加持農園物語 その一 (資料提供 13A氏)

作者:でらさん

















「ケンちゃん、今日も精が出るねえ」


「いやあ、どうも」


ヤスデ騒ぎも落ち着き、経営危機もひとまず去った加持の農場では、今日もバイトのケンスケが農作業に
汗を流していた。
近所の農家の人々とも親しくなったケンスケは、ケンちゃんと呼ばれ可愛がられる存在でもある。

必要に迫られ、小型特殊の免許も取得。
結構広いこの農場では、農機がないとどうにもならない。

ちなみに、この畑の所有者でありケンスケの雇い主である加持はまだ来ていない。


「普段は真面目にやってんだろうな、加持さん。
まっ、バイト代がきちんと貰えればそれでいいけど」


照りつける日射しを麦わら帽子で遮り、雑草を手で一つ一つ取っていく。

ほどほどに管理されているようだし、生育状態も良好なのでサボっているわけではないようだが、加持に全幅の
信頼を置けないのが現実。
ネルフではそれなりの功績を挙げた人間でも、農業に関しては素人に近い。
事実、一度農業を諦める寸前にまで追いつめられた。

その加持がスイカの収穫を終えたあと選んだのは、何と蕎麦。
栽培が比較的簡単な上に無農薬で育ててれば、手打ちブームの今は高く売れるとの事。
しかしその分、手間は掛かる。


「よっ、遅れて済まん」


そろそろ一休みしようかと思い腰を上げたところ、加持が軽トラで到着。

荷台には、農機具の他に例の巨大鶏が鎮座している。
加持にもすっかり懐き、どこへ行くにも一緒。
猫は元より犬すら恐怖させるその威圧感は、ただ者ではない。


「こんにちは、加持さん」


「ご苦労さん。ほい、一服だ。
ジェニー、お前は畑で遊んでろ」


「あ、どうも」


二人は畑の一角に鉄パイプとシートでしつらえられた休憩所に座り、冷えたジュースを飲んで一休み。
ジェニーと呼ばれた鶏は、畑に入って雑草やら小虫の類を突いている。


「ミサトも今日休みだから連れてこようと思ったんだが、イヤだってさ。
農業の素晴らしさを理解しない愚か者だ」


「人には、好き嫌いがありますから」


「蕎麦は好きなクセに、作るのはイヤときたもんだ。
都合の良い生き物だよ、女ってやつは」


「でも、好きなんでしょ?」


「・・・まあな。
あんな気の合う女とは二度と巡り会えん。
君も、ああいう女と付き合う事だ。
不満は山ほどあるが、退屈しない・・いい女だぜ」


加持の助言は嬉しいが、この先彼女ができるかどうかも怪しい自分がそんな条件を求めるのは無謀だとケンスケは思う。
自分なりに、こういう彼女が欲しいという理想は持っている。
しかし理想はあくまで理想であって、現実の前では妄想でしかない。

趣味や嗜好が一致する女の子は今のところ周りにいないし、自分が第壱中の女子からどういう評価で見られているのかも、
分かっている。
これから先の人生に期待するしかないと諦めているのが現状なのだ。
ヒカリと付き合い始めたトウジや、アスカという理想的なパートナーを得たシンジとは何もかもが違う。

それ故、休みは出かけもせず加持の手伝いで金を稼ぐと割り切った。
写真とミリタリーは、暫く我慢だ。


「俺は将来に期待しますよ。
で、蕎麦の納入先って決まってるんですか?」


「おお、それは心配ない。
ミサト行きつけの蕎麦屋とか、司令の贔屓の店とかと交渉は終わってる。
評判が良ければ、蕎麦一本に絞るのもいいかもな」


「蕎麦の味は、専門でないとよく分かりませんからね」


「まっ、何とかなるさ」


「はあ・・」


前向きというか楽観主義というか、加持の気楽さは羨ましいくらいだ。
自分が同じ立場に置かれたら、かなり神経をすり減らすだろう。


「ところで相田君。
来週の連休は、予定入ってるか?」


「いえ、今は趣味も休業状態ですから別に」


「実は、ミサトが急にキノコ狩りがしたいとか言い出してな」


「キノコ狩り・・・ですか?」


「俺はキノコに関してずぶの素人なんで、君の力を借りたい。
サバイバル知識は、君の方が上だ」


「ある程度は知ってますが、野生のキノコ類は基本的に食べない事にしてるんですよ。
素人には危険すぎるんです」


現実に野生キノコはかなり危険。
毒キノコに関する俗説はまずアテにならないし、紛らわしい種も多い。
豊富な知識と経験がないと、まず中毒になると思っていいだろう。

毒性の低い物ならまだいいが、死に直結する猛毒を持ったキノコも中にはある。
クリタケに似たニガクリタケなどは相当危険。


「そこを何とか頼む。
危ないようなやつは、片っ端からパスすりゃいい。
ミサトも楽しみにしてるんだ・・
この通り!


「ちょ、ちょっと加持さん、頭を上げて下さい」


頭を下げる加持にケンスケも困惑。
大の大人にここまでされて断るわけもいかない。
それに、憧れていたミサトが楽しみにしていると言われれば悪い気もしない。


「分かりました。
お付き合いしましょう」


「おお!引き受けてくれるか!
流石は相田君!俺の見込んだ男だ!
そうと決まれば、頑張るぞ〜!」




妙に気合いの入った加持は、麦わら帽子を被りタオルを首に巻いて畑へ飛び出していく・・まるで子供。
その無邪気とも言える姿が、加持という人間を表しているようにケンスケには思えた。





キノコ狩り当日・・


この辺りは深い山が多く、キノコ狩りするために遠出も必要としない。
一行も、車で30分と掛からなかった。

加持とミサトは、リュックを背負った一般的な登山ルック。
ケンスケは、暫く着ていなかった迷彩服できめている。
知らない人が見たら、妙な組み合わせではあるが。

ちなみに畑は、巨大鶏の”ジェニー”が監視を兼ねて留守番。


「今日はよろしく、相田君。
あなたが頼りよ」


「お任せください!ミサトさん!
不肖、相田 ケンスケ、全力を尽くします!」



「おいおい、そんなに気張らなくても・・
気楽に行こうぜ」


「そうはいきません!相手はキノコですよ!
馬鹿にしたら死にます!」



「ま、まあ、そうなんだが」


ミサトが一緒のせいで、ケンスケの気合いはハンパではない。
すでに毒キノコでも食べたのではないかと思うくらいだ。


「では、行きましょう!」


ケンスケを先頭に、加持・・そしてミサトが続く。

更にその後から、この二人が。
偶然にも、彼らもキノコ狩りに来ていたのだ。


「これ、ミサトの車よね。
ミサト達もキノコ狩り?」


「どうかな、ただのハイキングかもしれないよ。
そんなことより・・行くよ、アスカ」


「あん、待ってシンジ」




このメンバーで、キノコ狩りが只で済むはずがない。
大いなる騒動は、すぐそこ。





「ふう・・
意外と無いものね。
キノコくらい、ろくに探さなくてもいいと思ってたわ」


「まったくだ。
食べられるものとなると、更に少ないからな。
こんなに歩くとは、予想外だ」


昼には少し早いがミサトも加持も腹が減ったので、適当な場所を見つけて弁当を広げた。
弁当は全て任せろと言われたケンスケも、相伴に預かる。

握り飯を主役にした弁当はなかなか美味で、昔食べたミサトの手料理の面影はまるで消えている。
人間は環境によって変わるものだと、実感したケンスケであった。


「でも、もうかなりの量ですよ。
俺のリュック、そろそろいっぱいですし」


「この弁当をたいらげれば、まだ入るわ。
リツコとか部下に、お裾分けしたいのよね。
ついでに司令にも」


司令はついでかと突っ込みたくなるのを我慢したケンスケは、ミサトの気配りに大人の世界を垣間見た。
何だかんだ言っても、ネルフの幹部を務めるだけはある。
同僚や上司・・下への配慮にそつがない。

考えてみれば、ミサトがキノコ狩りを思いついたのもそれが理由の一つかもしれない。


「あっ、私ちょっと・・」


と、ミサトがそそくさと立ち上がってどこかに消えていく。
加持もケンスケも、女性に対する配慮としてただ黙認した・・そういう理由だろうから。

そしてミサトが視界から完全に消えたのを見計らって、加持が自分で採ったキノコの一つを上着のポケットからだしてケンスケに見せる。


「ところで相田君。
これ、ワライタケだろ?」


「何で、こんな物持ってるんです!」


「俺が調べた限りじゃ、吐き気を伴うものの多少ハイになるくらいだそうじゃないか。
そのくらいの中毒なら、かえって愉しめるんじゃないか?色々と」


「馬鹿なこと言わないで、こんな物捨ててください!」


「あっ!」


怪しげな笑みを浮かべた加持に危険を感じたケンスケは、加持の持っていたワライタケを取り上げると
雑木林の中に投げ捨ててしまった。


「あ〜あ、せっかくの収穫を・・」


「少しならいいだろうなんて言ってると、いずれ取り返しのつかない事になるんですからね。
こんな常識、子供の俺に言わせないでください」


「そうは言っても、ただのキノコ狩りじゃつまらんだろうが」


「そういう考えが間違いの元なんです!
他にも怪しげなキノコなんて、持ってないでしょうね!?」


「ないない!あれだけだ!
俺を信用しろ!」


「ホントかな、もう・・」


勿論、加持が全てのワライタケを捨てるはずがない。
ケンスケに鑑定させるために囮を提示しただけ。
実は、自分のリュックの中にかなりの量を紛れ込ませてある。

帰ったら、密かに試してみるつもりの加持であった。
(※注 本当に危険なので、マネは絶対にしないでください)

そして、用を足しに行ったミサトの方はというと・・・


「あの子達ったら・・
こんな山の中にまで来て、何やってんのよ」


周りに誰もいない事を確認してすっきりしたミサトが加持とケンスケの元に帰ろうとしたとき、その耳が
何やら人の声を捉えた。
しかもそれを辿り近づいていくと、声が男女の営みのそれであると気づいた。
更には、聞き覚えのある声。

そして、木にもたれかかって行為に没頭する男女をミサトが目で確認。

やはり、アスカとシンジだった。


「若いわね・・
何のために来たんだか」


呆れてすぐ立ち去ろうとしたミサトだが、二人の激しい行為に魅せられ足が動かない。

こんな場所なので、当然服は着たまま。
アスカの下半身はほとんど裸だが、シンジのズボンは途中で引っかかっている。

そして・・・(自主規制)





「ただ〜いま、っと」


「遅いぞ、ミサト。
下痢でもしたか?」


「ば、馬鹿!
相田君の前で恥ずかしいこと言わないでよ!」


「お、俺は何も聞いてませんよ」


アスカとシンジの行為を覗き見ていたミサトは、つい時間を忘れてしまっていた。
気が付いたら、加持達と別れてすでに三十分以上が過ぎている。
まだ行為を続ける二人を覗き続けたいのを我慢して、ミサトは帰ってきたのだ。

しかしそんな事情など知らない加持は、ミサトが腹痛でも起こしたと思った。
そう思われても、仕方ない。


「ちょっと、道に迷っただけよ!」


「そ、そうか。
じゃ、キノコ狩りを再開するか」


「そ、そうですね。
今度は向こうへ行ってみましょう」




ケンスケが指し示したのは、ミサトが用足しに行った方向とは逆。
彼なりの心遣いらしい。
それはミサトにとっても幸いだろうが、未だナニの最中であるさかりのついたカップルにも幸いした。

このバカップル達は、結局一つのキノコも採れなかった。
その理由は、言うまでもない。





翌日 加持、葛城宅・・


「くくくくくくくくく・・
こいつがどれくらいハイにしてくるか、試してやるぜ」


ミサトが仕事に出た後、不気味な笑いと共に自分のリュックを開ける加持の顔は、喜悦に震えている。
が、リュックのチャックを開けたとたん、その顔は惚けた表情に変わった。


「無い!!何にも無い!!・・なぜだ!!」


加持の慌てぶりも当然・・リュックの中身が跡形もなく消えている。

自分は家に帰ってからリュックに手を付けてはいない。
しかも慣れない山歩きのせいで疲れ、食事の後すぐ寝てしまった。
ミサトはまだ起きていて、お裾分けのキノコを小さな袋に詰め替えていたようだが・・・


ミサトか!!
だ、だが、まずいぞアレは!
あんな物をみんなに配ったら・・」


加持の頭に最悪の光景がよぎる。

ミサトからお裾分けされたキノコを皆が家に持ち帰り、調理して食す。
程なくして発症する幻覚症状や嘔吐。
混乱する親と泣き叫ぶ子供・・駆けつける救急車。

後日、ネルフ内で徹底した調査が行われるのは必定。

特殊監査部の調査は厳しい、そこの幹部だった加持には分かる。
必ず原因は突き止められ、自分が全ての元凶だと断定されるだろう。
それは絶対にまずい。


「そうだ!電話だ!」


携帯でミサトに連絡を取り、持っていったキノコを一旦全て回収しようとする・・・
が、電話が繋がらない。


「くそ!なぜだ!
仕方ない、こうなったらネルフに行くしかない!」


加持は、取る物もとらず部屋を後にする。
一方、ミサトは言うと・・


「へへ〜んだ、今頃気づいても遅いわよ。
自分だけ美味しい物食べようたって、そうはいかないんだから。
あれだけ別にしてあったって事は、余程の珍品か美味しい物に違いないわ。
でも、私はあんまりキノコ類好きじゃないし・・
司令に献上して、点数稼ぎよ!」




ワライダケという爆弾を抱え、蒼いルノーは突っ走る・・・
破滅へ向かって。





おまけ


ネルフ本部 正面ゲート・・


「おい!緊急事態なんだ!入れてくれ!」


「困りますよ、加持さん。
いくらOBとは言っても、ネルフのIDカードが無いとお入れできません」


「ええい、貴様では話にならん!
なら、ミサトを呼んでくれ!今すぐだ!」


「それも葛城一佐から言われてます。
今夫婦喧嘩の最中だから、加持さんの言うことはまともにとるなって」


「何だと〜〜〜!!」


歩哨に立つ保安部の職員には、ミサトから周到な指示があるようだ。

なぜか加持の持つ携帯も使用不能に。
リツコ・・或いは旧知の職員に連絡を取ろうとしたがそれも不可能。
これで、加持の万策は尽きた。


「終わった・・・何もかも」




司令室・・


「では、失礼します」


「うむ」


ミサトがいきなり面会を求めてきたと思ったら、昨日山で採ったというキノコを置いていった
見た目には少し引くが、食べ物は外見ではない。
ゲンドウも冬月も、キノコは好きな方であるし。


「おお、そうだ。
そういえば、餅を焼く七輪があったんだ。
早速、焼いて食べんか?碇」


「ふっ、いいお考えです・・冬月先生」


冬月も、昔はハイキングなどアウトドアを好んだ人間。
ワライタケくらい分かるし、その危険性も承知している。

が、司令室は元々かなり暗い。
加えて、冬月の目も最近は衰えが目立つ。
つまりは・・・


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!!
こら碇ぃ、何だその髭はぁ?いつの間にはやしたぁ?
サングラスまでかけおって、このぉ」



「シンジ!貴様こそ、しらぬ間に歳をとりおってぇ。
父より年上とはどういうことだぁ?
だ〜っはははははは!!白髪まで生えてやんのぉ」





壊れた老人二人を生み出すハメになったわけ。
被害が最小限に留められたのは、不幸中の幸いというしかない。

でらさんから『加持農園物語』その一をいただきました。

いや〜加持っていい加減な男ですねぇ。ミサトもだけど(笑)

割れ鍋に閉じ蓋というか‥‥似合いの二人です。

今回はキノコの話でしたか。

シンジ達のように自前のキノコ(謎)で戯れていたらよかったのに、まったく加持って危険でしょうがないですねぇ。ミサトもだけど‥‥。

なかなか面白い話でしたね。みなさん是非でらさんに感想メールをお願いします。

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