Sunny Day Love
あぐおさん:作
アスカが目を覚ますとよく知る人物の顔が目に入ってきた。
「お、式波。目ぇ覚ましたか。待っとれセンセ呼んでくるわ」
親友ヒカリの夫である鈴原トウジだった。トウジは席を外す。
「赤木センセ。式波が目を覚ましました」
「わかったわ。今行く」
今度は赤木リツコの顔が目に入る。その顔は以前のような濃い化粧ではなく、薄化粧で実に穏やかな表情だった。
「アスカ、わかるかしら?」
「ん・・・リツコ?厚化粧やめたのね」
「失礼ね。責任者が疲労困憊な表情だと士気に関わるから悟られないように化粧を厚くしていただけよ。もう、その必要もなくなったわ」
リツコのその台詞でアスカは全てが終わったことを悟った。リツコはバイタルチェックをトウジに任せると席を外し、トウジが再び顔を出す。
「まさか、アンタに診察をされるとは思わなかったわ」
「なに言うてんねん。所詮、真似事や真似事」
バイタルチェックが済むとリツコに報告をする。アスカはその様子をぼうっとした表情で眺めていた。本人は真似事と言っているが、その手際は医者そのものだった。長年の経験がそうさせているのだろう。今度は入れ替わるようにヒカリが来る。
「アスカ、良かったら食べて」
ヒカリが持つお盆の上にはおにぎりが2つあった。必要ないと言おうとしたとき、アスカのお腹が鳴った。お腹すいているじゃない、と半ば無理矢理持たされたおにぎり。アスカはそれを恐る恐る口にする。口にしたのはただの塩むすびである。なんの変哲もない塩むすびの最初の一口は、こんな美味しいものが世の中にあるのかと思ってしまうくらい美味しかった。二口目からは普通の味になった。アスカは大粒の涙を浮かべながら夢中でおむすびを頬張った。
食事が終わり、気持ちが落ち着いた頃にヒカリから状況を聞く。
ケンスケが住む家の近くにアスカが乗ったエントリープラグが不時着した。それを第3村の住人が見つけ急いでケンスケを呼びにいった。エントリープラグの出入り口をこじ開け気を失ったアスカをケンスケがトウジのいる病院まで運んできたのだ。アスカはその2日後に目を覚ました。
「2日も寝てたんだ。そういえばケンケンは?」
「ケンスケは今、大事な作業をしている真っ最中よ。夜になれば会えるわ」
「じゃあ、シンジは?」
「碇君のことは、あとで話があるはずよ」
できることなら今すぐにでも会いたかったが仕事の邪魔をしてはいけない。シンジは多分彼の手伝いに同行でもしているのだろう。アスカは横になりゆっくり待てばいいと目をつぶった。
彼女が目を覚ましたのは夕方だった。体調も問題なくすぐに出て行っても良いと言われたのでアスカはケンスケの家に向かおうとするが、ヒカリに止められ今夜は自分の家に泊まるように言われたので素直に従った。家にはトウジの妹のサクラもいた。
夜、夕食を終えてくつろいでいるとドアが開いた。
「トウジ、今夜もすまない」
ケンスケだった。アスカはすぐに彼の出迎えに向かう。
「ケンケン!おかえり!」
「お、式波。無事退院できたようだな」
ケンスケはそれだけ言うとアスカの頭を軽く撫でて家の中に上がった。ケンスケが夕食を食べているとお酒を片手にトウジが部屋に入ってくる。
「ケンスケ、進捗はどや?」
「順調だ。明日の朝には稼働できるよ。ぶっつけ本番だがな」
「なんの話をしているの?」
二人の会話の内容が気になったアスカは疑問をぶつける。ケンスケは一口お酒を飲むと、話始める。
「実はな、碇と式波の相棒、名前は確か・・。そうだ真希波マリか。その二人がまだ見つかっていない」
「え?この村にいるんじゃないの?」
アスカは驚いたように聞く。ケンスケは静かに首を横に振る。
「ネルフのスタッフに聞いた話だと、エントリープラグには救助用にSOS信号が自動的に発信されるようにできているらしいが、その信号を受信できる環境が整っていない。俺は旧ネルフスタッフと協力して電波の受信および通信施設を俺が住んでいた家にアンテナを作っていたんだ」
「ホンマ、何かあったときのためにと色々準備していたかいがあったってもんじゃ。この二日間、ケンスケはその準備に追われてたんや。おかげでケンスケの家は無線の施設と旧ネルフスタッフの宿舎として使われるから、家主が寝れるスペースがないんじゃ」
「なによそれ!なんでケンケンが出ていかなきゃならないのよ!」
アスカは憤慨するが、ケンスケはそれが当然というような顔をする。
「これから二人を探し出すために必要なことだからさ。俺じゃ、碇を探し出すことはできないからな」
サクラが会話に混じる。
「ケンスケさん。シンジさん、見つかりますよね?」
「見つかるさ。いや、見つける。例えネルフのスタッフが諦めても俺達は諦めない。絶対に見つけて連れて帰る」
「せやな、センセがおらんのは、寂しいからな」
二人の表情からは例え何年かかっても、自分たち以外の人が諦めても絶対に諦めないという強い決意が見えた。敬愛する二人からそこまで慕われているシンジに、アスカは嬉しく思う。
「それ、アタシも協力していいわよね?」
「ああ、アイツを迎えに行くのは式波、お前の仕事だからな」
3人は強く頷く。そこにはサクラから見ても入り込めない強い絆が見えた。
シャワーを浴びて鏡を見る。そこには14歳ではない大人の女性の姿があった。
「これが・・・アタシ?」
「そうよ」
ガラガラと引き戸が開き、ヒカリが中に入ってきた。その手には大人用の服が用意されてある。
「運ばれてきたとき、相田君の上着を羽織ったアスカの体が大きくなっているのを見て、思ったわ。本当に、終わったんだって」
ヒカリは優しく抱きしめる。
「おかえり。アスカ」
ヒカリの一言が心に染みわたり、アスカは大声で泣いた。
一人で生きていくと思っていた。でも、一人じゃなかった。一人にはさせなかった。みんな自分の近くで支えてくれていたのだ。ここが自分の居場所なのだ。居場所はずっと前からあったのだ。ただ、気づかないふりをしていただけなのだ。そのことがただ嬉しくて子供のように泣きじゃくった。
次の日の朝。早速無線を使ったシンジ達の救助活動が開始された。それと同時に迎えにいけるように準備が始まる。アスカは無線のチャンネルをいじりながら救難信号を探している。いま、ケンスケの家には彼女ひとりしかおらず、ネルフのスタッフや第3村の手が空いた住人は彼らを迎えに行くために資材をかき集めたり、使えそうな船や飛行機を探して奔走している。
救難信号は意外なほどあっさりと受信した。通信回線を開くとマリの声が聞こえる。
「コネメガネ!」
「おお〜姫〜元気かにゃ?」
「アンタどこにいるの!?シンジは!?」
「ワンコ君?ワンコ君は合流できているよ〜今、ここにはいないから姫にワンコ君のイケボを聞かせてあげられなくて残念だにゃ」
「それで?位置は?座標!GPSあるでしょ!?」
「ありゃ?そっちでわからないかにゃ?」
「こっちは第3村の設備を使って電波飛ばしているだけだから、そこまでの機能はないわよ。座標教えて。迎えにいくから」
「うん、待ってるよ〜。ところで姫さ・・・自分の体・・・見た?」
「・・・ええ、呪縛から解放されて、大人の体になっているわ」
「うん、そうだよね・・・あちゃ〜私みんなに会いたくないな〜」
「なんでよ!」
「姫さ、私の実年齢。知ってる?」
「知らないわ」
「47才・・・つまり」
「アンタの体も47歳、本来の体に戻ったわけね。立派なオバサンね」
「一言余計だけどそういうこと。自慢のおっぱいもおしりも垂れ気味でショックなんだよ〜」
「関係ないわよ!アンタがおばさんだろうがなんだろうが、アンタはアタシの親友!それだけは変わらないわ」
「ふふふっ姫さ。ワンコ君と同じ事言うんだね。優しすぎて涙がでるわ」
微かではあるが無線の向こうから鼻をすする音がする。
「座標はここ。今いるところは無人島だから、早く迎えに来てね〜」
「わかったわ。いま急ピッチで準備を進めているから」
「それとさ・・・姫、ワンコ君のこと。どう思う?」
「ど、どう思うって・・・」
「ちゃんと話さないと、ワンコ君どこかに行っちゃうかもよ?姫に会うのが辛いんだって」
「なんでよ!?アイツ、アタシのこと好きだって言ってくれたのに!」
「好きだった。でしょ?ワンコ君、今でも姫のこと好きだよ。今でも好きだから、誰よりも幸せになって欲しいから、幸せにしたいけど自分じゃそれができないから、身を引いたのよ。相田君だっけ?彼に姫を任せたのよ。任せたとはいえ、好きな人が他の男と幸せになるところを見るのは辛いんだって。もし姫が相田君と今幸せな生活をしているなら、そのまま彼との居場所を大切して、お迎えは他の人にまかせてこっちには来ないほうがいいかもね。笑って送り出すことは出来ても、それを見届けられるほど割り切れられていないんだよ」
アスカはぐっと奥歯を噛みしめる。
「なら、尚更アタシが行かなきゃいけないじゃん。アタシが行って無理矢理連れてこさせてやる!何が幸せになって欲しいよ!何が自分じゃそれができないよ!ふざけるな!これっぽっちもアタシの気持ち考えてないじゃない!アンタへの気持ちを吹っ切れさせたのに!生きて帰れないだろうから、せめて後悔しないようにアイツに告白して!後腐れがないようにしたのに!最後になって助けに来てくれて!好きだったって言ってくれて!ずっとずっと抱えていたこの気持ちが、プログラムなんかじゃない本当に好きっていう気持ちなんだってわかって!もう抑えられるわけないじゃない!アタシは絶対にシンジを迎えに行くからね!逃げても地獄の底まで追いかけてやるから!」
「りょ〜か〜い。来るときは男性用と女性用の大人用の着替え一式持ってきてよ。流石にこの体でプラグスーツを着るのは恥ずかしいにゃ。あとワンコ君も笑えるほど悲惨な恰好しているから、忘れずにね〜」
「わかったわよ!はい!通信終わり!」
アスカは強引に通信を切ると家を飛び出してリツコのいる診察所へと駆け込んでいく。
救援信号を無事に受信した報告はすぐに旧ネルフスタッフ全員に伝わった。すぐに救助活動への準備へ本格的なスタートが切られた。幸いなことにシンジ達がいる場所までの往復できそうな船が横須賀基地跡地ですぐに見つかり、復旧作業は休みなしで行われた。
そして2日後、アスカをはじめとしてヴィレのスタッフが乗り込んだボロボロの駆逐艦は彼らを救助するために、その海原へと出航していった。
「シンジさん、大丈夫ですよね?」
サクラが心配そうにアスカに声をかけてくる。
「さあ、知らないわ」
アスカは吐き捨てるように呟くと自分の部屋へと戻っていった。
3日後、救難信号が発せられた島のすぐ近くまで来た船は、そこからゴムボートに乗って島へと向かう。彼らが向かう島の浜辺にはエントリープラグが2つ放置されているように並んでおり、その近くにはピンク色のプラグスーツを着た女性が大きな声をあげて手を振っている姿が見えた。
「姫!」
「コネメガネ!」
ゴムボートを降りたアスカと浜辺で待ってたマリは抱き合う。
「待ってたよ〜姫〜」
「無事で・・・無事でよかった」
二人が体を離すとマリはマジマジとアスカの姿を眺めた。
「おお〜これが28歳の姫か〜悩殺ものじゃん」
「アンタと愛し合う趣味はないわ。ところで」
「ワンコ君?ワンコ君はあっち!」
マリはそう言うと指で浜辺の奥にある森林の先を指さす。
「わかった」
先へ向かおうとするアスカの手をマリは引っ張って止めた。
「お〜〜〜っと姫、行く前に忘れているものないかにゃ?」
「着替えだっけ?ヴィレのスタッフが持ってくるから待ちなさいよ。アタシ急ぐから」
アスカはそれだけ言うと奥へと姿を消す。その背中にはバッグが背負われていた。
入れ替わりでサクラがマリに近づく。
「マリさん、おかえりさない。着替え持ってきました」
「おお〜ありがとにゃん♪」
「あの、式波さんは?」
「んん〜?姫は大事な用事を済ませに行ったよ」
アスカはわき目もふらず奥へと歩みを進める。アイツはこの奥にいる。何故かそう確信めいたものがある。奥へ進み続けていくと滝の音が聞こえてきた。しばらく歩くと森がひらけ、岩肌を流れる川と決して大きくはない滝が見える。そしてその川には水浴びをしていただろう髪が肩まで伸びた裸の男性がいた。男性は大きな岩に手をついて下を向いている。アスカはゆっくりと男性に近づいて行った。そして
「そんな恰好じゃ、風邪ひくわよ。バカシンジ」
そう言いながら男性の頭にバッグの中から取り出したタオルをかぶせた。タオルをかぶせられた男性、碇シンジはゆっくりと顔を上げて彼女を見る。
「アスカ・・・?」
「そうよ。アタシの顔を忘れたわけじゃないでしょ?」
「忘れるわけがないじゃないか。ただ・・・」
「ただ・・なによ?」
「想像していたよりも、ずっとずっと綺麗だ」
「当たり前でしょ。ほら、着替え持ってきたからさっさと着替えなさい」
そう言ってアスカはバッグの中から着替え一式とサンダルを置いて背中を向けた。
シンジは彼女が背中を向けたのを見ると体を拭いて着替え始める。
「迎えに、来てくれたんだ」
声変わりしたその声はアスカが想像していたよりもずっと素敵な声だった。マリがイケボと言った気がわかる気がした。
「そうよ。アタシが来てやったんだから泣いて喜びなさい。それともアタシじゃ嫌だってーの?」
「嫌じゃない。嫌じゃないけど・・・来ると思わなかったから」
「なんでよ」
「アスカのことだ。ケンスケと・・・幸せな生活を送っていると思っていたから。だから、僕のことは他の人に任せて来ないと思っていた。そうか、ケンスケも一緒に来てくれたんだね。なんか、悪いことしちゃったな」
「なんでケンケンがここに来るのよ?ケンケンは第3村の仕事が溜まっていて、ここに来れるほど暇じゃないわ。アンタのために自分の仕事放り出して色々やってくれたんだから」
「そっか、それはそれで悪いことしちゃったな」
バツが悪そうに頭を掻くシンジ。アスカが振り向くとシンジはズボンを履いて上半身裸のままでアスカにその背中を向けている。
「ねえ、アスカ」
「なによ」
「迎えに来てくれてありがとう。僕はもう大丈夫だから。ケンスケのこと、よろしくね」
シンジはアスカに背中を向けたまま振り返ることがない。
「なによそれ・・・アタシに来てほしくなかった?」
「来て欲しい半分、来てほしくなかった半分かな・・・」
「アタシのこと、嫌いになった?」
「そんなわけないじゃないか!」
シンジは振り返りアスカと対面する。その表情は苦渋に満ちた表情だった。対するアスカはどこか嬉しそうな微笑だった。
(嫉妬してくれているんだ)
そう思うだけで、心が躍る。
そんな表情には気が付かず、シンジは思いのたけをぶつける。
「今でも僕はアスカが好きだよ!ずっと好きだったんだ!一目惚れだったんだ!助けられなくて!傷つけても助けることを選べなくてずっと後悔してたんだ!」
「僕のこと好きだったって言ってくれて、すごく嬉しかったんだ!でも、もう僕じゃダメなんだなって、アスカがケンスケにしか見せない表情があるって気が付いたとき、辛かったんだ!悔しかったんだ!僕じゃあんな顔を見せられないって・・・」
「僕じゃアスカを幸せにしてあげられることができないって・・・だからせめてアスカが幸せな日々を送れるように、僕は黙って身を引くことしかできないじゃないか!でも、自分の心に後悔だけはしたくないって、伝える資格なんかないけど、自分の気持ちを伝えれば、いつか諦めもついて素直に二人を祝福できる日が来るんじゃないかって、だから!」
気が付いたら、シンジはアスカに抱きしめられていた。耳元でアスカの声がする。
「もう、いい」
「もう、十分。アンタの気持ちはアタシに届いているから。だから、今度はアタシの番」
アスカはそのままシンジの耳元で話し続ける。
「アタシもアンタのことが好き。あの時は好きだったって過去形で言ったけど、生きて帰れないと思ったから、無理矢理自分の気持ちに決着つけるためにそう言ったの。だから訂正するわ。あの時も、そして今も、ずっとアンタのことが好き」
「最後にアタシのこと助けに来てくれたじゃない。好きだっていってくれたじゃない。アタシはそれだけで、その一言で十分届いている。アンタはアタシにとって白馬の王子様なのよ。そんな王子様に好きだって言われたら・・・嬉しいに決まっているじゃない」
「アタシはアンタのことが好き。これはアタシの本当の気持ち。プログラムなんかじゃない。本当のアタシだけの気持ち」
「アスカ・・・」
アスカは少しだけ体を離す。それは抱き合うには遠く、話すには近い距離。
「アタシの気持ちは伝えた。ここから先は、アンタが決めて」
「アンタがアタシを幸せにすることができないと思って諦めるなら、そのまま離して。そうすればアンタの言う通りアタシはこれからの人生をケンケンと歩む。でも、アンタがアタシを幸せにしたいと思うなら・・・」
「キスして」
強い風が吹く。答えは既に出ている。あとは行動で示すだけだ。言葉なんかじゃ足りない。いつだって二人の間は言葉だけじゃ足りないのだ。
シンジは何も言わず。その行動で示した。ありったけの想いを。
そして二人の影は1つになった。
影が離れると名残惜しそうに糸が引かれる。
「まさか舌を入れられるとは思わなかったわ」
「これが僕の覚悟だよ。どんなことがあっても、僕がアスカを幸せにする」
「ええ、最高の答えね。14年間待った甲斐があったわ。ところで、これで終わり?」
「え?」
「これで終わりなの?」
アスカは濡れた目でシンジに訴える。シンジはもう一度強く抱きしめる。
「終わりじゃないさ」
「あ・・・」
二人が森林から出てくるのが見えるとサクラが走ってきた。
「シンジさ〜〜〜ん!大丈夫ですか!?」
「サクラちゃん、手間かけさせちゃったね」
「私、シンジさんのこと、心配して、心配で!わ〜〜〜〜ん!」
感極まったのかシンジに抱き着く。シンジは思わずアスカの顔を見るがやれやれというように両手を広げただけだった。
「姫〜」
ネルフの女性スタッフの服装に着替えたマリがアスカに近づく。
「姫〜歩きづらそうだにゃ〜女の階段駆け上がっちゃったかにゃ?」
「うっさい!」
アスカは顔を真っ赤に染め上げながらマリの頭を思いっきり叩いた。
第3村に戻るとトウジ、ケンスケ、ヒカリこの3人をはじめとして村のほぼ全員がシンジとマリの帰還を喜びの声で出迎えてくれた。
「シンジ、おかえり」
「碇、おかえり」
「碇君、おかえりなさい」
「みんな・・・碇シンジ。只今戻りました!」
シンジは彼をずっと待ち続けてくれた友人たちに深々と頭を下げた。
その夜は文字通りお祭り騒ぎだった。シンジの周りには中学時代の同級生たちが集まる。
「碇!俺のことわかるか!?」
「碇君!私のこと覚えてる!?」
中学時代、あまり積極的にコミュニケーションを取ろうとしなかったシンジではあったが、彼の人柄のせいか学校での人気は比較的高かったようだ。大人の体に成長し、長い髪を後ろで縛ったシンジの姿に時の流れを感じる。
「加持君を、思い出すわね」
シンジの姿を見て、リツコは昔を懐かしむように呟いた。
(ミサト、見ている?あなたのもう一人の子供。シンジ君は立派に成長したわ)
リツコは心の中で呟くと、夜空に光る星空に向けて乾杯した。
「はいは〜い、みんな盛り上がっているかにゃ?ここで私、真希波マリが姫とワンコ君、二人に捧げて一曲歌うにゃ!」
マリはマイクを握ると陽気に歌いだした。
『ワンコ君 優しいイイ男 いつだって微笑みメチャイケメン!』
「は、恥ずかしいよ・・・」
『お姫様 色気溢れる女 ツンデレがセクシーに見えてくる』
「誰がツンデレよ!」
『どっちも大好きで どっちも選べない私だけど』
『ひとりに絡むくらいなら 太陽の下で』
『Sunny Day 3人で』
『3Pしませんか?』
『Every day AVみたいに』
『3Pしませんか?』
『Brand new days 乱入しちゃうぞ』
『3Pしませんか?』
「「しないよ!(わよ!)」」
あれから3人は第3村で一緒に生活するようになった。シンジとアスカはケンスケの手伝い、マリは適当に暮らしている。
実際どうかは誰も知らない。ただ、やたら肌の艶がいいマリと湖のほとりにある廃墟で、並んで体育座りで座る肌の艶がいいアスカとやつれたシンジが見られた。村人たちは彼らには時間が必要なんだと感じ、そっとしてあげた。
後日アスカは語る。あの時、シンジに発破をかけていた自分が間違っていた。村人の優しさが身に染みたと。
そして時が経ち・・・
村の外へと続く道で一台のバイクがエンジンをふかしている。バイクにはたくさんの荷物が積まれている。
「シンジ、ホンマに行くんやな」
「うん、どうしても外の世界を旅したくてね」
「碇君、必ず帰ってきてね」
「うん、ありがとう。委員長」
シンジは外の世界へ旅に出る。それは贖罪の意味もあるし、新しい世界を探しに行く旅でもある。
「シンジ、姫のこと。頼んだよ」
「うん、マリ。行ってくるね」
「シンジさん、どうかお元気で」
「うん、サクラちゃんもね」
アスカはバイクのダンデムシートに跨りながらケンスケと話す。
「水はどんなにきれいでも煮沸消毒してから飲めよ。あとキノコ類は見分けが判別が難しいから食べるなよ」
「わかってるわよ。アンタはアタシの父親かっつーの」
「ふっ・・・今更だな」
シンジが戻るとそのままバイクに跨り、アスカはシンジの背中に抱き着く。
「じゃあ、ケンスケ行ってくるよ」
「ああ、いつでも帰って来いよ」
シンジはアクセルをふかせると外の世界へと続いていく道へと走り出した。それを見送る。マリ、ケンスケ、トウジ、ヒカリ、サクラの5人。
「シンジさ〜ん!また会いましょうね〜!」
「行っちゃったね」
ヒカリが寂しそうに呟く。
「センセのことやから大丈夫や。帰ってくる日が楽しみやな」
「だな、俺たちは残ってやれるべきことをやればいいさ」
マリは彼らの背中が見えなくなるまで見送る。
「先輩。ゲンドウ君。見ている?二人の子供が、新しい世界へ旅立ったよ。色々な人に見送られてね・・・」
この世界の片隅できっとあの夫婦は自分の息子の行く末を見守っているだろう。自分たちが選べなかった道を選んで。マリはそう信じて疑わなかった。
「ねえ!アスカ!」
「なーにー!?」
「本当に僕と一緒に来て良かったの!?あのまま残っても良かったんだよ!?」
「アンタバカ!?何回同じこと言わせるのよ!あそこはホームグランド!でもアンタの隣がアタシの居場所!アンタ一人で行かせられるわけないでしょ!?」
「でも、宛てのない旅だよ!?」
「アンタがいれば良いわよ!」
道が開けて、その先には海が見える。
「アスカ見て!海が見えるよ!」
「うん!綺麗ね!どこまでも続いている!」
「ねえ!ここからどこへ行こうか!?北?南?東?西?」
「シンジの行きたいところでいい!シンジがいればどこだって天国だから!」
「わかった!しっかり捕まっていて!」
「うん!」
シンジは自分の体にしがみつくアスカの腕の締め付けが強くなるのを感じると、ギアを上げてスピードを上げた。
太陽の下、海と青空の境界線へと続く道の先へ、一台のバイクがけたたましいエンジン音を響かせながら走り去っていく。
二人の新世紀は始まったばかりなのだ。