作者:でらさん














碇シンジが彼と初めて会ったのは、第三新東京市立第壱中学の入学式。
彼、渚カヲルは、新入生だというのに髪の毛を白く染め、その整った顔とも相まって、新入生、在校生、父兄、教師・・
全ての人達の視線を、一人で独占していた。
だが彼は、不躾な視線など意に介することもなく、ただ超然と・・
自然に、涼やかな目で立つのみ。
シンジは、人の目を気にしすぎるきらいのある自分に比べ、そのあまりに堂々とした態度に感嘆し、羨ましいとさえ
思った。
そしてそれは、生涯に渡る友情の始まりとなった。






「碇先輩、あの・・」


昼食も終わり、ちょっとトイレにとシンジが教室を出たところで、彼は、下級生らしい女の子に声をかけられた。
見ると、普通に可愛い彼女は、女の子らしい装飾の入った封筒らしき物を手に、モジモジしている。その様子で、
シンジはピンと来た・・と言うか、またかといったところ。
しかし外面の良さには自信を持つシンジは、半ば嫌気の混じった気分を表に出すこともなく、優しい笑顔を付け
て口を開いた。


「それ、カヲル君に渡すんだろ?ちょっと、待ってて」


カヲルに渡すラブレターを頼まれるのは、シンジにとって日常の一部。カヲルは、とにかくもてるので、付き合って
いる彼女がいようといまいと関係ない。特に今は、半年ほど付き合った彼女と別れたばかり。従って、こんな女の
子が、間をおかずに訪ねてくる。
女の子と付き合った事もないシンジとすれば、一人くらい分けてくれと言いたいくらいだ。


「いえ、いいんです!碇先輩から、渡していただければ」


恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女は、擦れてなくて純な感じ。はっきり言って、シンジの好み。
が、彼女が自分に振り向くことはない。
シンジは、込み上げてきそうになる僻みを抑え込み、右手を差し出した。


「そう、じゃ、預かるよ」










私立葛城女学園。
次世代エネルギー源とされるS2理論提唱者、葛城博士の資金援助により設立された、小学校から大学まで
一貫した教育を行う女学校。
なぜ女学校なのか、理事長に葛城博士の一人娘が就任した事実に問題はないのかなどの疑問は、設立当初
からあったのだが、現在のところは、平穏無事に運営されている。
私立のわりに授業料も手頃なので、生徒は、良家の子女ばかりでもない。お嬢様と呼ばれる生徒が多いのは
確かだが。



昼休み 3-A 教室内・・


「合コン?アタシ達、まだ中学生よ。
図に乗ってきたわね、ヒカリの姉さんも。いくらアタシでも、怒るわよ」


自他共に認める親友、洞木ヒカリから持ち込まれた話に、惣流アスカは、白人系の血が四分の三入った秀麗な
白い顔と天然の細い眉を僅かに歪ませ、不快感を露骨に現した。
これまでヒカリには、ヒカリの姉の友人だとかいう男達とのデートをよく斡旋されていた。勿論、本気で付き合う
とかそういった話ではなく、儀礼的なデート。
それが証拠に、ヒカリの姉、コダマは男達から斡旋料を貰い、アスカにも金の一部が渡されていたのである。
男達の中にはタチの悪い人間もいて、デートの途中でアスカに強引に迫る輩もいたのだが、その全ては、彼女
の外見に合わない腕力と鼓膜を突き破るかのような大声、そして、各種の護身用グッズを用いた反撃によって
撃退されている。
今日も、昼食の後、


『今度の休み、時間あいてる?』


と話を切り出してきたヒカリに、またデートの斡旋かと・・
でもまあ、新しい服も欲しくなってきたところなので、いいバイトにはなるかと思っていたアスカに持ちかけられた
今回の話は、合コン。
コダマは、今年大学へ進学した。大学生のコダマが合コンと言えば、どういうものかは想像が付く。いくらなんでも、
そんな集まりに中学生を誘うなど常識を外れている。
ところが、怒りを露わにするアスカに、ヒカリの目は白黒。


「やだ、アスカ。勘違いしないで。合コンって言っても、相手は私達と同い年の中学生よ」


「へ?」


「ほら、前に言わなかったっけ?第壱中の渚さんと、鈴原が同級生なの」


「・・・ああ、そういうことか」


ヒカリの言う鈴原とは、フルネームで鈴原トウジ。ヒカリとは幼稚園以来の幼馴染みで、小学校もずっと一緒だっ
た。たまにヒカリの話に出てくるし、今も時折電話で連絡を取り合うとか聞いているアスカは、一時、ヒカリとの仲
を疑った事がある。
が、当人達によれば、友達以上ではないとのこと。ヒカリの好みは、トウジとは全く違うタイプのようだし。


「つまり、渚を狙ったヒカリが、鈴原を使って仕掛けたわけね?」


「い、いいじゃない。素敵な人に憧れて、何が悪いのよ。
アスカの名前を出して、やっとOKもらったんだから、協力くらいしてよ」


ヒカリは、以前から第壱中のカヲルにご執心で、口癖のように、一度、直に会ってみたいと言っていた。
それがアイドルに憧れるファン心理のようなものか、又は本気なのか、アスカには分からない。第一、アスカは
カヲルのような男には興味が沸かない。女の扱いに長け、恋愛をゲーム感覚でこなす男は、どうも苦手で信用
ならないのだ。
初恋は済ませたし、男に理想を求めるつもりもない。
ただ、気の合う男がいい・・・ストーカーの類は、ご免だが。


「はいはい。
で、アタシ達以外のメンバーは、誰なの?相手が二人ってことは、ないんでしょ?」


「うん。
渚さんの他には、鈴原と相田。それと、渚さんの友達の碇君て人よ。
こっちは他に、綾波さんと山岸さんに頼もうと思ってるんだけど」


「マユミは妥当と思うけど、レイは・・」


アスカとヒカリ、共通の親しい友人は二人いる。綾波レイと山岸マユミの二人だ。
二人の内、マユミにこれといって問題はない。祖父が地元の有力者で、父親は市議会の有力な議員。当然な
がら裕福な家庭環境にあり、マユミも苦労なく育った割りには控え目な性格で、皆に慕われる人物。背の中程
までに伸ばした漆黒の黒髪と大きめの眼鏡が特徴の、清楚な少女。
レイも、外見に問題はない。
アスカと並び称されるほどの美形と評価され、事実、校内外、男女を問わない人気を誇るのだ。
性格もアスカと似て明朗活発で、誰とでもすぐに打ち解けてしまう特技を持っている。そんなところも、人気の
ある所以。
ところが、彼女には特殊な性癖がある。しかも普通は隠すであろうその性癖を、彼女自身がアッケラカンと公
言して憚らないのが問題。その彼女の性癖から考えれば、男相手の合コンに参加するかどうかは疑問。


「だ、大丈夫よ・・・たぶん」


一抹の不安を感じるヒカリだが、すでに段取りは全て終わっている。後戻りはできない。









ファミレスやカラオケボックスなど、所定のイベントをこなした少年少女八人の一行は、帰るにはまだ早いとい
うことで、帰宅前の一時を公園でダラダラと過ごしていた。
カヲルの周りにはアスカとヒカリが陣取り、何やら楽しそうな話で盛り上がっている。時折、クリスマスだ何だ
との言葉も聞こえ、彼らでパーティなど開くつもりなのかもしれない。
シンジには、長身の上に大人びたカヲルを軽く化粧までしたアスカとヒカリが囲む様が、自分とは違う世界の
住人のような気がした。事実、そうなのだろう。
そしてトウジとケンスケは、マユミとレイを相手に楽しそうだ。見る限り、二人の少女も屈託のない笑顔。気を
遣っている様子はない。
実のところシンジは、一目見たときから清楚な感じのマユミに惹かれていたのだが、これまで一言も話しかけ
ることが出来なかった。
同じくマユミを気に入ったらしいケンスケが積極的に行動しているのとは対照的に、何も出来ない自分。そし
て、そんな状況を当たり前のように受け容れて諦めてしまう自分を、本当に情けないと思う。

カヲルに、女の子と気軽に話せるコツを教えて貰おうとした事もある。
しかしカヲルは、人に聞いたからと言って巧くいくとは限らない。それよりも自分で努力した方がいいと、シンジ
を諭した。
考えてみれば、確かにカヲルの言うとおり。付け焼き刃のような誤魔化しで、巧くいくはずがない。


(でも、僕には、あんなことできないよ。話題なんかないし。
せめて、ケンスケやトウジみたいに)


「こら!なにを、一人でしけた顔してんのよ」


「いて!」


と、トウジ達に視線を移していたシンジは、聞き覚えた甲高い声と共に、後頭部を何かで叩かれた。感触か
らして、人の拳。結構、痛い。
振り返ったシンジの目に飛び込んできたのは、先程までカヲルと一緒にいたアスカ。驚いたシンジがカヲル
の方へ目をやると、彼はヒカリと二人だけで話をしている。ヒカリの顔は、やや紅潮しているみたい。それほ
ど、嬉しいのだろう。


「どうして、誰とも話さないの?」


アスカは、シンジを正面から見据えて問いかけてくる。その蒼い瞳と、腰まで届きそうな赤っぽい金髪、そして
白い肌が目に眩しい。噂以上の美少女。こんな綺麗な少女と間近で話すなど、シンジにとっては初めての体験。
だが、不思議と緊張がない。クラスの女の子と話す時でさえ、いくらか緊張するシンジとしては、どこか勝手
が違う。


「話すも何も、君達にその気がないんだから、仕方ないよ」


「どういう意味よ」


「君達は、カヲル君と会うために来たんだろ?
どうせ、僕は人数合わせなんだし」


「ネガティブな奴ね、アンタ」


アスカは、今日一日シンジを見ていて、ちょっと顔のいい内気な少年と評価していたが、そんな生やさしいも
のではないと考え直した。これでは、いじけた根性無しと言われても仕方ない。カヲルの話では、やればでき
る人間で、今は自信がないだけだと言う。何かきっかけでもあればシンジは変わると、カヲルは確信している
ようだ。
意外に誠実そうなカヲルが嘘を言うとも思えないが、実際にシンジと話してみると、どうも・・・
少なくとも、アスカの好みではない。


「事実は事実だろ?
現に君だって、カヲル君と楽しそうに話してたじゃないか」


「ヒカリが気後れしてるみたいだから、後押ししてあげたのよ。アイツに興味があったわけじゃないわ」


今日の日を待ち焦がれていたヒカリだが、実際にカヲルと顔を合わせたら、彼女は緊張のあまりか、挨拶も
まともにできない状態。見かねたアスカが間に入り、今では、いつものヒカリに戻っている。カヲルも満更では
ないようで、二人がいい雰囲気と見たアスカは、自然と二人の会話から外れた。


「ふ~ん・・
まあ、どうでもいいや。とにかく、僕は、これで帰るよ。じゃ」


「待ちなさいよ」


「何だよ。カヲル君と付き合いたいなら、自分で何とかしてよ」


「あの人は、関係ないったら」


「じゃあ、何だよ」


「アンタ、どうせ暇なんでしょ?」


「・・・暇で悪いかよ」


「一々、突っかからないの。
暇なら、これからアタシの買い物に付き合いなさい。悪い話じゃないと思うけど」


「・・・・」


悪い話どころではない。
ただの人数合わせと思っていたシンジにとって、棚からぼた餅。瓢箪から駒。馬の耳に念仏・・・これは違うか。
とにかく、シンジが断る理由はない。目の前の美少女が何を考えているか不明だが、こんなチャンスは、二度
とないかもしれないのだ。いや、恐らくないだろう。シンジの口は、極度の緊張感と共に開いた。


「か、買い物は、ど、どど、どこに行くの?」


「付いてきなさい。
光栄に思うことね。このアタシから誘う男なんて、アンタが初めてよ」


「は、はい」


アスカのニヤリと歪んだ、美しい唇。
それは、薄いルージュで怪しく肉色に光り、シンジを恫喝する。
その時シンジは、自分の首に鎖が巻き付けられたような重みを感じた。
まあ、あくまで錯覚なのだろうが。








三ヶ月後・・


近頃、第三新東京市の中高生の間には、一つの噂が飛び交っていた。
今まで数多の男達をはねつけ続けた浮沈空母、惣流アスカに、彼がいるというのである。しかも相手の男は、
ただの中学生。彼女とタメ歳。年上趣味と専らの評判だったアスカの相手にしては、意外中の意外。
この噂に、当のアスカは・・


『ま、否定はしないわ。付き合ってるのは、事実なんだし』


と、戦略核並の爆弾を投下。彼女に恋いこがれる男達を打ちのめした。
そしてそれは、この少年も例外ではなかったのである。


「なんで、シンジの奴が惣流と・・
あいつは、ただの人数合わせだったはずや」


第壱中A棟校舎の屋上に今、昼を食べ終えたケンスケとトウジは、いる。
ケンスケは昼食後の満腹感で気怠い表情。対してトウジは、先程の言葉の通り、何故か機嫌が悪い。
三ヶ月前のあの時、密かに狙っていたアスカがシンジと付き合っている。それを考えただけで、トウジの気分
は最悪に近くなるのだ。

トウジは、その外見から粗野でがさつな男と思われているが、実際は、そうでもない。アスカの件でも、いきな
り交際を申し込むより、アスカの友人なども交えてグループ交際の形から徐々に関係を発展させていけばい
いと考えていたくらい。そのため、あの時も、アスカ本人よりレイやマユミと打ち解けるよう、努力していた。
アスカは、まさにトウジの理想。
会うまでは、顔は綺麗だけども、いけすかない高飛車な少女と思いこんでいた。
しかし会って話をしてみると、竹を割ったようなサッパリした性格で、友人を思いやる気配りの細かさも持ち合
わせている。多少の口の悪さは、全く気にならない。自分でも、それは一緒だから。
ところが、外堀から攻めようとしていたトウジを嘲笑うかのように、シンジがアスカを・・
本人がさほど嬉しそうでないのが、余計にトウジの神経を逆撫でする。


「現実は、認めろよ」


「ケンスケは、大人しく引っ込むんか?鳶に油揚げをさらわれたんやで。
お前は、ええかもしれん。山岸はんと巧くいったみたいやからな。せやけど、ワイは」


「ちょっと待てよ、トウジ。山岸さんとは、別に何でもないぜ。彼女も写真とかに興味あるから、話が合うだけだよ。
今度、彼女の友達紹介してくれる約束はしてるけどな」


マユミとは馬が合うケンスケも、彼女と付き合うまでには至っていない。当のマユミに全然その気がないので、
いつしかケンスケも覚めてしまった。今では、気の置ける友達といった感じ。


「ほう、友達か。
いずれにしろ、お前はチャンスを物にしたわけや。
それに引き替え、ワイは」


「悔しかったら、奪い取ってみろよ。どんな手を使ってもな。
惣流さんが、好きなんだろ?」


「そない言うたかて・・
何をどうすればええ言うんや。ワイには、さっぱりやで」


「シンジが惣流さんの思う以上に情けない奴となれば、いくら彼女でも愛想尽かすだろうよ。山岸さんの話だと、
惣流さんは強い男が好みみたいだからな。シンジと付き合ってるのは、気まぐれみたいなもんらしい。
まあ、細かい段取りは俺に任せろよ。いい知り合いがいるんだ」


ケンスケにとって、トウジは小学校以来の友人。対してシンジは、ただのクラスメート。どちらとの友情を取るか
となれば、ケンスケの答えは決まっている。この謀で、すぐにアスカがシンジを見限り、トウジに好意を寄せる
とも思えないが、アスカとシンジの間に楔を打ち込むくらいの効果はあるとケンスケは判断したのだ。その後は、
トウジの努力次第ということになるが。

・・と、少し離れた物陰から二人の謀議を盗み聞きする人影が。


「あの二人の間に介入するなんて・・
まあ、とりあえずは、お手並み拝見といこうか」


人前では絶対見せない冷酷な微笑みが、カヲルの顔を覆った。








三日後・・


すでに何回目かも忘れたデート。
シンジは、アスカと会って以来、休みの度にアスカから呼び出しを受け、一日中、彼女に引っ張り回されるの
が習慣と化していた。
この状況から、巷では自分とアスカが恋人同士と思われていて、アスカのファンらしき少年達から鋭い視線
を投げかけられる事も少なくない。
けどもシンジには、ほとんど実感がない。アスカと一緒にいても、何というか、恋人同士の甘い雰囲気がほと
んどない。手を繋いで歩いていても、どこかおどおどしてしまう。
それは、今日も同じ。

レモンイエローのワンピースと赤いパンプスがよく似合うアスカは、薄化粧とピアスまでして気合いを入れて
いる。母お気に入りの香水まで借りて、シンジにアピールしているのだ。
だが肝腎の少年の態度は、初めて会った時とあまり変わらない。アスカの我慢も、そろそろ限界に近い。


「いい加減、アタシと歩くの慣れなさいよ。付き合って三ヶ月よ?」


「付き合ってって・・
全然、実感ないんですけど」


「アタシのファーストキス、奪ったくせに」


「あ、あれは、アスカが強引に」


ファーストキスなど、とっくに済ませていた二人である。
二ヶ月ほど前、アスカの家に呼ばれたシンジは、彼女の両親が挨拶代わりにキスを交わす光景に頬を赤く
していた。テレビや映画などでは知っていたけども、実際に見るのは初めてだったからだ。
そんなシンジにアスカは、自分達もしようと迫ったのだった。今から思えば、ほとんど勢いでキスした感じで、
甘くも何ともないファーストキスだった。
以来、キスはアスカの方から迫るのが常態化している。

それにしても・・
キスする仲にも拘わらず、恋人の実感が持てないシンジの感覚もどうかしている。


「男のくせに、逃げる気?やり逃げなんて、最低よ」


「ア、アスカ、女の子が、やり逃げなんて言葉」


「青春だねえ、君達」


何だかんだ言って愉しそうな雰囲気の二人に水を差すのは、見るからに柄の悪い少年達三人。皆、髪の毛
を金髪に染めたり、派手な刺繍の入ったシャツを着ていたりして、ヤンキーそのもの。最初に声をかけてきた、
三人のリーダー格らしい大柄の少年など、左肩から手首にかけて派手な入れ墨まで見える。
シンジは、本能的にアスカの前に立った。


「へへ、これから、どこにしけこもうってんだ?」


「俺達も混ぜてくれよ」


手下らしい二人は、嫌らしい目でアスカを追っている。彼らの目的は、明らかだ。


「お金なら、大して持ってませんよ」


「ははははは!
坊やから金恵んで貰うほど、俺達は落ちぶれちゃいない」


「俺達が欲しいのは、そっちの綺麗なお嬢さんだ」


「痛い思いしたくなかったら、さっさと行けよ。坊主」


少年達は、高校生くらい。一番背の低い少年でも、シンジよりは、いい体格をしている。シンジがどう頑張っ
たところで、喧嘩して勝てる相手ではない。周りに視線を巡らせても、人影はない。


(何とか、アスカだけは逃がさなきゃ。何としても)


シンジが身を投げ捨てる悲壮な決意を固めたとき、彼の背後に立つアスカは、異常なほど冷静だった。
彼女にとって、こんな経験は一度や二度ではない。本格的な護身術は幼少時から習っているし、護身用
グッズも幾つか持っている。更には、警備会社に危機を知らせる発信器も複数、身に付けているのだ。
そのアスカは、この状況を愉しんでいる節さえある。己の危険も顧みず自分を護ろうとする、シンジの意
外なまでの強さを見て、惚れ直した感じ。
いや、この時点で、アスカはシンジに恋している自分を自覚した。
正直な話、今までは、本気で付き合っていたとは、お世辞にも言えない。キスとて興味が先に立つ行為で、
その先の行為も、興味が先行している。
でも、そんな付き合いが続くはずもない。行くところまで行ったら、シンジに飽きて別れていたかも・・
しかしシンジの新たな一面を見たアスカは、カヲルの言葉を思い出していた。シンジは本当に、磨けば光
る宝石の原石かもしれないのだ。


(アタシが磨いてあげる。だから、アンタはアタシの物よ。
ふふふふふふふふふふふふふふふ・・)


緊迫の度を深めるシンジとは対照的に、アスカの心は、現実世界になかった。






今日一日、アスカとシンジの行動をトレースしていたトウジとケンスケは、本日のメインイベントの始まりを、
少し離れた草陰から盗み見ていた。
あと少ししたら、トウジが偶然を装ってアスカとシンジを助ける。それが、ケンスケの用意したシナリオ。
実に古典的だが、シンジのイメージダウンになるのは確実。逆に、ヤンキー三人を叩きのめすトウジの株
は上がるだろう。
ところがトウジは、どこか及び腰。本物にしか見えないヤンキー三人に、びびっているようだ。


「あ、あの、入れ墨入ったごつい人が、山岸はんの?」


「ああ、兄さんだ。あそこまで役作りするなんて、流石だな」


「役作り?ほな、あれは・・」


「演技に決まってるじゃないか。入れ墨だって、シールさ。
あの人は、第壱高校で演劇部の部長やってるんだ。他の二人も、部員だよ。俺が話し持ちかけたら、実践
的な演技ができるって、喜んでたぜ」


三人のヤンキーは、マユミの兄を含めて、全て普通の高校生。マユミを通じた、ケンスケの依頼で動いている。
実際のところ三人は、喧嘩のけの字も知らない温厚な連中ばかり。ヤンキーどころか、進学校で知られる
第壱高でも、成績優秀だったりする。


「第壱高とは、頭ええんやな」


「そんなことより、そろそろ、お前の出番だぜ。喧嘩は向こうが適当に合わせてくれるから、心配するな。
よし、今だ。行け!」


「よっしゃ!」


「君の出番は、ないよ」


「え?」


勢い込んで立ち上がろうとしたトウジは、肩に強い力を感じて立ち上がれない。そして反射的に振り返ると、
そこにいたのは・・・


「な、渚!」


渚カヲル。
彼は、見かけに依らない腕力でトウジを制したまま、トウジの隣で身を竦ませて動けないケンスケを一瞥する。


「シンジ君は、僕の親友だ。親友に対する侮辱は、僕に対する侮辱と受け取る。
そして僕は、侮辱されるのが大嫌いだ。
僕の言うことが分かるよね?二人とも」


蛇に睨まれた蛙のように動けない二人は、首をただ縦に振るだけ。


「じゃあ、罰を受けて貰おう」






アスカが現実世界に復帰したとき、彼女の目の前には、シンジの顔があった。
慌てて、キョロキョロと周りを見るが、あのヤンキー達はいない。


「あいつら、どうしたの?
まさか、アンタが」


「僕にも、さっぱりなんだよな。
連中、口ばっかりで何もしてこないから、思い切って体当たりでもしようと思ったんだ。
そしたら」


「どうなったのよ」


「走って、逃げちゃった。
話が違うとか何とか、わけの分かんないこと言ってたけど・・」


「・・・まあ、いいわ。
とにかく、帰りましょ。送ってくれるんでしょ?」
(何か裏があるわね。後で、調べてみるか)


「う、うん」


シンジの腕に自分の腕を絡めて体を密着してきたアスカに、シンジは戸惑う。
だが、それを振り払おうとは思わない。

自分の中で、アスカに対する何かが変わろうとしている。
今までは、ただ成り行きに身を任せ、彼女に振り回されていただけ。
でも、これからは・・


「ねえ、アスカ」


「ん?」


「僕は、強くなりたい。いや、強くなるよ」


「何よ、いきなり」


「今の自分を変えたいと思ってさ」


「アンタはアンタでいいわ。無理すると、ろくなことないわよ」


「人の決意を挫かないでよ」


「ま、頑張んなさい」


「・・・・」




その後、シンジが己の希望通り強くなることができたのか・・
それは、分からない。

しかし数年の後、アスカの隣には、長身の彼が常に立つようになった。
噂によると、その彼を突破できた男は皆無だそうである。









おまけ


「おやおや。役者が舞台放棄だ。アドリブくらい、見せて欲しかったけど。
そう思うだろ?君達も」


無粋な輩演出による芝居が破綻した事の次第を見届けたカヲルは、足下に転がって呻きを上げる二人
の少年に目をやる。
二人とも、出血などはあまりないものの、手や腹を押さえて、かなり痛そう。
武闘派の父に幼い頃から鍛えられ続けていたカヲルは、はっきり言って強い。これでも、相手が素人
ということで加減した方だ。


「・・は、はい。
そ、それよりも、救急車呼んでいただけると、た、た、助かるのですが」


「自分で呼びたまえ。携帯くらい、持っているだろ」


「し、しかし、指がですね」


「ワ、ワイも、よう動かんのです」


「仕方ない。僕の知り合いに運んで貰うか。
ついでに、治療も頼んでおこう」


二人とも、痛みのために神経が麻痺しているのか、指が思うように動かないようだ。流石に哀れに思った
カヲルは、自分の携帯をポケットから取りだし、ある番号を呼び出した。
その知り合いは顔が広く、中には医者もいたはず。知り合いの病院なら、色々と都合もいい。




約三十分後・・


「あら~、可愛い子達じゃない。
ピチピチして、美味しそ♪」


ど派手なピンクのベンツから降り立ったのは、ヒョウ柄のボディコンで身を包んだ、長身の美女・・・
ではなくて、一見してそれと分かる、ニューハーフ。元々の顔がごついのが災いして、お化粧のノリも芳しく
ないようだ。
体はまあ、女性に近づいているようなので、そのギャップが激しい。


「リュウさん。とりあえず、怪我の治療をお願いします。
その後は・・」


「任せて、カヲルちゃん。うんと可愛がってあげる。
さ、あなた達、こっちに来なさい。車に乗るのよ。
安心して。私が今付き合ってる彼、お医者さんなの。ただで治療してあげるわ」


リュウと呼ばれた女性?を目にしたケンスケとトウジの顔から、血が音を立てて引いていく。
ここで車に乗ったら、人生が変わる。何がどう変わるのか分からないが、とにかく二人は、そう確信した。
体の痛みは消えないけども、人生に拘わる重大事に、そんな事を言っている余裕はない。二人はシャキっと
立ち上がると、迫り来るリュウから、ジリジリと距離を取る。


「ワ、ワイは、自分で家に帰るさかい。
ほな、さいなら!」


「ま、待て、トウジ!俺も」


ケンスケは一歩遅かったようで、彼の体は、強大な力で、その場に固定されてしまった。
恐怖におののいたケンスケが、恐る恐る振り返ると・・


「うふ、つかまえた♪」


瞬間、ケンスケの意識は途絶えた。

その後、ケンスケがどのような経験をしたのか・・・
とてもここには書けないので、各自で、ご想像いただきたい。






おまけ その弐


先日の一件が、トウジとケンスケの策謀だったらしいとヒカリから聞いたアスカは、その情報源であるカヲル
の携帯へ、ヒカリの携帯を使って電話。二人は今、付き合っている仲なので、カヲルはすぐに出た。
アスカは、挨拶もそこそこに話を切り出す。


「ヒカリから、事の詳細を聞いたわ。鈴原達が、バカなことしてくれたようね」


<彼らには、充分な制裁を加えたよ。二度とあんなことはしないだろう。
でも君とシンジ君にしてみれば、結果オーライなんじゃないか?
シンジ君も変わったよ。いい方向にね。君が、心のどこかで望んでいたことだろ?>


「何もかも見透かしてるような言い方・・・
気味の悪いヤツ。アンタと付き合ってるヒカリの気が知れないわ」


<僕は、こういう人間なんだよ。
だから、誰と付き合っても長続きしないんだ>


「ヒカリに、アンタと別れるよう、警告しておこうかしら」


<それは酷いな。洞木さんとは、続きそうなのに>


「シンジはアンタを信頼してるし、この間のお礼もあるから、とりあえずやめておくわ。感謝することね」


<寛大な措置に感謝するよ>


「最後に一つ聞きたいんだけど」


<何なりと>


「なんで、そこまでシンジを気遣うわけ?いくら親友でも、普通、そこまでやらないわ。
まるで、保護者じゃない。ホモでもないようだしさ」


<そうだね・・・
前世の罪滅ぼしってところかな。僕には、彼をより良い方向へ導く義務があるのさ>


「なによ、それ・・
聞いたアタシがバカだったわ。ヒカリに代わるわよ」


アスカは、携帯をヒカリに返すと、わけの分からない親友を持つ自分の彼氏に何となく不安を感じて、神妙な
顔つきになった。
しかし、すぐにその顔は元通り。
アスカは制服のポケットから自分の携帯を取り出し、ある番号を呼び出す。


「あ、シンジ?・・・・・・別に用ってわけでもないんだけど」


シンジを思い出したら、彼の声を聞きたくなったらしい。
アスカの電話は、昼休みの時間いっぱい続いた。






でらさんからシンジ想いないいお友達のカヲルなお話をいただきました。
生まれ変わって別世界で、シンジ君といいお友達になりたかったのですね。なれて良かったですな。

トウジとケンスケは全然いいお友達ではありませんが‥‥。


カヲル君のおかげもあってシンジ君も変わることができたので、怪作も結果オーライです(笑

素敵なお話をくださったでらさんにぜひ感想メールをお願いします。