりだったもんね・・・
・・・ゴメン・・・
・・・避妊しなかったアタシの責任なの・・・
・・・だからシンジに責任なんて無いわ・・・」
最後少し鼻声になってしまったアスカ。
さらに言葉の泥沼に嵌ってしまった。
そして再び沈黙。
(このままじゃ今までと変わらないじゃない・・・
意地張ってシンジの優しさ拒絶して、シンジ傷つけて・・・
自己嫌悪して、それを隠すためにさらにシンジ傷つけて・・・
・・・駄目・・・
素直になるのよ・・・アスカ・・・自分の気持ちに・・・)
そんなアスカに声をかけるシンジ。
「僕は・・・アスカの・・・何か役に立ちたいんだ」
シンジがアスカに拒絶された時と変わらない台詞。
シンジにとって禁忌とも言える拒絶と言う恐怖を思い出させる台詞。
でもシンジの心の奥底に潜む唯一の真心。
・・・臆病で・・・
・・・卑怯で・・・
・・・情けなくて・・・
・・・自分勝手な自分・・・
そんな自分が初めて見つけた自分自身より大切なもの。
そしてシンジの言葉は、今回は大きくアスカの心を揺り動かした。。
ふう〜と1回大きな深呼吸をするアスカ。
そして意を決したアスカが口を開いた。
「じゃあさ・・・一つだけシンジにお願いがあるんだけど・・・聞いてくれる?」
「あぁ・・・アスカ、何でも言ってよ」
すぐさま承諾するシンジ。
「アァ・・・ア・・・アァ・・・ア・・・」
珍しく顔を真っ赤にしてどもっているアスカ。
「ア?」
相槌を入れるシンジ。
「アタシとお付き合いしてくださいっ!」
一気にそれだけ言うと、さらに真っ赤になったアスカ。
もはやシンジを見ていられないのだろう、目を閉じて俯いている。
「へ?」
先ほどから単音のみ発音のシンジ、ポケッとしている。
鳩が豆鉄砲を食らった・・とはこのシンジの表情のためにある言葉だろう。
早口でまくし立てるアスカ。
「勘違いしないでね責任取れって言ってるんじゃないのよ
ほら・・ただ付き合って欲しいだけなんだからね
こんな事になっちゃってから言うのも可笑しいけど
前からシンジの事悪くないって思ってたし
お互い体の相性も悪くないみたいだし・・・
・・・ってそんな事じゃないのよ!
ほら!・・・ずっと一緒に生活してるからわかってる部分多いし
だからお互いに幻想擁かないでしょ!?
アンタ料理も掃除も洗濯も完璧にこなすから結構理想的・・・
・・・って・・・違う・・こんな事じゃなくて・・・」
照れ隠しに喋ってるうちに支離滅裂となってしまう。
ほうっ
溜息を一つついてから、考えをまとめなおす。
真っ赤になったアスカは意を決しつつもやはり恥かしいのであろう
シーツで顔を半分隠しながら上目遣いでボソボソと再び喋り出す。
「ゴメン・・・やっぱり赤ちゃんに幸せになって欲しいから、父親が欲しかったの・・・
でもシンジに散々酷い事しちゃって・・・しかもそれで出来ちゃった子供だもん・・・
素直に言えなくて・・・
だからお願い!シンジ!アタシと付き合って!
アタシ頑張るから!
自分勝手で我が侭で破滅的な性格直すから!
料理も掃除も洗濯も出来るように頑張るから!
・・・それでも駄目な女だったらアタシの事捨ててくれても構わないわ
自業自得だもん
でもちょっとでもアタシの事好きになってくれたら・・・
・・・違う・・・好きになって欲しいの!
だって・・・だって・・・アタシ・・・シンジの事好きだから!」
最後遂に涙が溢れてくるアスカ。
(ヤダ・・・これじゃ泣き落としみたいじゃない・・・ヤダ・・ヤダ・・)
と思いつつも涙は止まらない。
自身の行為への後悔は彼女の涙腺を弱くしていた。
「うん、わかった・・・付き合おう・・・」
シンジの簡潔な答え。
晴れ晴れとした顔をしている。
ぐしゅっ!
鼻をすすりつつ俯いていた顔を上げる少女。
目だけでなく鼻も真っ赤であった。
「シンジ・・・本気?」
「うん」
「後悔しない?」
「うん」
「それじゃ・・・友達からお願い・・・ね?」
「うん」
アスカがおずおずと右手を差し出す。
一瞬何の事か判りかねるシンジだが、すぐさま自身の右手を差し出す。
ぎゅ!
シェイクハンド・・・つまり握手を交わす二人。
「「じゃ・・・これからよろしくお願いします・・・」」
久々のユニゾンだった。
忘れていた心の重なり。
やっと二人の関係が取り戻せたような気がした。
プチン!
監視モニターの電源を切る葛城ミサト。
(まったく!子供まで作って・・・ようやく『友達』からお付き合いか・・・
おまけに握手・・・微笑ましすぎて、笑っちゃうわね・・・
・・・ま・・・いっか・・・
なにはともあれシアワセへの第1歩って所ね
あの子達には誰よりも幸せになる権利があるもの・・・
いえ・・・幸せにしてみせるわ!)
子供達を散々傷つけ利用した自分達の罪が少し軽くなるような気がした。
しかしすぐさま犠牲の子羊としてシンジを再び使う事となる。
それは館内放送だった。
「ザァ・・・サードチルドレン碇シンジ・・・至急司令室まで出頭するように・・・ザァ・・・」