ネルフ本部
いつものようにシンクロテストを行いその様子をミサトとリツコは注意深く見ている。
「う~んレイは順調にスコアを伸ばしているわね。アスカは・・・少し下がっている」
「・・・・・・」
「シンちゃんは相変わらず、か・・・レイに抜かれちゃったじゃない」
「・・・・・・」
「ねえ・・・あれどう思う?」
「・・・・・・」
(あの話はどういうこと?まさか・・・でも)
「リツコ?」
「・・・・・・」
(シンジ君が見たのは・・・・あれは・・・)
「リツコ」
「・・・・・・」
(じゃあ私達のやっていることって何?)
「リツコ!」
「・・・・・・」
(もしや!司令は!まさか!そんな!)
「リツコってば!」
リツコはミサトの大声に意識を取り戻す。
「はっ!ご、ごめんなさい。なに?ミサト」
「なにじゃないわよ!ボーッとしちゃって、どうしたの?疲れてるんじゃない?」
「そう・・・かもね・・・最近家に帰ってないし・・・」
「今日テスト終わったらやることないでしょ?すぐ帰ったら?」
「そうね、そうさせてもらうわ」
「それよりリツコ、シンちゃん。遂にレイに抜かれちゃったわよ。どうなの?これ」
「・・・そうね、それでも実戦での活躍はアスカ以上よ。エースと言っても過言ではないわね」
「シンクロ率が上がらない理由は・・・予想つく?」
「理由を付けるなら、シンジ君はすでに精神的に自立している。或いは人をどこかで信用していない。もしくは一線引いているというのはどうかしら?」
「一線を引いているか・・・確かにそういうところはあるわね。いつもは和の中にいるけど、いつの間にか和の外にいて様子を伺っているような感じ」
思い当たる節があるミサトは納得するように頷いた。
「年頃の子にはよくあることじゃないかしら?それより問題はアスカよ。最近下がってるじゃない。保護者として原因わかる?」
「原因?シンジ君ね。あの子シンジ君のことすごい気にしているのよ」
「恋心?」
「そんな甘いものじゃにわよ。倒すべきライバルとして敵意しているって感じかしら?突っかかっているけどシンジ君、結構飄々としているところあるでしょ?それで尚加熱。一歩間違えれば片想いよ。あとは・・・結果が付いてこない焦りね。シンクロ率は常にトップなのに、活躍しているのはシンジ君。それを認められないのよ」
「難しいわね・・・この年頃は・・・」
リツコはため息をついた。ミサトはマイクを使ってテスト終了の合図を出す。
『みんなお疲れ様。レイ、シンクロ率上げてきたわね。シンちゃんを抜いたわよ』
「あ~ら、シンジ様何やっているの?遂に最下位ですか~」
『シンジ君は変動なしよ。それよりアスカ、最近下がっているわよ』
「んなっ!それでもアタシがトップなのは変わりないでしょう!?なによ!みんなシンジ、シンジ、シンジって!」
『アスカ、別に責めているわけじゃないのよ?』
「知らないわよ!」
アスカは着替えると早々に家に帰ろうとする。廊下を歩いていると人の話し声が聞こえた。
「碇君、本当すごいわよね~」
「ああ、この前の宇宙空間からの使徒のときはすごかったな!」
「さすが司令の御子息だよ。それに引き換え・・・セカンドは・・・」
「ぷっ言っちゃダメだって・・・可哀想よ。クスクス」
「みんな言っているじゃないか。鳴り物入りで入ってきてガキのくせにデカイ口叩いておきながら、結果は半人前」
「ホント、嫌になるわよね~」
「「「あははははははは!」」」
何気なく聞こえた言葉、それはアスカの心に深く突き刺さる。アスカは居ても経ってもいられずその場から逃げだした。
(アタシはエリートなのよ!アタシ一人でやっていく!だから!)
「泣かない!アタシは!泣かない!そう決めたんだから!」
こみ上げる思いを必死で抑えるアスカ、頬を濡らす滴に気づかないようにアスカは家路を走って帰った。
夜、リツコはショットバーに足を運び個室で人を待つ。何か密会などをするには丁度いい場所だ。そして待ち人は現れた。
「よぅ!リッちゃん。遅れてすまない」
加持だった。
「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
「美人の相手なら望むところさ、それで?話ってのはなんだい?」
リツコはグラスを傾けると真剣な表情を浮かべる。
「あなた、バイトしているわね」
「・・・・なんのことだか」
「とぼけないで、内閣調査室に諜報部にいるでしょう。あと、ゼーレ」
「やれやれ、リッちゃんにも知られたか・・・」
「ネルフを甘く見ないで、ミサトにバレるのも時間の問題よ。もう少し黙っていてあげるから身を引きなさい。と言いたいところだけど今日はそういうのじゃないの」
「じゃあ、なんだい?」
「これを聞いて欲しいの」
リツコはテーブルの上にボイスレコーダーを置いて再生させた。内容はシンジに退行催眠をかけた時の録音だ。
「リョウ君、ここからよ・・・」
『シンジ君?お母さんはお父さんに何をさせてるの!?』
『・・・・おかあ、さんのこと・・・あいしているって・・・なんど・・・・も・・・いっている・・・』
『何度も言わせているの?』
『うん・・・おかあさん・・・こわい・・・かお・・・してる・・・おとう、さん・・・を・・・いじめ、ないで・・・』
聞いていた加持の顔が厳しくなる。
「これは・・・」
「昨日シンジ君に退行催眠をかけた時の様子よ。どう?」
「どう?って・・・まずいだろこれは・・・いくらリッちゃんでも司令が黙ってないぜ?」
「そう、これはあくまでも私の独断でやったことよ。このことは司令も知らない。それで、シンジ君が話してくれた内容、これを聞いてどう思う?」
「どう思うって、立派な洗脳じゃないか。何度も復唱させるなんて洗脳の基礎だぜ」
「やっぱリョウ君もそう思う?それで調べて欲しいことがあるの」
「・・・なにをだい?」
「碇ユイの過去」
「そんなの調べてどうするつもりだよ」
「シンジ君が話をしてくれた司令と今の司令、全然イメージ違うでしょ?もしかしたら、司令は何者かに操られているのかもしれない。そう、碇ユイに」
「まさか!司令の奥さんはもう10年前に他界しているだろ?その状態で洗脳の強さを維持させるなんて無理な話しさ」
「彼女の意思を次ぐ者がいるとすれば・・・どう?」
加持の背中に冷たい汗が流れる。ネルフを牛耳っているはずの司令がただの神輿ということになる。そうなるともはやこの組織そのものがどこに向かっているのかわからない。
「・・・わかった。調べてみるよ」
「助かるわ。見返りにひとつ情報を教えてあげる。碇ユイさんは死んでいないわ」
「・・・なんだって?」
「彼女は、エヴァの中にいるのよ。初号機のコアの中に・・・」
加持はリツコとの密談が終わると電話をかける。
「もしもし?どうした?加持さん」
「廻さん、至急調べて欲しいことがある」
「ああ、それは構わないが・・・」
「碇ユイという人物について出来る限り調べて欲しい。君達ならできるだろ?俺たちがどうあがいても手にできない情報を手に入れることが」
「なるほどね・・・わかったよ。調べておこう」
「それと今わかった事実だが、エヴァンゲリオンには人の魂がインストールされている。初号機は・・・碇ユイの魂だ。パイロットは碇シンジ、零号機は不明だが弐号機は・・・多分・・・」
「なんだって?そいつはすごい手土産だ。こっちも気合いれてやるよ。またわかったら連絡する。気をつけろよ」
加持は電話を切るとタバコに火をつけた。
(手は打った。あとは天に祈る・・・か・・・)
学校
2-A組の教室はピリピリした空気が張り詰めている。その空気の発信源はアスカだ。前日ネルフから帰ってきてからアスカの気分は最高に悪かった。もちろん原因は職員の陰口なのだが、周りの人間は全く検討も及ばない。ましてやシンジはその空気にずっと晒され身の置き場がないため胃がキリキリと傷んだ。それは周囲の人たちが“碇がアスカをとてつもないほど怒らせた”という推測によるもので、本人からすればいいトバッチリだが、周囲から冷たい目で晒されている。
(僕なにかしたかな・・・・?)
シンジの思考は無限ループに落ちている。
「アスカ・・・どうしたの?」
親友のヒカリが気にかけて声をかける。アスカはぶっきらぼうに返した。
「・・・なんでもないわよ」
「もしかして碇君と何かあった?」
「なんでバカシンジが出てくるのよ!」
怒声が教室内に響く。シンジへの視線はより冷たいモノをになる。
「だって、アスカ機嫌悪いときって、大抵碇君と喧嘩したときじゃない」
「シンジは関係ないわ」
「ふ~ん、そう、ところでさ、来週の土曜日空いてない?」
「来週の土曜日?ちょっと待って」
アスカは鞄からスケジュール帳を出して予定を確認する。
「今のところ暇ね」
「じゃあさ、デートしない?高校生と」
「はあ?」
「コダマお姉ちゃんの友達がアスカを紹介して欲しいってうるさくてさ~お願い!」
「嫌よ!会ってすぐに彼氏顔されたらたまらないわ」
「そんなことないと思うよ?その人、壱高の二年生でバスケ部のエース!ファンクラブがある程のイケメンなんだって!どう?」
「どうって・・・言われても・・・」
アスカは視線を泳がせる。その視線を辿っていった先にシンジの姿があった。ヒカリはニヤリとして発破をかける。
「碇君の許可も必要かしら?」
「なんでそこでバカシンジが出てくるのよ!いいわよ!行くわ」
「OK~それじゃそのつもりで~」
ヒカリはその学生とアスカが付き合えば~という思惑はない。アスカの気晴らしになればという思いと、デートに誘い出すことが成功したらコダマから成功報酬がもらえるからという打算的なものがある。ヒカリは満足そうに頷いた。
(バカバカしい、デートなんてするつもりないのに・・・なんでOKしちゃったのかしら・・・)
アスカはひとり自分の浅はかさに苛立ちを密かに感じていた。
そして珍妙な形をした来訪者が現れた。球体の物体が第三新東京市に現れたのだ。3人はビルの影に隠れながら待機している。アスカのシンクロ率は依然として高いものの、前よりも低くなっている。アスカは職員達の陰口の呪縛から未だに抜け出せずにおり、他の職員も同じことを言っているのではないかという疑心暗鬼に囚われていた。
(ここで負けたら・・・もう後がない・・・)
アスカは焦りを感じている。
その頃、発令所では来訪者の対応に手をこまねいていた。果たしてそれが使徒どうかも判別できない状態だった。
「あれ・・・どうしたらいいものかしらね・・・」
「ミサト、まずは自走砲で様子を見てからでどう?それからでもいいんじゃない?」
「もう!ミサト何やってるのよ!さっさと攻撃させなさい!」
「アスカ!少し落ち着いて!今自走砲の準備をしているから、まずは相手の特徴を知るのが先決よ!」
「そんな悠長に構えてるんじゃないわよ!もういい!先手必勝!行くわ!」
「アスカ!待ってよ!ミサトさんから指示出てないよ!」
「うるさい!邪魔するな!とおおおおおりゃああああああああ!」
「待ちなさい!アスカ!」
ミサトの制しも聞かずに弐号機はソニックブレイブで一刀両断しようと飛びかかった。一刀が当たる直前、球体は消える。
「消えた!?」
『パターン青!使徒です!場所は弐号機の真下です!』
「ええ?あっ・・・」
ぐらりと急に地盤が揺れた感じがする。アスカが足元を見ると影のようなものが弐号機を飲み込んでいる。それは正に底なし沼にはまったようだ。
「アスカ!今行く!」
初号機が救援に駆けつけようとするが、アスカがそれを拒む。
「アンタなんかの助けなんかいらない!アタシひとりで十分よ!」
影にソニックブレイブを突き刺すが、糠に釘、ずぶずぶとソニックブレイブは影の中へと消えていった。
「こんちくしょおおおおおおおお!」
アスカの悲痛とも取れる叫び声だけを残して弐号機は完全に影の中に飲み込まれていった。
指揮車内
「アンビリカブケーブルを引き上げてみたら、そこから先が無くなっていたそうよ」
「・・・リツコ、それって使徒に飲み込まれたってこと?」
「取り込まれた。というのが正しいかしら?あの影こそが本体。上の球体は影よ」
『目標、直径600Mに達してから移動ありません』
MAGIから寄せられた解析を元に指揮車では再度作戦会議が行われている。対抗手段は今のところない。
「・・・ねえ、リツコ。アスカは無事なの?」
「・・・あの中は別の宇宙に繋がっている。アスカが無闇にエヴァを動かさないで生命維持モードに切り替えていれば16時間は生き続けられるわ」
「普段のアスカならそういう判断ができると思うけど・・・さっきの様子じゃ・・・わからないわね」
ミサトの頭に不安が過ぎる。どうか無事でいてくれと祈るしかなかった。
『国連軍、包囲しました』
『地上部隊なんか役に立つのですかね?』
「・・・私たちに対するプレッシャーよ」
「くそっ!あの時僕が止めていれば!」
「碇君、あのときは仕方がなかったわ」
シンジは助けられない自分に苛立ちを隠せずにいる。ミサトから通信が入る。
「シンジ君、止められなかったのは私も同じだわ。先ほど、赤木博士より弐号機サルベージ作戦が発案されました。説明するわね」
その内容は受け入れられないものだった。
「なんですって!?N2爆雷992個投下するですって!?正気ですか!」
「葛城三佐、弐号機パイロットは?」
「・・・弐号機回収を最優先。パイロットの生死は問うべきではないそうよ!」
「・・・セカンドを、見殺しにするの?」
「私だってこんな作戦やりたくないわよ!でも!・・・でも他に手段がないの・・・」
唇を噛み締めるミサト、シンジはひとつため息をついた。
「ミサトさん、僕はその作戦拒否しますよ。冗談じゃない。僕が行きます。アスカを助けにいきます」
「シンジ君!ダメよ!勝手な行動は許さないわ!」
「通信終わります」
「シンジ君!」
一方的に通信を遮断すると初号機はマゴロク・Eソードを装備するとケーブルを外して影の中へと飛び込んで消えた。
ママー!ママー!私、選ばれたの!エヴァのパイロットに選ばれたの!世界一なのよ!
他のみんなには内緒だけど、ママだけに教えてあげるね!
人類を守るエリートなの!
いろんな人が優しくしてくれるわ!だからちっとも寂しくない!
パパがいなくたって寂しくない!だからママ!私を見て!
もっともっと私を見て!
ねえ!ママ!
この落ちこぼれが!
ようこそ、今日から俺たちは・・・家族だ・・・・
まさか死ぬとはな・・・仕方ないさどうせ落ちこぼれだ
機械になっちまえよ。でなきゃ潰れるぜ。お前ならできるさ
ダメだよ・・・生きて帰らないと・・・$#&にいちゃん・・・お父さんと、お母さんが・・待ってくれているから・・・
うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
親がなんだ!親がなんだ!僕たちを勝手に産んで勝手に捨てたただの大人じゃないか!僕たちには!僕たちには!生きて帰る場所なんてどこにもないんだよ!
おめでとう!君は中東戦線において優秀な戦果を上げた。君はもっと重要な任務を与えよう。その任務とは
暗殺だ
なに?なんなのこれ?この子は・・・この子どこかで・・・まさか・・・
「アスカ!」
シンジが呼んでる。
「アスカ!大丈夫!?」
シンジが助けに来てくれた。
「待ってね。今助けるから」
初号機はディラックの海の中で弐号機を確保したあと、刀を蜻蛉の構えで構える。シンジの目を閉じて心を落ち着かせる。
(僕は・・・今、水の上に立っている・・・・)
イメージを膨らませて心を落ち着かせる。明鏡止水の極意。自分の隣の小さな波紋を感じる。これはアスカ。そしてもうひとつ、自分の正面に僅かな波紋を感じ取った。
「そこだ!」
一撃必殺 示現流 蜻蛉斬り
シンジの渾身の一刀は闇を切り裂いた。
第三新東京市
指揮車内では作戦を最初から立て直している。エヴァ二機がいない今打てる手立てが全く思いつかない。リツコは苛立ちから爪を噛んだ。
『目標!球体に切り込みが!なんだあれは?』
突然のオペレーターの報告に指揮車は慌ただしくなる。見ると、影の球体がうっすらと切り込みのようなものが現れて模様が上下にずれる。すると切り込みから大量のLCLが吹き出した。
「なに!?なにが起きたの!?」
突然の異変に騒然となる。
『ああ!切り込みの中から!初号機!弐号機が!』
切り込みの内側から手が吹き出るとそのまま切り込みが開いて中から初号機と弐号機が姿を現した。
「どういうこと?なにが・・・起きたの?」
その問いに誰も答えることができない。彼らの知る由もないところで決着はついた。
作戦会議室
シンジ、レイ、ミサト、リツコの4人は作戦会議室にいる。
「アスカは無事だそうよ。感染もみられない」
ミサトの報告に安堵の表情を浮かべるレイ、シンジはウンウンと頷いた。シンジの態度を見たリツコが激怒した。
「巫山戯ないでシンジ君!・・・あなた・・・自分が何をしたかわかってるの?」
「同僚の救出です」
「ふざけないでと言ったわ!・・・あなたのその勝手な行動で貴重なエヴァを二体失うことになっていたかもしれないのよ!?結果として良かったものの、やっていることはアスカより悪質で身勝手だわ!今度エヴァを危険に晒すようなことは謹んでもらいます。次に同様なことがあれば、その時は!」
「失えばいいじゃないですか。別に」
「・・・・え?」
シンジの言葉に注目が集まる。シンジは続ける。
「失えばいいじゃないですか。所詮は兵器でしょ?」
「兵器って・・・あなたねえ!」
「機体は消耗品。パイロットが生きて帰ってくれば儲けもの。基本ですよ?・・・リツコさんエヴァはなんのために存在するんですか?」
「それは・・・」
「ネルフがどう捉えているか知りませんが、少なくてもサードインパクトを防ぐという目的があるでしょ?世界を救うみたいな。それをN2爆雷を投下するとか、パイロットの生死は問わないなどと・・・」
「それは!他に手段が!」
「あったじゃないですか。ギリギリではあったかもしれないですけど、僕も戻ってこれた。今後同じようなことがあれば、僕は同じことをしますよ。何度でも・・・・」
「・・・・」
「エヴァは壊れてもまた作り直すことができる。でもね、アスカの命は失ったら取り戻せませんよ。どちらが重いか・・・小学生でもわかることじゃないですか」
「人の命で遊びたいなら、戦場にいけよ。赤木センセ」
シンジは冷たい視線でリツコを睨みつける。中学生とは思えない殺気にリツコは身震いを起こした。
「やめて!お願い。もうやめて。シンジ君」
「・・・ミサトさん」
「シンジ君・・・もしかしたらあなたまで死んでいたかもしれないのよ?もうそんな真似しないで、これは命令じゃないわ。私からのお願いよ・・・心配かけさせないで・・・」
「・・・・善処します」
シンジは部屋を出ていこうとする。
「碇君、どこ、行くの?」
「アスカのお見舞い行ったらそのまま帰ります。では、お先に」
リツコは俯いたまま体を震わせている。
「リツコ、シンジ君には私からもう一度言うから・・・リツコ?」
リツコの震えは止まらない。彼女はシンジに対して心の底から恐れを感じた。真っ直ぐな瞳、桁外れの戦闘力、そして自分が感じたカミソリを首元に突きつけられたような殺気、どれもリツコには理解できないものだった。
病室
シンジは病室に入る。アスカはシンジを一瞥するとすぐに顔を背けた。
「大丈夫?アスカ」
「・・・・・・・何でアンタなのよ」
「なにが?」
「なにがじゃないわよ。助けたのアンタなんでしょ」
「・・・・」
「なんで・・・助けたのよ」
「はあ?」
「アンタなんかに助けてほしくないわよ!なんで助けたのよ!なんでよりにもよってアンタなのよ!」
「・・・・・・」
「アンタに助けられるくらいなら死んだほうがマシ・・・!」
シンジは全て言い切る前にアスカの胸倉を掴んで引き寄せた。
「黙れ」
「は、離せ!離しなさいよ!バカシンジ!」
「黙れ!」
シンジの怒声にビクッとアスカの体が震える。シンジはアスカに語りかけた。
「なにプライドにしがみついてるのさ。そんな重いプライド捨てちゃいなよ。別にいいじゃないか、ひとりで使徒を倒せなくても、シンクロ率が下がっても、それがないとアスカじゃない?ナンバーワンのエリートじゃないとアスカじゃない?ふざけるなよ!どんなに弱くても、どんなに惨めでもアスカはアスカじゃないか!」
「・・・・・・・・・・・」
「アスカはアスカのままでいいんだ。余計なもの背負う必要なんかないよ。それでも、それがないと前に進めないなら、僕がアスカを支えるよ。言っただろ?全力でサポートするって」
「・・・・シンジ」
「だから、もうみんなに心配かけさせないで」
「・・・・・・・」
シンジはアスカを離すと部屋から出ていこうとする。
「シンジ!」
「なに?」
「・・・アンタ・・・なんでそんなに強いのよ・・・」
「・・・僕はそんなに強くないよ。僕は・・・人より優れたものなんて何もないんだ」
シンジはそれだけ言うと部屋を出ていった。アスカはドアを見る。
「・・・・バカ」
シンジが廊下をあるいているとレイが椅子に座っている。
「碇君、もう、いいの?」
「綾波・・・うん、大丈夫だと思うよ」
「どうして?」
「うん?」
「どうして、あの子のこと、気にかけるの?」
「・・・ほっとけないからだよ」
「碇君、あの子じゃ、碇君を支えられないわ」
シンジは鼻で笑った。
「僕を支えられるのは・・・僕の家族と死んでいった仲間だけだよ」
シンジはレイの前を通り過ぎる。レイはその背中を目で追った。
「碇君、私と同じ臭いがする。垢まみれで薄汚れた犬の臭いよ。碇君は、私が支える」
次の日の朝アスカは退院した。シンジはアスカを迎えに行った。夜、3人でささやかながらアスカの退院を祝った。
次の日の朝、シンジは布団で眠っている。
「起きろ!バカシンジ!」
アスカの大声でシンジは目を開けた。
「あれ?アスカ?あれ?」
状況が理解できない。
「アンタが朝起きてこないからアタシが朝ごはん作ってあげたのよ!感謝しなさい!」
「あれ?・・・おかしいな・・・目覚ましかけたのに・・・」
「いいから起きろ!」
強引にタオルケットを引きはがすと見事なスカイツリーが見えた。
「~~~~~~~!!!!こんの!変態が!」
爽快な音が響く。
「仕方ないだろ!?朝なんだから!」
朝、並んで登校する二人、シンジは頻りに頭を悩ませている。
「どうしたの?そんなに悩んで」
「いや・・・僕目覚ましかけたはずなんだけど・・・切って気付かなかったのかな?」
「そうじゃないの?まったくボケボケしてるんだから」
呆れたように呟くアスカ、真相はシンジの目覚ましをアスカがきっていたため鳴らなかったのだ。そして自分が朝ごはんを準備して起こしに行くという逆パターンをやりたかったのだ。その体験はアスカにとって想像以上に心踊った。
(まるでアタシ達、夫婦みたいじゃない)
今朝の様子を振り返り、思わず笑みが溢れる。
「ま、アンタみたいな奴と付き合えるのはアタシぐらいなものね!」
「・・・どういう意味だよ。それ」
「知らない!」
(アンタだけよ。アタシの心に触れたのは。だから・・・)
「責任取りなさいよ!バカシンジ!」
アスカは元気よく通学路を駆け出した。