父そして新しい生活


こういう場合 第二話
作者:でらさん





レイとの出会いは特に感慨深いものではなかった。

際立った美しさを持ち合わせてはいるが、愛想も何も無い。


(お高いんだな・・・・・相手にもされてないや)


まだレイの何を知るでもない彼にすれば仕方の無い事。

レイもまだシンジの事は何も知らない。
新しく選出されたサードチルドレンという認識しかない。

それよりも彼女の頭にあったのは、明日に予定されている起動試験の事。

本来の予定なら数日前に済んでいるのだが、念を入れて零号機を再調整したため明日にずれ込んだのである。

しかし・・・・・


(サードチルドレン・・・司令と同じ匂いがする・・・・・・・・・・なぜ?)


今まで感じた事のない心のざわめき・・小波・・・・・・


シンジの落とした波紋・・


それはゆっくりとレイの心を揺らし、支配していく。







発令所の主要メンバー及びレイとの挨拶を終えたシンジは、ミサトと共に司令室へ向かう。

父とは数年ぶりの対面だが、シンジからは特に話すことは無い。

ここに来る前に父とは決別する決心をつけてきた。
父も母も最初からいないと思えばいい。

そう思えば悲しくも辛くも無い。


「葛城一尉であります。サードチルドレンとご挨拶にまいりました」


<入りたまえ>


インターホン越しに聞えてきたのはゲンドウではなく、年配らしき男の声。


「失礼します!・・シンジ君も、ほら


「は、はい。失礼します!」


ミサトに促され同じように挨拶する。
あらためて軍事組織である事を確認する。

しかし、ここで生きていく以上慣れなくてはならない。


司令室の中は薄暗く、天井にはシンジの理解できない模様が一杯に描かれている。
そして、無駄とも思えるだだっ広い部屋にいる人間は二人。

サングラスをかけ机に両肘をかけて座っているのが父、ゲンドウ。
その横に背筋を伸ばし直立する白髪の男・・・一見したところ、人は良さそうだ。
先ほどの声も納得できる。

その二人の前に進み出て、まずミサトが敬礼・・・そして挨拶。


「司令、サードチルドレンです」


「・・・・・・・・・・・・」


「何とか言ったらどうだ、碇。息子だろう。
ったく・・・済まんな二人共。こいつはこの通りなのでな、私が話しをする」


「い、いえ、お気遣い恐縮であります。副司令」


ミサトがシンジを紹介するも、ゲンドウの反応はない。
代わりに冬月が説明役を買って出た。

親子らしい会話など期待していなかったシンジだが、がっかりしたのも事実。
数年ぶりに会ったのだから、建前でも何がしかの言葉はあると思っていたのに。


「まあ、楽にしてくれ・・・え〜・・」


「シンジです。碇 シンジ」


「おお、そうだ、シンジ君だ。ははは・・この頃、物忘れがひどくてな・・」


ゲンドウとは正反対の人懐こい笑顔に、ミサトもシンジもつられて笑みが浮かぶ。

職員の誰からも好かれ、実質的にネルフを動かしているは副司令だとの噂も真実味がある。
事実、そうなのだし。


「まずシンジ君がここに呼ばれた理由だが・・
君は今日付けで、ある特殊兵器のパイロットに着任してもらう。
ネルフでの身分は第三の適格者。以後、公にはサードチルドレンと呼ばれるだろう」


「へ、兵器の・・・ですか?」


「そうだ。汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオン初号機・・・それが君の搭乗する機体の名だ」


「僕がパイロット・・・・・でも僕はただの中学生で、専門知識も何も・・」


シンジが戸惑うのも無理は無い。

通常、日本でパイロットと言えば航空機の操縦者を示し、軍事組織のパイロットとなれば戦闘機のパイロットが
頭に浮かぶ。

軍隊内にあってもエリート。
特に主力戦闘機のパイロットなどは、その中の更にエリートである。

シンジにもそれくらいの知識はある。
今の自分に、そんなものが務まらない事も。


「詳しい事は、後で赤木博士から説明があるだろう。
ただ一つ言っておくと、エヴァ初号機のパイロットは君にしかできんのだ。
どんな訓練された兵士でも不可能・・君は選ばれた人間と言っていい」


「選ばれた・・人間」


平凡な中学生だと思っていた自分が、選ばれた人間・・・・・・・

甘美な言葉。

堕ちていくような錯覚さえ覚えるほどの・・・


「さっき会ったレイは、ここで10年近く訓練受けてるわ。
あなたと同じ選ばれた人間・・・・ただし、一番にね」


「10年・・・・そんな小さい頃から」


レイを見た印象から、それほどの訓練を受けているようにはとても見えない。
格闘技とかなら、シンジでも簡単に勝てそうな気がする。


「レイとは挨拶を済ませたのか・・ならばいい。同じパイロット同士だ。
仲良くしてやってくれ、シンジ君」


「は、はい」


「仲良くと言っても必要以上は禁止。
・・・無駄か、レイに迫ってもシンジ君じゃ返り討ちだもんね」


「強いんですか?綾波さんて」


「まっ、普通の中学生じゃ絶対勝つのは無理ね。
大人でも、訓練してなきゃ難しいんじゃない?」


「そ、そうですか」


レイがこの10年あまりに受けた訓練の過酷さは、少女に対するものとは思えないほどである。
アルビノという先天的な虚弱体質にも拘わらず、彼女には必要以上の訓練が課された。
通常なら死に至るのは確実なのだが、不思議な事にレイの体は何の変調もきたしていない。

おかげで、戦技において相当な腕前に上達している。


「シンジ君にも、早く上達してもらわんとな。
遅れたが、私は冬月 コウゾウ・・ネルフの副司令だ。
まあ、司令の雑用係とでも思ってくれ」


冬月の言葉がその通りでない事は、ミサトには充分すぎるほど分かっている。

ゲンドウへの悪評に対する、冬月への賞賛の声。

これが意識的に役割分担しているなら大したものであるが。


「大まかだが、私の説明はこれくらいだ。我々ネルフは君を歓迎する。
これから君に課される訓練は結して楽なものではないが、人類の救世主としての自覚を持ち精進して欲しい。
以上だ」


エヴァンゲリオンというものに乗って何かと戦うらしい。

誰と?

どこの国と?

疑問は尽きない・・・

ふと、目をゲンドウに向けるシンジ。
ここまできてもゲンドウは無言のまま。

父に期待していた訳ではない。
ないが、シンジには納得がいかない。

例え形式であれ自分を呼び出したのは父、ゲンドウ。
その本人から何の説明もない。
何か言って欲しい。

一言でもいいから・・・


「父さん・・・」


シンジの呼びかけにミサトも冬月も気を使って様子を見ている。

が、ゲンドウに反応はない。


父さん!


「怒鳴るな、聞えている」


ようやく応えるが、その顔に表情は無い。
少なくとも息子と会話する顔には見えない。


「僕を呼び出しておいて言う事はそれだけなの?」


「ネルフで必要としたから呼んだ・・私が呼んだ訳ではない」


「碇!言い過ぎだぞ!」


冬月も流石に口を出す。
ゲンドウの不器用さは理解していたつもりでも、今の言葉はまずい。


「私に何を言って欲しいのだ、シンジ。優しい言葉でもかけろというのか。
お前ももう14歳・・・これから戦いに身を投じる事にもなる。
いい加減親離れしろ」



父とは完全に終わった・・・

一人になった。

心の奥底では密かに期待していたのかもしれない。

優しい言葉を。

でも、それはもうない。


「そう・・・・僕はもう、父さんを父さんと呼びません。
もういいです。葛城さん、行きましょう」


「分かったわ・・では失礼します」


失礼します!





悲しくなんかない・・・


悲しくなんか・・・


いくら言い聞かせても涙は出てくる。

叔父のところで決別した筈・・・・

それでも涙は止まらない。


後ろですすり泣くシンジの声を聞きながらもミサトは何も言わない。


(司令も噂以上に非情なのね・・・・・・実の父親に捨てられたか・・少しは同情するわ。
・・・・少しね)

ミサトの心にも小波が立ち始める・・・・自覚は無いが。







「いいのか?碇」


「私に息子はいません。
あれはサードチルドレンです」


「不器用なやつめ・・・・」








「か、葛城さんと同居ですか?」


食堂を兼ねた展望ラウンジでお茶を飲み、落ち着いたところでこれからの生活について説明し始めたミサト。
彼女との同居について言及した時、シンジの反応がこれ。

ミサトが保護者になる事は聞いていたが、同居は知らない。

年頃の男子としては動揺するのも無理は無い。
妙齢で美しい女性との同居など気が休まらない。
少々嬉しいのも確かではあるが。


「何よ、私とじゃ不満?」


「い、いや、そうじゃなくて・・その緊張するかなと・・・」


「大丈夫よ、襲ったりしないから。そんなに飢えてないつもりよ!」


「こ、こ、声が大きいですよ。葛城さん!」


ただでさえ、ミサトの赤い制服は目立つのにこの発言。
いやでも周囲の視線は集中する。


「照れちゃって♪でもシンジ君ならいいわよ、私」


「か、からかわないで下さい!」


「あははははは!ホント可愛いわ〜」


たわいもない冗談で簡単にからかわれるシンジに、周りの職員達の頬も思わず緩む。

シンジをリラックスさせようとしたミサトの心遣いは成功したようだ。
が、本心は別。


(ホント、君ならいいのよシンジ君・・・・・・・私の言う事、何でも聞いてくれればだけど)








コンフォート17 葛城邸 玄関前


かなり大きなマンションにたった一つだけ点いた灯火

そこがミサトの家であり、今日からシンジの家でもある。


「何、緊張してんのよ。彼女の家に入るんじゃないのよ」


「わ、分かってますよ。分かってるから早く入りましょう」


「遠慮はいらないのよ・・ホントにシンジ君は・・」


プシュ!


カードキィを通し、圧縮空気の抜ける音と共に開いた玄関でミサトは絶句してしまう。
いたるところゴミ、ゴミ、ゴミ・・・
ほとんどはコンビニの袋。
中は・・・・・見たくない。


(保安諜報部のバカ共が〜、いくら何でもやりすぎよ。程度ってもん知らないの!)


きちんとした所を見せてかえって緊張させてはいけないと、少しずぼらさを演出しようとしたのだが
演出を頼んだ保安諜報部がやりすぎたようだ。
元々綺麗好きのミサトにとっては地獄に等しい。


「す、少しちらかってるけど、まあ入って」


「は、はい、お邪魔します」
(これで少し?・・・掃除もしないのかなこの人)


「今日はいいけど、明日からはただいまって言うのよ。
ここはあなたの家にもなったんだから」
(胸張って言えないのが辛いわ・・・明日掃除する。絶対する!)


「それは分かりました・・・・でも、まず掃除しません?」
(これじゃ、御飯食べる気にならないよ)


「・・・・・・・・・そうね」
(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい・・・・・大人の威厳が〜)







記念すべき葛城家初の会食は、午前0時を少し回った頃ひっそりと行われた。

ミサトは缶ビールとカップラーメン。

シンジは水とカップラーメンで・・・・・



「い、いつもは・・もうちょっとちゃんとした食事するのよ」


「・・・・・・明日からは僕が作ります」



やはり料理はダメなミサトであった。





つづく




次回 「シンクロ

 でらさんから『こういう場合』の第二話をいただきました。

 不器用なゲンドウ‥‥うむ、人望が無いのは納得です(笑)

 そして、ミサトが実は綺麗好きだったとは‥‥実に意外な展開ですね。この先どんな仕掛けが飛び出すか、これでわからなくなりましたよね<大げさ

 続きも楽しみですね。みなさんも是非でらさんに感想メールをさしあげてください〜

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