記念日
作者:でらさん
















西暦 2017年 6月6日 葛城宅 ミサトの部屋 朝・・


全てが終わって約二年・・

ここ葛城宅では、相も変わらず姦しい少女と心優しい少年・・そして何と表現していいか分からない
妙齢の女性との同居は続いている。

だが三年近くに渡ったこの生活も、そろそろ終わりに近づこうとしていた。

葛城 ミサトの結婚という事態によって。


「いい加減に起きなさい!
今日から新婚生活のシミュレートするって言ったの誰よ!」


「・・・もう少し寝かせて」


「今日はシンジの誕生日だっていうのに!
こんな日くらい、シャキッとしなさいよ!」


「・・アスカが祝ってあげればいいじゃない。
どうせ、私はお邪魔虫よ」


「いつもは邪魔ばっかする癖に、この女は・・」


アスカの言い分によれば、ミサトはいつも二人の邪魔をしているらしい。
あくまでアスカの言い分である故、多少の解釈の曲解があるかもしれない。

そんな事はどうでもいいが、ミサトがなかなか起きない。

来月に迫った加持との結婚式。
それまでに現在のずぼらな生活からおさらばする・・とのミサトの計画は、早くも挫折の気配だ。
どうせ苦労するのはミサト本人と夫となる加持なのだから放っておけばいいようなものだが、心優しい
アスカとしてはそうもいかない。


「結婚してからもアタシ達に頼ろうなんて考えてんじゃないでしょうね!?
サポートなんて、絶対しないからね!!」



ミサトに対する気遣いだけではないようだ。
自分達にとばっちりが来ないようにする防衛線みたいなものか。


「そんな事ないって・・
分かったわ、起きるから」


ミサトは、心底気怠そうな感じでベッドから起きあがる。
そして、アスカに尻を叩かれて洗面所に向かった。

そんな様子を見届けたアスカは溜息一つつき、部屋の中を見回してみる。


「掃除は何とかなったか」


掃除くらいはまともに出来るようになったミサトの部屋は、割かし綺麗に片づいていたりする。
以前は酷い物だった。
妙齢の女性の部屋とは思えないほどであり、婚約が決まった当時はこんな女がホントに結婚できるものなのかと本気で心配したくらい。

近頃は料理も人並みのレベルに近づいたし、何とか生活できるようにはなったと思う。


「どっちが保護者か分かんないわよ、もう・・
反面教師になってくれたのには、感謝するけどさ」


身近にこのような同性がいた事で、アスカもかなりの危機感を持った。
いくらシンジがマメな男でも、何もしない女など愛想を尽かしてしまうと考えたのだ。

それまでは、アスカもミサトと大して変わらない女だった。

家事は全てシンジに任せっきり。
それは中三の半ば過ぎに付き合いが始まってからも変わらず、包丁など持ったこともない。

ところがある日、シンジに手作り弁当を持ってきた下級生の一言がアスカの危機感に火を付けた。


『別に付き合って下さいとは言いません。
ただ、碇先輩が可哀想で・・
惣流先輩って、ホントに碇先輩の事が好きなのかしら』


その女の子は特別可愛いというほどではなかったが、女としてアスカは敗北感を味わった。
それと、シンジに恥をかかせていたという負い目。
アスカの耳には入ってこなかっただけで、実際はかなり辛辣な悪口が広がっていた。

自分だけならまだしも、シンジまで・・

この日を境に、アスカは変わった。


「あれも記念日のうちかな・・日付忘れちゃったけど」


彼女が人生のパートナーとして射止めた男は、すでに起きてダイニングで待っている。

彼との新生活は、ミサトが結婚した直後から始まる。
正式な手続きは後二年待たねばならないが、実質的な人生の船出が始まるのだ。

その時が、待ち遠しくて仕方ない。


「とりあえず、今日の記念日を大事にしなくちゃ」




季節を忘れた太陽が、今日も厳しく照りつけている・・
そんな、いつもと変わらない朝。




通学路・・


ただでさえ暑いのに、更に空気を暑くする光景が人々の目を引く。
腰まで届く見事な金髪をなびかせた白人系の女性と、細身ではあるが鍛えられた肉体を持つ青年。
更に、二人とも美しい。

こんな二人が腕を絡めて歩けば、暑苦しいことこの上ない。


「寝起きは、体質とかもあるから仕方ないよ。
その辺は加持さんも分かってるさ。
昔、同棲してたんだし」


「甘い!甘いわシンジ。
ミサトは本格的な軍事訓練受けてるのよ。
あんな寝起きの悪さで通じるはずないじゃない。
昔はきちんとしてたのが、今はだらけちゃっただけよ」


「そうかなあ・・」


「絶対、そうなの!
シンジは、人を信用しすぎよ」


どちらかと言えばミサトに同情的なシンジと、厳しい態度を崩さないアスカ。
アスカから見ればシンジの態度はまどろっこしいし、シンジから見ればアスカの態度は厳しすぎる。

それでも喧嘩にならないところが、二人の成長を物語っていると言えよう。

論争と喧嘩は違う。
これも、アスカがこの二年で学んだことの一つ。


「アスカの言うことが正しいんだろうけど、ミサトさんとも後一ヶ月くらいでお別れなんだからさ
最後は笑って見送ってあげようよ」


「アタシもそうしたいんだけどね・・
あのずぼらな生活見てると、つい言いたくなるのよ」


「・・・気持ちは分かるよ」


正直なところ、ミサトの生活態度には呆れていたシンジである。
結婚を祝う気持ちに嘘偽りはないが、彼女との同居が終わることにほっとしているところが確かにあるのだ。


「今日はシンジの誕生日なんだから、湿っぽい話はこれで終わり!
今夜のパーティの事でも話しましょ」


「そうだね・・そうしよう」




まるで自分の事のように誕生日を祝ってくれるアスカが、シンジには堪らなく愛しい。
この女性を、一生離したくないと思う。





第壱高校 1−A教室・・


今日この日がシンジの誕生日と知る人間は少ない。
中学以来の友人達くらいなものだ。

シンジを女子生徒達から護るアスカの厳重な情報統制によるものなのだが、それはトウジのこの一言で崩壊した。


「センセ、今日の誕生日どないするんや?
惣流としっぽりするんか?」


アスカの顔が怒りに染まり、ヒカリが手で顔を覆う。

トウジとしては、悪気もなくただの冗談のつもり。
だが入学以来シンジに寄りつく虫の駆除に苦労していたアスカにしてみれば、余計な仕事が増えるだけ。
事実、トウジの台詞を聞いたクラスの女子幾人かは、早速携帯で情報を回している。

すでに学校は始まってしまった事だし今日のところは大した騒ぎにならないだろうが、明日はアスカも
相当の覚悟をしなければならないだろう。


「トウジ!ちょっと来なさい!」


「な、なんやヒカリ・・何怒っとるんや」


「いいから!」


ヒカリもアスカの憤りは分かるが、恋人を殴り倒されたくはない。
よって教室から連れ出して別の場所で諭し、後で詫びを入れさせるつもりだ。

そんな様子を見ていたシンジのもう一人の友人、相田 ケンスケは、ぼそっと一言漏らす。


「平和だね・・」


「平和じゃない!
アンタも鈴原をちゃんと監視してなさいよ!」


「そ、惣流、お、俺が何でそんな事を・・」


「アンタら腐れ縁でしょうが!」


「トウジの事は洞木に頼めよ。
今は洞木の方が一緒にいる時間は長いぞ」


「アンタがやるの!」


「ダメだこりゃ」


やり場のない怒りの矛先を向けられたケンスケは、哀れというしかない。

自分のキャラクターなど分かっているつもりの彼だが、ちょっと割り切れない物がある。
こんな自分でも、高校に上がれば気の合う女の子の一人くらい見つけられると思った。

しかし現実は甘くない。
高校生になっても、中学時代となんら自分の立場に変化などない。


(お前が羨ましいよ・・シンジ)
「次からは気を付けるから、もう勘弁してくれよ」


「ふん、分かればいいのよ」


ケンスケの一言でアスカは満足したらしい。
振り返った彼女がシンジに向ける笑顔は、自分に向けられた事など無い。

よくもそこまで態度を自在に変えられるものだと思う。


「ホント、平和だよ」





ネルフ本部 リツコ執務室・・


昼食後のお茶がずるずると続き、すでに二時近い。
それでも、三十路を過ぎた女性の話は尽きないようだ。

平和になっても忙しい事に変わりはないが、使徒戦の時よりは時間に余裕があるリツコ。
ミサトもそれほど忙しいというわけではない。

よって、茶飲み話も長くなりがち。

大抵はくだらない話題で、最近はミサトの結婚が話の中心。
仕事の話はまず出ない。
しかし今日の話題は、例の二人が中心となっている。


「今朝も結局、早起き出来なかったわ。
気合い入れて寝たのに・・」


「気合い入れたのがまずかったんじゃないの?
寝るときはリラックスするものよ」


「あの子達と一緒じゃ、リラックス出来ないわよ。
私の前でも平気でキスするのよ、あの子達」


「その内、落ち着くわよ。
今はまだ若いから」


「今すぐ、落ち着いてもらいたいわ」


結婚という形にこだわっていなかったミサトが加持のプロポーズを受け入れたのは、若い恋人達との同居
を解消したかった事も理由の一つ。
日々あてられる生活に嫌気がさしたと言える。
特に、夜の秘め事があった翌朝の気まずい雰囲気は耐え難い。

形としてはアスカやシンジは自分の部下という位置づけなのだから、業務命令で別居を指示してもよかったのだが、元々三人の同居は自分が言い出した事・・面子もある。
結婚はいい理由なのだ。


「そういうミサトだって、もうすぐ新婚さんよ。
甘い生活が待ってるんじゃないの?」


「あいつと甘い生活?
想像も出来ないわ・・歳も歳だし、姓も変わらないしね。
アスカ達みたいにはならないわよ」


「花嫁修業はしてるじゃない。
リョウちゃんのために」


「別にあいつのためってわけじゃ・・」


言われてみれば、確かにそうかもしれないとミサトも思う。
尽くす女にはなりたくないが、今までの生活態度を変えようとしているのは事実なのだから。
しかし、面と向かって言われると否定したくなる。

このような所は、まだ子供のようだ。


「私もいつまでバカやってられないわ。
結婚を契機に、自分を変えたいだけよ」


「はいはい、偉いわね」


「あんたにも付き合ってもらうわよ、リツコ。
今夜はリツコのとこに泊まるんだから、私の手料理を味わってもらうわ!」


「・・・・・本気なの?」


「バカにしてるわね、リツコ。
シンちゃんとアスカに特訓を受けた成果を、とくと見せてあげる!」


「そ、そうですか・・」




この夜・・
リツコは意外な事実を知ることになる。





夜 葛城宅・・


誕生日は二人だけで祝う。
それは、アスカの誕生日も同じ。

たとえ親友であっても、保護者であっても・・
実の親であっても、二人の間に入ることは許さない。

つき合い始めてから、二人の記念日は二人だけで・・と、決めたのだ。


「誕生日おめでとう、シンジ」


「ありがとう、アスカ」


アルコールは当然無いが、今の二人にそんな物は必要ない。
二人だけの時間と空間があれば、それでいい。


「はい、プレゼント。
今回はちょっと考えたんだ。
一番大事な物は、とっくにあげちゃったしさ」


「あ、ありがとう。
封筒か・・何だろう、楽しみだな。
はははははははは・・」


アスカの一番大事な物とは何か興味が沸くが、ここでは触れない事にする。
艶めかしくシンジに視線を送るアスカの表情が全てを物語っているので、敢えて説明する必要もないだろう。

シンジはその視線に堪えつつ、アスカから送られた一通の封筒を手にする。
豪華なリボンで飾られたそれを、疑問と期待に震えながらシンジは開封した。

すると・・


「・・・婚姻届け?」


中から出てきたのは、婚姻届と題名のついた書類。
ご丁寧に自分とアスカの名が書かれていて、後は捺印するだけになっている。
実物を見たことのないシンジには本物かどうか分からないが、少なくとも偽物とか偽造には見えない。

しかしアスカも自分も、まだ結婚出来る歳ではない。


「何マジになってんのよ、シンジ。
それはジョークよ・・日本の法律くらい知ってるわ。
書類は本物だけどね」


「はははは・・
つい本気にしちゃったよ」


「今すぐ結婚したいのは山々だけどさ。
本物のプレゼントは、その下よ」


「え〜と・・・航空券?ドイツ行き?」


婚姻届の下から出てきたのは、ドイツ行きの航空券。
シンジは訝しげにそれを手に取る。


「これ、どういう意味?」


「アタシの育った所を、一目見て貰いたいと思ってさ。
ついでにパパ達にもアンタを紹介するわ」


「でも僕達が海外になんて・・
国内旅行すら制限されてるのに」


世界に三人しかいない適格者の行動は厳しく制限されていて、シンジ達は旅行も満足に出来ない。
せいぜい近郊の温泉がいいところだ、海外など夢でしかない。
あくまで警備上の問題ではあるのだが。


「司令におねだりしたら、あっさりとOK出たわよ。
警備は物々しくなるみたいだけど、それは仕方ないわね」


「父さんが?・・どんな手を使ったの?」


「ただ甘えただけよ。
お義父さま〜・・ってね♪」


自分に笑顔など見せた事のない父がアスカに対してにやけた顔を晒す姿など、とてもシンジには想像出来ない。
いや、想像などしたくない。
そんな父に甘えるアスカの行動力も凄いが。


「時期は八月頃ね。
学校も休みだし、ミサトの式も終わってるから丁度いいわ。
・・・どうしたの?シンジ」


シンジはいつの間にか、アスカをじっと見つめていた。
その視線に、アスカも気づく。


「アスカには、いつでも驚かされるよ。
やっぱりアスカは天才だ」


「アタシはね、アンタとの記念日を一日でも増やしたいの。
初めて会った記念日、初めてキスした記念日、初めて二人で旅行した記念日、アタシの親と初めて会った記念日・・
これから、まだまだ増やすわよ」


「そしたら、一年中記念日になっちゃうじゃないか」


「シンジは嫌?」


「・・・最高だよ」




数十年後、二人が仲良く人生を終えた時・・
幾つの記念日が二人の間に存在したのか、それは二人しか知らない。

ただ、最後の記念日が二人の記憶に収まった事は事実のようである。

でらさんからシンジ君誕生日記念をいただきました。

この二人は年中が記念日ですね。というかそうなってしまうのか‥‥。

さりげなくミサトの寝起きの悪さの理由が説明?されているのもいいですね。実はアスカとシンジの間の空気に絶えられなかったのか(笑)

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