(※注 アスカ)
「すぐって、俺にも仕事がだな」
「アタシに、同じこと二度言わせる気か?」
(※注 アスカ)
「わ、分かりました!
すぐに手配します!」
「最初から、そう言えばいいんだよ。
ったく、グズが」
(※注 アスカ)
悪態を付く秀麗な顔を間近で見る加持は、せめて言葉使いだけでも何とかならないものかと思う。
日本語を覚える過程で任侠映画を観たことが影響したようだが。
自分以外の人前では普通なので、意識して使い分けているのは流石といえば流石。恐らくという
か確実に、シンジの前では一生こんな言葉など使わないだろう。
そもそも、アスカと出会った当初は彼女も普通だった。
いや、普通に見えた。
朗らかで自信に満ち、聡明な能力と秀麗な外見を併せ持つ彼女は、まさにドイツ支部のアイドル
だったのだ。
その少女から想いを寄せられ慕われるようになり、自分がもっと若ければと思っていたころ、彼女
は本性を徐々に現し始めた。
心の病を患った母から拒絶され、その死を間近に見たトラウマを抱えたアスカは、自分が強くなる
しかないと自己啓発に励み、結果として鋼のような心を手に入れた。それが天才的な頭脳と結び
ついたのは、加持にとって、そしてドイツ支部にとっても不幸であったろう。
加持の躓きは、些細なことだった。
当時付き合っていた同僚女性とは別の女性と浮気したことをアスカに知られ、それをネタにちょっ
とした機密情報を漏らしてしまった。
すると、今度は機密漏洩をネタにしてより高度な情報を要求。
その時点で、自分も処分される覚悟で拒否しておけばよかったのだが、支部に残らなければなら
ない事情もあったので、これが最後と言ってアスカの要求を呑んでしまった。
が、そんな約束が守られる筈もなく、アスカは次々と加持に難題を吹っかけてくる。その過程で他
の職員も弱みを掴まれて絡め取られていき、ドイツ支部はアスカに裏から支配されるような権力
構造となっていったのだった。
加持は、ネルフの上位組織ゼーレと日本国内務省のエージェントも兼ねた三重スパイとなり、危険
な綱渡りを余儀なくされた。
自分から進んで三重スパイなどやるはずはない。無謀だということは、加持も充分に承知している。
全てはアスカに嵌められた上のこと。それでも、なってしまったからにはやるしかない。止まれば、
自分の命もそこで終わる。泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロのようなものだ。
(全ては、あれのせいか)
アスカの後ろ。ベッド脇に置いてあるジュラルミンのケースが、加持には恨めしい。
その中にある物を本部へ持ち出すのが、加持が本部の司令、碇ゲンドウから託された役目。その
役目がなければ、アスカに付け入る隙を与えなかったものを。
(進む道、間違えたかな、俺)
悔やんでも悔やみきれない。
加持は、時間を戻せるなら戻したいと、本気で思うのだった。
不意に襲来した、海棲型の使徒。そして、海での戦闘。
それは、偶然にも弐号機を積んでいた輸送船で一緒だったアスカとシンジによる同乗シンクロ。しか
も、シンクロ率の新記録樹立というおまけまで付いて終了した。
偶然を演出したのはアスカに命令された加持だが、それは表に出ることなく、派手な戦闘が話題に
なっただけ。艦隊の損害も、大したものではなかったし。
日本に着いたアスカは、本部で着任の挨拶の後、あちこちへの挨拶まわりと女子寮での新生活の
準備で忙しく、シンジとろくに逢うことも出来ない。たまに会っても、シンジはアスカのような女の子が
苦手らしく、会話が進まない。ミサトから聞いた話だと金髪好みだというから、すぐにでも親しくなれる
と思っていたのだが。
ネルフの職員食堂で加持と同じテーブルに座るアスカは、食後のジュースを飲みながら愚痴ってみる。
「いまいち進展しないのよね。
シンジってば、なんか警戒してるし」
机にひじを突き、両の掌に顎をちょこんと乗せて空を見るアスカは、何も知らなければ本当に可愛い。
何も知らなければ・・・の話。
不幸中の幸いか、言葉使いは矯正されている。
シンジの前で、何かの弾みで素が出てしまうと思ったら、急に怖くなったそうだ。その調子で性格も矯
正されたら、加持は非常に嬉しい。神を身近に感じることだろう。
「ま、まあ、アスカの魅力を持ってすれば、その内に」
「アタシは、気が短いの。
そうだ!」
突然に目を輝かせ、こちらを見るアスカが加持には怖い。
こんな時のアスカは、大概、難題を持ちかけてくるのだ。
「一緒に住めば、一気に進展確実よね」
確かに言う通りだが、彼らの歳で同居など、無茶が過ぎる。
シンジはミサトのマンションに居候しているものの、部屋の余分はないと聞いたこともあるし。いくらな
んでも、今回ばかりは・・・
「というわけで、何とかしてよ。
出来るでしょ?凄腕の諜報員さんなら」
「それとこれとは、話が別だし」
「出来るわよね?」
「俺には、あまり時間が」
「やれって言ってんの」
「・・・はい」
どうすりゃいいんだよと加持が頭を抱えたくなったその時、神の救いか、緊急警戒警報が使徒の来襲
を告げたのだった。
それは、まさに救いだった。
シンジにいいところを見せるのだと言って、士気倍増状態で戦闘に挑んだアスカではあったが、分離
増殖という特殊な能力を持つ使徒にあっさり敗北。シンジと共に、副司令の冬月から説教まで喰らう
始末。敗北そのものより、シンジの前で醜態を晒したことにアスカはショックを受け、加持に当たること
もなく落ち込んでいた。
加持は、その隙に分離増殖使徒への対処法を考案。ミサトへ提示して、彼女はそれを採用。ミサトは
ゲンドウの了承を得て、即実行に移った。
ダンスを通じてパイロット同士の呼吸を合わせ、使徒の急所であるコアへの同時攻撃の精度を上げる。
作戦そのものは単純かつ明快で、誰もが考えそうなことではあったのだが、加持はアスカの要求を満
たすべく頭を悩ませていたことが作戦の発案に繋がったようだ。
落ち込んでいたアスカは、この作戦を聞くと、一も二もなく合意。すぐさま荷物を纏め、葛城宅へ押し掛
けてしまった。可能な限り寝食も共にし、生活リズムまでも合わせると望ましいとの補足文がアスカを
狂喜させたのは、言うまでもない。
部屋は、シンジが遠慮して自分の部屋を明け渡し、彼は物置として使われていた小部屋に移っている。
シンジの優しさにアスカが惚れ直したのは、これまた当然だろう。
訓練が始まると、予想に反してアスカはミスを繰り返し、なかなかシンジと動きを合わせられない。
が、それはアスカの作戦。意外に運動神経のいいシンジと本気でやるとすぐに訓練が終わりそうだっ
たので、わざとミスしてギリギリまで訓練期間を引き延ばしたのだ。
その思惑は見事あたり、一つ屋根の下で約一週間を過ごす内にシンジの警戒感は徐々に薄くなって
いき、アスカとフランクな会話をするようになって親密度も増していった。そして二人きりの夜となった
訓練最終日には、ついにキス・・・
翌日、無事成功の内に作戦を終えたアスカは、珍しく加持へ礼を言ったほどである。
これで、ようやく自分も楽になる。奴隷のような状態からも解放される。
加持がそう考えたのは、無理からぬこと。アスカは目的を達したのだから。
ところが・・・
「命を救ってくれた勇者と、可憐なお姫様。その上、こんな綺麗な星空。
絶好のシチュエーションよね。
アタシの言いたいこと、分かるでしょ?」
「ま、まあ・・な」
アスカから、ちょっと話があると宿の外に呼び出された加持は、予想通りの展開に顔を引きつらせた。
満天に煌めく星空が、綺麗すぎて哀しい。
浅間山の火口に潜んでいた使徒の幼生を殲滅したその日。麓にある温泉宿に、アスカと加持はいた。
もちろん、二人だけで宿に泊まるはずがない。シンジ、ミサト、その他ネルフのスタッフ達も一緒。
作戦成功を祝い、ついでに温泉でもと、ミサトが一軒の宿を借り切ったのだ。
宴会はすでに終わり、したたかに酔って寝る者、温泉を愉しむ者、まだ飲んでいる者。それぞれに今
この時を愉しんでいる。
アスカは今日、シンジに救われた。
弐号機にしか使えない耐核耐熱装備を装着して煮えたぎるマグマにダイブし、使徒の幼生を捕獲し
ようとしたのだが、捕獲直前に使徒が羽化。ほぼ瞬時に成長した使徒は格闘の末に殲滅したものの、
装備の冷却パイプとワイヤーを破損。固定の推進器を持たない弐号機は、火口の奥深くへと沈んで
いく。
アスカも、これで終わりかと短い人生を振り返ろうとしたその時、機体はガクンと揺れて止まった。
そして、上へ向かって引き上げられていく。
反射で見たモニターには初号機がアップで映り、その片隅には、シンジがいた。
彼は耐熱装備のない素の初号機で火口に飛び込み、弐号機の腕を掴んだのだ。
その時、母の死以降、流れたことのない涙がLCLに溶けて消えていった。
シンジへの気持ちは浮ついたものではなく愛だと、アスカが確信した瞬間である。
「分かってるなら、ミサト連れて消えてちょうだい。
できれば、他のみんなも連れてって」
髪の毛をアップに纏め浴衣を着たアスカには、歳に似合わぬ色艶が見て取れる。同居が始まって以来、
急速に関係を深めている彼らが、すでにいくところまでいっていても不思議はない。ミサトによると、限り
なく黒に近いとしか言えないそうだ。ミサトもどうしたわけか、彼らの関係については口が重い。
状況から考えれば、関係は確定的。そんな二人がすることといえば一つしかない。
それは、普通の倫理観を持つ加持に容認できることではない。万が一の場合、自分に責任が押しつけ
られることも考えられるし。
「し、しかしだな、君らはまだ」
「医療部から薬貰ってるから、そっちの心配はないわ。
要は、妊娠しなきゃいいんでしょうが」
「いや、倫理的に」
「消えて。今すぐ」
「・・・・」
アスカは、有無を言わさぬ調子で自分を見上げる。
彼女が折れることはないと理解した加持は、諦めて同意し、どうミサトを誘うか考えながらその場を
後にした。
自分が解放されるのは、いつになるだろうか。
ひょっとして一生・・・
そんな馬鹿なと言い切れる自信が、加持にはない。あのアスカが、一度手にした力を、そう簡単に
手放すとは考えにくい。今のアスカは、ドイツ支部さえ顎で使えるのだから。
使徒戦は遠くない将来に終わり、アスカとシンジは、間違いなく結婚するだろう。
自分とミサトは、結婚できるのか。
ミサトは使徒戦が終わったら考えると言ってくれているが、どうも不安だ。アスカが余計なことをして
くれなければいいが。
「心の暗黒面、ダークサイドか。
確かダースベーダーは、死ぬ間際で正気に戻ったんだよな。
・・・ま、映画だからな、あれは。
ははははははははは・・」
乾いた笑いは、すぐに消え、加持は嫌なことを考えまいとするように懐から携帯を取りだし、ミサトへ
連絡を取るのだった。
シンジ編へ
でらさんからアスカの暗黒面(爆)のお話をいただきました。
こんなアスカはあまり見たことありませんよね。というか私は知らない!
おもしろいお話でありました(笑)ぜひ、でらさんに感想メールをお願いします。